第1章 お飾り聖女と半人前騎士ー2
今日の任務は、王都からしばらく走った森の中に根城を構えた
もちろんキャスリーンも仲間と共に討伐に加わっている。
武器を手に戦うなど、聖女の時ならば周囲に止められ、
「キャス! こっち来てくれ!」
そう仲間に呼ばれ、キャスリーンが雑音ひしめく戦場の中でくるりと
足元で
そう判断し、レイピアを軽く振るって付着した血を振り
「ローディス、どうしたの!」
「悪い、腕をやられた。
駆けつけた先にいたのはローディス。彼の騎士服はこの混戦の中で
それを見たキャスリーンが痛々し気に
「ロイ! ローディスの手当てをするから
そうキャスリーンが声を掛けつつ、身を
そうして
この
「悪いな、ちょっとヘマしちまった。パパッと処置してくれないか?」
「分かった、任せて」
返事をすると共に、
といってもここは戦場だ、
(聖女の力を使えれば、医療道具なんていらないのに……)
そうキャスリーンが心の中で悔やみつつ、取り出したガーゼで傷をそっと
出血が酷い。だが筋までは痛めていないようで、指先は動かせるかと
「止血して包帯を巻くから、あまり動かないようにしてね」
「ということはサボってて良いんだな。俺、あっちで
なんにせよ引きつった
「
「ローディスの
「キャス、ありがとうな」
「大人しくしててくれますように、その後ちゃんと休んだ分働いてくれますように……」
「腕の痛みは引いてきたが今度は耳が痛いな」
「約束通りチーズを奢ってくれますように、一緒にケーキも買ってくれますように」
「耳どころか
「私のことをネズミだと
ローディスの腕を
現に彼はキャスリーンに対して
そんなやりとりを終え、ローディスが
どうやらまだ戦うつもりらしく、
「怪我してるんだから、大人しくしててよ」
「
無理はしない、とローディスが念を押してくる。それに対しキャスリーンは
「大丈夫か、ローディス!」
と、慌てて駆けつけてきたロイにぶつかった。
背の高い
「あ、悪いキャス。いたのか」
「いたよ! むしろ私がロイを呼んだよ!」
「まぁそう怒るな。悪かったよ、
「足元! そこまで小さくない!」
だが酷いのはロイに限らず、周囲の仲間達も「双子サンド」だの「パンの大きさに対して具が小さい」だのと好き勝手に
これにはキャスリーンも
グラリと
心の中でしまったと悔やむが、
世界が
倒れる……! そうキャスリーンがくるであろう
「キャス! 大丈夫か!」
と、
なにせアルベルトがいるのだ。いや、彼が戦場にいること自体は当然なのだが……。
「アルベルト隊長、前線に居たんじゃなかったんですか……?」
そうキャスリーンが彼に抱き留められたまま
今日の作戦でアルベルトは前線で戦うはずだった、むしろ先程までそうしていたはずである。
なにせキャスリーンがローディスの手当てをしている最中も、その後も前も、アルベルトの姿は見えなかったのだ。
だというのに、まるで今さっきまで近くに居たと言いたげにアルベルトがいる。
「アルベルト隊長、いつからそこに?」
「……いいかキャス、俺は隊長だ。常に
「そうだったんですね、さすがアルベルト隊長! ありがとうございます、助かりました!」
「いやなに、たまたま居合わせただけだ」
アルベルトの話に、キャスリーンがパッと表情を明るくさせる。
前線で戦いつつ全体を視野に入れるなんて、やはり隊長になる人は
「とにかく、
「はい!」
「俺の部隊でまともな治療が出来るのはキャスだけだ。
「任せてください!」
頼りにしている、その言葉のなんと
険しい表情で短刀を手にし、今まさにアルベルトに切りかからんと頭上高くに
「アルベルト隊長!」
思わずキャスリーンが声を荒らげた。
だが次の瞬間に発した言葉ごと飲み込むように息を
男の手にあった短刀が地に落ちる。
そうして地に
キャスリーンが声をあげた瞬間、彼はそれを聞くや否や
「……アルベルト、隊長……お怪我は……?」
「あぁ、問題ない」
だが背後に
「……氷騎士」
とは、そんな中で地に伏せる男がポツリと
苦痛と
彼の瞳に、あの瞬間に見せた
『戦場の氷騎士』
だがそれは
戦場でも冷静かつ
だが当時を知らぬキャスリーンには今一つピンとこない呼び方である。アルベルトは優しく温かな人で、部下にも親身に接している。冷酷とは程遠い人物だ。
当時その名で彼を呼んでいた者達も今は考えを改めたようで、とりわけ双子の言い草は酷く「氷が解けたな」だの「もっと早くから
(だけどあの一瞬……寒気がするほどだった……)
そうキャスリーンが心の中で呟き、背筋の
そんな動きを
そんな彼の視線を受け、キャスリーンは心の中で
「私もアルベルト隊長のように……とはいかずとも、自分の出来ることを頑張ります!」
「あぁ、そうだな。だけど無理はしてくれるなよ」
「はい!」
そうして周囲に対し、あと少しだと
「
ふと、アルベルトが言葉を止め、次いでチラと横目でキャスリーンに視線を向けてきた。
第四騎士隊の中でも背の高いアルベルトと、身の
「アルベルト隊長、どうしました?」
「……前方後方、あと足元にも注意した方が良いか」
「どういう意味でしょうか」
「いや、なんでもない。とにかくあと少しだ、
逃げる賊を見つけたのか、もしくは追う仲間に加勢するためか──
次いで聞こえてきた己の名に振り返れば、一人の騎士が地に座り、もう一人がそれを支えながらこちらに手を振っている。二人の様子から片方が
つまり
キャスリーンは元々聖女だ。
先代の聖女である母ナタリアから力を受け
