第1章 お飾り聖女と半人前騎士ー1

 キャスリーン・トルステアは聖女である。

 代々続く聖女の家系。手をえただけでりようする『いやし』の力を持ち、それを国のためにささげる聖女。国民は聖女を愛し、聖女もまた国民を愛し彼らにおんけいあたえる。

 ……というのが代々伝わる聖女の務めだ。だが、なかなかどうして上手うまくいかない。

「またヘインはくよ!」

 そうキャスリーンが隣に立つ母ナタリアへと訴える。

 だがそれを聞くナタリアは平然としており、それどころか「また始まったわ」と言いたげな表情をかべて聞き流していた。

「私知ってるんだから、ヘイン伯は一昨日おととい孫と木登りしてたのよ! 『若いやつにはまだおくれを取らん』って無理して、それで体を痛めたの! ごうとくじゃない!」

「そうねぇ。あらキャスリーン、明日あしたはヘレナ夫人が来るらしいわ、庭園のさわったらとげさったんですって」

 大変ねぇ、と間延びした声でナタリアがたんがん書をめくっていく。

 聖女の癒しを求める者達の救済願。

 だが内容はどれも急を要するものではなく、前日に無理をしたら体が痛い、日に焼けてはだが痛い……と、自業自得や気候によるものがほとんどだ。それもすべてが貴族や国の重役である。もちろんヘインの嘆願書もある。明日はひざの痛みを治してほしいらしい。

 ナタリアがそれらを読み上げれば、キャスリーンがためいきで返してベールをいだ。視界がせんめいになりじやつかんそうかいかん、同時に聖女としての重苦しい正装を脱げば体も心も少しだが軽くなる。

 聖女の正装は布をふんだんに使っており、そのせいで重すぎるのだ。はなやかで美しいが、動きが制限され椅子にくくられているような気分にさせる。

 それらを取っぱらうように脱ぎ、部屋のすみに隠しておいた服にえる。金の髪を手早く三つ編みに結べば、先程までのうつぷんもどこへやらだ。

 れいさっぱり切りわり、ヘインに対しても「お大事に」といたわりの気持ちになってくる。

「あら見てキャスリーン、ヘレナ夫人はむすめさんも髪のいたみをどうにかして欲しいんですって。枝毛が増えて……」

「お母様……いえ、ナタリア様、残念ですが私もうキャスリーンじゃありません!」

 キャスリーンが胸を張ってナタリアに告げる。

 先程まで着ていた聖女の正装やベールはたたんで部屋の隅に寄せ、上から布をかぶせて隠している。代わりに纏っているのは騎士の制服。白を基調とした色使いと細部のかざりが厳格さを感じさせ、それでいて騎士としての務めを果たすため動きやすさも重視されている。もちろん軽い。

