・《女装男子は蜜ですか!?》- 1 -


「よお!お前か?俺のこと呼び出したのは。」


予定より10分の遅刻。


半袖にジーパン、そして野球チームのキャップを後ろ向きにしてかぶり、妙にチャラついた男が僕の前に立っていた。


時間に対してはさほど厳しくない僕でも、こいつ相手にはものすごく腹が立つ。


が、しかし。

僕がこれからしなければならないことは、その感情を押し殺す行為だ。


“デート”、と世の中では言われている。


僕はこの、見た目も中身も醜いウドの大木と、デートとやらをしなければならないのだ。


この、"伴野ばんのしげる"とかいう男を二度と這い上がれぬ蜜の中へと”落とす”ために!


「は…はい!そうです!一年の”灰霧はいぎりのぞみ”です!」


もちろん僕も偽名を使う。当然、伴野は僕の名前を知っているからね。


そう言えばいい忘れてたけど、今回もちゃんと変声器を使っている。

流石に地声じゃバレちゃうだろうし。


『”灰霧”ってどこから来たのかしら?のぞみはわかるけど。』


『”柊木ひいらぎ”のアナグラムじゃな。のぞむにしては考えたのう。』


『それくらいで”考えた”って言われてる望のレベルが分かるな。』


名乗った僕を見るなり、伴野は嬉しそうにニンマリと笑うと、僕の体をまじまじと見始めた。

な…なんだ?何で舐めまわすように僕を見てるんだ?気持ち悪くなってきたぞ…?


『お…おォ…。き…気持ちわりい…目つきが気持ちわりい…!』


『だ…駄目じゃ…。あからさますぎて駄目じゃ…!』


『……性欲で顔面の皮膚が構築されている!!!』


『こ…これほどまでなのね…。』


キコエルン越しに聞こえる仲間の悲鳴。

いや、それを一心に受ける僕の身にもなってほしい。


『聞こえる?柊木君?』


そんな阿鼻叫喚の中、聞こえたのは凛としたかなで先輩の声だ。


『柊木君。吐きたくなるのはわかるけど、落ち着いて。この人が鼻の下を伸ばしているってことは、最初の接触は成功ってことだよ。』


そ…そうなのか?

奏先輩は今まで、こんな奴を相手に戦ってきたのか…。すごすぎるな…。


『今は時間がないから何とか耐えて、柊木君。まずは伴野に会話で好印象を持ってもらうしかないよ。』


確かに、人の印象は出会ってすぐ決まるというよね。なら、やってみるしかない!


思えばこの数か月間、僕は様々な客…いや、ご主人様と接してきた。


そして、僕がモフィ☆で見出したのは最強の接客術。

男性に対しての、最強の攻略法。

そして、自分を殺す方法。


さあ伴野よ、刮目せよ。

これがケモミミメイド、”のぞみん”の本気だ!


「あ…あの!わ…私、先輩のこと、ずっと前から気になってて!」


「おぉ?」


まずは俯き、恥じらいを前面に押し出す!

あえて前髪で顔を隠し、伴野に直接表情を見せないことで、僕の照れ顔を想像させるのだ!


今、僕は一途に恋する女の子…。

柊木望ではなく、灰霧のぞみ…。


そしていくら相手が伴野だとしても、こんなシャイな女子の一途な思いを無下にはできまい!


「野球してる姿とか、すごいカッコよくて…。体育の時間も、男子のほうばっか気になっちゃって…。いつもその先には先輩が…。」


「お…おお?」


伴野が見せた、心の『揺らぎ』。

見えた!見えたぞ!この男のスキが!


僕はすかさず、伴野の服の裾をゆっくりと掴み、優しく引っ張る。

もちろん、僕の手は袖に覆われている。いわゆる萌え袖というやつだ。


「先輩と、もっと近づきたくて…。私のこと…もっと…その…。」


あえて、声のボリュームを落としていく。


『勇気を出して一歩踏み出そうとした女の子、しかし勇気が足らない』という演出を、さりげなく生み出していくためだ。


「だから勇気を出して…!お誘いをしたんです…!!!」


そして顔を上げ、伴野と目を合わす。

もうすでに、僕の眼は溜まった涙で潤っていた。


怯むな!竦むな!目を逸らすな!


『泣きそうなほど怖くても勇気を出し、告白をする女の子』に、落ちない男などいない!!!


そして言うんだ。

涙でぬれた眼が、伴野を捉えて離さない。

上目遣いで怯えたような表情を作り、保護欲を誘う。


さあ、よく聞いておけよ!


トドメのひと言を!



「私じゃ…ダメ…ですか?」



風が、僕の髪をなびかせた。

前髪は優しく触れた風に乗り、僕の顔をより目立たせる。


太陽は僕を一層輝かしく照らし、目じりに溜まった涙を宝石へと変えた。


天気すらも、気象すらも、今は僕の味方だ!


「お…おう。い…いいぜ?」


圧倒されたような伴野の返事。

間違いない。もうすでに、こいつの思考は落ちかけてる!

