文化祭と殺人事件
教壇に立つ女生徒
「さあ、みんなで考えよう!」
時間は夕刻前。放課後の一時。
教室には最前列に座る四人の生徒。
生徒の一人
「ネタ元が解る人間がどれだけいるのよ、それ?」
真理亜の横に座る
「おおっと、ここで横取り四十万!」
「追加の解説をどうもありがとうねっ!」
「おうちっ」
しかし盗みの手は無慈悲に叩き落とされた。
右サイドでミニペットボトルの炭酸飲料を飲んでいる
「発破かけられても、出ないものは出せないぞ。
密室殺人なんてどうやって考えればいいのさ」
黒板には議題が大きく書かれている。
『二年B組密室殺人事件』
その下に小さく注釈。
『本年度文化祭展示物』
一番左に座る
「いったいどうして、こんな事態になったんだ?」
鈴和が答えた。
「もっともな質問だ。
だが、わたしにも解らない。
しかしながら、このメンバーは
最強と名高い
良い知恵が出ると期待している」
「殺人事件を期待されてもな……」
竹を割った性格の鈴和に言い切られ、芳樹も口ごもった。
チョークを握る畦道鈴和が語りだす。
「最初に議題へと至った経緯を簡単に振り返ろう。
本年度の文化祭にクラス展示で参加することが決まった。
これはクラス担任の
例年クラブ活動での参加が活発であるなか、学年クラス単位での参加が減ってきているのを気にかけたからだ。
早急にクラスの識者を集め検討した結果、殺人事件推理ゲームが立案された。
この案が採用された理由は3つ。
学園内での殺人事件というスリリングな設定。
常駐する受付と案内役が少数で済む配置。
適当な出題でもなんとかなる。
最後に、閲覧者に参加意識を植え付けることができ、お得感があること。
すまん。理由は4つだった」
素直に頭を下げる鈴和。
座る側も慣れたもので、鈴和の抜け具合をスルーする。
一人朋也が瞳を輝かせた。
「これが噂の楽しい時の枢機卿弾劾?」
「ちがうから。
赤い服を着て枕を持ち出さないで!」
真理亜が慌てて否定する。
十兵衛がからからと笑う。
「『だが、わたしにも解らない』って言っておきながら、おもっくそ委員長が関わってるじゃんか」
芳樹も追撃に加わる。
「混乱の大本は、委員長が状況を理解せずに企画だけ進行させていることじゃないのか?」
「それはわたしもうっすらと気付いているが、この際無視する」
神経が千年樹のごとく図太い鈴和の説明が続く。
「そこで四人にお願いしたいのは、3つめの理由である適当な出題を考えて欲しい」
十兵衛が重要な点を指摘する。
「言うの易いが、委員長さんよ。
そこまで話が進んでいるのなら、最初に集めた識者連中で最後までやればいいじゃんか」
しかし鈴和は動じなかった。
「いかんせん。我らには事件を想像することしかできない。
組み上がる事件が穴だらけだとしても、リアリティを欲するゆえに実戦を経験している星宮たちにお願いしているのだ」
「そんなことで担ぎ上げられても嬉しくねえってばさ。
っていうか、適当な出題なのが推理ゲームになった理由だろ」
「この場合の適当は、適宜と同義だと推察する。
先ほどと言っていることが違う気もするが、流してくれ」
「……力強くぽんこつを主張されてもなぁ」
委員長のゴリ押しに、さすがの十兵衛も閉口する。
場の空気を変えるべく真理亜が乗り出す。
「それにしても、どうして殺人事件の推理ゲームなの?」
「話題性のためだ。
端的に言って、文化祭に展示品参加ならできるだけファーストインプッレションを強くして客引きする必要がある。
センセーショナルで現実から縁遠いながらも、存在を否定しきれないものを出すべきとの意見があった。
それが、殺人事件というわけだ」
鈴和の弁舌に熱が篭もる。
「教育機関で殺人事件が起こったらどうなるか。
人命生死に関わる事件にして、学園内の倫理をも揺さぶる大事件だ。
下手をすれば学園組織の存続に関わる一大事。
もし管理する職員側による隠蔽がなされても、ひと一人が消えたのだ。
完璧完全に封じ込め、隠し通せるはずもない。
何処から噂話から漏れ出で、いづれは発覚する。
