・《婚約解消の作戦ですか!?》- 2 -



「はじめましての人ははじめまして。私が御剣みつるぎ咲夜さくやだ。」


「そんな売れない作家のあとがきみたいな…。」


御剣先輩が出てきたのは、店が閉店し片づけを始めた直後だった。


「いやあすまんすまん。仕事が立て込んでいてな。で、何の要件かな?」


「……御剣咲夜。あなたの婚約者である『伴野ばんの しげる』について尋ねたいことがある。」


「なんだなんだ。いきなり私の聞きたくもない話題からだな…。のぞみんがチクったのか?」


「違いますよ!財団たちは自力で突き止めたんです。」


「ほう。教授ちゃんは顔見知りだったが、君には直接挨拶をしたことがなかったな。噂には聞いているよ財団君。」


「……それはどうも。」


「で、あの男の話題が出るってことは、私のことはある程度知られてしまってるってことでいいのか?」


「その通りじゃ。それを踏まえ、ワシたちはお主に提案があってきた。かなかなの件は知っておるじゃろう?」


「そりゃあもちろんだ。こっちも散々な被害が出たからな。主に修理費。」


いや、それは店長が大暴れしたからでしょうが…。

……。スルーしとくか…。


「それを何とかできるかも知れないのじゃ。お主の協力次第でな。」


「と、言うと?」


「……御剣咲夜。あなたは『伴野』のことをどう思っている?好きな相手か?それとも───」


「大っ嫌いだな。」


即答だった。

まあそうだよなあ…。いいとこ一つもないもん。人間的な意味で。


「破談にできるならしたいくらいだ。あんな女装も似合わない、いけ好かない男は私の眼中にはない。私はもっとこう…。」


そう言いつつ僕のほうを見つめ始める先輩。


っておい!?何見てるんだ!?やめろ気持ち悪い!

完全にスケベ親父の顔してるよアンタ!


「……なるほど…。望はまた一人、フラグを立てた…と。」


「あの目付き…。『変態』のそれじゃな…?」


キミらも余計なこと言ってないで話を進めてくれないかな?

僕の貞操が危険にさらされるその前に!


「……でも、これで都合は良くなった。」


「じゃな。」


「…?どういうこと?二人とも。」


二人は顔を見合わせ、何かを確認するように頷いた。

何だろう。とても楽しそうに見えるのは僕だけだろうか。


「……御剣咲夜。この話、破談にできると言ったら、乗る勇気はあるか?」


「なに?」


御剣先輩の顔が、少し驚いた表情に変わる。

そりゃそうだ。ただの高校生が、他人の、しかも大手企業同士の婚約を破談にすると言い出したんだ。驚くのも無理はない。


かく言う僕も、驚きを隠せなかった。


「ワシたちは、かなかなの件を解決するにはこの方法がベストだと考えておる。」


「一応、聞かせてもらおうか。」


御剣先輩は、かつてないほどに真面目な声色で切り返した。

その声色に答えるように、教授も、財団も、いつになく真剣な面持ちになった。(紙袋越しだがきっと真剣だろう)


そして財団の口から発せられた、その方法とは――――――



「……簡単に言おう。伴野茂を、『ハニートラップ』にはめるんだ。」



「は?」


あっけにとられたのは僕だけじゃなかった。

御剣先輩も、遠くで片づけをしている相川あいかわさんも、口を開けて固まっていた。


「ハニートラップって!そんなのでどうにかなるの!?」


「どうにかなる…じゃないぞノゾム。どうにかするのじゃ。」


「いやいや教授!よく考えてみてよ!学校のなかじゃ伴野は女はべらかしまくってるので有名なんだよ!?今更女の話でどうにかなんて…。」


「……『学校の中では』…な。」


「え、どうしたの財団。僕変なこと言った?」


「……望。よく考えてみろ。伴野が好き放題で来たのは何故だ?お前が言うように、節操なしで有名な伴野が、なぜ破談になっていないのか。」


「そ…そりゃ、外に行かないように学校で隠蔽しているからじゃ…。」


校長お気に入りの野球部。中でも優遇されている『伴野』。

噂では裏で金が動いてるだのなんだのって言われているし、隠蔽だってやろうと思えば可能なはず…。


「ま、待ってくれ三人とも。」


悩む僕を遮るように、御剣先輩が切り出す。


「そういえば、私の父はあの男の節操のなさを知らなかった…。とてもいい青年だと褒めていたくらいだ。」


「えぇ…。ドン引きなんですけど…。」


どこに目をつけてるんだよ全く。

どっからどう見ても悪党顔でしょうが!


「……予想するに、伴野は現在の自分の地位が会社の知名度と財力によってのものだと理解しているんだろう。だから大手企業の婚約者の家族には好青年を演じている…。」


「でも、それを踏まえたとしても、学校ごと丸々隠蔽されてるんだよ!?多分『伴野』の親だってグルだろうし…。」


「だからこその『ハニートラップ』なのじゃよ。ノゾム。」


教授が自信満々に言うが、僕にはさっぱり分からない。

どうしたら『ハニートラップ』につながるの?


