天才の解体

「実は俺って、天才じゃね?」


 泰磨学園二年B組の教室、時刻は昼休み。

 決め顔の星宮ほしみや朋也ともなりが唐突に言った。

 頬には昼飯のご飯粒が付いている。


 同席している中島なかじま十兵衛じゅうべえ剣持けんもち茂樹しげきは弁当を食べる。


 弁当を食べる。


 二人共、黙々と弁当を食べる。


 朋也の泣きが入った。


「少しは反応してくれよー……!」

「うるせえ。毎度の与太話に付き合う義理はないやい」

「お前の場合は天賦の才能じゃなくて、災いの部類だ」


 にべにもない対応の十兵衛と茂樹。


「天才と言っても、漫画とかに出てくる博士並に範囲が広くて、もう単語だけじゃ無意味なものになってるしな」

「十兵衛の言うとおりだ。

 フィクションの世界だと、理論を組み立てる博士と現物を作る技術者の区別が付いていないところが少なからずある」

「数学の学者なのに異様に機械工作が上手だったりするのは、確かに天才だよ。

 技術者としてな。

 物を設計する段階では数学が必要だけど、実際に作るとなると別の能力がいる。

 そこを混合しちゃいけない」


 十兵衛が問い掛ける。


「朋也はどっちの天才になるんだ」

「オレは頭脳系より、肉体的な天才なんだよ。

 見よ。この華麗なるハンドスピナー捌き!」


 両手の親指、中指、小指の六本に回転玩具を器用に乗せる。


「さらに、ジャグリング」


 回転玩具を両手で飛ばし回し持ち、見事な無限の図形を描く。


 朋也のパフォーマンスに、教室にいたクラスメイトたちが囃し立てる。


「いいぞ、いいぞ」

「ともなりくんの、ちょっといいとこ、みてみたい!」


「よーし、よし。

 ならば片足Y字バランス立ちで全身を波打せながら、上げた脚の下にハンドスピナーを通す超高等テクニック!」


「うわ、キモ!」

「腕の長さが二倍ぐらいに伸びてるじゃねえか!」

「さすが変態。関節が無い箇所でも曲がってやがるぜ」


 喧騒を他所に、芳樹が独りごちる。


「天才に頭脳系とか分類があるのか?

 ……そう考えると、あるな」


 弁当を食べ終わり馳走でしたと合掌する十兵衛が答える。


「学者や博士とは別に、トップアスリートって言われる人たちはいるだろ。

 先天的に運動神経や反射神経が発達している人。

 そういうのが肉体系の天才ってことだな」

「自分の身体を意識して動かせる、もしくは意識しなくとも動かせる才能か……。

 凡人の俺には羨ましい才覚だ」

「いやいや。合気道から古武術に目覚めた格闘技の天才様が何をおっしゃいますやら」

「格闘の究極は無二打。

 組み式を繰り返し鍛錬して、ようやく基礎に届く俺を天才とは言わんさ。

 十兵衛のように、目に入る場所なら何を投げても命中させる技能こそ、天才というべきだろ」

「そうは言うが、こっちは6割方運頼みだぞ。

 命中率を実測すればたぶん2割を切るぜ」

「お互い自身の不足分を知っているから、天才って言葉が自分から遠いことを説明できるわけだ」


 嘆息気味の芳樹が、食べ終えた弁当箱を片付ける。


「いわゆる集中力をコントロールする力、意識的にスローモーションを見ることができることも、運動神経が発達しているとも言える」

「ああ、ゾーンだとかいうヤツだろ。

 あんなのができるのは、本当に一部のトッププロだけだ。

 常人には百万回に一回でもできれば、奇跡の現象だ」

「誰も彼もが出来るのなら、天才なんて呼ばれないからな」


 購買のペットボトルの栓を開けた芳樹が、缶飲料のお茶を飲む十兵衛に問いかける。


「逆に、天才が存在しないスポーツって何かあるか?」

「いないわけじゃないけど、少なそうなのは長距離陸上が当てはまらないか。

 あれは普段からスタミナを鍛えていないと出来ない競技じゃん」

「言われれば、そうだな。

 先天的な肉体的才能だけじゃ、二時間以上走り続けるのは難しい。

 筋量が多く体重が重たい人間には不向きだし」

「筋肉的な天才っていえば、白筋肉の先天的割合も当て嵌まるぞ。 速筋と遅筋の違いは知っているか?」

「白い瞬発力の筋肉と、赤い持久力の筋肉だろ。

 魚の白身赤身で考えるとわかりやすい。

 小型の魚に白身が多くて、大型のマグロは回遊に特化して全身が真っ赤になっている」

「動物は自然に淘汰されるから、区分けがはっきりしているなあ」


 今度は十兵衛から問い掛ける。


「肉体的天才が分割できるなら、頭脳的天才も種類があるのか?」

「ぱっと考えつくのは記憶力だな。

 円周率を何十桁も暗記している人とかいる。

 もちろんそれら膨大な知識量を、必要な時に思い返す能力も不可欠だ。

 溜め込んでいても、正しく使えないんじゃ意味がない。

 ちかしくて別方向の頭脳的天才に、暗算が速いのも挙げられる」

「思考の速さは解りやすい天才だな。

 となると、豊聡耳皇子みたいな分割思考も頭脳的天才になるね」

「とよさとみみ、ってだれだ?

