・《お泊りするのは先輩ですか!?》- 3 -



「先輩。落ち着いたところ申し訳ないんですが…。」


「うん、分かってる。話さなきゃとは思ってたんだ。」


落ち着くためにホットココアを作り、僕らは再度食卓に座っていた。


「あまり無理はしなくていいですからね?」


「大丈夫。柊木君にしか、話せないから。」


マグカップを握る手を強め、先輩は覚悟を決めた表情でこちらを向いた。

その瞳は普段のかなで先輩のような、壊れてしまいそうに感じるものだった。


「昨日の放課後、私は同級生に呼び出されたの。」


「『伴野ばんの しげる』…ですか?」


「!?…知ってたの!?」


「こっちもいろいろあったんで、先輩から電話が来たときから薄々は感じていました。先輩に告白して、見事に振られた人ですよね?」


「その言い方だとアレだけど、伴野君に告白されたのは事実だよ。」


「『生理的に無理』って言ったとか?」


「それは…『じゃあ俺のどこがダメなんだ!言ってみろ!』って言われたから、つい…」


「真実は残酷ですね…。」


好きな女の子に告白してその返事だったら、僕は二度と立ち上がれないかも…。


「で、その伴野君に昨日呼び出されて、写真を見せられたの。」


「写真?どんな?」


「それが、私が『モフィ☆』で働いてる写真でね。盗撮された写真だった。撮られた覚えも全然なくて…。」


「じゃあ伴野は先輩のバイト先も!?」


「…知ってるみたい。あの人、表向きは野球部のエースで期待されてて、成績もいいから先生たちにも評判いいけど、裏じゃ性格の悪さで有名なんだよね…。」


「いいとこのおぼっちゃまで言動はナルシスト、行動はワガママ、態度は上から目線の揃い踏みって聞きました。」


「挙げ句の果てには、前に付き合ってた子にストーカーもしてたみたい。ほんと、最低だよ。」


「そんな男にバイト先が、いや『かなかな』の姿がバレたとなると…。」


たやすく、想像はつく。

先輩が何を言われたのか。


「『これをバラされたくなかったら、俺と付き合え』って。」


「やっぱり、そうなりますよね…。」


ああ、典型的な悪役じゃないか。

やってることがあまりにもクズすぎる…。


「それで、明日までに答えを出せって言われて、バイトがあるから無理だって言っても聞く耳を持たなくて。明日来なかったら、お前の大事なものを潰してくって言われて…。」


「だから今日、バイトをドタキャンしたんですね。」


「本当にごめん。お店のみんなにも迷惑かけて、私…。」


「大丈夫です。先輩は悪くないですし、僕がその分働きますから。」


「ありがとう…柊木ひいらぎくん。」


「ということは今日、会って来たんですか?伴野に。」


「うん。取り巻き数人連れて、学校の校舎裏に。でも、そんなにすぐ答えなんて出せなくて…。」


当たり前だ。

自分の知られたくない顔を脅迫がわりにされて、そんなやつと付き合えって、あまりにも無茶だ。


「それで結局、返答は待ってもらったの。月曜日には答えを出すって言って。」


「伴野は、何も言わなかったんですか?」


「ものすごく怒ってた。『俺と付き合うのに考える時間なんていらない』とか、『お前の大事なもの壊してやる』とか言われて、怖くなって逃げて来たの。」


「怪我はしなかったですか!?酷いことされたりは!?」


「大丈夫。私、逃げ足は早いんだ。心配してくれてありがとうね。」


「そ、それなら良かったですけど…。」


「その後は、柊木くんの知ってる通りだよ。」


逃げて来た先輩はどうしていいかわからず、その後僕に電話をして現在に至る。

なるほど、これでやっと繋がった。


事の発端も、奏先輩の悩みも、すべて…。


「伴野…茂…ッ!」


口の中に鉄の味が広がっている。

今更ながら唇を噛み締めていたことに気がついたのは、多分僕が心底腹が立っているからだろう。



「最低ですね!その男!」


静寂が包んだリビングに、突如として響いたのは千佳ちかの声だった。


「千佳ちゃん!?」


「おい千佳!お前盗み聞きしてたんじゃないだろうね?」


「盗み聞きも何も、千佳は初めからいましたよ!二人っきりにすればいい雰囲気になるかと思ったら、むしろ暗くなってるんだもん!黙ってられませんよ!」


「結局盗み聞きしてたんじゃねえか!関係ないんだからお前は寝なさい!」


「お兄ちゃん。この話を聞いてしまった以上、私はもう立派な関係者だよ。伴野先輩なら、中等部でも有名だし。悪い意味で。」


「お前も知ってたのかよ、どんだけ有名なんだ…。」


「奏さん!辛いとは思いますが、屈しちゃダメです。奏さんみたいな可愛くていい人が、あんなクズ男と付き合うなんて、私が認めません!」


おお。

我が妹よ。時にはいいこと言うじゃないか。

確かにその通りだ。


先輩に、そんなクズは似合わない。


「千佳ちゃん……。」


「それに、奏先輩には心に決めた人が―――モゴっ!」


「―――って、ちょっとお!!」


とっさに千佳の口を抑える奏先輩。

なんだ、僕だけ聞こえてないぞ。なんて言ったんだ?


