第36話 黒猫と魔導具と闖入者

     



「なんと!」


 黒猫が見た物。それは、このファンタジーな世界には見合わない機械の腕だった。幾何学模様の刻まれる黒く艶のあるメタリックなボディに、そこから幾つかの配線が胴体へと伸びている。手首から先が生身で有る事が、それが義手では無く手甲である事を証明していた。


『やはりな、古き世界の調律者、『機械仕掛けの神』の遺物か。今では龍人族とエルフ族、一部の獣人族が細々と継承しているのは聞いていたが、こうして現物を見るのは、それこそ久しぶりだな』


「『機械仕掛けの神』?アトス、それはなんだ?」


 したり顔でそう呟いたアトスに黒猫は質問を投げた。


『今や廃れた世界創生の神話、機獣神話に記された神の一柱だ。この話は本題より大きくそれる故、また後で話そう…………大丈夫かシャルルよ?』


 次々と彼らの口から出てくる単語。正直クロエの実力の秘密より、神やら大戦やらの方が気になりすぎて、いよいよ、そわそわし始めた黒猫。耳をピコピコ、尻尾をフラフラしているのをアトスにジッと見られハッと我に返る。


「…………問題ない。続けてくれ」


 照れ隠しのつもりか黒猫は足を組んでドカッと更に深く腰を沈める。その様子を見てアトスはフッと微笑ましそうに口角を上げると視線をクロエに戻した。


『それで、クロエよ、その機械腕こそシャルルが推察した制御弁、リミッターだな』


「はい、その通りです。この手甲の銘は『想塞ソウサイ』。我が一族に古くから伝わる魔導具で、装着者の魔力と身体能力の制御、また魔力を吸収し貯蔵する機能もあります」


「制御、吸収か。あまり穏やかな機能では無いな」


「元々は、一種の拘束具です。本来は強大な力を持つ捕虜や犯罪者の両腕に着け拘束するもので、片腕だけに着ける私の運用は正規の使用方法ではありません」


 どうやら、一種の手錠らしい。魔力という力が存在する世界ならではの拘束具を見た黒猫は興味深そうに、その表面の模様を見たり、触ったり、叩いたりした後にクロエの顔の下から覗き込むように質問した。


「ふむ、ところで、この配線はどこに伸びているのだ?」

「ローブの下に着こんでいる胸当てと繋がってます」

「ふむふむ、なるほど。吸収した魔力はどうするのだ?」


「そ、うですね、腕部に高品質の魔石を特殊加工した宝玉が複数埋め込まれていますので、そこに基本的に貯めてます。その貯蔵も限界量に達した場合は他の魔導具に移したり、場所にもよりますが空気中に拡散させてます」


「では君の今の能力はどれ程抑えられておるのだ?」

「い、今は魔力、身体能力共に三割まで抑制してます」


「そうか、それで、これは一体いつ頃製造されたのだ?、それと、使用方法を見るに複数あってもおかしくはない、幾つ現存しているのだ?」


「え、…………えっと、だいたい二千年以上前と聞いております。この他にも問題なく使えるのは……申し訳ございません。幾つか確認してますが正しい数は私も把握してません」


「ほうほう、二千年以上問題なく駆動するとは丈夫であるな。しかも、かなりの硬度だが同時に想像以上に軽い、材質は何なのだ?」


「…………あの、すみません材質までは…………」


「ふむふむふむ、この手甲が作られた年代は外神大戦がいしんたいせんとやらとほぼ同時期か、そもそも、外神大戦とは先程言った『機械仕掛けの神』とやらが関係しているのか?」


 紅碧の双眼を更にキラキラさせてクロエを質問攻めする黒猫。質問している間も腕を持ち上げたり、金属部を全力で握ってみたり、配線を弄ったり等々、好奇心に支配された黒猫はいつも以上に好き放題している。


 そして、何より質問する際の顔が近い。鼻と鼻が付きそうな程の距離まで近づかれている為、クロエは顔を赤らめて瞳を泳がせていた。それを見かねたアトスは助け舟を出した。


『シャルルよ、そうせまってやるなクロエが困っている。もう少し落ち着かんか』


「むっ?」


 後ろから声をかけらえれ我に返った黒猫。ふと、思考をフル回転させるために意識の外に行っていた視界情報を取り入れた瞬間、黒猫はゆでだこの様に真っ赤になっているクロエを見て、思い切りのけぞった。


