第30話 黒猫と冒険者組合



 エミリオスに紹介された宿にチェックインした黒猫一行は、荷物を部屋に置き、直ぐに街へとくり出していた。


 オルタラット中央通りから少々離れた閑静な場所にそれはあった。


 暗色の木造四階建てで、この辺りの建物では一番大きい。一階の一部では、広いテラスになっている場所もあり、食堂も兼ねているのか、仲睦まじそうに相席で会話し長は食べる男女がチラホラと見える。


それは冒険者組合と呼ばれる組織の都市オルタラットに配置された支部だ。


 冒険者組合を見上げ、おぉ、と楽しそうに笑う黒猫。看板には『冒険者組合オルタラット支部』と書かれてあり、冒険者組合が本当に実在したのかと喜んでいるのだ。


「ふむ?何やらウキウキしておるな、シャルルよ」


「うむ、貴様の言う通りである。何しろ吾輩はこういうのが好きなのであるからな!いや、とても良い!素晴らしい!」


 子どもの様には目を輝かせる黒猫にクロエは優しい微笑みを、アトスはどこか影のある笑みをうかべる。


「……我等がおっ…………シャルル様は組合に入るのは初めてですか?」


 我等が王。そう言いかけ言葉を訂正するクロエ。なぜ彼女が言葉を改めたのかと言えば、実は少し前、クロエは黒猫に王呼びはやめてくれと頼まれたのだ。


 その理由は単純明快。気恥しさ、そして何より黒猫は己は国を纏める器ではないという思いからくる遠慮だ。


 勿論クロエは黒猫の頼みにすぐさま聞き入れたが、恐れ多いとでも思っているのか、名前呼びになれない様子だ。そんなクロエの反応にクスリと黒猫は笑むと質問に答える。


「うむ、まぁと言うより冒険者組の存在すら知らなかったのだがな」


「…………一応、大陸全土に支部を持つ大企業なのですが…………」


「ははは、すまんな。シャルルは辺境育ちなので人の世の常識に疎いのだ。勘弁してくれ」


 辺境ではある。深い森の中、しかも住人は獣とゴブリンだけなので、もはや秘境だが、一応遠方に民家と町はあったので辺境と言い張る事ができる…………かもしれない。


「…………そうですか。では、中に入りましょう。ここに私の友人が働いていますのである程度の融通は効きます」


「ほう、クロエの友人とな」


「はい、実は一年ほど前までこの都市を拠点としてまして、友人とはそこでルームシェアしていました」


 その言葉に黒猫は納得の表情を浮かべる。

 クロエが迷いなくこの建物へと黒猫を案内できたのも、この街に元々住んでいたからだと理解したからだ。


 そうして建物内へと入ると、直ぐ目の前の光景は黒猫に病院や駅の待合室を思い出させた。


 大量のソファが左右対称並べられており、その奥にカウンター、そしえ受付嬢が4人。


 今は昼下がりで人はポツポツとはいるのだが、誰も受付を利用しておらず、受付達は書類作業を勤しんでいた。


 すると、クロエは顔を綻ばせ、早足で一人の受付嬢の元へと一直線に歩き出し、先程までの彼女からは想像もつかない、嬉しさの透けて見える抑揚のある声で話しかけた。


「…………ケティ、久しぶり」

「ん?……あっ、クロエじゃない!帰ってきてたの?」

「うん、今日ね。色々大変だったよ」



 カウンター越しに手と手を繋ぎ合い嬉しそうにはしゃいでいる2人。


 本当に仲の良い友達同士のようだ。花と花、それはまさに黒猫にとってそれは目の保養であった。


「……良いな、友とは」

「そうなのか?」

「あぁ、そうだとも」


 現在、配下しかいない身としては同格の相手が欲しいとも思ってしまう。


 だが、しかしそれではアトスを貶めるのではないか?という考えが働き、そこに『気品』と『動物言語』の力が加わり、敬われるばかり。


 ある種のボッチであるな。と己の情けなさにため息混じりに笑う黒猫。


 するとその小さな吐息に二人の存在を思い出したのか、クロエがハッした表情になる。


「そうだケティ。御二人が冒険者登録したいって」

「二人?」

「うん、私のおっ……恩人なの」


 更にクロエの言葉に黒猫達に気づいたケティ。そして黒猫を見つめて数秒、体を硬直させたと思いきや素早い動作でクロエの首をがっちりとホールドし、カウンターの向こう側へと引き込んだ。


