・《初のバイトは女装ですか!?》- 3 -


「さて、ついにその時が来てしまったわけだけど…。」


学校の帰り道。

車と人が行き交う秋葉原。

制服姿の僕は一人、『ケモミミメイド喫茶 モフィ☆』の前に立っていた。


人生初のアルバイト。それがまさかの女装メイドとは、我ながら恐れ入る…。


正直やりたくないんだけど、教授に言った手前もあるし、お金もないので文句は言ってられない。


「そういえば…。」 


僕は鞄の中を探る。

今朝、教授に頼んでおいたものが、学校を出る前には完成していたので受け取ってきたのだった。


僕が頼んだのは可愛らしい鈴のついた、真っ赤なリボン型の変声機。

メイド服につけても違和感がなく、かつ男声を女声にしてくれる機械が欲しかったのだ。


『のぞみん』が男である。

そしてその正体が『柊木ひいらぎのぞむ』であることは、絶対にバレてはいけない。


バレた途端、僕はこれから先『変態女装メイド野郎』のレッテルを貼られて生きていくことになる。

想像するだけでも惨すぎる人生だ。


そのためにも、僕は自分の身を少しでも隠すためにこの変声機を作ってもらった。

にしても可愛すぎない?


それにしても、朝頼んで放課後には完成しているとは、流石は教授だ。

しかも、教授は『マエムキナール』もセットで入れてくれていた。

コイツの効果がどの程度なのかは分からないが、なるべく頼る場面は来てほしくないなあ…。


腕時計を見ると、午後三時四十五分。丁度、店長に告げられた時間の十五分前だ。

僕は覚悟を決めて、自動ドアをくぐる。


過ごしやすそうな、適温の風が頬をくすぐる。


そして明るく彩られた店内の真ん中に立つ、小さな背中がこちらを振り返り…。


「あッ!のぞみんッ!待ってたワン!」


「ちょっと待って!人前でその名前で呼ばないで!!」


その先に待っていたのは、嬉しそうな笑顔を浮かべた少女…というか幼女の白沢しらさわ先輩だった。


幸い、店内には少ししかお客さんはいなかったが、人前で正体をバラされるのは非常に困る!

まだ働いてすらいないのに!


「ごめんごめん、ついつい興奮しちゃったワン。」


「どこに興奮する要素が…。」


可愛らしく頭を掻く先輩。

その顔はどこか嬉しそうでもあり、楽しそうでもある。


「とにかく!話は裏でするワン!ついてくるワン!」


「え?あぁ、はい。」


ウキウキの先輩に手を引かれ、僕は昨日目覚めた事務室へと連行される。

昨日と同じ、堅苦しそうな書類やパソコンがある、ごく一般的な事務室。


でも僕、この場所若干トラウマなんだけど…。

事務室の中には店長の姿はなかったが、体があの時の恐怖を覚えている。


身体の震えを必死に抑えていると、突然白沢先輩が切り出した。


「それで後輩君。私から重大な発表がありますワン!」


「重大な発表?」


「う、うん…/// 一度しか言わないから…よく聞くワン?///」


モジモジしながら、恥ずかしそうな先輩。

顔は真っ赤になり、俯いている。


ん?

な、なんだこの空気。

なんか妙にドキドキする…。


一体、先輩は僕に何を言うつもりなんだ?



「それがね、私…///」


「は、はい…。」(…ゴクリ)


息をのむ。

なんか体が火照ってきた。


先輩の顔がますます赤くなっていく。

小さな体は小刻みに震え、今にも壊れてしまいそうだ…。


すると先輩は、何かを決心したかのように僕の目を見ると、こう言い放った。



「私……、『のぞみん』の教育係に任命されたんだワン!きゃっ!///」


「…………はい?」



うん。そんなことだろうと思った!

男子高校生は勘違いしやすいから、女の子の思わせぶりな態度には惑わされないようにしようね!


というか何だったのこの茶番は!文字数稼ぎとか思われちゃうよ!