 見せつけるようにクルリと回ればレイピアが先をらし、腰から下げる大き目のかばんがポンとねる。

 その姿に、ナタリアが小さく溜息をくと共にかたすくめた。

「そうね、それじゃ第四騎士隊所属のキャス、お務めがんって」

「はい、ナタリア様!」

 母からの言葉に、キャスリーンが腰から下げたレイピアに手を添えて騎士らしく返す。

 次いで行って参りますと元気良く告げ、扉へと向かいそのまま飛び出し……はせず、少し開けると顔を出してろうの様子をうかがった。

 このえつけんの間は王宮のさいおうにある。謁見の前後こそ人の行き来があるが、それが終われば人の姿は無くなる。現に今も、長い通路はシンとした静けさで満ちている。

「元気なのは良いことだけど、見つからないようにしなさい」

「分かってます。では行って参ります!」

 せいく返事をし、キャスリーンが扉から飛び出すと金の三つ編みを揺らして廊下をけた。



「ただいま参りました! おくれて申し訳ありません!」

 そう声を上げながらキャスリーンが向かったのは、王宮横にある第四騎隊の訓練所。

 一角に集まっている騎士達の中に飛び込むように合流すれば、彼らの前に立っていた一人の青年が一瞬にして表情を明るくさせた。

 おだやかな表情。どことなく嬉しそうにキャスリーンに視線を向けてくる。

「キャス。間に合ったな」

「間に合いましたか。よかったぁ」

 肩で息をしながらキャスリーンがあんの声を漏らせば、青年がなだめるように頭をでてくる。

 あいいろかみに同色のひとみ、整っているがどこか厳格さを感じさせる顔付き。背も高くきたえられており、まさに騎士といったで立ち。こしに下げられたおおりのけんあつかんを放っている。

 並の少女であればたいするだけできんちようしてしまうだろう。だがよく見れば目元は穏やかにやわらいでおり、ねぎらってくる声はやさしい。頭を撫でてくる手も大きく温かい。

「どこから来てるかは知らないが、いつもギリギリだもんな。もっと近い場所に部署を異動してもらえないのか?」

「そ、それはその……色々と込み入っているので、異動は難しいかと……」

「そうか。俺は王宮内のことは分からないから、何もしてやれないな」

 すまない、と謝罪されキャスリーンがあわてて首を横に振った。

「アルベルト隊長が謝ることではありません。それに、走れば準備運動にもなりますから!」

「それなら良いが、もしつらかったらちゃんと言うんだぞ。お前を預かった身として、無理をさせられないからな。何かあれば上にけ合ってやる」

【画像】

「はい、ありがとうございます!」

 いざという時はたよってくれと申し出るアルベルトに、キャスリーンがうなずいて返した。

 なんて優しいのだろうか……! という感謝の気持ちが胸にく。だがそれと同時に湧くのは、全てを打ち明けられず、それどころかうそまでついているのだという罪悪感。

 キャスリーンが謁見の間から来ている事、今の今まで聖女として務めを果たしていた事を彼は知らない。いや、彼だけではない。キャスの正体がキャスリーンであるという事は、聖女にかかわる極一部の者しか知らないのだ。

 ごくこう、と言えば聞こえはいいかもしれないが、実際はだましているだけだ。

(だけど、王宮の奥で聖女やってました……なんて言えるわけがない)

 そうキャスリーンがおのれに言い聞かせ、話題を変えてしまおうとアルベルトに視線をやり……ひょいと背後からびてきた腕にからめとられるようにつかまった。そのままグイとごういんに引き寄せられれば、後頭部にポスンと何かが当たる。

 一体誰だれかなどかくにんするまでも無い。いつもの事だと見上げれば、楽しそうに笑う一人の青年。

「いつも言うけど、話してる最中にやめてよ」

 不満をあらわにうつたえるも、めるように絡みついてくる腕ははなれそうにない。ためしにペチンとたたいてみてもどうだにしない。

「ロイ、離して」

「お、当たり。キャスは察しが良いな」

 楽し気に笑い、ロイがパッと手を離す。

 ようやく自由になったとキャスリーンが安堵の息をき、改めて文句の一つでも言ってやろうと口を開き……ひょいと背後から伸びてきたうでに絡めとられた。二度目である。もちろん今回もまた強引に引き寄せられ、後頭部がポスンと何かに当たる。

 まるで焼き直しのようではないか。今回も同じように見上げれば、またも楽しそうに笑う青年。ロイ……ではない、なにせ彼は今キャスリーンの目の前にいるのだ。

「ローディス!」

 キャスリーンが声をあららげれば、ロイとローディスがニヤリと笑う。そのがおはまるで鏡に映したかのようにうりふたつだ。さびいろの髪、同色の瞳、顔の作りも体格も、それどころかまとう騎士の制服すらも同じである。瓜二つのふた、それが髪型も合わせて同じ騎士服を纏っているのだから、彼等を知らぬ者ならば何かに化かされたと感じかねない。

