・《お泊りするのは先輩ですか!?》- 4 -


「ん…?ここは…?」


「あ、柊木ひいらぎ君。目、覚めたんだ。」


「ここが…アルカディア…?」


「まだ寝ぼけてるみたいだね…。」


ゆっくりと開く瞼。

どうやら僕は気を失っていたらしい。


起き上がり周りを見る。

ソファの上に僕は寝てたらしく、少し頭がくらくらする。何してたんだっけ僕…。


「柊木君、鼻血出して倒れてたから心配したよ…。もう大丈夫なの?」


「ええ、だいじょ…ブラッヘヒィ!!!!」(ブシャァアアアアアア!)


「柊木君!?は…鼻血が!?ど、どうしたの!?」


どうしたもこうしたも、なんでショートパンツなの!?

いや、おかしくはないしむしろ似合ってるし可愛いんだけど!その!太ももッ…がッ…!


「太ももがガガガがガガガが…!」(ダバダバダバダバダバ)


「ち…千佳ちかちゃん!駄目だよ!柊木君が鼻血出しながらホコリたまったPCみたいな声出し始めた!」


「兄には刺激が強すぎましたか…!とりあえずじゃあ、この半ズボン履いといてください!」


「こ…これは!?」


「お兄ちゃんのです!」


「だ、ダメ…!それは私の何かが壊れそうだから…ダメッ!」


「いいですから、ね?千佳が許しますから!よいではないか、よいではないか~!!」


「ちょッ!千佳ちゃん駄目!駄目だって!きゃっ!?」


はしゃぎだす千佳。

そういや前から姉が欲しいとか言ってたような、かなで先輩にも一瞬で懐いてるし…。


「あ、あの…。僕お風呂入ってきますね…。」


「い…行ってらっしゃい!」


「いってらっしゃーい!」


二人のやり取りを見ないようにリビングを出る。

正直、いくら輸血パックがあってもこんなの持たないよ!



脱衣所で服を脱ぎ、いざ出陣。


そして問題の風呂場。

そう、さっきまで奏先輩が使っていた、風呂場。


『奏先輩が使っていた、風呂場』である。


なんか…不思議といい匂いする…。(ただのシャンプーの香り)



かつて、我が家の風呂場でここまで興奮したことがあっただろうか。

だって、学校兼バイト先の仲のいい可愛い先輩が使った後の風呂だよ?

こんなの興奮しないわけないじゃないか!


え?うらやましいって?いいだろ。でもこの風呂場、今は僕専用なんだ!


さっきまでここに、裸の先輩が…。うおぉ…うおおおおおお…


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」(ジャアアアアアアアア!!)


物凄い勢いで冷水シャワーを頭からかぶる!


だから何考えてるんだ僕!やめろ!邪念は消えるんだ!


鬼のスピードでシャンプーをし、その後のコンディショナーも流す。


ああ。

やはり冷水シャワーの力は偉大なのか、やっと思考が返ってきた。

自分が不測の事態に弱いのは分かってるけど、あれはさすがに反則だ。


そもそもいきなり先輩がうちに泊まるのだって驚いたし、もう何がなんやら…。


「先輩…楽しそうだったな…。」


ご飯を食べてるとき。

千佳と遊んでるとき。

からかってくるとき。


どれも先輩は偽りなく楽しんでいた。


でも―――


伴野ばんの……。」


その笑顔を壊す男。

僕はその、見たこともない男のことで、ただひたすらに怒っている。

なんとか…なんとかできないか…。


僕に、なにか…。


もやもやした意識を流すかのように、僕は体を洗う。

考えても仕方がない。


僕はやれることをやるだけだ。







風呂を出てリビングに戻ると、二人はまたゲームをやっていた。


そういえば今何時だ…?