だがいくら学んでも歴代の聖女達のような能力は発揮出来ず、その力でさえ使えば反動が返ってくる。治療をすれば体力の
騎士業に至っては見習い以下である。誰より先に体力が
国を守るため戦い負傷した騎士を、共に背を預け戦う仲間を、治すことも出来なければ守り戦い抜くことすら出来ない。これは何とももどかしく、己の未熟さを痛感させられる。
(聖女としても騎士としても
そうキャスリーンが
そんな場での盛大な溜息に、キャスリーンの向かいに座る
「なんだよキャス、溜息なんか吐くなよ。飯がまずくなるだろ」
「……だって、自分が
「不甲斐ない? またお前なんか考えて落ち込んでるのか」
次いで彼は
まるで何かを呼び寄せるような仕草ではないか。いったい何がしたいのか、キャスリーンが不思議そうに二人を見つめてしばらく……、
「キャス、ここにいたのか」
グラスを手にアルベルトが現れた。
正確に言うのであれば、仲間達に
その連係は見事としか言いようが無く、当のアルベルトは己が双子の指示のもと運ばれてきたなど
「アルベルト隊長、キャスがまたうじうじと……チュウチュウとなんか
「ローディス、今なんで言い直したの」
「悩み? キャス、何かあったのか?」
心配そうにアルベルトが顔を
藍色の
「今日も倒れそうになったし、なんだか自分の未熟さが不甲斐なく思えてきたんです……」
「未熟?」
「えぇ、もっとみんなのように戦ったり、それが出来ないなら治療をちゃんとしたり……」
聖女として、という言葉を飲みこみつつキャスリーンが話せば、胸中を察したのかアルベルトがポンと頭に手を置いてきた。大きな手がゆっくりと頭を
剣の
「キャス、お前は家業を継ぐための勉強をし、それと同時に夢である
「でも……」
「二つのことを進めるのは大変だろう? 俺は剣を
「そんな、結局どっち付かずになってるだけです……」
「無理に二つのことを
そう
この国では
平民が騎士になることもあれば、社交界で名を
何事も本人の意思と
そんな彼らを見回し、キャスリーンが小さく溜息を吐いた。
(だけど、聖女は
そう考えればまたも胸の内に靄が
せめて聖女としての能力を
「もう、なんかいっそ全部捨ててどこかに逃げ去ってしまおうか……」
「キャス!?」
「いえ、
そう呟きつつキャスリーンが遠くを見る。
視界に映るのは
だがそんな光景の奥に見えるのは……とキャスリーンが瞳を細めた。
青く
なんと美しい光景だろうか。あれがきっと理想郷、
「海が、海が私を呼んでいる……」
「キャス、なにが見えてるんだ!?」
それを受けてキャスリーンがはたと我に返り、アルベルトに大丈夫だと告げると共に思い悩むどころか
「申し訳ありません、アルベルト隊長。ちょっと理想郷を見ていました。それはそれは、とても
「……本当に大丈夫か?」
「大丈夫です」
「それなら良いが……。あまり考えすぎるなよ」
最後に一度ポンと軽く
キャスリーンもそれを見て、自分もと手元にあったグラスを取ろうとし……彼の名を呼んだ。
誰が入れ
「……アルベルト隊長、私もうお酒を飲める
「分かってる。だけどほら、さっき少しふらついただろう。そういう時には飲まない方が良い。
「深酒も何もこれが
「キャスは立派な騎士だ。子供扱いなんてしてないぞ」
「それならお酒飲みます」
「
ぴしゃりと断られ、キャスリーンがむぅと
アルベルトが子供扱いしているのが明確に伝わってくるからだ。なにせ彼は
だというのにキャスリーンにだけは飲酒を許さない、これは明らかに子供扱いである。
もちろんそこにはキャスを預かっている身としての責任があるからなのは分かる。騎士として働いていても
酒の席には
……でも、
「お酒用の食べ物と牛乳がビックリするほど合わない……」
うぅ……と
腹を満たすというよりは酒のために用意された食事だ。どれも塩気があり、きっと酒と
だがキャスリーンの手元にあるのは牛乳。それも温められたうえにはちみつが入っている。
それを
そうして
そんな中、キャスリーンはアルベルトと共に王宮へと歩いていた。
「隊長、いつも申し訳ありません」
「いや気にするな。預かっている身として当然のことだろ」
酒が入っているからか──「人には禁止する
普段より歩みが
そんなアルベルトと並んで歩き、キャスリーンが
「
「あぁ、だがその前に俺は用があるから、集合は普段より一時間遅くなる。キャスも、わざわざ走ってこなくても大丈夫だからな」
いつもギリギリに慌てて
その
「いつも走ってるわけじゃありませんよ……」
という言葉は言い
だが事実を言えば、走っているのはいつもと言えるだろう。
なにせ
それを認めるのが
そうして話しながら歩いている内に王宮の正門に
実際は王宮に
アルベルトは夜道を歩くことを案じてこうやって送り届けてくれ、他の仲間達だって「気をつけて帰れよ」と一言くれる。アルベルト不在時には、自分が代わりに送っていくと
(全部話して、キャスリーンとしてみんなの為に力を使えたらどんなに良いか……)
そんな思いがキャスリーンの胸に
だがそれを実行出来るわけも、ましてや言えるわけも無く、出来ることといえば取り
「それじゃまた明日な、キャス」
「はい、ここまでありがとうございました。隊長も夜道お気をつけて」
ポンと一度頭を撫でられつつ別れの言葉を告げれば、アルベルトが来た道を戻っていく。
あと何度、こうやって彼と
……そしてそれが、残り
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