開始早々ここまでのストレートを食らったら、さすがのこいつもグロッキーだろ!



『おいおい…なんだよこれ…。あれがホントに望かよ?』


『さすが柊木君…。すっごく可愛い!』


『……柊木望という男の『男難だんなんの相』という力。これすなわち、望自身の持つ女らしさと、それを極限にまで活かすことのできる自身への理解力が生み出した、最強の能力…!』


『遂に目覚めたのじゃな…望の内に眠る獅子が…。さすがはワシが見込んだ、最強のメイ—————』


『だあああーーー!教授!それ以上はダメよ!』



キコエルンからは、皆の思い思いの感想が聞こえてくる。

…ってやめて!本人に聞こえてるから!めちゃくちゃ恥ずかしいからやめて!


あとなんでそう、教授は僕の闇をうっかりバラそうとしちゃうの!?

僕が社会的にもギリギリの立場にいることを肝に銘じてね!?


こっちに集中させてほしい!


「と…とりあえず、歩きましょうか…?」


「そうだな。お前のこの手紙に書いてあるのは、メシ?に行くんだろ?どこに行くんだ?」


「え…!?あ…ああ!そうですね!ど…どうしましょう!?」


しまった!

篤志あつしからご飯に誘う文を書いたって言われたの忘れてた!


そういえばこの作戦、伴野に自白剤を飲ませなきゃいけないわけだから、食べ物に一服盛らないといけないんだもんね!


えーっと、考えろ考えろー!?どうにかしてこいつに、”スベテハクーン”を飲ませないと!


伴野からしてみれば、自分の婚約者と関わってる”御剣ホテル”に行くのは気乗りしないだろうし…。


そうなると、なんとか別の中間地点をとりあえず作らないといけないよな…!


「なんだ?何も考えないで呼んだのか?」


「すみません…!私…デートをするの、生まれて初めてで…。」


やばい、このままじゃ伴野の気が僕から反れてしまう!

何とか引き留める方法…引き留める方法…えーっとっ!!!


「誘いなれてないのは結構だが、俺を呼ぶのに何もないってのはなあ?その程度で気を引けると思ってんのか?」


キイイイイイイイイイ!なんだこの上から目線!こいつ鏡見たことあるのかよ!?

どっから湧いてくるんだよその自信は!?


そんなんだから奏先輩に振られるんだぞ!!!


「ごめんなさい!その…あのー…!」


とにかく今は伴野を受け流せ。そして考えるんだ!何とかこの男に一服を盛り、ホテルまで誘導できる道筋を…!


『落ち着いて柊木。とりあえず伴野の好きな食べ物を聞いたらどう?その流れで店まで誘導できるんじゃないかしら。』


そう言ってくれたのは、どんな時でも冷静な相川あいかわさん。

ほんと、この人はいつも頼りになる!さすがだよホント!!!


「えっと…!先輩の好きな食べ物をお聞きしたいんです!噂より、本人に聞くのが確実だと思って…。」


いいぞ!いいぞ!

これなら策がなくても、自然に移動させる口実を作れる!


「あ?それもそうだな…。親父のせいで高い飯は食い飽きたわけだし…そうだな、量が食えるものがいいな。肉とか。」


「ああ~。お肉が好きなんて、男らしいですね!」


その瞬間に、僕は調べようとはしなかった。


伴野の返答に、適当に相槌を打っただけ。

それだけで十分だと、判断していたからだ。


なぜなら僕が調べるより前に、”あいつ”が動くのを分かっていたから。



『財団、出番よ!学校から駅前の”御剣みつるぎホテル”までの道のりの間で、さっきの条件に当てはまるものを洗い出して!』


『……了解…!オッケーGooglo!!!(ピコン)』


『あ、そこは普通にケータイで調べるのね…。もっとこう、変わったやり方だと期待しちゃったわ。』


『……ワタシをなんだと思っているんだ?あっ、出た…。”焼肉屋 うみの”。量も食えてそこそこ安いし、何より”御剣ホテル”の目の前だ。望には、場所を転送しておく。そこからだと通りを曲がれば6、7分程度で着くと思うぞ。』


『好都合じゃない!柊木、まずはそこを目指すのよ!』


了解した!さすがは財団だ!こういった時だけは、こいつを信頼できる!


「あっ!それなら私、いいところを前に友達から聞いたんですよ。行きませんか?』


わざとらしく閃いて見せて、僕は伴野に提案する。

明確に場所を伝えないのは、伴野に作戦を察されないためでもある。


「お?そうか。どこにあるんだ?俺、腹減ってきちゃってよ。」


「秋葉原駅前のすぐですよ。とりあえず歩きましょうか。時間も押してることですし。」


おっと口が滑ってしまった。

が、どうやら伴野は気が付いてないらしい。


それにしても、この作戦思ってたより肉体疲労がすごいな…このままじゃほんとに、僕の精神がぶっ壊れちゃうよ…。


持ってくれよ…僕の体…!


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