・《僕らの思いは共通ですか!?》- 2 -

相川あいかわさん!?大丈夫!?」


裏口の扉を開け、事務所に入ると、そこには相川さんと柳瀬やなぎせ先輩がいた。


「ねえ、のぞみん。あの子たちってかなでちゃんの知り合い?それにしてはかなーり怖い感じだったけど。」


柳瀬先輩が、いつものニヤついたいたままの顔で話しかけてくる。


「違います。話せば長くなるので、とりあえず今は店をなんとかしないと…。」


ズカズカと店内に歩いて行く僕。

この怒り、はらさねば気に食わない。


「まって、柊木ひいらぎ。…今、怖い顔してる。」


「え?」


相川さんに腕を取られ、店内に行く手を遮られる。


「相川さん、離して。僕はやらなきゃいけないことがある。」


「ダメ。今のアンタは行かせられない。」


僕の腕を握る手が、みるみる強くなっていく。


「なんで?僕はこの店のスタッフとして、この店を守る義務がある。違う?」


「違くないよ。でも、今の柊木はそれだけで終わるって感じじゃない。だから、絶対に行かせない。」


「相川さん…いい加減にして。僕はただ…。」


「柊木っ…!」


「……何?」


「柊木が傷つくことで、嫌な思いをするのは柊木だけじゃないってこと、忘れないで。」


「…どういう意味?」


「私は…柊木が傷つくの、見たくない。そんな怖い顔、柊木らしくないよ…。」


「相川さんには…関係ない。」


「関係ある…!」


「ないよ、これは僕の問題だ。」


「柊木っ!」


僕は相川さんの腕をどかし、事務室を出ようとする。


「まあまあ二人とも。何があったか分からないけど喧嘩しないで!それより見てごらん、あれ。」


柳瀬先輩が僕と相川さんの間に入り、口論を止める。


その指差した先には、事務所の扉があり、その奥に『モフィ☆』の店内が見えるのだが…。


そこには…いかにもガラの悪そうな若者と、なぜか上半身半裸の店長が向き合っていた。



「こっちは…『白沢しらさわ 奏』ってのを連れてくれば金をくれるって言われてるんだ。はやく出してくれないと困るんだよなぁ。」


「あら♡活きのいい若者が来たわあ♡」


「おいおい、あんまりふざけてっと、ぶっ飛ばすぞおっさん。」


「あれ?♡おっさんってまさか、私のことぉ?♡ぶっ飛ばせるならぶっ飛ばしてほしいわねん♡」


「あぁ?元空手部、インターハイ出場の俺に勝てるもんか。」


「試してみる?♡私だって元コマンドー部隊隊長よ?♡」


「上等だ!野郎ぶっ殺してやる!」



あ、危ない!


不良が店長の顔面に目掛け、回し蹴りを―――…ッ!!


憤怒ふんぬっ!♡」(ドゴオオオオオオオオン!)


―――しようとした瞬間にその足を掴まれ、そのまんま不良の体ごと地面に叩きつけたーーーッ!


「そぉれ!♡」


それだけには飽き足らず、店長が全体重をかけて地面にめり込んだ不良の顔面を踏み潰す!


「ほらほら、どうしたのん♡はやくイッちゃう男の子はモテないぞう!♡」


いやいや、あの世に逝っちゃってるんじゃない!?


もはや呼吸すらしてるのか怪しくなっている、サンドバックと化した不良の頭を持ち上げた店長。


「トドメだっ!♡」


そしてまた机に叩きつけたあああ!!



