・《初のバイトは女装ですか!?》- 2 -

「で、結局柊木ひいらぎはバイト見つかったの?」


昼休み。僕らはいつもの四人で机を囲み、昼食を食べていた。

今日は午後の授業が急遽自習になり、のんびりとした空気が教室内を漂っている。


「あー、うん。見つかったには見つかったんだけど…。」


まさか、メイド喫茶でメイドやるなんて言えないよなぁ。

ましてやこのメンツだ、教授や財団はともかくとしても、篤志あつしに知られたら言いふらされるだろうし、相川あいかわさんに知られたらドン引かれる…。


ここはなんとか誤魔化さないと…!


「えーっと、喫茶店のキッチンをやることになったんだ。」


少々嘘を混ぜ、さも普通のように僕は言った。


「ふぅん…。それって『普通の』喫茶店?」


「そ、そうそう。レトロなお店なんだけど受かってよかったよー!あははっ!」


嘘を重ねる僕。ほんとは出来て二年くらいのメイド喫茶だけど…。

ごめん相川さん、世の中には知らなくていいことだってあるんだ!


なんとか話を流そうと僕は必死に話題を探す…が、僕の隣に座る男がすべてを壊した。

何やらスマホをいじりながら、焼きそばパンを貪るこの男。

そう、憎き悪友、篤志である。


「案外、メイド喫茶とかだったりしてなー。」


「「えぇっ!?!?」」


僕と相川さんが飛び上がる。


この馬鹿!何を言うんだ突然!?

お、恐ろしい。こいつの何気ない一言が恐ろしい…!!!


ん?というか、なんで相川さんも驚いてるんだろう?


「それはそうとアツシよ。ワシとヒメノは今日駅前にでも寄り道して帰ろうと思うのじゃが、どうじゃ?ノゾムは初バイトで来れないらしいんじゃが…。」


「僕も行きたいのは山々なんだけどね…。」


「ん?柊木は今日からバイトなの?」


「うん。折角の誘いなのに、ごめんね二人とも。」


「それは仕方ないけど、昨日の今日で大変ね…。」


「まあお金のためだからね。僕は社会の荒波に揉まれてきますよ…。」


教授と相川さんには悪いが、今日から女装メイドの生活が始まる。

僕としては誠に不本意だが、お金を稼ぐためには仕方の無いことだ。

女の子ふたりと一緒に寄り道というのは、かなり魅力的ではあるが…。


「まあ、いろいろ慣れないこともあると思うけど頑張って。応援してるわ。」


「頑張るのじゃぞ、ノゾム。お主の肩にかかっておるのじゃからな。」


相川さんと教授が応援してくれる。

相川さんはともかく、教授は間違いなく別の意味なんだよなあ。

メイド喫茶の命運を背負わされる男子高校生ってなんだよ…。

まあ応援してくれるのはうれしいけどね。


「して、アツシの予定はどうなんじゃ?」


「ん?ああ、悪ぃけど、ちょっと今日も予定があってな。二人で楽しんで来てくれ。」


謝罪のポーズをする篤志。

なんか最近、篤志も忙しそうだなぁ。


朝も遅刻してくるし、財団ともよく話してるし、教授からは禍々しいオーラが見えるし…。

って、何その教授の持ってる瓶!あからさまな髑髏マークついてるよ!?


「う、うむぅ・・・。分かったのじゃ。」


「誘ってくれてありがとな教授。また誘ってくれよ?その時は予定開けとくからよ。」


教授の頭を優しく撫でる篤志。

いつもだったらこれで黙るはずの教授も、今回ばかりはふくれっ面だった。

にしても、最近の篤志が付き合い悪いのも事実。これじゃ教授が怒るわけだ。


…って、何こいつ何事もないように頭撫でてんだ?怖っ!


「ねえ篤志。最近忙しそうにしてるけど、なんかあったの?珍しくスマホなんかいじってたし。」


さりげなく質問してみると、篤志は少しの間をとった後、頭を掻きながら答えてくれた。


「ん?ああ、まあ大したことじゃねえよ。野暮用だ。」


「……ちなみに、篤志と一年の女子生徒が、無人の野球部の部室に消えていくところは目撃されている。」


「あ!?ちょ、財団!紛らわしい言い方するなよ!」


「え!?まさかそれって、彼女でもでき―――」(ダンッ!)


(僕の机に刺さるフォーク)


「――るわけないよね!篤志なんかに!アハハハハ!」


「篤志なんかにとは失礼だな。俺だって本気を出せば女の一人や二人簡単に―――」(スパンッ!)


(篤志の机に刺さるメス)


「簡単に…なんじゃ?アツシ。」


「な、なんでもありません…。」


あっぶねえ…!教授は篤志の色恋沙汰の話になると豹変するんだった!

危うく僕の右手が機能しなくなるところだったよ!篤志のことはどうでもいいけど!