「うわっ!?」


『どどどど、どういう事か説明してよ!?あの人どこの姫様?っていうか女王様?何にせよ只者じゃないよね……』


『え……いや、シャルル様は一応ただの旅人だって主張してるけど』


『何で様呼びなのよ。というか、あんな綺麗で気品と覇気のある旅人がいるわけないじゃない!』


『えぇ……そんな事言われても……』


 ヒソヒソと話し合う二人。恐らくは黒猫に聞こえないように話しているつもりなのかもしれないが、しかし、二人にひきの耳には筒抜けなので、それは無駄な行為である。


「どうやら怪しまれているようだな」


「そうであるな。吾輩達はそんな大層な身分では無いのだが……」


 王族や貴族等の上流階級の人間とは縁も所縁も無い野良猫 二匹。


 叩いても埃は出ないのだがな、と黒猫は思いながら二人の元へと近づいて行く。


「あー、こほん。お取り込み中の所すまないが宜しいかね?」


 その言葉に、ケティは顔だけを向ける。そして、話しかけてきた相手が黒猫だと知った途端、彼女はクロエを離し、身なりと姿勢を整える。


 切り替えの素早さに黒猫は感心したように頷く。


「お見苦しいところをお見せし申し訳ございません。そして、ようこそ冒険者組合アルタラット支部へ」


「うむ。登録をお願いしたいのだが」


「組合の会員登録ですね。お二人ので入会金として80ユールです」


「金貨しか手持ちになくてな、宜しいかね?」


「き、金貨ですね。はい、ではお釣りとして110ユールを…」

 