「どうかしたワン?」


「い、いやなんでも…。で、教育係でしたっけ?仕事を教えてくれるってことですか?」


「そーゆーことだワン。私が今から、手取り足取り『のぞみん』に教えてあげるワン!」


腰に手を当て、胸を張って背伸びをする先輩。


一見、背伸びをした小学生か中学生くらいにしか見えない先輩だが、前の話を聞く限り僕より年上だ。

見かけによらず、彼女はしっかりしているし、昨日は僕の看病もしてくれていた。

白沢先輩が教育係なら、僕も安心して働けそうだ。


「分かりました。じゃあ分からないところがあったら聞きますね?」


「うんうん!あと、私のことは『お姉ちゃん』って呼んでもいいワンよ?私を姉だと思って安心して相談してほしいワン!」


「いや、さすがにそれは恥ずかしいので『白沢先輩』って呼びますよ?」


メイド喫茶で働いてる幼女店員に対してお姉ちゃんなんて呼べるわけない。


……メイド喫茶で働いてる幼女ってインパクトすごいな…。


「そんな堅苦しくなくてもいいワン!まずは私たちが仲良くなることから始めないと!」


「そ、そうですね…。なら『かなで先輩』ならどうでしょう?」


「うーん…。まあさっきよりはいいワンね!じゃあそれでいくワン!あ、でもお客さんの前ではきちんと『かなかな先輩』って呼ぶワンよ?」


「了解です奏先輩。で、僕はこれからなにをすれば…?」


そういえば、まだ僕は仕事内容すら聞かされていない。

呼ばれたはいいが、店長の姿も見えないし…。


「よくぞ聞いてくれたワン!ではまず、これを着るワン!」(バッ!!)


先輩がどこからともなく出したのは、男らしい字で『のぞみん専用♡』と書かれたメモ用紙がついた箱だった。


あぁ……(絶望)


「ついに、ついにか…。この時が来てしまったのかぁ…。」


「もう諦めたほうがいいワン。いくら唇を噛みしめても、あの店長から逃れる術はないワン…。」


「わ、分かってます…。で、僕はこれを着るってことでいいんですよね?」


「その通りだワン。このメイド服が、君の制服になるわけなので、大事にしてほしいワン。」


「分かりました…。で、僕はどこで着替えれば…?」


「女子更衣室だワン。」


「了解で――・・・。」


女子更衣室…?

僕の聞き間違いだろうか?


「えっと奏先輩?女子更衣室で着替えるんですか?」


「そうだワン。」


「いやおかしいでしょ!僕は男ですよ!?」


「そんなこと言われても…うちには女子更衣室しかないんだワン。男性のスタッフは基本私服の上から調理用の白衣とエプロンを羽織るだけだし、専用のロッカーはあれど、更衣室の必要はあまりないんだワン…。」


「なら事務室で着替えますよ!」


「そ、そんな!私の目の前でなんて、のぞみんは結構大胆だワン…。お姉ちゃん恥ずかしい!///」


「なんで先輩の前で着替えるのが前提なの!?僕が一人でこの部屋で着替えれば万事解決じゃないですか!」


「いや、それは違うワン、のぞみん…。よく考えるワン?」


「…え?」


「この部屋にはカギはついてないワン。私はいいとして、店長がもし君の着替え中に入ってきたとしたら…どうなると思うワン?」


「て、店長が…ですか?」


あの筋肉ムキムキで、変わり者で、オネエ口調が特徴の――――――あッ♂


死は免れないッ!!!!


「どうやら、気が付いたみたいだワンね。」


「ぼ、僕の貞操が!いろんな意味で大変なことに!」


「今回は特例だワン。店長本人も『のぞみんが目の前で着替えていたら我慢は出来ないわ♡いろいろな意味で♡』って言ってたワン。」


「いや、そこは我慢しろよォオオオ!!!」


大丈夫なのかあのおっさんは!

本気で心配になってきたぞ!主に僕の肉体的面で!


「もちろん、のぞみんが着替えている時間はほかの女の子も近づかないので心配はいらないワン。当然、ラッキースケベ的な展開もないワン。」


女子がいない女子更衣室に、なんの意味があるというのだッ…!!


「はぁ……わかりました。じゃあ今から更衣室に行けばいいんですか?」


「ほほぉ、案外冷静だワン。もしかしてお姉ちゃんや女の子の着替えには興味ないワン?」


正直、興味津々ではある。

あるのだが…。


「そ、そんなことないですけど…。」


「けど?」


「何より、あの店長が怖いです…。」


「そ、それもそうだワン・・・。」


この先、僕の身に何が起こるのか。

それを考えただけで、僕の体は震えが止まらなかった。


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