・《女装男子は蜜ですか!?》- 2 -


「それで?お前はどこまで俺のことを知ってるんだ?」


僕の横を、偉そうに歩く伴野ばんのが切り出してくる。

どうしよう、この質問は少し厄介だ。


相手はまだ、初対面の”灰霧はいぎりのぞみ”に対しては手探りの状態。警戒した姿勢なのは仕方ないだろう。


のぞむ。ここで変に込み入った事を言うなよ?相手はなるべく、白沢しらさわ先輩の事を隠しておきたいだろうしな。』


矢車やぐるま君の言うとおりだよ、柊木ひいらぎ君。この男は何より世間の評判を気にするタイプだから、本音を出して刺激しないようにね。』


二人の言う通り、ここは穏便に”学校で有名な先輩”としてのイメージでいったほうが正解かもしれない。


「そうですね。私実は先輩の事、あまり知らない部分も多くて…。でも、女子の間ではいつも先輩の噂で持ちきりなんですよ!私がその…少し嫉妬しちゃうくらいには…。」


「そうかそうか!なら良かった!ちなみに、どんな噂が流れてるんだ?」


掘り下げてくるなあ!めんどくさい!

適当にほめとけばいいだろ!


「それはですね—————」


『柊木君。噂は”同じクラスの女子を、傷つかないように振った”って言って?』


「え…?でもそれじゃ…!」


やばっ!突然すぎて声に出てた!!!


「ん?なんだ…?どうしたんだ?」


やばいやばい!疑われてるよ!


『いいの柊木君。言って?』


でも…そんなの嘘じゃないか!かなで先輩の気持ちはどうなるのさ!


『望、言え。バレるよりはマシだ。あと、お前が思っているほどこの人はヤワじゃないかもだぞ。』


『何せ、お姉さんだからね!大丈夫だよ、柊木君。この作戦は”私たちの”なんだから。』


ああもう分かったよ!妙なところで頑固なんだから!


「伴野先輩の噂だと…”告白してきた同じクラスの女の子を、優しく振ってあげた”と聞きました。優しい先輩だなって、その時感じたんです…。」


渋々、僕は先輩の言ったことを口にする。

なんというか、どうしようもないほどの敗北感と、罪悪感が、僕に襲い掛かってきたようだ。


「ああ、あの女か!あれはもう、本当にかわいそうなやつだった…。変な女顔の男に踊らされて、俺がそこを助けてやったんだ。そいつを停学にもしてやったし。俺の親は、ここの校長と仲がいいからな。」


目の前!その男、目の前にいますよ!

というかこいつ、口から出まかせしか言わないな!

嘘と欲で皮膚を塗り固めた妖怪か何かか!?


『白沢先輩。あれ、どう思う?』


『矢車君。今の私には話しかけないほうがいいと思うよ?』


『こ…こここここここわいのじゃ…。羅刹じゃ!本物の羅刹じゃ!』


『……白沢先輩…。これを見て落ち着いて…。』


『…!?ざ…財団さん、これは!?柊木君の着替えシーン!?さっき撮ったやつ!?』


『……一枚…100円。10枚なら900円と、望のお風呂———』


『10枚買った————————!』


『ちょっ…!財団!私も10枚!!!』


『……まいどありっ!!!』


おいいいいいいいい!

何そっち関係ない話で盛り上がってんのさ!

というかいつ撮った!?お風呂って何!?お風呂の何なの!?


というかなんで二人とも欲しがってるの!?


いやいや、今はこっちに集中しないと!


「そ…そうなんですね…。あはは…。」


もうこの話は笑って流そう。


これ以上は不毛だ。

と、僕が呆れたような顔をしたのにも関わらず、この男の出まかせは止まらない。


「そしたらその女がよ、言ってきたんだ。前から好きだったって。でも俺は彼女を傷つけたくなかったから、優しく断ったのさ。」


はい?

嘘つけよ。


今まで奏先輩がどんな気持ちで、どんな思いで、お前の嫌がらせと戦ってきたと思う?


どんなに傷ついて、それでも必死になって、守りたいものを守ってきたと思う?


