・《初のバイトは女装ですか!?》- 5 -
「あ、のぞみん!待ってたワン!って、うおおっ!?」
「え、何その反応は…。」
「いや、え…?ど、どちら様だワン?」
「そんな見た目変わるほどですか!?ただメイド服着てエクステつけただけですよ!?」
「い、いやでも、声も全然女の子みたいだし…え?どうなってるワン?」
自分の思考との格闘の末、最終的にたどり着いたのは妥協という境地だった。
そう、僕の姿は、頭のテッペンからつま先まで完全に『のぞみん』として生まれ変わっていたのだ。
「これは友達に作ってもらった変声機のせいです。どんな仕組みかは分かりませんが、付けるだけで声が変わります。」
ほんと今更だけど、教授が作ったこれどんな仕組みしてるんだ?
「え、変声機?付けるだけ、変わる?いや、えっと…え?
「先輩、思考が追いついてなくて語尾すら忘れてますよ!?」
「え!?あ、ご…ごめんだワン!な、なんというか…。」
「なんというか?」
「可愛い…。」
「は?」
「か、可愛いいいいいいいいい!!!」(ガシッ)
突然、
って、なにやってんのおおお!?!?
「ちょっ!?先輩!?」
「こ、これは・・・!我慢出来ないワン!予想より何十倍!いや、何百倍可愛いワン!!」
「は、はぁ、そりゃどうも。」
「ほんとに男の子なのか不安になるくらい可愛いワン!大丈夫?戸籍謄本確認してもらいに行く?」
「テンション上がりすぎてわけわからない方向にボケが行ってますよ!」
もはや錯乱状態の奏先輩を優しく引き離し、深呼吸をさせる。
奏先輩は我に帰ったのか、自分がしたことに顔を赤らめながら、恥ずかしそうに頭を掻いた。
「落ち着きましたか?」
「いやー・・・、えへへ。面目ないワン。私の中で、変なスイッチが入っちゃったみたいで…。」
「ま、まあ僕も褒められて悪い気はしないですが…。」
さっき先輩が抱きついてきた時、体が結構密着したのだが…。
女の子の体ってあんなに柔らかいのか…。
見た感じ胸のない奏先輩でもあんなに『フニッ』ってなるなら、おっぱいが大きい人とかもっと凄いんだろうなぁ。
「のぞみん?なんか物凄く私に失礼な妄想をしてそうな顔してるワン?」
「え!?いや、してませんよ妄想なんて!そ、そんなことより、僕はこの後、何すればいいですか?メイド服は着ましたし…。」
「んー、なんか納得出来ないけどまあいいワン。のぞみん、ちょっとここ、屈んで欲しいワン。」
「え?ここに…ですか?」
「そうだワン。」
奏先輩は自分の正面を指で指し、僕は言われたとおり、上半身を屈める。
すると―――・・・
「よしよし、のぞみんは頑張ったワンね…。」
頭を撫でられた。
え?なんで?
というか待て。
傍から見たら『犬耳メイド服を着た銀髪のいたいけな少女に、頭を撫でさせる猫耳女装男』の構図だよな。
まずい!捕まったら弁解の余地がない!
「せ、先輩?なんで撫でてるんですか…頭。」
僕はなんとか自分の罪を軽くするために抵抗するが、なおも奏先輩は僕の頭を撫で続けている。
なんだ、なんか不思議と落ち着いてきたよ…。
「ん?だってのぞみんは、きちんと仕事をやり遂げたからだワン。」
「仕事…?」
まだ仕事という仕事はしていないような…。
「私、さっき言ったワン。メイド服を着るのがのぞみんの初仕事だって。それをきちんとやり遂げたのぞみんは偉いし、頑張った人は褒めてあげるべきだワン。」
「せ、先輩…。」
「私はのぞみんが、正直メイドをやりたく無いことも、何らかの理由があって働くことも分かってるつもりだワン。教育係として、その決心をしたのぞみんを褒めるのは、私の大事な仕事だワン。」
「ぜ…ぜんぱい…。」
涙が零れてきた。
なんだろう。奏先輩が眩しすぎて、霞んで見えるや。
「私が出来るのはこんな事しかないけど、それでも誰かに褒められるってのは、次に繋がる力だと思うワン。だから今は、私に一杯褒められて欲しいワン?」
「ぐ、んぐっ…んっ…。」
な、涙が止まらない!
僕をこんなにも理解してくれている人がいるなんて…奏先輩!あんた女神だよ!僕みたいな汚れた人間とは一緒にいちゃダメだよ!
「泣かない泣かない。よしよし、のぞみんは頑張ったワンねー?」
「う…うぅ…。」
あぁ、心が癒されていく。
なんというか、ここ最近の出来事があまりにも非日常すぎて荒んでしまった僕の心に、潤いが戻っていくようなそんな感じ。
もうこのまま、奏先輩に撫でられて一生を終えたい。
「あらぁん♡随分仲良くなったのねん♡奏ちゃんを教育係にして正解だったわ♡」
「あ、店長。お疲れ様ですワン!」
「奏ちゃん♡おつかれさまん♡」
そう、奏先輩の優しい声も…。
ん?
何か混ざらなかったか?
というかこの声、この喋り方ってまさか…!?
「てっ…ててて、店長!?いつからそこに居たんですか!?」
更衣室の向かい側の、事務室の入口にはムキムキの人影。
忘れることは多分金輪際ないだろう、インパクトの凄いオカマ店長が、そこに立っていた。
「『奏先輩!あんた女神だよ!』辺りからもういたわよん♡」
「僕の心をさりげなく読むなよおおおお!」
「め、女神だなんて照れちゃうワン…///」
「や、やめて!そこで照れられるともっと恥ずかしいからやめてええ!」
「それにしても、本当に女の子みたいねん♡クオリティ高すぎて最早私のターゲットから外れるくらい可愛いわぁん♡」
「あんたのターゲットから外れるのは死ぬほど嬉しいんですけど、なんか解せないのがムカつきますね…。」
「で、店長。まず、のぞみんには何を教えればいいワン?最初から接客は、難易度がなかなか高いと思われるワン。」
「そうねぇ…。まずは働いてるメンバーの顔合わせかしらん?今日はそれほど人は居ないし、挨拶してくるのはいいと思うわよん♡」
「りょーかいだワン。じゃあとりあえず、キッチンの方から挨拶してきますワン。いくよ、のぞみん!」
「え!?わ、わかりました!」
先輩に手を引っ張られ、更衣室の角を曲がり、店内に繋がるキッチンへと向かった。
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