戯れ

「うーん、実にワンダフル」

 頭をわしわしと犬のように撫でられながら、満足そうな顔でつぶやく。そんな彼女の名前は城島 日菜子。

「あはは、なにそれ!」

 それに対して、可笑しそうに腹を抱えて笑うのはこの弓道部の副部長、青山 胡桃だ。笑いながらもわしわしと撫で続ける手を止めないせいか、日菜子の髪はぐしゃぐしゃになっている。

「ふぅ……」

 そんな彼女たちの戯れる姿を横目に、深呼吸をひとつして集中する。

 見つめるは先に見える、的その中心のみだ。

 弓に矢をつがえゆっくりと引いていく、そのまま的の中心に当たるように調節し、サッと放つ。たんっと的に当たった音が、いつの間にか静かになった道場全体に響きわたる。

「すごーい!」

「さすが」

 拍手をしつつこちらに歩み寄ってくる彼女たちの目は、光の反射かキラキラと輝いて見えた。

「またど真ん中か」

 胡桃は私の方に手を置くと、目を細めて的に射られた矢を見やる。

「いや、少しずれてるわ」

 それは射ったときの感覚でわかってしまった。でも、完璧だったはずだ、強さも角度も申し分なかった。

「え、葵が外すなんて、めっずらしぃ〜」

 からかい半分に私の周りをくるくると回っていた、日菜子は不意に立ち止まると私の手の中の弓をひったくり、そのまま番える。

 止める間もなく射られた矢は、正確に真ん中を仕留めていた。

「こら、日菜子!」

 慌てて胡桃が首根っこを掴み、弓を取り上げると私に返してくれる。

「ご、ごめんなさーい!」

 依然として首根っこを掴まれたままの日菜子はじたばたともがき、脱出を試みるがうまくいかないようだ。

「私なら大丈夫よ、胡桃」

 その一言でなにが言いたいのか伝わったのか、不服そうな顔で掴んでいた手を放す。いきなり放され、支えを失った日菜子は後ろに倒れ、ドサッと派手な音を立てる。

「痛い! この乱暴者!」

「自業自得でしょうが!」

 そう言って胡桃を睨む日菜子の額にチョップをすると、わざとらしく大の字になって倒れる。その姿を微笑ましく思っていると。

「でもでも! 今日は葵に勝ったよ!」

 部長に勝ったんだよ! と熱烈に訴える彼女に、胡桃は頭を押さえて呆れている。

「なんかご褒美、頂戴?」

 いたずらっ子のような笑顔を浮かべ、むくりと起き上がる。痛がっていた様子が嘘のような、変わり身の早さだ。

「ええ、いいわよ」

 その返事が意外だったのか、二人して目を見開き固まってしまった。

「どうしたの?」

 私の問いかけでようやく我に返った二人は、お互いの顔を見合わせ、片方は驚きの表情まま、もう片方はニヤリと笑みを浮かべている。

「じゃあ!」

 勢いよく立ち上がり、その勢いのままに飛びついてくる日菜子を少々ふらつきながら抱きとめ、次の言葉を待つ。

「ねっ、撫でて! 撫でてー!」

 日菜子にしては控えめはお願いに、二つ返事で了承すると、右手でそろりそろりと撫でる。サラサラとした髪の感触が気持ちいい。

「ん〜!」

 撫でられたのがそんなに嬉しいのか、背中に回された腕の力が強くなり顔を肩にぐりぐりと押し付けてくる。

 それを見ていた胡桃は、大きくため息をつくと私の片手を埋めていた弓をとりさっさっと片付けに行ってしまった。

「癒された?」

 いつの間にか上げていた顔が鼻先がくっつくほど近くにあり驚いて少し仰け反る。

「ええ、まぁ。でも、どうして?」

 なぜ私を癒す必要があるのかわからず、聞いてみる。

「だって、大会が近くになってきて葵、全然笑わないんだもん。いっつも眉間にシワ寄せて難しい顔してるからさ……心配で」

 そこまで言うとまた肩に顔を埋める。しかし、今度は力なく頭をもたげているだけである。

「心配かけてごめんなさい」

 私の言葉にピクリと反応した後、服を掴みゆっくり頭を横に振る。

「そうじゃ、なくてさ」

 日菜子が何かを言おうとした時、それに被せるように声がする。

「ありがとう、でしょ。そこは」

 いつの間にか帰ってきていた胡桃がすたすたと歩いてくると、日菜子を押し出すようにして抱きついてきた。

 日菜子はバランスを崩し、ふらりとよろけたが負けじと、しがみつく力をさらに強くする。

「……ありがとう。日菜子、胡桃」

 その言葉に待ってましたと言わんばかりに、私の頭を撫で始めた胡桃に驚きつつもそれを甘んじて受け取ることにした。

「ずるい! 私もやるー!」

 胡桃より乱暴に撫でくりまわす日菜子の手つきは少し痛いが、それも気にならないほど満ち足りた気分になる。

 三人同時に顔を見合わせると、小さな子供のようにくすくすと笑う。




【翠玉】


「ねっ、撫でて!撫でてー!」

 #この台詞から妄想するなら

 https://shindanmaker.com/681121

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