・《停学通知は衝撃ですか!?》- 1 -


「まずいことになったあああああ!!!」


堪えられず、ついには叫んでしまっていた僕。

まだ朝だというのに僕はいつもの通学路を帰っていた。


まずい、今の現状はかなりまずいぞ僕!

高校に上がったばかりで早速停学って、イキったヤンキーみたいだよほんとに!

親になんて説明したらいいんだ!?妹にもなんて言ったら!?というか仕事は!?

悩むことが多すぎる!けど…。


落ち着け、まずは落ち着くんだ…。


「でも仕方なかったとはいえ、伴野をぶん殴ったのも事実なんだよね…。」


そう。

昨日、伴野が奏先輩に殴りかかったのを止めるためには、ああするしかなかった。

自分でも怒りが頂点に達していたし、抑えられなかったのは仕方ない。

正直、一発かませて気持ちよかったし。


しかしだ。


「なんか、すっごくモヤモヤする。」


僕の心に残っているのはどうにも振り払えないモヤモヤだ。

奏先輩をあそこまで追い込み、今なお危険視されるあの男が裁かれず、僕だけが無期限の停学とは、かなり癪に触る。


「奏先輩、大丈夫かな…。」


昨日、奏先輩は我が家で夕飯を食べた後、僕が家へと送って行った。

正確にはマンションの前までで、奏先輩曰く『部屋は見せられる状況じゃない』らしい。どんなカオス空間なんだろう。


今日、奏先輩が学校を休むことは昨日聞いていたし、今頃は家にいるのだろうが、今度は僕の問題が浮上してしまった今、奏先輩に詳しいことを言うのは避けよう。


「と…とりあえず、バイト先に色々聞かないとな…。この時間、店長っているのかな…?」


家計のために働かなきゃいけない現状、僕はバイトを休むわけにはいかない。

とりあえず、店長に聞いてみるしかないだろう。

しかし今はまだ平日の朝だ。


恐る恐る『モフィ☆』に電話をかけると…


『はい、こちら『ケモミミメイド喫茶モフィ☆』です。』


「あ、もしもし?柊木です。」


『あ…のぞみん?どしたのこんな時間に?まだ朝だよ?』


出たのは柳瀬先輩だった。

そういえばこの人、年齢的に大学生だと思うんだが、大学には行っていないのだろうか?


「いや…それがその…。」


『もしかして…学校の方でなんかあった、とか?』


「そ…そんな感じですね…はい。」


『のぞみんって、高天原の1年だったよね?』


「え、そ・・・そうですけど?」


『はぁ…。この俺の親父ながら情けねえ…。何やってんだよあの人は…。』


「……?何の話ですか?」


『ん?いや、こっちの話。それより、詳しいことはこっちきて話す?店長と御剣は会計作業やってるからいるし、俺も今日は一日いるよ?』


「あ…はい。そうします。今から大丈夫ですかね?」


『開店まで時間あるから大丈夫大丈夫。怪我しない様に気をつけて来なよー、じゃねー。』


一方的に通話を切る柳瀬先輩。

柳瀬先輩は初見時は腹がたったけど、こーゆー時は気が利いて心配もしてくれるあたり、やはり根はいい人なのかもしれない。

普段は飄々としていて掴みどころがないが…。


僕は『モフィ☆』に向かうため、秋葉原の大通りを目指して歩き出した。



.

.

.




そして十数分後。

学校からモフィは徒歩でもそこまで遠くはないので、駆け足で店に急いだ。


スタッフ専用の裏口から入り、事務所の扉を開けると、そこには店長と御剣先輩が、私服姿で電卓を叩いていた。

なお柳瀬先輩は二人のためか、お盆にお茶を乗せているところだった。



「お…おはようございます…。」


「あら?♡のぞみん、おはよ♡」


「おお、のぞみん!今日も女装が似合ってるな!」


「あんたは遂に、僕の制服姿すら女装と判断するようになったのか!というか、どちらかというと男装でしょ!!」


「のぞみん、それは自分が女の子と認めてるようなもんだぞ…。」


バカな…ハメられただとッ!?


「それより、のぞみんもお茶飲むか?俺が入れる茶は旨いぞ?」


「あ、じゃあ頂きます。」


少しいそいできた分、喉が渇いてしまっていたのでここは素直に貰っておこう。

でも柳瀬先輩が持ってるそれ、どこにでも売ってる緑茶のパックだから、旨いもクソもないと思う。


僕と店長と御剣先輩がソファへと座り、柳瀬先輩がお茶を配り終わった後、口を開いたのは店長だった。


「で、何があったのかしら?♡」


直球。

でも、僕にとってはかなり言い辛い。

まさか、高校上がってすぐ停学になったなんて恥ずかしくて言えないよ!


「そ、それがですね…これ…。」


僕はポケットにクシャクシャにして入れていた封筒を机の上に置き、中に入ってる紙を広げてみんなに見せる。


「のぞみん…これってまさか…。」(珍しくまともな反応の御剣先輩)


「あちゃー…やっぱ予想通りかぁ…。」(頭を掻く柳瀬先輩)


「停学になっちゃったのね♡」(少し考えるような顔をする店長)


「はい…。」


3人が思い思いの反応をする中、僕はただ返事しか返せなかった。


「これって、昨日店を荒らしに来た子達となにか関係があるのかしら?♡」


「ま…まあ…。」


「何かあったとしたら、昨日の奏ちゃんの一件の後ってことになるわよねん♡」


「そ…そうですね…。あの後、僕は学校に行って―――――」


事情を知らない三人に、今まで起きたありのままのことを話す。


伴野という男が先輩に告白して振られたこと。

その仕返しのため、盗撮した写真で先輩を脅し、交際を強要しようとしたこと。

決断を迫り、奏先輩を焦らせ、更には彼女の大事に思っている場所や人を傷つけようとしたこと。

その結果として昨日教室で起きたこと。


そして何より、僕が伴野を殴ってしまったこと。


僕の知ること、やってしまったことを、全て吐き出した。


「―――――――というわけなんです。」


正直、僕のしたことは停学になってもおかしくないことだ。

仕方なかったとはいえ、上級生の、しかも噂だとそこそこ文武両道の人の顔面をぶん殴ってしまったわけだし。

責められても仕方ない…と思っていたのだけれど―――・・・。


「なるほど…。いやあ…うん…。」


「あらあら♡」


「のぞみん、君は女装だけが取り柄じゃなかったんだな…。」


「皆さん何ですかその反応。」


何この微妙な空気!?

柳瀬先輩は驚いた顔で止まってるし、店長は頬を染めてうっとりしている。

御剣先輩が、いつから僕の取り柄は女装だと勘違いしていたのか気になるけど、今かまってる暇はない!


「いや、のぞみん。つまり君は、奏ちゃんを守るために先輩を殴ったってことだよね?」


「…え?」


柳瀬先輩から発された言葉は、僕の考えとは少し違っていた。


「俺、のぞみんって女顔で男受けする、ツッコミ役の少しサイコな後輩って思ってたけど、案外やるじゃん!」


「心の中ではそんなこと思ってたんですかアンタ!?畜生、アンタを1ミリでも信じた僕が馬鹿だったよ!」


「わ…私も、女装して罵ってくれる可愛い後輩だと思っていたが…。そんな話聞いたら、流石の私も少しときめいたぞ…。」


「アンタも大概だなオイ!罵ってるんじゃなくて純粋にドン引いてるんだよこっちは!お願いだからそろそろ分かろう?ね!?」


「私も年甲斐もなくうっとりしちゃったわぁ♡やっぱりのぞみんは私の見立て通り、いいオトコだわ♡」


「やッ…やめろおおおおおおお!舐めまわすように僕の体を見るなああ!」


真面目な話をしてるんだよこっちは!

なんですぐに性癖出ちゃうのこの人たち!


「とにかく!奏先輩は今なお危ない状況なんです。しかも僕も停学になってしまって…。」


「にしては停学になるまでが早すぎるだろう。事実確認もされてないのに…。」


「咲夜の言う通りだ…。親父は何やってんだよ全く…!」


「すみません、電話の時から気になっていたんですが、その『親父』って何のことですか?」


さっきの電話の時から気になっていた、柳瀬先輩の言う親父。

普通に考えれば柳瀬先輩のお父さんなのだろうけど、それが僕の学校の事と何の関係があるのだろうか。


「のぞみんは、柳瀬のお父さんのこと知らないのか?」


「は…はい。そもそも柳瀬先輩にあまり興味がないもので…。」


「のぞみん、いまだに連絡先教えてくれないもんね。」


ごめん柳瀬先輩。完全に忘れてた。

後でちゃんと教えておこう…。


「それが…俺の父親って、理事長なんだよね。」


「へえ…そうなんですか。凄いですね。…で、何の?」


「いや、だから高天原高校の。」


「え?」


「高天原高校の理事長やってんのよ。うちの親父。」


「ええッ!?」


何それ私聞いてない!!

柳瀬先輩のお父さんが理事長!?