「うむ。ありがとう……」


 確かにいきなりポンッと12万円を渡されてもケティとしては驚くだろう。黒猫は商会で小さい金に替えてもらえばよかったと少し反省する。


 何より、金貨しか持っていない、という事実により黒猫が上位階級出身なのでは、という思いがケティの中で更に強くなるのは言うまでもなかった。


「では、この書類にそって氏名、年齢、出身、特技等をお書き下さい。」


 ケティは黒猫とアトスへエイラット語の書かれた紙とペン、そしてインクを渡す。


「もし、エイラット語を書けないようでしたら代筆いたしますが」


「気遣いありがとう。だが、吾輩には不要だ。エイラット語も書けるのでな」


 黒猫は能力『動物言語』の力で全ての生命体が作った文字を読む事ができる。が、とはいえ読めると書けるはまた違ってくる。


 例えば、一度も「あ」という平仮名を見た事がない人間に、「あ」を書いてくれ、と言って書けるはずがないのだ。


 ならば、なぜ黒猫はエイラット語を書けるのかといえば、シルバから貰った様々なの文字と文法が乗っている辞書。そして、この世界の小説のおかげだ。


 そうしてスラスラとエイラット語で書類に記入していく黒猫を尻目に、アトスはケティへと話しかけた。


「すまんがケティ嬢。我はエイラット語が書けんのだ。代筆を頼んでも宜しいかね?」


「はい、承りました。ではお名前から」


 そうしてケティの指示に従い己のプロフィールを口にしていくアトス。

 二匹ふたりの書類記入が終わるとケティはその書類を持って


「暫くお待ちください」


 と言って奥へと消えていった。


 そして黒猫は近くの硬いベンチへと腰掛け、アトスは黒猫のすぐ側で直立不動で立つ。


 副官と大将。もしくは姫と老練の執事。とても絵になる立ち位置だ。


「ところで貴様、エイラット語が書けぬのだな。」


「別に書けはするのだが、字が汚すぎる故人前で書くのは少々恥ずかしいのだよ」


「なんと、それは本当か?下手とはいえ字が書けるとはな、街にでも住んでいたのか?」


「まぁ…………な。この都市にも色々と思い出がある」


 道理で虎なのに知識深い訳だ、と驚くと同時に納得する黒猫。


 そうして5分ほどクロエを交えて3人で雑談していたところ、受付にケティが戻ってくるのが見えた。


「お待たせして申し訳ございません。お二人の会員証が出来ましたので、受け取ってください」


 そうして渡されたのは鋼色の金属製の板だった。左上に名前が彫られており、その左下に星のマークが一つ彫られている。


 裏面はとても緻密な紋章が彫られており、恐らくはトランプのスペードのエース的な理由、そして偽造防止の為だろう。


 星の数は等級をあらわしており、黒猫のランクE、新人として星一つからのスタートだ。


「では、そのカードに魔力を込めてください。そうして登録は完了です」


「すまぬがケティ嬢よ、簡単な質問なのだが何故このカードに魔力を込めるのだ?」


「そのカードは特殊金属を含有させておりまして、個人の魔力を一定まで込めると、その魔力にしか反応しなくなるんです」


 これも偽造防止の為の細工の一つだろう。魔力は指紋や瞳の様に個人個人に差異が生じており、それを利用しているのだ。


 一種の指紋認証である。そうして黒猫とアトスがカードへ魔力を込めてみると、カードが薄くに光出した。


「お、光ったぞ」


「それが、登録完了の印です。これであなた方の魔力はギルドのデータバンクに登録されました。これであなたも組合の一員です」


「そうか、データバンクとな…………うむ、まあよい。これからは冒険者組合にも微力ながら貢献すると誓おう」


 こうして登録を終えた黒猫とアトス。黒猫はカードをしまうとクロエへと顔を向けた。


「では、クロエがこれから吾輩の先輩であるな」


「確かにそうだな。宜しく頼むぞ先輩殿」


「えっ!?、いや……その」


 クロエをからかう様な笑みを浮かべる黒猫とアトス。

 その様子にクロエはアタフタと慌て始めた。


「ははははは、慌てなくとも良い冗談半分である。だが、吾輩達は新米だ。何か分からない事があれば相談にのってほしい」


「は、はい、それは勿論です。シャルル様の期待に添えるように努力します」


 クロエの言葉に黒猫は小さく綻んだような優しい笑みをたたえている。

 クロエの言葉には心がこもっていたからだ。彼女は本気で黒猫達の役に立ちたいと思っている。街に入った初日から、信じても良い相手を見つけ、黒猫はとても嬉しそうだ。


「そう言ってくれて助かる。では早速ですまぬがこの辺りに闘っても問題ない……広場などはないかね?」


「闘っても問題ない広い場所ですか?……一応組合の施設として小さいですが闘技場があります。使用できるか、ケティに聞いてみてはどうですか?」


 しかし、何故そのような事を聞くのだろうか?クロエが内心で首をかしげていると、アトスがハッと何かに気付いた。


「シャルルよ、まさか……」


「そうだとも、毎日やると言っておきながら最近は忙しくご無沙汰気味だったのでな」


「おお!それは楽しみだ。唯々楽しみだぞシャルルよ!」


「貴様が喜んでくれるなら吾輩も嬉しいぞ」


 黒猫とアトスはニッと無邪気に笑い合うと再びケティへ向き直り、闘技場を借りたいという旨を伝えた。


 クロエは何故闘技場を借りるのか黒猫に問う。そして、その返答は単純なもの。


「なに、いつもの日課だ」

 

 ただ、その一言だけだった。

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