誘拐事件と時間停止
本日の授業最終駒が終わり、クラス中に弛緩の空気が湧き出てきた。
担当の教師は、次回に予定するページを指示して予習を促すと立ち去っていった。
これから放課後のクラブ活動や委員会、自習室の席取りなど様々に動き出す生徒達。
しかし、彼らの安寧を蹴っ飛ばすのものは唐突にやってきた。
一人の生徒が大ニュースを持って駆け込んでくる。
「大変だ。
「な、なんだってぇーー!!」
教室で唐突に逆立ちを始めた
「それは本当なのか、オレよ!?」
「ああ、本当だとも、オレよ!」
ニュースを運んできた朋也と、逆立ちした朋也が確認し合う。
クラスメイトの
「いきなり分裂芸から入るんじゃねえ」
「トモはまず人間性から改善すべきだと思うの」
「そのレベルからでゴザルか?!」
逆立ちする朋也と、教室に入ってきた朋也が並び立つ。
リバース朋也がパタパタと展開して、下半身だけになる。
もう一人の朋也はその上の乗ると、こちらもパタパタと変形して上半身に。
最後に角の生えた新しい頭部がカシーンッと起き上がり、スーパー朋也合体完了。
かっこよくポージングして、ニヤリと不敵に笑う。
「だから、人間にできないことをするんじゃないってーのっ」
「それは鳥たちに空を飛ぶのをやめろという程の暴挙だぞ」
反論する朋也。
受ける芳樹。
「お前の変態行動は、生物学進化論と航空力学に利点をもたらすのか?
っていうか、飛べない鳥は意外といる」
真理亜が指折り数える。
「シャモにダチョウに、ペンギンに。
あとクジャクって飛べたっけ?」
十兵衛が追加する。
「オセアニア地方にいるキウイやエミューも飛べないな。
絶滅動物だと巨鳥モアやドードーとか。
余談だが、印度での孔雀は蠍毒に免疫を持ってて食べる益鳥で国鳥だ」
友人の豆知識にほーんと納得の相槌を打つ朋也。
「それは良いことを聞いた。
しかし、だれもオレが誘拐されたことを心配しないのでひっそりと落ち込むのであった」
朋也が授業中にレポート用紙で作った頭の角飾りを外して、そっとうずくまる。
「トモを誘拐する犯人って、どう考えてもいないでしょ。
捕獲が物理的に不可能なんだから」
「幽霊の正体見たり朋也だ、ってか。
確かに普通の方法じゃ、捕まえられないからな」
真理亜と芳樹が笑い合う。
笑われた朋也は、うずくまった背中から半透明の身体を伸ばし、級友たちに襲いかかる。
「恨めしやー!」
「この前の塩の残りをふりかけてみる」
「表寿司屋ーっ!!」
十兵衛の食塩に見事撃退される幽霊朋也。
いつもの如く騒いでいると、メガネの男性
「いたな、星宮。
コンテストに出す英小論、締め切りは今週だからな。
忘れずに出せよ」
「ういっす。
こちらが御代官様ご所望の黒鉛模様の英論文になります。
どうぞお収めください」
朋也は飯田先生の前に瞬間移動して、懐から取り出したレポート束を掲げる。
受け取った先生はレポートの項数と小題名連番をざっと確認する。
「出来ていたのなら、締め切り前でも提出しろ。
この手合は、早ければ早いほどスムーズに手続きが進む。
逆説に、遅れれば遅れるほど後回しにされてしまうんだぞ」
先程とは一転、真面目な顔付きで朋也が返事をする。
「はい。わかりました」
「面接の練習は予定通り明日やるからな。
定例的な質問への応答を覚えたり考えたりしておけ。
というか、なぜ泣いている」
「いやぁ。オレの心配をしてくれる人は飯田先生だけだなって……」
「訳のわからないことを言うな」
困惑する副担任に真理亜が答える。
「トモが言うには、自分が誘拐されたそうです」
「ますますわからん」
「それで分離合体や幽体化するような危険生物は、物理的に捕獲できないから安心だよなって話していたんです」
茂樹が朋也の後ろに立って脇に手を差し込む。
そのまま持ち上げると、朋也が上半身と下半身に別れた。
「種も仕掛けもございます」
なぜか得意げな友人の上半身を元に戻しながら茂樹が訝しむ。
「人体の割には軽い。お前、中身はどうした?」
「合体機構を埋め込むために、今朝方
何故か十兵衛が悔しがる。
「この状態の朋也をCTスキャンに掛けたい。
無性に探りたい。
後日いくら検査しても、異常が見当たらないのは理不尽過ぎる」
「相変わらずのカートゥーンキャラよね、トモは。
だから誘拐されたと言っても信じてもらえないのよ」
「ばっかやろー、おめーら。
時間停止とかされたら、いくらオレでも簡単に誘拐されちまうかもしれないだろ」
「ほう。時間停止で誘拐事件ときたか」
飯田先生のメガネがキュピーンと輝く。