 そんな双子に対してキャスリーンが文句を言えば、やりとりを見ていたアルベルトもつられるように溜息を吐いた。

「お前達、キャスを揶揄からかうんじゃない」

「隊長、キャスは噓ついてるんですよ。家業の勉強なんて真っ赤な噓、俺知ってるんです」

 得意気に話すローディスの言葉に、彼の腕の中に居るキャスリーンが「えっ」と声をあげた。

 ローディスがニヤリと笑っている。見ればとなりに並ぶロイも同じ笑みをかべている。きっと自分もだと言いたいのだろう。

 そんな二人の表情をこうに見れば、キャスリーンの胸にあせりがつのる。

(知ってるって、私が聖女だってこと……? もしかして謁見の間から出てきたのを見られた? それとも誰かがばらした!?)

「し、知ってるって……。ローディス、なにを?」

 焦りを露わに問えば、その態度もまたあやしまれる要因になる。そう考えて冷静を取りつくろい、キャスリーンがローディスの腕からするりとけると共に彼等を見上げた。

「俺は知ってしまったんだ、キャスは午前中……」

「午前中……?」

ちゆうぼうを駆け回ってチーズを食べてるんだ!」

「ネズミといつしよにしないで!」

ちがうぞローディス、キャスは午前中海の中をこうかく類の仲間と泳いでるんだ」

「エビとも違うから!」

 とつぴようも無い双子の言い分に、キャスリーンが声を荒らげた。

 二人を交互に見やって文句を言えば、金の三つ編みがぶんと揺れる。まるでキャスリーンのいかりを表しているようではないか。周囲も「キャスの尻尾しつぽふくらんだ」とじようだんめかしてくる。

 聖女の時はうるわしいだの黄金だのと言われていた髪も、キャスとして三つ編みにすればこのあつかい。ネズミの尻尾に、エビのひどい話ではないか。

 キャスリーンが失礼だと怒りながら三つ編みを押さえれば、そんなキャスリーンをねたのか、アルベルトがしようと共に宥めてきた。

「キャスは家業をぐための勉強をしてるんだよな?」

「え、えぇ……そうです。あまりくわしくは話せないんですが……」

「いいさ、騎士として立派に戦ってる。それだけで仲間として受け入れるには十分だろ」

「……アルベルト隊長」

 アルベルトのなぐさめに、キャスリーンが感謝と共に彼を見上げた。

 藍色の瞳が優しく見つめてくる。その瞳にはしんらいの色が見え、そのうえ彼は宥めるようにポンと頭に手を置いてきた。大きな手が頭に乗ってくる。

 その重みに、そしてやわらかく頭を撫でてくる優しい動きに、キャスリーンの胸の内に湧いていた怒りが収まっていく。

 この際「後でチーズ買ってやるから許してくれ」と謝ってくるローディスや、「後でシーフードサラダおごってやるから……いや、これだと共食いだな」と謝ると見せかけてさらちやしてくるロイは無視である。

 今はアルベルトに宥められていよう、そう考えてキャスリーンが頭を撫でられる心地ここちさに瞳を閉じた。


 キャスリーンがキャスとして所属するのは、アルベルト率いる第四騎隊。

 四部隊ある騎士隊の中でまつたんに属する騎士隊であり、騎士の家系やしやくのある者しか入れない第一から第三騎士隊と違い、剣の腕があれば誰でも入隊出来る雑多な部隊である。

 扱いも回される仕事も末端に等しく、ほうしゆうが望めそうにない案件や、時間がかりめんどうなだけの案件、時には雑用染みた仕事も回される。

 当然だがそんな扱いの第四騎士隊が国宝とされている聖女に近付けるわけがなく、ほとんどの者が王宮に入ったことすら無いだろう。ゆえに第四騎士隊の中には聖女をまともに見た者はおらず、キャスリーンとしてはこれ以上のことは無い。

(誰も私を……キャスリーンを知らない。ここでだけは私は聖女じゃない……!)

 そうキャスリーンが意気込み、手にしていたレイピアをにぎり直した。

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