「分からない顔をしておるし、一つずつ順を追って説明するぞい。」


「お願いします。」


「まず、絶世の美女がバンノを誘惑し、デートまで持ち込む。」


「ほう。」


「そしていい感じにバンノと過ごし、バンノを調子に乗らせる。」


「ふむふむ。」


「……その間に、御剣咲夜には父親と一緒に出掛けてもらう。いくら忙しいとはいえ、これは絶対条件だ…。」


「私の父をか…?まあ頼んでみるが…。」


「そして美女は上手い事バンノを誘導し、女子といるところをミツルギ殿の御父上にバッタリ会わせる作戦じゃ!」


「…なるほど。」


随分とザックリで心配なほどだけど、言いたいことは分かった。


学校内じゃ揉み消せる伴野も、学校外じゃ見られちゃマズい。その見られた相手が婚約者の父ともなったらとんでもない不祥事だ。


「でも、そんなにうまくいくかなあ…?そもそもそこまでの絶世の美女なんか知り合いにはいないし…。しかも演技とはいえ伴野の相手なんか申し訳ないよ…。」


美女、というよりは可愛い見た目の女の人が周りには多いからなあ…。

相川さんとか、奏先輩とか…。


「……この作戦を考えたのは篤志あつしなのだが、彼には知り合いに心当たりがあると言っていた。」


「へえー。あのボンクラお馬鹿さんの篤志でも、僕らの知らない可愛い女の子の知り合いがいるんだね。うっかり絞め殺したくなっちゃうよ。」


「同感じゃな…。」


「……邪悪な最強タッグが生まれてしまった…。」


許せない…。

教授という篤志にとってのメインヒロインがありながらの愚行!死をもって償わせてやる。


「でも気になるなあ。それってどんな人なんだろ。」


僕だって男だ。

絶世の美女だというなら、是非とも拝んでみたい。


「……男心の分かる、少し変わった奴だと言っていた。」


「男心?ボーイッシュな子ってことかな?弟多そう。」


「……いつも変な男子に好きになられてしまい、困っているとも聞いたな。」


「あー。なんでも受け入れちゃう優しい性格って感じ?」


いいじゃないか。聞く限り凄く良い子だぞ…?

これはますます気になってくる。


「……さらには『女装』が似合いそうで、イニシャルが『H・N』らしい。」


「へえー。」


ん?


いやいや。ないない。


すっごく聞き覚えのあるイニシャルだし、『女装』って聞こえたような気がするけど気のせいだよね。そうに違いない。


「……望、自分に言い聞かせているようだが…今回の『ハニー』の役は―――――」


「ぜっっっっっっっっっ対にイヤだ!!!!!!!!!!!!!!」


なんで!?なんで男の僕なの!?


「篤志曰く、あんなクズに女子が巻き込まれるのは申し訳ないと。」


「それは分かるけどなんで僕!?教授にホムンクルスでも作ってもらえばいいじゃない!」


「ノゾム…流石のワシでもそこまで高度なものは作れんぞ…。」


「キョジュえもん!何とかしてよォ~!」


「……諦めろ、のぞ太くん。確かにお前は伴野との一件でやらかしたが、お前の女装した姿はほぼ別人だ。バレる可能性はほぼ無いに等しい。自信を持て!」


「誰が『のぞ太』だ!何で高校一年で女装に自信持たないといけないの!?何にも嬉しくないからねそれ!」


「ノゾム。いや…のぞみん。これは、かなかなを助けるためでもあるのじゃよ?」


「なんでわざわざ言い換えたの教授?でも、それを言われると辛いものがあるけど…。」


確かに、こんなことに他人を巻き込めない。

かなで先輩の安心のためにも、僕はじっとしてるわけにはいかない。


そうは思う…思うんだけどさ…。


「女装…しなきゃ、駄目ですかね…?」


「駄目じゃな。」


教授…そんなかつてないほどキッパリと言わないでおくれ…。


「……だめだ。」


財団…いつか君の紙袋をビリビリに破いてやるから覚悟しておけ…。


「女装!?のぞみんがメイド服以外で女装!?なら私も全力で協力しよう!」


御剣先輩…。アンタは最初から全力で協力しろ…。


「だああああああ!もうわかったよ!女装しますよ!すればいいんでしょ!やってやりますよ!こんちくしょおおおおおおおお!」


「「「それでこそ、のぞみんだな(じゃな)!!!」」」


「覚えてろよあんたら!」


僕の声が、夜の店内に響き渡る。

奏先輩がまた、安心して働けるように。

力になれるか分からないけど、やれるだけやって後悔したいからね!


僕たちはそれぞれの支度を終えると店を後にする。


柊木ひいらぎ…。頑張って。」


僕の耳に微かに聞こえた声は、夜の闇の中に消えていった…。

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