・《バイト仲間を紹介ですか!?》- 4 -

意識が、ゆっくりと戻ってくる。


ここはどこだろう。

僕はどうなってしまったんだろう。


まるで、自分の家の布団の上にいるような…そんな安らぎ。


ああ、このまま…永遠に眠って…。


「お兄ちゃん!!!!」


眠って―――・・・ん?

お兄ちゃん…?


「お兄ちゃん起きて!!!」


「は!?ここは!?」(バサっ!)


「もう、お兄ちゃん?いつまで寝てるつもりなのよ。」


「え?千佳…?なんで?」


脳が停止している。

見渡すと、そこは見慣れた自分の部屋。


僕は自分の部屋で、自分の制服姿のまま寝ていたのだ。


な、なんで!?さっきまでモフィ☆にいたはずなのに!?


というかなぜ、僕は制服を?どのタイミングで着たんだ!?全く覚えていないぞ!?


「なんでって…。お兄ちゃんが職場で倒れたからって、そこの店長さん?が家まで運んできてくれたのよ。」


「………は?」


「ムキムキの逞しいおじさんだったわ。ちょっとオカマっぽいけど礼儀正しいし…。お兄ちゃんはあの人にお姫様抱っこされて運ばれたのよ。」


「お姫様……抱っこ……。いやっ…いやああああああ!!」


本気の悲鳴を出してしまった…。


あの巨漢にお姫様抱っこ!?

男なのにお姫様抱っこですか!?!?


「そういえば、お兄ちゃんは喫茶店で働いてるって言ってたけど、あの店長さんなら安心そうだね。突然だったからどこで働いてるか聞きそびれちゃった。」


聞かなくていい!バレたらすべてが終わる!!

多分だが、店長は僕に気を遣って『メイド喫茶』で働いてるとは言わなかったのだろう。


あ、ありがたいけど・・・。できれば職場で僕を起こして欲しかったよ!


「んじゃ、お兄ちゃんも起きたことだし、私は夕食でも作りますかね!待っててお兄ちゃん、千佳ちかの特製メニューですぐに元気にしてあげるから!」


「え?あぁ…うん。くれぐれも食べられるもので頼むよ…。」


「分かってるって!まあ今は休んでて!」


千佳はそう言い残すと、僕の部屋を去っていく。

千佳も千佳なりに、僕に気を使ってくれている様だ。


「はぁ…。」


ため息。

そして深呼吸。


この状況、一つ謎が残っている。


それは―――

『一体誰が、僕の服を着替えさせたのか』だ!


僕の記憶が正しければ、最後に着ていたのはメイド服。

なのに今着ているのは学校の制服だ。


そもそも、僕はなぜ倒れたのか。そこすらも分かってはいないが…。


「今は夜10時…か。」


かなで先輩とは連絡先を交換していた。

電話をして聞いてみるしかないだろう。


彼女なら、きっとなにか知っているだろうし!


奏先輩のruinルインのアイコンをタップし、通話ボタンで電話をかける。


しばらくのコール音のあと、いつもの可愛らしい声が聞こえた。


『もしもし?のぞみん?大丈夫だった?』


「あぁ、はい。なんとか。それよりすみません、こんな時間にかけてしまって・・・。」


『大丈夫だよ。私もやることないし。で、なにか用かな?』


「それが…。僕、先輩と連絡先を交換したあたりから記憶がなくって、それで僕を着替えさせてくれた人が誰なのか気になって…。」


『えぇ!?あぁ・・・、そりゃそうか。柊木くん、なんにも覚えてなさそうだもんね。』


「え、僕なんかしたんですか!?」


『その様子だと、『マエムキナール』が本当に効いてたみたいだね…。多分、思い出さない方がいいとおもうよ。』


「ま、『マエムキナール』?なぜ、奏先輩がその事を…。」


『知りたい?』


「聞いてはいけないような気がしますが、自分のことですし…。僕、今の今までの記憶ががっぽり抜け落ちてますし…。」


『じゃあ覚悟してね。君は事務室で気を失った後、目覚めた瞬間に自分から『接客をさせて下さい』って言って接客を始めたの。』


「え、メイド服姿のまま…ですか?」


『そう。それもプリップリの萌え萌えメイド!って感じだったよ。『おかえりなさいませだニャン♡』とかポーズ取りながら言っていたし。』


「………は?僕が?」


『うん。』


「………死にてぇ……。」


『ちょ!?落ち着いて!まだこれだけじゃないから!』


「まだあるの!?それ余計に僕が死に近づきますよ!?」


『まあとりあえず落ち着いて。で、『メイドリア』の方でウチの今日の評判を見てみたんだけど。』


「見てみたんだけど…?」


『デイリーランキング、1位だったのよね…。』


「そりゃまた凄い事じゃないですか。」


凄い凄い。

流石は『モフィ☆』だ。

みんな楽しそうに働いてるもんね。そりゃ一位にもなるよ!