「って、やりすぎだろおおおおおおお!?!?」


「のぞみん、しかも店長だけじゃないよ。あっち、見てみ。」


「え、どこですか?」


柳瀬先輩の指差す方を見ると、そこには『見た目だけはいいのに女装男子大好きな変態』の御剣みつるぎ先輩がいた。


なぜか、目の前に顔面をボコボコにされ、無理に女装させられたであろう不良が3人、江戸時代の囚人みたいに並べられているが…。


咲夜さくやって、昔から喧嘩は強かったんだよねぇ…。」


「え、柳瀬先輩って、御剣先輩と幼馴染なんですか?」


「ん?まぁね。俺がここに入れてもらったのも、咲夜の誘いがあったからだしねー。」


「柊木…御剣先輩ってあれ、なにしてんのかしら…。」


「たぶん、ものすごく悪趣味な儀式か何かだと思うよ。」


相川さんが震えた声で聞いてくるのだが、正直僕にも分からない。

何やってんだあれ。


少し耳を傾けると、御剣先輩の会話が聞こえてくる。

僕たち3人は事務所入口の扉に隠れ、聞き耳を立てた。


「お前ら!なにやっても可愛くなんねえなぁ!それでも女装男子として恥ずかしくねえのか!?ああ!?」


「い…いや、俺たちは女装男子じゃ…。」


「ああ!?男はみんな女装男子だろうが!口答えしてんじゃねえぞ社会の掃き溜めどもが!」


「す…すみませえええん!」


「あーあ。お前らみたいな女装が似合わないクソ共に着られる服がかわいそうだぜ…。おい、そこの右端。お前だよお前。」


「お…俺ですか…?」


「ああ、てめえだ。脱げ。今すぐ全部。」


「こ…ここでですか?」


「全部だよ全部。ゴミのくせに口答えすんじゃねえよ、おおん?それとも何か?私に逆らうってのか?もう一度地獄が見てえようだなてめえら、あああああん??」



「って、言い過ぎだろおおおおおおおおお!?」


流石に言い過ぎでしょ!?

もうみんなガチ泣き寸前じゃんか!




「おほほほほほ♡」(ダン!ダン!ダン!)


って、店長!?そんな、人をメトロノームみたいに叩きつけて、死のリズムを刻まないで!それ余裕で死ぬって分からないのあんた!?


店長ほど、人間って丈夫じゃないんだよ!

人ってのは脆いんだからね!?