そういえば理事長って、あんまり生徒の前に出てこないし、僕も名前知らないや。

でも、それが本当だとすると…。


「僕の停学を何とかできるかも!?」


「そのことで俺も考えたんだけどさあ…。」


「何か問題があるんですか?」


憂鬱そうに俯く柳瀬先輩。

なんだろう、何かあるのかな?


疑問に思う僕に、答えをくれたのは御剣先輩だった。


「柳瀬は、父親と喧嘩して別居中なんだ。」


「喧嘩して別居?そりゃまたなんでです?」


「今年の夏、留学中の妹が返ってくる予定なんだけど。そのことで色々揉めてね…。親父についていけなくなって出てきちゃったんだ。俺は今、大学もろくに行かずにここで働いてる。」


「そもそも引きこもってたところを、私が幼馴染のよしみでここを紹介したってわけだな。」


「なるほど…だからお父さんとは話し辛いと…。」


「まあ、そういうこと。うちの親父、かなりの自由奔放主義でさ。学校の仕事すらほっぽり出してどこか行っちゃうくらいだし。」


「それが高天原の校風にも影響してるわけですね。」


「しかしだ柳瀬。このままってわけにもいかんだろう?このままじゃのぞみんは一生停学のままだぞ?」


「分かってるよ。気は乗らないけど可愛い後輩のためだ。一肌脱ぐさ。」


「初めて柳瀬先輩がカッコよく見えました!素敵です!憧れちゃうなあ!」


「のぞみん、結構君って都合良いよね!?今まで君が冷えた目で見てきたの、俺は忘れてないからね!?」


校長すら話にならない今、理事長とコンタクトを取れる柳瀬先輩に頼るしかない。

本当頼みましたよ!!


とにかく。

学校のことはいいとしても、肝心の問題は―――――


「で、今奏ちゃんはどうしてるのかしらん?♡」


黙々と茶菓子を食べていた店長が、お茶を飲んだ後に聞いてくる。

なんで茶菓子の包装紙をハート型に折ってるの?乙女なの?


「昨日、僕が家に送りました。明日は学校も休むって言ってましたし、今日は家で安静にしてると思います。」


「そう、それならよかったわ♡じゃあ問題はその『伴野ちゃん』ね?♡」


「そうですね…奴をどうにかしない限り、奏先輩も安心して学校には行けないと思いますし…。」


そう。

敵はまだピンピンしているのだ。

伴野を何とかしない限り、奏先輩に安心はない。


「ねえ、のぞみん。一つ聞いてもいいかな?」


「なんですか柳瀬先輩。」


「その、『伴野』って子の下の名前、教えてくれない?」


「えっと…確か『伴野 茂』だったと思いますけど…何でですか?――――って御剣先輩!!?」


柳瀬先輩と目を合わせようとすると、先程までは普通だった御剣先輩の顔が一気に青ざめていた。


「ど…どどどどどうしたんですか御剣先輩!?顔がアケビみたいな色になってますよ!?」


「ななななな…なんでもない。わ…私の顔は元からこんな感じだ!」


「いやいやいや、あからさまに血が通ってないじゃないですか!って、汗凄いな!大丈夫ですかホント!」


「咲夜…大人しく認めたほうがいいよ。この一件、お前のよく知る『伴野 茂』が関わってるみたいだ。」


「や…やめろ!そんな名前聞くぐらいなら、のぞみんが屈強なガチムチレスラーになったほうがまだマシだ!頼むからその名前を出すな!」


何この名前を言ってはいけないアノ人みたいな空気。

聞く限りだと、御剣先輩と柳瀬先輩も『伴野』のことを知ってるみたいだけれど…。


あとなんで僕が引き合いに出されてるのかは突っ込まないでおく。

誰が屈強なガチムチレスラーだよ。


「でも間違いないって。『伴野』なんて苗字なかなかいないし、ましてや下の名前も一緒なんだよ?諦めなって…。」


「くッ…!殺せ!もういっそのこと私を殺せ!その忌々しい名前の記憶ごと、私を殺せばいいだろう!」


オークに捕まった女騎士かアンタは。

見た目は良いから無駄に似合うから困るよ。


「御剣先輩…。『伴野』のこと、知ってるんですよね?」


「の…のぞみん。違うんだ。私は知らないぞ。何も…!」


「のぞみん、咲夜はね?『伴野』の――――――」


「だああああああああ!やめろ柳瀬!分かった!せめて自分のペースで言わせてくれ!」


柳瀬先輩を止め、どこか諦めた表情の御剣先輩。


「はぁ…。のぞみん、実はな。」


「は…はい。」


「その『伴野』という男と、私は―――――――――――」


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