 どこかで聞いたことあるような……」

「聖徳太子のあだ名だよ」

「そうだ、思い出した。

 十人の訴えを同時に聞いて、的確に返した逸話か。

 確かに頭脳的天才に分類される話だ」


 二人は飲料に口を付け、会話で乾いた口内を潤した。


 朋也が教卓に移動して水芸を披露し始めたのをみて、十兵衛が切り出す。


「もうひとつ天才の分類が思いついたぜ」

「それはなんだ?」


「 奇抜 さ。


 普通の人間が考えつかないことに思い至る才覚も、天才っていうだろ」

「そいつは頭脳系の分類になるな。

 いわゆる定説の突破ブレイクスルーもたらす存在に与えられる称号だ。

 現実にはおいそれと拝めない才能になる。

 ほとんどが戦史か社会学、理科系の教科書の中に埋もれている」

「美術史も歴史に数えていいよな。

 文化を象徴するものを描き作った特筆すべき天才たち」

「それは思い至らなかった。

 無骨な人間性で悪いな」

「いやいや。

 実に芳樹らしい考え方パーソナリティーだと思う。

 俺は好きだぜ。普通の人間らしくてさ」

「そりゃどうも。

 理屈では俺とは逆の存在として、孤高の天才、唯一のあり方として孤独に立つ人間がいると証明できるわけだ。

 理解し合った、心の通じた仲間の大切さが身に染みるぜ」

「奇抜的な天才の発露にもう一つの方向性があるぜ」

「もう一つとは?」


「 一年生にいる金髪ちゃんの

   足の裏を顔面で踏みたい、とか」


「ぶふっ!?」


 芳樹が、あわやペット飲料を吹き零しそうになる。 


 今年の一年生に帰国子女の金髪美少女がいることは知っているが、十兵衛が言う奇妙奇天烈な言動までは予想できなかった。


 にやりと笑った十兵衛が構わず続きを喋る。


「こういった発想が明後日の方向に飛躍しているのも、天才っていわないか?」


 むせながら芳樹が反論する。


「理性の裏側へかっとんだことを考えるヤツまで、天才に含めたくないぞ。

 天才の計量と認定には他と比べることが必要だが、とんがっていればそれで良いとは言わんだろ。

 モデルはアレ」


 芳樹が教卓を指差し、


「……俺もそう思う」


 考え直した十兵衛も同意する。


 教壇では、レクオーナのタブーをBGMにして肉をめくり上げ骨格をチラ見せしている朋也に、クラスメイトたちがノートやシャーペンや各種辞書を投げて抵抗レジスタンスしていた。

 当然、朋也はハゲカツラにちょび髭丸縁メガネのパーフェクト状態モードだ。列強帝国だ。

 並の厚さの辞書程度では揺るがない。

 火力不足を悟ったレジスタンスたちは、大技林や広辞苑といった禁止兵器の投入を躊躇いながらも黙認し戦線に送り出す。


 こうして戦争は泥沼のゲリラ戦に移行した。


 映像の20世紀、そして撹拌の21世紀へ。

 芸術の都は燃えているか?


 完全にクラスの戦争寸劇から置いてけぼりになった十兵衛と芳樹。


 長閑のどかに昼休みの一時が流れる。


 さてと。

 勢い付けてペットボトルのキャップを閉めた芳樹が立ち上がった。

 さすがにこれ以上馬鹿どもを放っては置けない。

 教壇の問題児集団を制止する。


「何をやっているんだ、おまえらはー。

 ギャグ調進行も少しは自重しろよ」


 釣られて十兵衛も後に続いた。


「いいじゃん。いつものじゃれ合いさ。

 ビシーの再編が完了したから、北阿の反抗が始まるぜ。

 芳樹も参加してみたらどうだ?」

「あそこまで落ちるのは、さすがに少し気が引ける」


 頭上に上げた腕の手首だけをきつく下に向けて、芳樹と十兵衛を指差す朋也。


「よくぞ駆けつけてくれた。我が盟友ともたちよ!」

「話題を最初に戻すが、朋也が自分の天才を再確認した肉体的な特徴ってなんだ?」

「そう言えば、そんな話だったな」

「ふっふっふ、のふ。

 よくぞ聞いてくれたました。

 新しい技を開発した結果、これ以上ない出来に酔い痴れていたのだ」

「嫌な予感がするが、聞いてやる。

 新しい技って、どういうのなんだ?」


「来たりて見よ!

 これぞ『夜天よぞらあな』が新たなる天才技の一つ。


 七 孔 噴 閃 !!


 ふんぬぅっ!」


 力む朋也の両目、両耳、鼻孔、口。合計七つの穴から眩い閃光ビームフラッシュが噴射される。


「「ただの変態技じゃねえか!!」」


 左ハイキックの芳樹、右足払いの十兵衛。

 二人のコンビネーションに、朋也が腰を軸にした見事なヒューマンスピナーと化した。

 輝く頭部が綺麗な弧を描き美しい。


「ぎふとっ!!」


 3回転半の後、ぎちゅっと生肉っぽい音で顔面着地した朋也の悲鳴で話は終わる。




えんど




「芳樹さんや。

 俺たちは朋也のことを変態って言うけどさ」

「なんぞい、十兵衛どの」

「朋也の異質な部分が、性的嗜好じゃなくて肉体的な変質者であることは、御天道様に感謝しても良い気がするんだ」

「そうだな。

 天才と変態の紙一重で向こう側のヤツだけど、朋也の人間性は真っ当うだからな。

 巨乳派でもあるし」

「巨乳派だからな。俺達は」


 がっつりと合わされる拳と拳。

 男の絆が、ここにある。


「それは私に対する当て擦りかなー……?」

 二人の後ろには亜郷あごう真理亜まりあが怒りの表情で立っていた。


 芳樹と十兵衛は真理亜のある一部を見る。


「生きろ」

「頑張れ」


「どういう意味よーー!!」




こんどこそ、えんど

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