流石に見てられず止めに入る僕。

むしろ止めなかったら死人が出てたぞ…今の人が生きてるかどうかは分からないけど…。



「あら、のぞみん♡来てたのねん♡奏ちゃんは?♡」


「今は僕の家で妹に任せてます。ここの話を聞いて、かなりショックは受けていましたが…。」


「この子達♡かなりオイタが過ぎるわよねえ♡しかもまだ、肝心の親玉が見えないし♡」


「え?」


「今、財団ちゃんと若いワイルドなイケメンちゃんが、その親玉を探しに行ったわ♡なんでも、伴野ばんのって子の指示でこの子達は動いてたみたいねん♡」


「先輩は…。その伴野って奴に狙われているんです。」


「ん…?バンノって…?」


「知っているんですか?御剣先輩。」


「い…いや。気のせいだ。なんでもない。」


「おい咲夜。それってまさか…。」


「やめろ柳瀬。そのことは考えたくない。」


御剣先輩がこちらを向き、少し考えた顔をする。

視界に映った柳瀬先輩も、アゴに手を当てて考え込んでいるようだった。


「なるほど♡なら今は、奏ちゃんの傍にいることが、のぞみんの仕事だと思うわよん?♡」


「僕が、傍に…。」


「そう。今までいろんな人がこのお店に入ってきたけど、あなたが一番あの子に気に入られてると思うわ♡あんなに人に心開いてる奏ちゃん、見たことなかったもの♡」


「俺なんて会ったときは『白沢奏です。では。』しか言われなくてびっくりしたよ。いまだに連絡先知らないし…。」


「柳瀬先輩の場合は嫌われすぎなのでは…?」


「私の時も最初は普通だったが、女装男子の話を持ち掛けたらドン引かれたな…。」


「いや、御剣先輩が気持ち悪かったからだと思いますよ…?」


「私の時はいたって普通だったわね…。」


「相川さん。それは多分、この中でまともだったのが君だけだったからだと思うんだ…。」


「のぞみん。それって俺もその中に入ってる…?」


「………。」


「なんで無言になるの!?」


柳瀬先輩。時には真実を言わないことも優しさになるんだよ。


「わかった?♡誰よりも、奏ちゃんは君のことを信頼してるの♡男の子なら守ってあげなきゃ…ね?♡」


「そんな立派なこと、僕にはできませんよ…。」


「そう?あなたにしか、できないと思うけど?♡ねえ、みんな?♡」


「まあ俺は信頼されてないはおろか、最早まともに口もきいてもらえないし…。」


「私も女装男子の話題以外は話すことないな…。」


がっくりと落ち込む柳瀬先輩に、考え込む御剣先輩。

なんだアンタら。


「なんでここって八割くらいが変人なんですか…。」


「……柊木。あのね…。」


「ん?どうしたの?相川さん。」


「私は…その…。今、奏先輩は柊木を必要としてると思うんだ・・・。だから、アンタには…奏先輩の傍にいてほしいなって……思う…。」


「うん。もちろんできる限りそうするつもりだよ。」


奏先輩が落ち込む姿も、つらそうな姿も見たくない。

僕は、僕にできることをただひたすらにやるだけだ。


「そう…それならいいの…それなら…。」


「…?相川さん、具合悪い?辛そうだよ…?」


「ううん。大丈夫。ただ少し、さっきの柊木怖かった…な…。」


「それは本当にごめん!色々頭いっぱいになっちゃってて…。今度、一つだけお願い聞くから勘弁してくれない…かな?」


「ほんと、都合良いんだから。でも、いつもの柊木に戻ってよかった。」


「そう?僕、戻ったかな?」


「うん。・・・ほら!今のアンタには待ってる人がいるでしょ!早く片付けてきなさい!」


「う、うん!分かった!」


相川さんが背中を押してくる。

振り向くと、バイトの仲間たちが、僕たちを見て笑っていた。


奏先輩。


やっぱり、あなたのせいじゃない。


確かにお店は少し壊れちゃったけど、誰もあなたのせいなんて思ってない。


だから、もうつらい思いはしなくていいんですよ。


「ねえ、柊木。」


「なにかな?相川さん。」


「この店の人、みんな変わってるし、変態多いし、どうやって店を回してるのかすら分からないけど……。」


「それでも、一人も悪い人はいない…ね。」


「うん。柊木、あともう一つだけ。」


「なに?」


「いつか……。」


「?」


「いつか、全部片付いたらでもいいからきっと――――――!」


『御面ドラああいばあああああああ!届かぬおもいいいいいい!』


相川さんの声を遮るようにスマホが鳴る。

着信音変えようかな…。


「でて…いいかな…?」


「…仕方ないわね。正直、分かってたし。」


千佳ちかからの電話。

って、千佳?なんでこんな時に…。



「もしもし?」


『お兄ちゃん大変なの!奏先輩が!あの!その!とにかく大変なの!』


「お…落ち着け、何があった!?」


『それが、奏先輩に電話が来て、それ聞いた先輩が飛び出して行っちゃって!』


「電話!?まさか、伴野か!?」


『男の人…だったと思う。先輩、声を聞いて顔青ざめてて…。そのまま家を飛び出して行っちゃったの。』


「場所は!?何か言ってなかったか!?」


『確か、学校がうんたらって話してて…。ごめんそれ以上は…。』


「大丈夫。千佳、ありがとうな。あとはお兄ちゃんに任せろ。」


『え…でもお兄ちゃんだけじゃ――――!』


――――――――ピッ!


一方的に通話を切る。


カッコつけて言ってはみたけど、やっぱり僕にはこーゆーの似合わない。ほら、僕って女顔だし?

ひと学年上の、しかも運動部部長の、先生たちにお気に入りの、金持ちのお坊ちゃん…。


はあ、勝てる気がしない…。


「ごめん相川さん。行くところができた…。」


「柊木…。」


ちょっと、そんな不安そうな目で見ないでよ相川さん!


「行ってきます…!」


行きたくない…。こわいなあ…。

でも、不思議と足はどんどん速くなっていく。

次第にそれは、早歩きから駆け足に変わる。


でも、どんなに怖くたって思いは一つ。

ただその一つの理由だけで、僕の体は自然に動く。


「奏先輩を…返してもらうぞ…!」


僕にはまだ、教育係から教わらなきゃいけないことがたくさんあるんだよ!

先輩がこんなんじゃ、僕だって女装メイドなんかやってられない!




だから――――――――――ッ!!!!



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