気を失っていたせいで時間が分からなくなってしまっている。


とっさに、食卓の上に置かれていた自分のスマホを見る。

って、深夜二時か。そう思うと奏先輩と千佳、さっき知り合ったばかりなのに仲いいな…。

こんな時間なのにまだ向こうで遊んでるし…。


通知には、30分前に篤志あつしから電話が来ていた。

あいつのことだし、今からかけ直しても出るだろう。


食卓に座り、電話をかける。


すると、2コールもしないうちに篤志が出た。


『望か?あの後どうなった?』


「うん。奏先輩をとりあえずウチに呼んだよ。」


『で、家に送ってたのか?夜は一人じゃ危ないだろ。伴野のこともあるし。』


「い、いや…それが…。」


『あ?それが、なんだよ。』


「うちに、泊まってもらってるんだよね…。」


『…へ?』


「篤志ってそんなマヌケな声出せるんだ…。」


『いや、だってお前、さっき付き合ってないって言ってたじゃねえかッ!』


「うん、付き合ってないよ?」


『でも家には泊まってるんだろ?』


「うん。千佳が危ないから泊めてけって…。」


『おいおい…相川あいかわが聞いたら大変だぞこいつァ…。』


「なんで相川さんの名前がここで出るの…?」


『鈍感バカは黙ってろ。とりあえず、白沢奏は安全なんだな?』


「鈍感バカはお前だろ篤志。一応、今のところは安全だと思う。」


『分かった。あ、後一つだけ。明日、お前の家で作戦会議をする。白沢奏と伴野についてだ。』


「それはいいけど…。ねえ篤志?君が協力してくれるのは嬉しいよ。でも、篤志と奏先輩って知り合いなの?」


『いいや。話したことはおろか、会ったことすらない。』


「じゃあなんで—―――」


『お前は黙って目の前のことやってりゃいいんだよ。細かいことは気にすんな。』


「それは…わかったけど…。」


『じゃあ伝えたからな?とりあえず、やれることはやってみるからよ』


「ああうん。ありがとう、助かるよ。じゃ、おやすみ。」


『あいよ。おやすみ。』



電話が切れる。


篤志が何考えてるのかいまいちよくわかんないけど。頼れるなら頼りたいのも本音だ。

何より今は、伴野に関しての情報がより多くほしい。

奏先輩を、悲しませないためにも。


「お兄ちゃん?電話終わったー?」


「うん。そろそろ寝ようか。明日、篤志たちくるみたいだし。」


「ええ!?二日連続でお客さんかあ!また賑やかになるねえ!」


「お前はほんと、いつも楽しそうでいいな。」


千佳の楽観的な考え方は案外嫌いじゃない。

救われることもしばしばあるしね。


「じゃあ千佳。お客さん用の布団出してきてくれ。」


「らじゃー!」


「先輩、ウチに客間はないんでリビングで寝ることになっちゃうんですけど…いいですか?」


「全然いいよ!むしろ申し訳ないくらい!服も貸してもらっちゃったし…。」


そういえば、それは千佳の服か。

袖の先も余っているし、丈も長い。


千佳のサイズでも少し大きいのか。

そう思うとほんと先輩って小さいんだなあ…。


ん?


「ど…どどどどうしたのかな?」


明らかな動揺。

先輩の顔に冷や汗が浮かんでいく。

ショートパンツをやめたのは一目でわかった。おかげでこうして直視できてるわけだし。


でもそのズボン…。それって…。



「僕の…ですよね…?」(ダバダバダバダバダバダバダバダバ)


「ひ、柊木君!鼻血!みるみる顔が青くなって!ちょ、千佳ちゃん!?柊木君がッ!」


「お兄ちゃん、そんなくらいで興奮してたら身が持たないよ?そんなんじゃ甘いよ。この先やってけるの?そんなんで。」


「なんでこんな時にブラック企業の上司みたいになるの!?こんなんじゃ柊木君の体もたないよ!って柊木君!?」


またまた薄れゆく意識の中。

疲れか、それとも出血からか。


僕の体は、深い深い眠りへと、落ちていった。


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