「男のほうもよ。停学になった途端に大人しくなったらしくてな。まあ、あんなナヨナヨしてる奴に負ける俺じゃないからな。」


『望のヘナチョコパンチくらって吐血してた奴に言われたくないな。』


『……同感。』


僕の事はどうとでも言えばいい。

でも…こいつは、まだ先輩を悪く言い続ける。


『柊木、ダメよ。今は落ち着いて。怒りたい気持ちはみんな一緒。でもここでアンタが怒ったら、全てが水の泡よ。』


『ノゾム、辛抱じゃ。』


分かってる。分かってるけどさ。


僕の拳が、ギリギリって…力を弱めてくれないんだ。


「結局、その女は俺に振られてなお俺のことが忘れられないらしいしな。ほんと、彼女には申し訳ないけど仕方ないよな。俺は、この学校の有名人だから、俺と付き合ったら他の奴が嫉妬しちまう。」


この野郎…。

なんでこう、こいつは嘘をつけるんだ。

お前はその目で、どこを見ているんだ?


嘘で塗り固めて塗り固めて、裏ではどれだけの人を傷つけてきた…?


その浅はかな考えで、先輩すらも巻き込んで…!


『大丈夫だよ。柊木君。』


苛立ちが最高潮になろうとした時、ボソッと聞こえてきた声。


『本当に、可哀想な人だよ。本当に、見てられないくらいに。』


奏先輩の、心底憐れみを交えた悲しい声。


救えないほどに弱った生き物に対して発せられる言葉のような哀愁が、彼女からは伝わってきた。


伴野は笑っている。


自慢げに、嬉々として、後ろ髪引かれることもないかのように笑っている。


『自分というものが何だったのかも、この人はもう分からなくなっちゃったんだと思う。理由は分からないけどね。』


その言葉を聞いた時、伴野のその姿は、とても空虚で儚いものに見えた。


『与えられた富とか権力とかで王様気取りで、自分を知らない人には嘘と見栄で塗り固めて、いつしかその嘘が自分だって勘違いするようになったんだろうね。』


伴野も僕も、足を止める事はない。

たった数分の道のりが、こんなに長く感じたことなんてなかったかもしれない。


『私も、柊木君に嘘をついたよね。自分を隠したくて、自分を偽りたくて、自分を知って欲しくなくて。そんな点では、私とこの人はすこし似てるのかも知れないね。』


嘘って…何だろうか。

みんな当たり前に嘘をついて、毎日を生きている。


辛い時、悲しい時、めんどくさい時。

いろんな時に嘘をつく。


それがダメだなんて、僕は思わないし、言うつもりもないけれど、先生や親たちは言うんだ。


‘’嘘をついてはいけない’’って。


『でも、だからこそ。私はこの人みたいにならなくて良かったって思う。この人みたいに、自分が変わってしまったことすらも気がつけないほどに盲目になる前に、気付かせてくれる人に出会えたから。』


