思春期症候群の予測と対策

 放課後の教室。

 机椅子には疎らに座る野郎どもが三匹。

 教壇に立つ一人の女生徒が、レポート束を片手に会議開始を切り出す。


「第二生徒会から依頼された思春期症候群への予測と対策を話し合うわよ。

 まず最初に『胸のサイズがわかる』症候群は想定するの禁止だから」


 亜郷あごう真理亜まりあの開幕全画面判定十割確殺攻撃。


 しかし、良く訓練されたおっぱい星人は揺るがない。

 星宮ほしみや朋也ともなりがニヒルに笑う。


「甘いぜ。

 綿菓子の原料であるザラメのように甘い」

「あれ、普通に粒の大きな砂糖じゃねえか」


 中島なかじま十兵衛じゅうべえのツッコミは無視される。


「バストサイズがわかるだけなら、世の中の半分が惨事に包まれる。

 なにしろ好美ちゃん先生の100cmオーバーBカップおっぱいも、白日の元に暴かれてしまうんだぞ!」

「……ああ、そう」


 真理亜が心底呆れた冷たい視線を、力説する朋也に突き刺す。


 天堂好美35歳、男性教諭。

 スーパーマッチョな身長2m前後の大巨漢。

 体重も100kgを超えている。

 ジャージ姿がシンボルの男子バスケ部顧問で、教科は古典担当。

 既婚者。一女一男の父親。

 余談だが、奥さんとの身長差が50cm以上もある。


 剣持けんもち茂樹しげきも深々と頷く。


「都合よく巨乳女性だけ判定できるなら症候群シンドロームじゃなくて、能動的アクティブな異能力に分類されるよな」


 勢い激しく座席から立ち上がる朋也。


「その程度の力、既に我が身は開眼している。

 ハイパースキャニングゥゥッ!!

 ぬうぅぅんっ!」


 朋也が両目からおっぱいスキャンレーザーを照射し始めた瞬間、真理亜が無空の拳で全力パンチ。

 セクハラ痴漢を血飛沫舞うミンチに変えて沈黙させる。


「さて、悪が一つ滅びたところで本題に入るわよ。

 かねてより不可解な現象が観測されていたわ。

 この現象は、わたしたちぐらいの年齢で発現する子が多いから思春期症候群と命名された。

 とはいえ、名付けたのはウチじゃなくて発症者が多く出た別の地域なんだけどね。

 姫小路ひめのこうじ先生も、最初は変な違和感があったんだって。

 該当地域で話を聞いて理解を深めてからは、はっきりと見えるそうよ。

 おかげでこの学校の近くで発症した生徒を、早急に見つけることができたわ。

 ただし施療のチームが対処にあたっても解決は難航した。

 症状を直すのに一週間もかかったの」

「姫小路先生と治癒担当が揃って、その日数か。

 こりゃ真剣にならんといかんな」


 十兵衛が身を乗り出す。

 真里亜の説明は続く。


「問題は3つ。

 わたしたちの力とは系統が違うってところ。

 第二生徒会で戦力を集めても、症候群相手には意味がないわ。

 次に、症状に個人差がありすぎて特殊性が高いってところ。

 思春期症候群の内容は多岐に渡り、個別の対応が必要なの。

 なにより規模が不明ってところね。

 件数にしても、影響範囲にしても」


 真里亜が嘆息気味に話を閉じた。

 挙手をした十兵衛が質問する。


「具体的にはどんな症状があるんだ」


 真里亜が手に持つレポート束をめくり調べる。


「えっと……。

 他者からの悪意で負傷する。

 世間から認識されなくなる。

 不特定で日時が巻き戻る。

 過去の声や音が聞こえる。

 判明している分は、こんなところね」

「それは個人レベルなのか?

 周りも巻き込むのか?

