・《初のバイトは女装ですか!?》- 4 -


ところ変わって女子更衣室。

なんだろう、この驚異的なまでのアウェー感。

居てはいけないはずの場所にいるためか、かなりメンタルに来る。


出来たばかりのためか、更衣室は思っている以上に綺麗な上、掃除も行き届いておりホコリ一つない。


僕は、聞いた通り『かなかなのロッカー』の隣に設置された『のぞみんのロッカー』を開き、自分の荷物を入れる。


それにしても…。

さっきのやり取りのせいで、隣のかなで先輩のロッカーの中身が無性に気になってきた。


そもそも、僕はあの人がどこの学校に通ってるのか、どこに住んでるのか、実年齢とか、日常においての犬耳メイドではない奏先輩はまだ一切知らないわけで。


そうなってくるとやはり好奇心が刺激されないわけでもないが…。


女の子のロッカーっていい匂いがしそうだよね。

とくに奏先輩のとかすごい良い匂いしそう…。(ここは僕の鋼の自制心と紳士的な心で抑え込もう。)


って、いけないいけない。本音と建前が入れ替わってしまった!落ち着け僕!


頭の中の想像をかき消し、上着を脱ぐ。


高天原たかまがはら高校』の制服は基本自由。

校風が影響しているためか、好きな格好をして学校に来ていいというスタンスなので服装に悩む。


僕は特にこだわりもないため、一応指定されている学ランをパーカーの上に羽織ってはいるが、僕以外で学ランを着ている人は少数だ。

(篤志ですら、毎日Tシャツ姿である。)


しかも、秋葉原にもう一つある高校『黄泉国よみのくに高校』と学ランの見た目が酷似しており、生徒からは全く人気がない。


僕は結構好きなんだけどな。楽だし。



ロッカーの中はハンガーが数本かけられるようになっているクローゼット型で、僕の制服やらなんやらをシワにならないようにかけていった後、先ほど奏先輩から貰ったメイド服のセットを、更衣室内の大きめの椅子に広げた。


内容は『メイド服』『ニーソックス』『靴』『猫耳付きプリム』『猫の尻尾』『エクステ』『女モノの下着(パッド付きブラジャー&縞パン)』だ。


とりあえずまずはパンツを取り出すと、それに足を通していき―――。


「って、待てええぇぇえええええい!!!!」


なんでそこまで忠実に再現!?!?

流石にそこまでしなくてもいいでしょ!!

こんなん履いたり着けたりしたら完全に変態じゃないかっ!


僕は冷静になると、縞パンツを椅子の上に置き、メイド服に手を伸ばす。

さ、流石にメイド服くらいは普通のデザインであってくれ…。


すると畳まれたメイド服の隙間に、一枚の紙切れが挟まっているのを見つけた。


「ん?なんだこれ。」


紙を広げると、そこには漢らしい達筆な文字が綴られていた。

この字…間違いなく店長だ。


そういえば、この制服は店長がオーダーメイドで手作りしてるんだっけ?クオリティすごいなおい。


多分この紙は、メイド服に関する注意事項とかだろう。一応読んでおかないと…。


「えーと、なになに?」



『のぞみんへ。胸のラインで男とバレちゃったり、男物のパンツが万が一見られちゃったら大変だから、女の子用の下着は絶対につけてね♡もし付けてこなかったら…………♡(キスマーク) 店長♡』



「つけてこなかったら!?付けてこなかったらなんなんだよ!!」


なにこの意味深なキスマーク!!

僕の身に何が起きちゃうわけ!!


渋々僕はパンツを履くと同時に、人生初のブラを付けることになるのだった。



〜着替え中〜



「ふぅ。なんとか着替え終わったけど…。」


ニーソックスに足を通し、ガーターベルトをつける。

靴を履き、更衣室の椅子から立ち上がると、ちょうど僕の顔はロッカーに設置された鏡に映った。


なんというか、ただ僕がメイド服を着ているだけの姿が映し出されると、嫌でも現実を突きつけられる。


ゴスロリ調のミニスカメイドドレスに、足を引き締めるニーソックスとガーターベルト。

首元には教授から貰った鈴付きのリボン型変声機をつけ、猫耳付きのプリムと、猫の尻尾を装備している―――――――僕。(エクステで髪もロングに)



「うわっ…きっつ……。」


声に出るほどきつい。

髪も伸びたせいか、妙に女の子らしいのが余計に僕の精神を蝕んでいく。


い、いや待て!逆に考えるんだ!

むしろ完全に女の子になりきれば、案外いけるんじゃないか!?


そう、僕はネコミミメイド。僕はネコミミメイド、ネコミミメイド…。


ネコミミメイドといったら、招き猫みたいなポーズ…か?

それをすれば完全になり切れる…はず!なぜなら僕は今、女の子なのだから!


僕は鏡に映る自分の顔を見ながら、自分の頬の横でゆるく握った拳を作り、精一杯のポーズをしてみる。


ん?あれ?

案外普通に…………。


「いけるわけないでしょおおおおおお!!」


どんなに女装しても僕は僕なんだよ!女じゃないんだよぉ!

というか、鏡に映ってる自分の姿が吐き気を催す邪悪だよ!なんだそのポーズ!!


「はぁ……。」


思わず出るため息。

最近、多方面において僕のツッコミが多くなってる気がする…。


なんで僕がこんな目に、なんてことは言い飽きたので言わないけど。


だとしてもブラジャーのパッドのせいで胸も膨らんでいるし、ニーソックスが太ももに食いこんでるし、なんかもう色々な意味で吐きそうだよ…!


「これは…あいつを飲まないといけないかもしれない…。」


カバンから取り出したのは、教授お手製『マエムキナール』


正直、どんな副作用があるのかすら聞かなかったが、もうこいつに頼るしかない。


前に篤志あつしが、教授の作った『一時間笑い続けるクスリ』を間違って飲んでしまった時は大変だった。

30分を超えたあたりで、地獄の底から鳴り響くような悲痛な声で笑い続けていたけど、正直見てられなかった…。

その後の副作用として、篤志は三日くらい腹痛と下痢に悩まされていたっけ…。あいつもついてないなぁ。


しかし、僕も今の現状には耐えられない。

こんな自分の哀れな姿を見るくらいなら、いっそ副作用だのなんだのひっくるめて、文字通り前向きになってやる…!


僕は『マエムキナール』の栓をひねると、それを一気に飲み込んだ。

どのくらいで効果が出てくるのかは分からないが、とりあえず飲めば何らかのことは起きるだろう。


なにより、見慣れた自分が女装して働くこの現状。


これ以上の地獄が、どこにあるというのさ…。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る