嘘をついてはいけないのは、嘘をつきすぎると『本当になってしまうから』なんだろう。


それは決して、悪いこととは言い切れないかも知れないけれど。


少なくとも、伴野が生み出した虚構の自分は、僕から見れば随分と小さく、憐れに見えた。


『だからね。ありがとう。ありがとうね、柊木君!君に会えて、私は変わった…。君に会えて、私は自分と向き合うことが出来たよ!君に会えて、いっぱい笑えたよ!』


伴野が笑って話を続けている。

きっと、僕のことを馬鹿にしているのだろう。

もしかしたら、奏先輩のことを悪く言ってるのかもしれない。


しかし不思議と、先程までの苛立ちは消え去っていた。


というより、僕の耳にはもう、伴野の声なんて入ってこなかった。


『柊木くん!私は、君に会えてーーーーーー』


なんだろう。不思議だ。


先輩の声が、街の狂騒よりも、伴野の声なんかよりもずっと、ハッキリと聞こえてくるんだから。



『君に会えて!!!本当に良かった!!!!』



ありがとう。先輩。

僕には、そんな言葉勿体無いかもしれませんが。

頑固な先輩がそんなに叫んでくれるなら、きっと本心でそう思ってくれてるんですね。


「僕もです…奏先輩。」


自分語りに花を咲かす伴野を尻目に、僕は静かに呟く。


この想いに無言で返すのは、本当にもったいない気がして仕方なかったから。


『お…おいおいおい。どうする財団。なんかいきなり惚気始めたぞこいつら。』


『……お…落ち着け篤志あつし。流石のワタシもビックリして何も言い出せなかった…。』


『そ…それより、ヒメノがなんとも言えない顔をしておるのじゃが!?大丈夫じゃぞヒメノ!望は多分、今の発言の5割は理解しておらんからの!」


『奏先輩ってずるいぃ…。そんなのされたら私どうすればぁ…!!!あぁーーーー!』


『だ…ダメじゃ!ヒメノが壊れた!カナカナ…じゃなくてカナデ!ヒメノをなんとかするのじゃ!』


『え!?ご…ごごごめんひめちゃん!私そんなつもりじゃなくて!あの!その!本当ごめん!』


『いいいいいいいんですよぉ…。大丈夫ですからぁ…。』


『……難儀だな…相川あいかわ…。』


なにやらあっちが騒がしいけど、僕はなんだか心に少しばかりの靄がかかったように感じていた。


伴野を罠にはめる。

ただそれだけの計画は、僕の中で別の意味へと昇華されていった。


これは、僕の勝手な想いなのかもしれないが。

この男の嘘の鎧を、僕は剥がしたくて仕方がないのだ。


この男がもう同じ過ちを繰り返さないように。

もう二度と、奏先輩のような人を出さないように。


伴野を知った今だからこそ、こいつを止めなければならないと思うんだ。


行き過ぎた正義感だろうが、善人気取りだろうが何だっていい。


僕は僕のエゴのために、”新たな作戦”をやりたいと思った。


『作戦、変更するか?今なら間に合うと思うが?』


僕の気配を敏感に察したのか、それとも僕の考えを読んだのか、篤志から提案が飛んでくる。


『お前のことだから、伴野に少し同情したんじゃないか?可哀想だなって。そうだとしたら、それは余計なお世話だ。』


違うよ。とは言い切れない。

余計なお世話も否定はできない。


でも、それでも僕は…


『見過ごせないか?相手はあの伴野だぞ?』


ごめん。篤志。

多分お前は分かってるんだな。僕の気持ちが。


『この計画は、言っちまえば復讐だ。痛い目を見てもらって終わり。正直、品もクソもあったもんじゃないが、少しはスッキリすると思って俺たちはこれを計画した。』


そうだ。これは復讐だった。

怒りに任せて、僕たちは伴野を罠にはめようとした。それで良かった。それが正解だったんだ。


でも、今はそうじゃない気がする。

今の僕たちが復讐なんかしても、スッキリなんてするはずない。


だってそうだろう?

奏先輩だって、僕だって、今はそんなこと望んじゃいない。

そんなことをしても、なんの解決にもならないんだ。


『かといって、じゃあどうする?って話だよな。このまま計画通りにいけば、伴野は御剣みつるぎ咲夜さくやの父親に見つかってハニートラップ成功。これもある意味、いいお灸になるだろうけどな。』


たしかにそうだ。

伴野は自らの過ちで、大事なものを失う。

僕たちも、一矢報いる事が出来る。


でも本当にそれが正解か?

本当にそれが僕たちの正義なのか?


一番大事なのは、本人が気がつくことじゃないのか?


伴野が、”伴野自身の過ち”に気がつくこと。


伴野が、自分自身を見直すことができること。


それが正しいやり方じゃないのか?


『望…。お前は本当にバカだな。』


「分かってるよ…そんなこと…。」


思わず、呟いてしまう。


うん。充分わかってる。

なにも言わなくったって、お前は分かってくれてるだろ。


『無駄に正義感強くて、クサいことばっか言って、すぐに面倒ごとに首突っ込んでよ。ダサいっつーの、今の時代。”御面おめんドライバー”の見過ぎだぜ?』


そうかもね。

ダサくて、クサいセリフ吐いて、カッコつけてさ。嫌な奴だよね、ほんと。


『白沢先輩のためとかじゃなくて、結局お前は自分が満足したいだけなんだよ。自分の力で、誰かを変えたい。導きたいって思ってるだろ?それはお前のエゴだ。余計なお世話なんだって。』