「ここまでされても、矢車やぐるま本人は教授の気持ちに気がついてないってんだからすごいわよね…。」


「……どうみてもあからさまなのだが、本人は案外気が付かないものなのだろうか…。」


二人には聞こえないように話す相川さんと財団。

相川さんはともかく、この状況で正常な人間に見える財団もすごいな。


「篤志自身、教授はそういう対象で見てないんじゃ?ほら実際は教授、年下だし…。」


こそっと会話に入る僕。


「それはありそうね。恋愛というより、妹としてみてる感覚かしらねアレ。いつも頭撫でてるし。」


「………むしろ、小動物を扱ってるレベルかも…?」


「「ありそう(ね)」」


「おい、お前ら三人のその眼は何だ。人をかわいそうな子を見るような目で見やがって。」


「いや篤志、実際お前はかわいそうだよほんと。」


「むしろ教授がかわいそうだわ…。」


「……天然たらしに死を。」


「アツシの馬鹿者…。」


「っておい教授まで!?何がお前らをそうさせるんだ!?俺、みんなを怒らせるようなことしたか!?」


額に汗を浮かべ、弁解する篤志。

いや、なんか説明不足だから誤解を招いてると思うんだけど…。


「とりあえず、その野暮用ってやつの内容を教えてくれれば、誤解は解けると思うわよ?」


切り出したのは相川さん。

さすが、この中では一番の常識人!気が利く!


「え?ああ、それなら財団もよく知っているぞ。別に大したことじゃないしな。」


「ワシが財団から聞いたのは、アツシが美人でおっぱいの大きい野球部マネージャーに呼び出されて、二人っきりで部室に行ったところまでじゃ…。」


泣きそうな教授。

それが事実なら、友達として僕は篤志を問いたださないとならない。


おっぱいとかおっぱいとかおっぱいについて…。


「おいおい…。案の定、嘘を吹き込みやがったな財団。」


「……何を言っている篤志。一言一句間違いなどないだろう?」


「間違ってはないが…局所局所にいかがわしく聞こえる情報を挟むんじゃねえ!教授が誤解しちまってるだろうが!」


「あ、アツシ…。じゃあこの話は…。」


「教授が誤解してるようなやましいことはねえよ。野球部のマネージャーと知り合いだったんで、相談を受けただけだ。財団がお前に想像させたようなことは何もない。」


「じゃ、じゃあ二人っきりで部室に行ったのはなんじゃ!?」


「それは相談された案件の現場が部室だっただけだ。誤解を招く言い方をした財団のせいだなそりゃ…。」


「そ、そうか、それならよかった…。これを使わなくとも済むのじゃな…。」


そっと胸をなでおろし、あからさまな毒薬の瓶を置く教授。

緊張がほどけたのか、目じりに少量の涙がたまっている。


これが恋する乙女か、尊い…。

毒薬の瓶がなければ、だが。


「まあ、お前らと関係のないことだし、言う必要もないと思ったから言わなかったんだ。心配かけたなら悪かったな、教授。財団を煮るなり焼くなり好きにしていいから、許してくれ。」


「……おい、待つんだ篤志。ワタシは事実を言ったまでだ。研究材料にされる筋合いは――――」


「分かったのじゃ。財団には『死なない程度の電流を流す装置』の実験台になることで許そう。」


さりげなく財団の死刑が確定した。


「……!?なんだその禍々しい装置の名前は!?ワタシはまだ死にたくないぞ!?」


「ありがとう教授。おいのぞむ。財団を羽交い絞めにして逃がすなよ。」


「アイアイサー!」(ガシッ!)


「……の、望!まさか貴様まで!?」


僕の腕の中で暴れる財団。

僕のほうに紙袋の顔をむけ、必死に抵抗する。


「悪いね財団。君のせいで、僕は昨日ひどい目にあったからね…。これで五分五分だよ…!」


「……ま、待て!望!ワタシが死んだら情報はどうする!?自慢ではないが、ワタシにはなかなかの人脈があってだな!」


「そんなこと、分かってるよ!財団は大切な仲間だって!だよね篤志!?」


「ああ、財団は大切な友達だ…!」


「……な、なら死ぬのは困るだろう!早く拘束を解いて―――」


何言ってるんだこの馬鹿は!

何にも分かってないなほんと!


だって死んだら…!


「「死んだら教授に生き返らせてもらえばいいじゃないか!」」


「………なんでこんなに、ワタシの周りには常識が通用しない異常な奴しかいないんだッ!」


「財団。あなた、自分のそのカッコ見てから言ったほうがいいわよ…。」


相川さんの冷静なツッコミ。

類は友を呼ぶってのは、どうやら本当のようだ。


その日の放課後、学校中に謎の絶叫が響き渡り、その後『実験室の謎の悲鳴』として学園七不思議に追加されることとなった。


わが友の魂よ、永遠に…。


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