『頑張って現実逃避しようとしてるけど、ここの見出しにバッチリ書かれてるんだよね。【新生メイド!のぞみん!その力恐るべし!】って…。』


「こ、殺せ!今すぐに僕を殺せ!!!」


ケモミミつけたメイド服姿の僕がプリプリしながら接客する姿を想像する。


だめだ!なんだこの変態!

殺処分するしかない!


『それでその後、『マエムキナール』が切れたのか君は倒れちゃって…。』


「…まだあるんですか。」


『で、様子を見たんだけど一向に起きないから家に帰らせようってなって。』


「まあそこまでは良いですね。」


『店長と二人がかりで柊木ひいらぎくんを着替えさせて―――。』


「待てええええええええええええ!!!」


言ったーー!

今、僕がいちばん気になってたこと言ったーー!


店長はおろか、奏先輩にも裸を見られたってことなのか!?

そうなのか!?


『まさか柊木くんが、女の子モノの下着履いてるとは思わなかった…。さすがのお姉ちゃんもビックリしたよ…。しかもブラまで…。』


「いや、それ店長が制服一式の中に入れてたやつですからね!?半強制的に着せられただけですから!」


『あ、それと…。』


「…それと?」


『わ…私、一人っ子で…弟とかいないし。そのっ…ね?そーゆーの、見たことなかったから…。』


「え?何言ってるんですか?」


『いや、そのっ・・・。柊木くんの、えっと…あの、身体というか…なんというか…。うん、ごちそうさま!』


「何を見たああああああああ!!!!」


『だ、だだ、大丈夫!大事なところは少ししか見てないから!店長はガン見してたけど!』


「ちょっ!なんのフォローにもなってない!って、少しは見たの!?何でそこだけ好奇心に負けちゃうの!?」


『ほ、ほら!見た目女の子だから大丈夫!と思って着替えを手伝おうとしたってのと、店長だけに任せるのは危険かなと思って入ったのもあるんだよ!?』


「その気遣いはうれしいですけども!」


『それにしても……柊木くん?』


「なっ…、なんですか?」


『柊木くんって…体はちょっと…、男らしいんだね…キャッ///』


「初めて男らしいって言われたのに敗北感が凄い!!!!」


なんで…なんで僕はいつもこんな目に合うの!?

もうお婿に行けない!!


『その後も店長は常時興奮状態で、鼻息荒くして君をお姫様抱っこして消えてったよ。』


「なるほど…。」


これで色々繋がった。

暴走して倒れた僕を、奏先輩と店長が介抱してくれた後、着替えさせてくれて運んでくれたわけだ。


ふむふむ。

なるほどなぁ…。


「…奏先輩、お願いです。僕を殺してください…。」


『本気の声だよそれ!?大丈夫だよ!店長もなんにもしてないと思うし!』


「確証は?」


『………ない、けど…。』


「もうだめだあああああああ!」


たとえ何も無かったとしても、これからどうなるか分からない!

千佳には悪いが、お兄ちゃんはここで自分の人生を断つしかないよ!


『それにしても…。』


「…?」


奏先輩が、少しの静寂の後に切り出す。


『そんなに元気にツッコミ出来るなら、本当に何も無かったみたいだね。』


「お陰様で。体だけは丈夫ですし。」


『でも本当、良かったよ…。』


「…え?」


『私、さっきも言ったけど兄弟もいないし、男の子も昔から苦手で…。』


「そういえば奏先輩って、男の人の前だとあんまり喋らないですよね…。店長と僕を除いて。」


『それは店長がオネエなのと、柊木くんが見た目は女の子だから喋れるんだよね。』


「それって僕と店長は同義ってこと…?」


それだったらものすごく心外だよ!

あんなムキムキと一緒は嫌だ!


『いやいや、違うよー。でもね…柊木くん?』


「なんですか?」


『私、柊木くんなら……。』


「僕…なら?」


『………ううん、何でもない。ほら、そろそろ遅いし、若者はご飯食べて寝なさい!』


「若者って…先輩も若者じゃないですか…。」


『あははっ、それもそうだね!じゃ、次のバイトでまた会おうね?』


「えっ…ああ、はい。また、よろしくお願いします。」


『うん。今日はゆっくり休んでね?じゃ、おやすみ、柊木くん。』


「はい、おやすみです。奏先輩。」


通話が切れる。

と同時に、一階から階段を上ってくる音がした。


「お兄ちゃーん!ご飯できたよー!」


「ん?あぁー!いまいくー!」


奏先輩が僕に言おうとしていた言葉。

何かはわからないが、なんとなく大事なことのような気がする。


思えば僕は、奏先輩のことをなんにも知らない。


年がいくつ離れてるのかとか、どこの学校に通っているのかとか、僕はまだまだ知らないことが沢山ある。


でもそれよりも、先輩が語尾に『ワン』とつけずにしゃべり続けていたことに、ものすごい違和感を感じていたのは秘密である。

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