その通りだよ。ぐうの音も出ない正論だ。


僕は最低だ。


自分で首を突っ込んで、悩んでる人や苦しんでる人を自分の力でどうにかして助けたいって常に思ってる。


特撮番組の見過ぎかな?現実は、そう上手くはいかないって分かってるのに。


『でもよ。俺も好きだぜ?”御面ドライバー”。熱いし、燃えるしよ。いつ見てもかっこいいよな。』


知ってる。

いっつも僕たちは語るもんな。

子供みたいに無邪気にさ。


『それと…お前のそのエゴや正義感に助けられた奴らも、俺は知っている。だからその…なんだ?お前のその馬鹿みたいに突っ走るとこ、俺は嫌いじゃねえよ。』


なんだよ気持ち悪い。

いいよお前にそんなこと言われなくたって。


『なあ、望。お前の本心を教えてみろ。お前は今、どうしたい?どうすれば、満足できる?』


分かってるくせに聞いてくるなよ。

相変わらずお前は意地悪だな。


ああ、分かった教えてやるよ。


僕はーーーーー


「僕は……。」


『お前は?』


「…僕はこの男を、伴野を助けたいんだ。」


誰にも聞こえないほど小さい、細やかな決意。

しかし、マイクの向こうの悪友は、どうやら察していたようだ。


『やっぱ結局そうなるよな。お前が口に出さなくたって、なに考えてるかくらい分かるわ。ここまで聞いたら、もうお前のやりたいことなんて一つなんだろうよ。』


そりゃどーも。察しが良くて助かるよ。

ほんと、こいつは底が知れないというかなんというか…。


心強いよ、側にいてくれて。



『計画変更だみんな!』


『なに!?変更じゃと!?どこから変えるつもりじゃ!?』


『なあ、教授。”スベテハクーン”の効果時間はどれくらいだって望に説明した?』


『む?それは”スベテハクーン”のラベルにも書いてあるが、あの薬は効果時間が10分じゃ。時間の関係上、量産が難しかったからの。10分でカタをつけなきゃもう予備はないぞ!?』


『そろそろ開始から20分か…。もう望は店の前あたりだろう。充分だな。』


『何を考えておるアツシ?望に何をさせる気じゃ?』


『何言ってんだ教授。これはあいつの計画だよ。多分望は、10分以内に"スベテハクーン”を使う。』


さすがだぜ、僕の親友。

言葉に出さなくったって、こいつには全部筒抜けみたいだ。


『……でもそれじゃ…効果時間はどうなる?』


『望は多分、”スベテハクーン”の効果が切れてから御剣咲夜の親父に合わせるつもりだ。』


『なんじゃと!?それじゃ意味が…。』


『柊木くんなら、そうするだろうね。』


『柊木が言わんとしてることがわかったわ…。』


『さすがはお二人さん。望の事をよくご存知で。』


『なんじゃ!?ワシだけか!?ワシだけわかっとらんのか!?』


『……あーなるほどね!完全に理解したわ!分かった分かった!アレね!』


『財団!お主絶対わかっとらんじゃろ!?』


『とにかくだ!俺たちの計画は全く別の方向に変更された!ここからは望のステージだ。俺たちは望からの連絡を待ちつつ、御剣咲夜チームに連絡を取るぞ。』


『ど…どういうことじゃ!?あのノゾムの小声から、アツシは何を読み取ったのじゃ!?』


『ん?ああ、簡単さ。この状況で、”特撮オタクの柊木望くん”がやることなんて容易に想像つくだろ?』


『……だよなー!いやー!すごいわ!うん!さすが望だわ!すごいわほんと!』


『だから財団!お主、絶対わかっとらんじゃろ!!!!』



残念なことだけど。

僕は子供の頃憧れた特撮ヒーローにはなれないし、ましてや強くもないし力もない。


でも、僕は僕でありたいと思える自分がいる。


ここからは僕の、本当の本当にただのワガママかも知れないけれど。


これをやらないで後悔するよりは、やって後悔した方がずっといいような気がするんだ。

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