「ふう、とにかく!それを実らせるためにも、絶対に信念は曲げちゃダメです。ほら、そんな暗い顔してないでお風呂でも入りましょう!?ほらほら!」


「ええ!。なんでそうなるの!?ちょっ…千佳ちゃん!?」


「お風呂場はこっちです!(未来のお姉ちゃん候補としての)裸の付き合いです!行きますよ!」


千佳が奏で先輩の手を取り、リビングから連れ出す。

あたふたする先輩を引きずり、千佳はお風呂場へと連れて行ったようだ。


「なんか…すっごい今日は疲れたなあ…。」


嵐のように物事が過ぎ去っていく。

高校生の日常って、絶対こんなんじゃないよね。


千佳は多分だが、僕が怒っているのを分かっていて、あのタイミングで出てきたのだろう。

おかげで少しは頭が冷えたよ。


僕はフラフラとした足取りでソファへ倒れこむ。

はあ、このまま寝ちゃいそうだ。


……。


ん…?


待てよ。



冷えて冷静になった頭に、先ほどのことが流れ込んでくる。


千佳が、奏先輩を連れて、お風呂…。



『奏さん〜お肌すべすべですね〜いいなあ!』


『ちょっ!?千佳ちゃんダメっ…んっ…どこ触ってんのお?もう!』


『いやはや、それにしてもいい体してますなあ、ほれほれ!』


『ああ、おやめくだされ〜!』



「ブハアッ!」(鼻血)


ま、まずい。

ダメだとわかっているのに、少しというかかなりその、想像してしまう!

先輩のその、は…はだ…裸っ!!


想像がどんどん加速していくッ!


「ブベラッシャッ!」(追加の鼻血)


…落ち着け僕!違うことを考えるんだ!


それにしても今日はいっぱい働いたな…。


いっぱい。

………いっぱい。


「くうッ!なんかエッチな意味に聞こえる!なぜだ!?」


しかも今、僕はここで一人。

我が家の風呂場は目の前。

いわば、今僕は先輩の裸を見れる最高のポジショニングなわけだ。


いや。僕はいかがわしい理由で先輩を家に呼んだわけじゃない。

ましてやお風呂を覗き見なんて言語道断!

いくら気になってもダメだ!奏先輩の信頼を裏切るのか!


悪魔『いいだろのぞむ。見ちまえよ。少しならバレねえって!お前も本当は先輩のぺったんこが見たいんだろ?』


お前は、僕の中の悪魔!?貴様、僕を惑わそうと!そうはいかないぞ!


天使『そうですよ望。あなたは我慢のできる子。悪魔に騙されてはいけませんわ!』


天使さんナイスタイミング!喋り方が女の子みたいなのはスルーするけどね!


悪魔『お前だって、先輩といる時少しは想像したんじゃねえのか!?メイド姿の先輩の、太ももとか胸とか首筋に目がいってるの、俺は知ってんだぜ!?日頃だって見てるよなあ!?主に太ももをよォ!!!』


だああああああ!やめろおおおおお!仕方ないだろ年頃なんだから!

僕だって自然に目が行っちゃうだけで、自主的に見てるわけじゃないし!

本当だし!……本当だからね!?


天使さん、なんか言ってやってくださいよ!


天使『望…いや、のぞみん…。あなたの心は女の子なのです。今こそ、真の性癖を…!』


って、おおおおおおい!使い物になんないな天使!

僕は健全に女の子が好きだって言ってんだろおおおおおお!

あと、のぞみんって言うな!


悪魔『覗いちまえよ!奏先輩みたいな可愛い人が家で風呂に入ってるんだぜ?こんなチャンスないだろう?』


天使『ダメですのぞみん。あなたは男の子の方が好きなのです。目を覚ましなさい!』


悪魔『望!』


天使『のぞみん!』


だあああああああああ!


ダメだ!両方とも使い物にならない!最悪の row or chaos !

こうなったら、方法は一つ。


僕はソファから立ち上がり覚悟を決めた。


「覗きに…行こう…。」


そう。

僕だって我慢の限界だ。

時に人は悪魔に屈することもあっていい。僕はそう思う。


見たいものが見れなくなった時、後で死ぬほど後悔する。

それが嫌だから今覗くんだ。


いざ、僕の求める『理想郷アルカディア』へ…。


その先に、どんな苦難が待っていようとも。

きっと僕には、後悔はないはずだから…!



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