「時間が停止する原理はともかく、その現象を詳しく知っていれば誘拐事件に使えないことは明白だぞ」
「うわーお。折角の逃げ道を塞がれたぜ。
では、その理論をご教授くださいませ」
朋也が頭を下げる。
副担任は朋也を指差すと、こう言った。
「簡単だ。
本当に時間が止まって見えるほど加速してみればいい。
そうすれば普段意識されていないモノが重い枷になる」
「了解です。
一番、星宮朋也。加速装置を発動します。
舌で奥歯のスイッチをカチリ」
一瞬後、がっくりと膝を折る朋也の顔は青白く、びっしりと汗をかいていた。
「ま、まさかこれほどの負荷が掛かるとは……!!」
「どうだ。これで時間停止の不可能が体験出来ただろ。
自分に何が起ったのか説明できるか」
飯田先生が不敵に笑う。
「ではでは、僭越ながら解説させていただきます……」
ハンカチで汗を拭き取りながら、呼吸を整えた朋也が立ち上がる。
「真理亜、さっきペンギンは飛べないって言ったよな」
「それがどうしたのよ」
「ペンギンは飛べる。
氷海は大空だったのだ!」
「見栄きりはいいから順を追って説明して」
「いえっさー、まむ」
敬礼した朋也が教壇に立った。
「よっこい、しょっと」
掛け声とともに教卓の上になみなみと水の入った水槽を置く。
目を丸くして驚く十兵衛。
「どっから出した。その水槽」
「細かいことは、気にするな」
キリッと引き締まった表情の朋也。
「さて、ここに取り出したプラ下敷きを、こぉ水槽の中で仰げば波が発生する」
真理亜が頷く。
「当たり前よね」
「次に空中で下敷きを動かす。
微力ながら風がおきる。
この二つは、水の状態が液体か気体かの差しかない。
最後に考えるのは、水が凍った場合だ」
ここまでの説明で、芳樹は結論を察した。
「加速すれば衝突する空気の抵抗も水のように強くなる。
時間停止状態なら、抵抗どころか鋳型取りになってしまうわけだ」
「ヨシキだけ納得していないで、ちゃんと教えてよ」
「俺達は普段から何気なく身体を動かしているが、厳密にはそこにある空気を押し退かしている。
水槽の水と同じようにな」
十兵衛も解説の流れに乗る。
「それの理論を推し進めて
時間停止をすれば、空気も氷のように停止する。
周りの空気に固められて、物が何も動かなくなる
わけだ」
「なるほど、私にも理解できたわ。
時間停止中は誰も動けないから、誘拐なんて出来ないわけね」
「わかっていただけましたか、まどもわぜる」
朋也は指先程のペンギン人形を取り出すと水槽の中に入れた。
小さなペンギンたちが水槽の中で飛び回る。
「だからトモは、ペンギンは海を飛ぶ鳥って言ったのね。
空を海水に置き換えて。
変なところで湾曲な表現するわね」
曖昧に笑って真理亜も納得する。
ふと芳樹は胸に湧いた疑念を朋也に問いかけた。
「ってかこの前、朋也は時間を超えた速度で地球一周しただろうが。
あの時の勢いはどうした」
「そんなことは、忘れるんだ」
キリッと引き締まった表情の朋也、本日二回目。
「相変わらず、いい加減だな」
「これがトモよねぇ」
「マジで理不尽が服着て歩いてやがる」
飯田副担任が全員を見渡す。
「これで時間停止は不可能な事象だと、全員が理解出来たな」
「残る謎はトモの誘拐だけど。
時間停止じゃないのなら、どうやって連れ去られたのよ」
「生徒会長に力尽くで連れて行かれた。
現在奉仕活動の真っ最中」
「解りやすい原因じゃねえか」
「やっぱり分裂芸で終わりかよ」
十兵衛と芳樹が突っ込む。
「そうは問屋が
グラウンドを見よ!」
朋也が指差す先を全員が見る。
地響きを立てグラウンドを割いて、頭にドリルを付けた巨大朋也が登場する。
相対する位置では、片腕を真っ直ぐ上に上げた朋也がぐいーと巨大化。こちらは顔に紅白帽を特徴的な縦被りしている。
縦被り朋也は、にじゅはっちとファイティングポーズ。
ドリル朋也もミトンの手袋をバタバタと羽ばたかせて威嚇する。
今ここに、世紀の対決が始まろうとしていた。
代表して真理亜が叫ぶ。
「ここまで時間関係で引っ張っておきながら、
どうして最後が巨大怪獣オチなのよーっ!」
校庭では、どったんばったん朋也の怪獣と巨人が格闘する。
最終的に勝利した巨人朋也が、怪獣朋也を担ぎ上げて大空へと飛び去った。
きらりと輝く星を指して朋也が一言。
「あれも誘拐になるよな」
「知るかよ」
「規格外するぎるわ」
「いいから、常識の範囲で話せ」
えんど
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます