愛した人よ
「大丈夫だよ」
僕がそう言うと、彼女は悲しげな顔で僕の顔を見つめる。
「僕は絶対に帰ってくるから」
薄汚れた軍服を掴む彼女の腕は、カタカタと震えてしまっていた。
「嘘よ」
涙を目にいっぱい溜めながら、睨むようにして言う。
「本当だよ」
彼女の言っていることは正しい。でも、それでも僕は嘘をつかねばならないのだ。それが今の僕の唯一の支えなのだから。
君との未来を想像することだけ、ただ僕の自己満足のためだけに、君を苦しめている。
ここで突き放すことができたなら、どんなに良かっただろうか。僕は、それすらできないほどに君を愛してしまっているんだ。
もし生きて帰れたら、もしこの出撃が取りやめになったら。なんて、たくさんのもしも話が頭に浮かんでいくけど、それは現実になるはずがない。
僕は俯いて、軍服を掴む彼女の指を一本一本優しくほどく。左手の指が完全に離れると、その手を僕の両手で優しく包み込む。薬指の指輪同士が当たってカチリと静かな音を立てる。
「大丈夫だよ」
僕は笑えていたのだろうか。それすらも今はわからない。
でも、きっと泣きそうな顔をしていただろう。だって、僕は泣き虫だから。いつも彼女に守ってもらっていたんだ。
でもね、次は僕が守る番なんだ。どんなに危険だとしても、必ず、君だけは守り抜くよ。
だから僕はいくね、君のために、僕自身のために。
「大丈夫だよ」
あぁ、これが嘘でなかったならどんなに、どんなに幸せなことだろうか。
翠玉は嘘をついた。「大丈夫だよ」と。そして、不意にうつむくと、愛しいひとの手を握りしめる。その唇が、哀しげに歪んだ笑みを浮かべた。…これが、嘘でなかったなら、どんなに。
#やさしい嘘の話
https://shindanmaker.com/582349
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