「うおっ!」


『貴様、うおっ、はレディに対し失礼であろう。我も流石に擁護できんぞ』


「う、うむ、確かに礼儀が欠けておった、謝罪しよう。……しかし、アトスよ。敬語云々、礼儀作法云々は使えぬが、そういった気遣いはできるのだな」


『つまらん取って付けた様な礼儀作法など知った事では無いが、人に対する最低限度は人間の町に住んでいた際に教わったからな。あと、礼儀云々はそれこそ貴様に言われたく無いわ』


「なぬ?吾輩はやる時はやるぞ」


『くははは、嘘をつけ』


「いや、断言するで無いわ!」


 抗議するように黒猫はアトスの前足の付け根をクイッと押すと、アトスはなだめる様に左前足を黒猫の背中にポンッと添えた。


『それよりも、クロエよ大丈夫か?』


「え、あ、はい、大丈夫です………………」  


 我に返ったクロエは緩んだ顔を引き締める為に軽く頬を叩く。正直シャルルの美貌でその宝玉の瞳に間近で見つめられると、誰であろうと見惚れさせしまうために、危うく心奪われかけてしまったのだ。


「もう一度言うが、本当にすまなかった。吾輩も今理解したが女性体だと、どうやら

 女性相手の距離感が掴めなくなるらしい。しかし、何故にそう呆けているのだ?」


「え…………」


『答えなくてもいいぞ。すまんな、シャルルはに何故か鈍感なのだ』


 やれやれと言った様子で首を振るアトスに、同意する様に苦笑するクロエ。黒猫一人訳も分からず首をかしげている。



『まったく貴様は…………っ!!』



すると、アトスが急にハッとした様子で目を見開き頭を上げた。



「どうした?」


『耳を澄ませてみよ、このフロアに来た何者かがこの部屋目掛けて真っ直ぐ接近してきている』


「何?」


 アトスに言われた通り黒猫とクロエは耳を澄ませてみると確かに何者かの話し声が聞こえて来た。






『いくら貴女様でも、この先に行かれては困ります!この先の部屋で宿泊されているのはエミリオス様より丁重にもてなせと通告があった方々で………………』


『心配しなくてもいいさね、何があってもアタシが責任は取る。アンタに被害は行かないさ』


『いえ、そういう問題では!?』


『いいんだよ、何せその三人のうち二人は顔見知りさね。組合内で話かけようと思ったら、こっちの仕事が終わる前にとっとといなくなりやがって、全く。』







「…………ふむ?」


 黒猫は首をもう一度傾げた。何かに邪魔されるように声が掠れ掠れにしか聞こえなかったが、確かにこの部屋まで案内してくれたホテルの支配人の老人ともう一人、やけに覇気のある知らない老婆の声が聞こえて来た。


『聞こえたか?』


「いや、確かに掠れてはいるが聞こえはした。この隠匿魔術のせいか?」


「いえ、私が展開した術式は内側の情報は外には出ませんが、外の情報は普通に入ってきます。おそらくですが、この部屋にある魔導具の影響でしょう。しかし、この声もしかして…………」


 どうやら、クロエはこの声に心当たりがあるようだ。だが先程老婆は二人と知り合いだと明言したが黒猫はこの世界に来て老婆とは一度として会話していない。


『…………はあ、まったく』


 すると、アトスがため息一つ吐くと『人化』した。しかも、初老の男性の姿ではない。短く刈り揃えた白交じりの赤髪に、顔はシミ一つ無く目尻と眉は勝気に吊り上がっている。体格も老人体の時よりも一回り厚くなり背は2メートル近く、存在感は虎の姿に引けを取らない。


 老人体の若かりし頃を彷彿とさせる益荒男がそこに立っていた。


「おお!」


 そして、その姿を見たシャルルは再びテンションが上がったが流石に宥められたばかりなので自重し、大人しくソファ座り直す。その次の瞬間、鍵をかけていたはずの扉が、ドガンッ!と破壊音なのでは思う程の勢いで開き老婆が侵入してきた。


「クロエ!!邪魔するよ!」


 彼女は真っ直ぐ黒猫達がいる応接間へとやって来た。老婆とは思えないほど姿勢よく背筋が真っすぐで、身長は女体化時の黒猫より高く180は超えている。灰色の髪は後ろで団子にしており、深い皺が刻まれた顔は、高い鼻と、若々しさに満ちた茶色の瞳が特徴的だった。


 歴戦のキャリアウーマン。そんな、言葉が良く似合う老婆と、アトスは目が合うと困った様に目じりを下げ、ギザギザの歯を露わにして苦笑し、それに対し老婆はしてやったりと言いたげな笑みで答え、両者はゆっくりと歩み寄った







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