昨今の情報社会のことだ。世間もこの不祥事を放おってはおかないだろう。
即座に報道陣が学園に詰めかけ、明日に朝刊には一面で特集が組まれ、ワイドショーでは既知の内容が何度も繰り返し放送され、お茶の間のオバサマ方の茶飲み話にされてしまう」
教室前列に座す四人は何かを諦めた顔で、大きな身振り手振りで話す鈴和を眺める。
「と、まあ。
現実に起こってしまったら取り返しがつかない殺人事件だが、フィクションなら実在の団体個人とは関係ありませんのテロップで事済ませられる。
お気楽お手軽怪事件というわけだ。
おーる、あんだすたん?」
一気に冷静さを取り戻した鈴和が一同を見渡す。
代表して全然理解してなさそうな朋也が頷き返す。
「いえす、あい、どぅー」
芳樹は事の中核を問う。
「とはいえ、推理を必要とする殺人事件なんてどうやっても素人の俺達にはザルなものしか考えられないぞ」
「別に本格的な事件を熱望しているのではない。
それっぽい感じのアレソレが出来ればよいのだ。
星宮たちから見て、正解に辿り着くための部分が問題ないようにしてくれ」
朋也が小首を傾げて確認する。
「具体的な展示方法までは考えられているのかい?」
「教室をまるごと使えば、なかなかのスペースを確保できる。
そこに実際の警察捜査のようにビニールテープで人型や、重要証拠品を表示する。
重ねて言うが、これは大方がそれっぽい感じがだせれば良い。
星宮たちに一応の答えは用意してもらうが、これはザルでも構わない」
何かを感じ取った十兵衛が左右を見渡し索敵する。
「おい。いま聞き捨てならない単語がでたぞ」
「回答を思いついた閲覧者には紙に書いて提出してもらう。
そうして収集した回答は、文化祭の終わり頃に開封して正解者発表を行う」
真理亜も悪寒を感じて身構えた。
「嫌な予感がしてきたわね」
鈴和が展示物最大の問題を伝え明かす。
「一応回答は事前にクラスの人間が見て、正誤と公開しても大丈夫な内容かをチェックする。
その上で、だ。
閲覧者の正解が用意した答えより良く出来ていたら、そちらを採用すれば良いのだ」
「それでいいのか、クラス展示ーー!!」
芳樹の叫びが、さも当然とイカサマと中途半端なやる気の無さを許容する鈴和に突き刺さる。
「もちろん。これでいいんだ。
しかし突っ込みは、40mm鉄板ぐらいある鈴和の面の皮に弾き返された。
「了解だよ。委員長。
安っぽい推理ゲームをやってやろうじゃないか」
唐突に朋也が挙手。
「出題を考えるのはやぶさかではないが、当日の回答収集、現場保存の役は約束しかねる」
鈴和が尋ねた。
「なにか予定があるのか?」
「オレは裏家政科部が秘密裏に主催する毎年恒例の自作対戦格闘ゲームで覆面着用必須のトーナメントに参加する。
試合の動向によっては、一日中張り付くことになるだろう」
「なにそれ、詳しく」
委員長が食いついた。
苦々しい表情で朋也が続ける。
「持ちキャラの『菜箸のリョウ・中調理カラー』が仕様を激変されているらしくて、気になってしょうがない。
予選中に調整できればいいが、簡単にはいかないだろう。
ダイヤグラム有利の『湯切りザルのゴン』が使うしゃがみ大調理技”ピンチで長い三段湯切り”の隙が小さくなるなら、超配膳技の”ダイビングスーパー鍋奉行”を主軸に弾幕を形成して隙を作る戦術を使わざるを得ない」
どこからともなくバイクのエンジン音を鳴り響かせながら朋也が言った。
「一画面に二人以上のスーパー鍋奉行を登場させると、キャラクターを無視して互いの胸ぐらを掴んで殴り合う混沌とした試合になる。
その間にひっそりと対戦相手を暗殺する禁断の技だ。
出入り禁止を言い渡されるかもしれないが、ゲーム作成側がパッチ対応していないのならやれるはず……!」
芳樹が頭痛を感じて呻く。
「順繰りに突っ込むぞ。
裏家政科部なんてクラブは聞いたことがない。
家政科部なのにどうして格闘ゲームを作っている。
毎年恒例ってなんだ。今年で何回目になるんだ。
出場者に覆面を要求する意味もわからん。
なによりゲーム中の技がまったくもって想像できない!
