プロローグ

 王宮のさいおうに設けられた一室。きらびやかにかざられた室内には高価な調度品が並び、ガラス張りになったてんじようの一角からは日の光が降り注ぐ。造りも並ぶ品も何もかもが上質で、こうごうしさすら感じさせる部屋だ。

 そんな一室の上座には、これまた部屋の規模に見合ったごう。上質の布が張られ、背もたれやわくには細工、だれが見ても特注と分かるだろう。玉座と呼んでも差しつかえないほどだ。

 だがそこに座るのは一国の王ではなく、がらな一人の少女。

 白を基調とした服装。いくにも重ねられた上質の布が、小柄な少女をおごそかにさえ見せる。ゆるやかなウェーブをえがく金糸のかみはこの室内において何より美しく、服装と相まって神聖さすら感じさせるだろう。

 顔はベールでおおかくされており、それもまた神秘的なりよくを見せる。まとう空気にりようされ、誰もがその顔をのぞきたいと思うにちがいない。

 だが室内にただよう重苦しい空気がそれを良しとしない。重苦しい正装を纏う男達が並び、そのうえかしこまった達が無礼な真似まねをすればそくたたき切らんと言いたげに配備されている。並の者ならばおくしかねない空気だ。

 だがそんな室内においても少女はりんとしたたたずまいで椅子にこしかけていた。そうしてき通った声で告げる。

「次の者、前へ」

 すずの音のようなその声は静まった室内によく通り、並ぶ者達の中から一人の老人がうやうやしく一歩進み出た。

「キャスリーン様、先日からどうにも体が痛むんです。まるで悲鳴をあげているかのよう……。どうかそのお力でては頂けませんでしょうか」

 上座に座る少女をキャスリーンと呼び、老人がゆっくりと歩み寄る。時には腰をさすり、足を擦り、思うように歩けないとうつたえているようで見ていて痛々しい。

 かつては黒髪だったという髪も今はそのおもかげ無く白く染まり、目元や口元に深く刻まれたしわが老いを感じさせる。足元もおぼつかなく、その歩みはだいぶ危なっかしい。

 そうしてゆっくりと上座へと進み出ると、まるでうようにこうべを垂れた。

「キャスリーン様、聖女のお力でやしてください」

 老人の言葉に、上座に座るキャスリーンが一度頷うなずき、次いでゆっくりと片手を上げた。

 周囲の空気が張りめる。誰もがゴクリとなまつばむようにキャスリーンに視線を向ける。

 そんな視線にさらされながら、キャスリーンが流れるような所作で老人に向けて手をばした。

 何も持っていない、これから何を持つわけでもない。ただ手を伸ばすだけだ。それもれることなく空をいてすぐさま引いてしまう。

 それだけだというのに、老人の表情がいつしゆんにして晴れやかなものに変わった。先程までの乞うような色はなく、痛々しそうに腰を擦ることもない。

「おぉ、痛みが引いた……。さすがキャスリーン様、らしいお力!」

 感動したと言いたげに老人がキャスリーンをたたえる。それどころか自分の健康体を見せつけるようにぐっと背を伸ばした。足も腰も痛みを訴えている様子はない。

 その姿に、彼だけではなく居合わせた者達誰もがかんたんの声をらした。

 まるでほうを見たかのように、それも初めての当たりにしたかのように。

「さすが」だの「これはお見事」だのといった賛辞を口にし、そろえたようにキャスリーンへとせんぼうまなしを向ける。その表情は我が事のようにうれしそうだ。

 高らかにかねの音が鳴ったのはちょうどその時である。

 それと同時に、キャスリーンのとなりに立っていた女性が「本日はこれで」としまいを口にした。

 まるでたいが終幕したかのようではないか。観客は別れのあいさつを告げると一人また一人と劇場を後にし、騎士達も務めを終えたと去っていく。

 閉幕からの退場はあっという間。そうして残るのは……演者だ。

 まるで舞台装置のようなけんらん豪華な椅子に座り、キャスリーンは最後の一人が去っていくのをただだまって見送っていた。もちろん実際の演者のように手をることも頭を下げることもなく。告げられる別れの言葉にはただ黙って頷くだけ。

 そうして最後の一人が部屋を出ていきとびらが閉まるや、

「あぁもう、つかれた!」

 と声を上げ、立ち上がるやグッとりよううでを伸ばして背を伸ばした。

 先程まで纏っていた厳かさも神秘さもかいである。

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