 影響範囲が不明って言ってたよな。

 例えば他人の悪意で傷つく症状に、親密度や距離との関連性はどうなってた」

「広範囲というか世界レベルで影響を出しているわね。

 調べた限りでは、症候群の果ては解らないらしいわ」

「ガチで朋也クラスの異常じゃねえか!」


 十兵衛の叫びに、茂樹が表情を引き締める。


「だから俺たちに話が振られた。

 注意すべきは症候群の影響で周囲が危険に晒されることだ。

 症状によるが、悪用する者がいないとも限らない。

 施療チームの手に負えないと判断した場合、役員会議は 星 組 チームステラをあてがうと決めたんだな」


 茂樹の言葉に真里亜が頷く。


「姫小路先生が治療を諦めず、執行部に抵抗し衝突する可能性もあるわ。

 それならいっそのこと、カミサマにお供えしちゃえって話ね」


 十兵衛は机に倒れ込んだ。


「おれらは最後の力押し要員かよー」


 真里亜が話を進める。


「だから、今回の会議は心構えと準備よ。

 私たちが最後の防波堤なんだから。

 どんなことが起こるのか。

 どう対応するのか。

 事前に考えておくのは有用だわ」


 血溜まりミンチから逆再生で復活した朋也も会話に加わる。


「症候群、症状であるからして受動的パッシブな状態だ。

 よほどのことでも無い限りは、外部に直接的な悪影響を及ぼすこともないだろう。

 俺たちにお呼びが掛かる可能性は低い。

 発症した人間の周囲は、引っ掻き回されること確実だけどな」


 真里亜が手元の資料を参照しながら同意する。


「実際、症候群になった人たちは大変な目にあっているわ。

 周りの人が最後まで発症に気づかない場合もあるし」

「オレたちが出張るのは発症のさらに上。

 とてつもなく極稀少な状況。

 芳樹が言う悪用者が出た時だ。

 自分が不可思議な事件の中心・混沌の渦中に居ても、それほどの判断力を残しているとしたら、よほどの強者つわもので悪辣な人物だ。

 だから、なおのこと。

 手加減抜きの初手不意打ちで一撃必殺すべし」


 朋也の目に殺意が宿る。

 見かねた真里亜が制止のジェスチャーをする。


「感情のままに人を殺さないで。

 トモはホント、この手の類に容赦ないわね」

「犯した罪は消えぬのだ……」


 朋也は窓から空に顔を向け、遠い視線で夕方の月を見る。

 芳樹が掃くように手を振った。


「不確実な混乱を悪用するなんて無理だし、対策を考えても栓の無いことだ。

 議題から外そう」

「そうね。

 ありもしない状況を話し合っても虚しいものね」

「実現したらヤっちまえばよいのさ。げへへ」

「トモはたった数秒でキャラを崩さないで」


 十兵衛が納得の顔で笑う。


「だから、最初に『胸のサイズがわかる』を禁止にしたのか」

「ジューベイたちなら、絶対に出してくるでしょうからね!」


 鼻息荒く真里亜が腕組みして男子三人を威嚇する。


 朋也が謎の角度で腕脚を固定し、横目で睨むポージング。


「甘い。甘いぞ。

 まるで駅蕎麦のカウンターに置かれている七味唐辛子の蓋を誤って落とし麺の上で赤い小山を築いた並に甘いぞ」

「どこが甘いんだ、それ」


 芳樹のちいさな疑問に、朋也が駒の如く回転しながら答える。


「蓋の緩さに気づかない注意力が甘い」

「そこかよ!」

「禁止するのなら胸の大きさだけではなく、ボディラインに目を向けるべきだったのだ」

「ようするに、トモはなにが言いたいの?」

「俺たちが最初に想定すべき症候群は……。


 ずばり『相手のウェストサイズがわかる』だ!


