・《お泊りするのは先輩ですか!?》- 2 -


「ご飯できたよー!遅くなっちゃったー!」


一時間後。


今日はバターチキンカレーに、作り置きして冷凍しておいた自家製ナン。

クルトンを多めに入れた歯ごたえのいいシーザーサラダに、即席で作ったラッシー。

かなで先輩が来てるから、いつもより本気を出してしまったが…果たして気に入ってくれるだろうか。


すると、半泣きになった妹がソファから駆け寄って来た。


「お…お兄ちゃん。奏さんおかしいよ…!!」


「え?何が?」


「私の攻撃、全部ジャストガードされて…。カウンターでボコボコに…!」


「何言ってんのお前?」


「あれは…人間の動きじゃないよ!新たな怪物だよ!ニュージェネレーションの脅威だよ!」


「あ、うん。わかったから手伝ってくんね?」


やけに興奮気味の我が妹。

何かと思ったらゲームの話か。


先輩って、ゲーム強いんだなあ。


「はあー!久々に遊んだー!あ、柊木ひいらぎくん。手伝うよー!」


「あ、ありがとうございます!」


先輩もこちらに駆け寄ってくる。

僕は料理を皿に移していき、先輩たちに渡していく。


「うわあ!すっごい完成度…。これってカレー?だよね。真っ赤で辛そう!」


「見た目は赤くて辛そうですが、強い辛味を生クリームのまろやかさとトマトの酸味が消してくれてますよ。口に合えば良いんですが…。」


「大丈夫!柊木君の料理なら絶対おいしいよ!机の上、並べちゃうね!」


目を輝かせながら、ウキウキでカレーを運んでいく先輩。

その背中を見てると、少し安心している自分に気が付いた。


こうして喜んでくれるのなら、料理が趣味で本当に良かったと思う。


三人分の料理と食器を食卓に並べ、サラダを小皿に取り分けていく。

コップにラッシーを注ぎ、あとは食べるだけだ。


「「「いただきます!」」」


奏先輩がスプーンを取り、カレーを口に運ぶ。

料理を作った身としては、これほど緊張する瞬間はないよね!


「ん…。んーーーーーーーッ!」


「ど、どうです?」


「お…おいしいッ!すっごくおいしいよ!」


「よかったあ…。」


スプーンの速度が上がっていく先輩。どうやら気に入ってくれたみたいだ。


「お兄ちゃんさすがだねえ…。胃袋から落としに行くなんて、策士だよあんた。」


「なんか言ったか?」


「いや、何でもないよ。やっぱお兄ちゃんの料理はおいしいね!」


「ふふッ…そうでしょうそうでしょう!たんと食べろよ、可愛い妹よ!」


「ひ、柊木くん!お肉が、お肉がジワッて!ホロッて!おいしいよ!ハフ…!んーーー!」


「いっぱいありますから、ゆっくり食べてください!ご飯は逃げませんから!」



かつてないほどにがっついている先輩を眺めながら、僕らは遅めの夕食を終えた。


食卓に並んだ皿は綺麗に平らげられており、デザート用に作ってあったフルーツポンチでさえ、そのほとんどをあの奏先輩が食べたというのだから驚きだ。

腹も満たされ、幸福感が漂うムードの中、とんでもない爆弾をぶち込んできたのはウチのバカ妹だった。



「で、奏さんは今日泊っていくんでしょ?」



「…………………え?」(硬直する奏先輩)


「…………………は?」(脳が追いついてない僕)



「え、違うの?こんな時間に女の子連れ込んだんだし。親御さんも了承の上だと思ってたんだけど…。」


「い…いや、先輩は一人暮らしだし。僕は家に送っていくつもりだったんだけど…」


今日何があったか聞く、というよりは、今の奏先輩を元気にすることが僕の目的だった。

あんな悲しそうな先輩は見てられないし、先輩が話してくれるなら電話でもできるからね。


「でもお兄ちゃん?お兄ちゃんが料理にこだわってたせいで、かなり夜も更けちゃってるよ?」


「え…?」


振り返り時計を見ると、時刻はもうすぐ日付変更間近。

ま…まずい!料理に夢中で気が付かなかった!


「か…奏先輩!今すぐ駅まで送りますから、準備してください!」


「え!?あ、うん!」


ここからだと走らなきゃ終電に間に合わない!

急がないと!


「まってお兄ちゃん!奏先輩も。スト―――ップ!」


「なんだよ千佳ちか!急いでるんだけど!」


「奏さんって、一人暮らしなんですよね?」


「え…うん。そうだけど…?」


「ねえお兄ちゃん?今から暗い夜道を、こんなかわいい先輩が一人で帰るんだよ?制服姿だから補導されちゃうかも知れないし!しかも帰っても一人ぼっちで…。」


必死に奏先輩にウインクをしている妹。

何やってるんだこいつ。


「ねえ?奏さん?寂しいよねえ?しかも明日は休みだし!?」


「おい、奏先輩だって忙しいんだから。それに、家までなら僕がおく―――――」


「……じゃあ、千佳ちゃんのお言葉に甘えよっかな…。」


「って、えええええええ!?良いんですか先輩!?」


「う…うん。ほら、明日も休みだし…。それに、柊木君には話したいこともあるし…。」


「グウウウぅぅぅぅ…ッド!さあ、本人もこう言ってるんだし!お兄ちゃんもほら!コート脱いで落ち着きなって!」


「で、でも先輩、いいんですか?いくら千佳がいるとはいえ、男の家に泊まるなんて。」


「うーん。柊木君ならいいかなって思って。」


「先輩にとって、僕のハードル低すぎじゃないですか!?」


信頼されてるのはうれしいけど、その言葉は僕には重すぎるよ!


「あ、奏さん!お兄ちゃん、小さい子に興味あるみたいだから寝るときは気を付けて!見た目は女顔だけど中身は生粋のスケベだから!」


「おまッ!ほんと余計なことしか言わないな!?先輩、嘘ですからね!?別に僕は小さい子になんて……。」


「その件に関しては、今度じっくり話すことにしよう…ね?」


「………はい。」


うわあ…かつてない殺気だァ…。

だって顔は笑ってるのに目はマジなんだもん。

目だけなら確実に人殺せるよこれ。


「じゃあ邪魔者はここで退散しますから、あとはお二人さんご自由にー!では!」


「あ、おい待て!」


千佳は僕たち二人を残し、逃げるように二階の自分の部屋へと去っていった。

えっと、状況を整理しよう…。


待って、これってよくよく考えたら…。


奏先輩と…一晩一つ屋根の下…ってことだよな…。



「グホア……ッ!」


「ひ…柊木君!?どうしたのいきなり!?」


「いや、なんか突然…恥ずかしさがこみあげてきて…。」


「いや…うん。実は私も、千佳ちゃんのお誘いを受けたまではよかったんだけどなんか…。」


なんだ?いつもの先輩ならここでグイグイ来るところなのだろうが、顔を赤くしてうつむいてしまっている。

やっぱ具合悪いんじゃ…!


「先輩…?」


「私…凄く…ドキドキしてる…なんて。」


「グウウウウウウ…フゥア…!!!」(吐血)


だ、駄目だ!なんだこの大人しい先輩は!!!

まずい、日頃のギャップのせいか物凄く…。


物凄く…!!


「き…気まずいいいいいいいい……!」


そんな空気を残したまま、奏先輩は今日、親のいない柊木家に泊まることとなった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る