最後に、ゲームのバグフィックスぐらいきちんとやれ!!
運営に問題を抱えているのはウチのクラスだけで十分だ!!!」
十兵衛と真理亜が小さく拍手する。
「おつかれ。がんばったな」
「さすがヨシキね。見事だったわ」
「
素直に感謝だ。
ではクラス展示の殺人事件について、内容を詰めていこう」
鈴和のマイペース具合に、
「
今回は畦道鈴和という精神コンクリート直打ち委員長と、いつもの
鈴和が黒板にチョークを走らせる。
「展示場所は、先程言った通り教室を使う。
そこにロープやテープで作った殺人現場の現場検証っぽいものを準備する。
閲覧者兼探偵の人たちに、展示を見てもらい事件の真相を推理してもらう方式だ。
教室の出口側に筆記台と、展示物監視および回答回収要員を置いておく予定でいく。
全くの白紙から推理してもらうのは難しいだろうから、予め犯人候補の一覧などを準備しておいて、その中から誰がどうやって事件を起こしたのかを書いてもらおう。
フェイクを含めた犯人候補には、クラスの連中に仮装変装してもらい、それらを撮影した写真を使う」
てきぱきと鈴和が会議を進める。
芳樹の顔が横線だけで構成されたようなしかめ面になった。
まともに会議進行が出来るのなら、最初からやってほしいかった。
「犯人候補の情報に、動機になりそうなこと、事件当時のアリバイやトリックのミスリードなどを入れておけば、推理ゲームとして盛り上がるのではないだろうか」
どうだ、と四人を見るクラス委員長。
真理亜が同意する。
「そこで一番頭を使うのが、本筋本命の殺人事件というわけね」
「集客を考えればできるだけ派手にいきたい。
問題を過大に見せるアイデアは大歓迎だ」
十兵衛が首を捻る。
「でも漠然とし過ぎていて、何から考えればいいのかすらわからねえよ」
「そこは先例を参考にさせて貰えば良いのさ」
鈴和が黒板に大きく3つの星を書く。
「ミステリーで使われる推理の筋道は3つ。
これに沿って回答を考えれば、すっきりと見やすくなるだろう」
芳樹も太い首をゆっくりと縦に振る。
「なるほど。そこまで区切られているならやりようはあるな」
クラス委員長が星の横にHow、Who、Whyと書く。
「仮の正解から、この3つを逆算で事件を組み立てる方式で考えてみよう。
まずはHow、どうやって、だ」
十兵衛がミニペットボトルを飲み終えて、口を開く。
「死因なんて、いくらでも考えられるぜ。
外傷なら多種多様だ。
絞殺による窒息死。
殴打、刺殺によるショック死。
傷を放置しておこる出血多量による衰弱死。
出し物なんだから、やろうと思えばなんでも出来る」
「展示であることを考慮して、多くの血が出た方が盛り上がるから刃物で斬られたことにしよう」
鈴和は一つ目の星に殺傷と書く。
芳樹の渋面が続く。
「いきなり物騒だな」
「出血を多くする為に四肢のどこかを切り落としたいところだが、やれそうか?」
「人体ってのは思った以上に頑丈で、簡単に腕や脚が飛ぶことはない。
人力無手じゃまず無理。
精々関節を砕き捻るまでが限界だぞ」
眉間を揉みながら芳樹が言う。
鈴和が覗き込むように尋ねる。
「それほど難しいのか?」
「状況が教室に限定されているからな。
ここで殺人事件がおこるなら、道具や刃物を使った頭部殴打か腹部刺突が順当だ。
凶器という目に見えて解る痕跡も残るし、推理の筋道を立てやすいだろう」