 発症者は俺。

 ちなみに真里亜のウェストはご」

「消えなさい」


 再び真里亜の不可視の拳で塵に散る朋也。


「悪用者には手加減抜きの初手不意打ちで一撃必殺なのよね」


 にこにこ笑う真里亜。

 芳樹は冷や汗拭い生唾を嚥下する。


「さすが朋也。

 初手で悪夢のごとき病魔を発現させるとは……」


 十兵衛が苦い表情で呟く。


「言った端から、おもいっきり自己矛盾しているしなぁ。

 悪用者を憎むのか、同情するのか、便乗するのか。

 どれかにしろよ。まったく」


 電子チャイムの音が鳴る。

 真里亜がスカートから振動するスマホを取り出した。


「あ、ごめん。

 わたしのだ。

 ちょっと待ってね」


 液晶画面を見た真里亜は固まった。

 そこにはデフォルメサイズの朋也がいた。


「やっほー。

 これが噂の携帯彼氏?」


 真里亜は無言でセキュリティソフトのスキャンを実行する。


「なんだこれは?

 ええいっ、アンチウィルスアプリ程度にオレ様が負けるものか。

 あれ、おかしいな。

 ちょっとずつ自分が削れていくぞ……。

 ぐわぁーーー!!」


 試しにスマホをシェイクすると、10cmほどの小さな朋也がポンッと転げ出て来た。


「ふぅ。オレの恐ろしさにアンチウィルスも逃げ出したか。

 本気になれば、ざっとこんなものよ。

 みんなもセキュリティーは大切にしよう!」


 決めセリフを宣うミニマム朋也を掴んだ真里亜は、それを窓の外に放り投げた。

 どこからともなくカラスの羽ばたきが聞こえ、猫の鳴き声も混ざる。


「なんだ。やるのか、おら。

 あ、やべ。勝てんぞこれ。

 お願いします。弄ぶのは止めて、転がすのもやめて。

 巣に連れ帰らないでー!!」


「悪は滅びた。正義の勝利よ」

「今日の真里亜は容赦ないなぁ。

 なにか気になることでもあったのか?」


 十兵衛の問いかけに、真里亜は少し困った顔をした。


「直近で思春期症候群を発症したのは、わたしの知っている人なの。

 事態を収拾するの、本当に苦労したんだから」

「なるほど。対策に乗り気なのもその所為か」


 芳樹と十兵衛が納得の表情になる。

 ガラリと教室の扉が開き、頭に折れた小枝を刺した朋也が戻ってきた。


「話は聞かせてもらった。

 もう悪ふざけで進行の邪魔はしないぜ」

「ホントでしょうね?」

「このキレイにすんだ瞳を見てくれ。

 ウソを言っているように見えるか?」

「眼球を手に持って見せてくる妖怪を、どうやって信用するのよ」

「おかしいな。

 この前読んだ漫画だと、主人公の仲間が目を抉り出して敵に見逃してもらっていたのに」

「信じてもらうのと、命乞いを混合している段階でダメなのよ」


 眼球を頭蓋に填める朋也が笑う。


「創り出された性分だからな。

 冗談を絶やす気はないが、本気で取り組むことは星の輝きに誓うぞ」


 真里亜は服の上からロザリオを握り自分を落ち着かせると、仲間を今一度見つめ直す。


「夜空が星に誓うのなら信じるわ。

 早く席に戻って」

「ういうい」


 男子三人に向かって、今一度真里亜が仕切り直す。


「念を押すけど、よく聞いてね。

 相手が世界規模で影響を及ぼす異能なら、最悪の場合夜天トモの権能を承認するのも視野に入るわ」

「個人の病気なのに、役員会議も思い切った判断をするな」

「俺たちに対処しろってことは、当然そのレベルの覚悟をしているわけだ」


 十兵衛と芳樹が天を仰いだ。


「しゃーない。やるか」

「そうだな。文句を並べても終わらないし」


 二人は責任の重さを再確認して肩紐を背負い直す。


 当の朋也は少し外れたことを考えていた。


「オレを思春期症候群風にいうのなら『太陽が見えなくなる』だな。

 患った人間は常に外界が夜になる。

 陽光以外の光源を必要とする症状だ。

 昼間から懐中電灯を持ってまわる姿は、実に目立つだろう。

 ……ククク」


 光の無い空間を闇と呼ぶ。

 己の症状に、夜空の闇が顔の半分だけ笑った。

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