・《バイト仲間を紹介ですか!?》- 5 -
「お兄ちゃん!ほら、座って座って!」
「な、なんだこれは…。」
並んでいたのは、いくつかの白い器の真ん中によそわれた黒い何か達。
間違いない、またこの妹はこうなってしまったのか…。
「ん?何って、私特製の肉じゃがでしょー、お味噌汁でしょー、ご飯にぃ…漬物!」
「いや、うん。お前に言われるまでこれが肉じゃがだとも味噌汁だともわからなかったわ…。何この真っ黒いの。」
「いやー…えへへ。今日はうまく作れたと思うんだけど…?」
え?どこが?
これでうまく作れたなら、そこら辺の主婦ですら人間国宝レベルだよ!
「いやおかしいよね!?これ、どう見ても暗黒物質だよね!?なんでご飯すら真っ黒なのよ!?お米洗って炊飯器のボタン押すだけじゃん!」
「あ、これ?これはイカスミ。」
「イカスミかよ!!!ならこの肉じゃがにも、お味噌汁にもイカスミ入れたの!?」
「いや、それは純粋な黒だよ?」
「純粋な黒って何!?コゲでしょどう見ても!」
「まあ、そうともいうかも…?で、でもほら!漬物は普通の色だよ!?」
「それは僕が前に漬けたやつを皿に盛っただけだからだろぉぉぉぉ!ほんと、どうやったらこんな混沌を生み出すことが出来るんだよ!」
「えへへ…。いやぁ、混沌を生み出すなんて…照れるなぁ。かっこいいじゃん!」
「こんな所で中二病を出すなああああ!年相応なのか!?まあその頃は闇とか混沌とか秩序とかって言葉好きだけども!!」
「まあでもほら、人は見かけによらないじゃん?」
「え?あぁ、まあそうだけど…。いきなりどうしたの?」
「だから私の料理も、食べてみないと分からないよ!」
「いや分かるでしょ!この料理たち、食べる以前に死にかけてるもん!『コロシテ…コロシテ…』って声が聞こえるよ!?」
「お、お兄ちゃん…。まさか、仕事の疲れで料理の声が聞こえるナチュラルサイコ野郎になっちゃったの…?」
「例え話だよ!って、誰がナチュラルサイコだ失礼な!あーもう、これじゃあまともな夕食食えないよ!もうこんな時間なのに!」
時刻はもう11時近い。
もはや夕食ではなく夜食である。
「むぅ…心外だなぁ。食べてみれば意外と…。あむっ!…いけるかもしれっ――—ゲボっ!」
肉じゃがのジャガらしきものを口に含んだ千佳だったが、やはりカオスの力には勝てなかった。
「自分から死地に向かっていくのか…。」
「お…お兄ちゃん…ごめん。ご飯、作り直して…?お願い…。」
千佳が涙目で懇願してくる。
いや、言われなくてもそうするつもりだけど…。
「あーわかったよ。じゃあ少し待ってて。ちゃちゃっと作っちゃうから…。」
「う…うん。ごめんね。お兄ちゃん。」
「まあ、お前が頑張ったのはよく分かったよ。ありがとうね?とりあえず水でも飲んで、ソファーで落ち着いていてくれ…。」
「わ…わかった。」
僕は台所に経つと、『お兄ちゃん』とワッペンで書かれたエプロンを付ける。
妹の手作りだ。
全く。
手のかかる妹だけど、こうしてキッチンの散らかり具合を見る限り、かなり気を使って頑張ってくれたんだろう。
「はぁ…イカスミのリゾットにでもするかね…。」
イカスミ…。
黒、黒かあ…。
浮かんでくるのは、今日の先輩との会話。
白髪はウィッグで、地毛は真っ黒って言ってたけど。
初対面からずっと白髪の先輩が、黒髪…。
うーん、悪いけど似合わないなあ…。
「ふふっ…。」
「お兄ちゃん…?なに笑ってんの!?やっぱりサイコ野郎なの!?」
「え…!?あ、違うよ!?思い出し笑いしてただけ。」
「んー?そう、ならいいけど。変なお兄ちゃん。」
思わず、笑みがこぼれてしまう。
今日は色々あったが、楽しくないわけではなかった。
初めてバイトして、しかも働く先はメイド喫茶。
女装メイドなんていまでも嫌だけどね。
挙句の果てには妹に、怪訝な目で見られてはいるけれど…。
それでも。
僕は今日という日を、きっと忘れることはないだろう。
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