「なるほどなるほど」
「考えるに、凶器にするなら砂を詰めた靴下だな。
これを勢い良く振り回して相手の頭に命中させれば、それなりの確率で昏倒させることが出来る」
十兵衛がから笑いする。
「凶器に簡易ブラックジャックを薦めるあたり、芳樹も
「ほう。マンガの闇医者みたいなそれは、有名な武器なのかい?」
「委員長は知らないようだけど、推理小説を一通り舐めた人間なら一度は見かける道具だと思うぜ。
"良い子は真似しないでください"って注釈が付けられるぐらい、簡単に作れるからな」
「靴下の中に入れるのが硬貨やボルトナットでないだけ上等だ」
鼻で笑った芳樹が推理問題作成の続ける。
「学園内で他人に悟られず持ち歩ける凶器となると、極端に候補は絞られる。
実行するならこの程度が順当だ。
犯行後の処分も簡便なのも、選択の理由になる。
殺害方法は、手製の鈍器による殴打。
教室の所々に花壇の砂が落ちているというヒントでいけるだろ」
「剣持がそう言うのならば問題ない」
黒板に芳樹の言葉を書き写した鈴和が、次の星を見る。
「ではWho、だれが、だ」
唐突に
「そうか! わかったぞ!」
びしっと自分を指差して。
「真犯人は、たぶんオレだ!」
「よし。ならば、犯人役は星宮だ」
「えっ? 本当にオレで決定?」
芳樹の横睨みが朋也を突き刺す。
「自分から言い出したんだ。
発言には責任を持て」
「ういっす。がんばらせてもらいます」
小さくなる朋也。
鈴和は二つ目の星の横に、もう一つ星を描き丸で囲む。
「最後はWhy、なぜ、だ」
芳樹が嘆息ながらに言う。
「回答する側から見ればWhyとWhoは同義に近い。
計画的に行われるより、突発的な衝動に駆られた事件の方が多いからな。
犯人が特定できれば、動機も解るってものだ」
スナック菓子をチマチマと噛っていた真理亜が朋也に尋ねる。
「トモはどういう理由で、殺人なんて大事に及ぶのよ」
「もちろん。
『夜空の星を全て拾い集めろ』と無茶な命令をされたからだ」
朋也は胸を張ってわけのわからないことを宣う。
十兵衛が『伝承通りじゃねえか』と小さく呟いた。
困惑するクラス委員長の鈴和。
「すまん。さすがに私でも納得できる動機にしてほしい」
「ぐぬぬ。我が積年の恨みが伝わらぬとは……」
悔しがる朋也が滝状の涙で頬を濡らす。
「とはいえ、他に人を殴るほどカッとなる理由なんて、そうそう思いつかないぜ」
「真犯人に立候補したからには、ザルな動機でもいいから捻り出せ」
芳樹の生暖かい視線を受けて、朋也の頭上に二股ソケットの電球が灯る。
「閃いた!
まだ決まっていない被害者も、オレになればいいんだ!
これで万事解決だ!!」
「「いや、解決してないって。それ」」
こうしてぐだぐだに企画された二年B組の展示『殺人事件の推理ゲーム』は、予想の通り盛大に閑古鳥が鳴いた。
余談。
文化祭で一番人を集めた場所は、野球部が開催した
過去のプロ選手や、甲子園で名を馳せた投手まで、古今東西様々な投手と対決できるシチュエーションは多くの人を呼び込んだ。
特にホームランダービーが大人気だった。
そんなARバッティングセンターの最優秀者は、
なぜか菜箸を持った覆面の人物であった。
えんど
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