第26話 黒猫と海賊戦④

 



「さぁて、どう調理してやろうか」


 海賊船の遥か上空にて、舌なめずりするように手を合わせ摩っているのは女体化した黒猫、シャルロットである。

 黒猫が女体化しているのは至極単純な事で、魔力がもったいないの一言に尽きる。

 既に毎日の様に使っている影響で『人化の術』はレベル3となり、魔力消費も大分減ったのだがまだまだケチっているのだ。

 それでも先ほど男体化した状態でいたのは、人間達に黒猫に対し男の印象を強く持ってもらう為だ。


 この文明レベル頃の地球は当たり前の様に男尊女卑がまかり通っていた時代だ。それを思っての行動だったのだろう。


 逆に言えば、侮らせ油断させようとすれば、それは必然的に女体化という考えにいたり、現在こうして女体化しているのだ。



「それでは、降下する。作戦は伝えた通りだ。ゆくぞ」

『行ってこい』


 アトスの言葉をうけた黒猫は今度は上空200メートルから飛び降りた。

 高所を飛んでいたのは海賊船に接近を悟らせないためだ。この高さなら、もし見たとしてもただの鳥としか思わないだろうとの考えである。


 ある程度の高さまで落ちた黒猫は全身を上手く動かし、足を地に向ける。そして、ある能力を履いている軍靴へとかけた。


「『浮遊版』」


 その名の由来はバーバ・ヤガーの移動手段である大きな臼の事だ。

 バーバ・ヤガーの臼は重力に反し浮いている。

 しかし、それはホバー移動に近い物であり、飛ぶと言っても小さな浮力で地面をなぞるようにしか移動できない、とされている。


 しかし、浮力は生じているため、減速には大いに使え、さらにこれらは基礎能力としての力であり、魔力を使えば浮く事だって可能なのだ。



 そうして悠々と降下していくと、黒猫は何やら甲板が慌しいくなっている事に気づいた。

 どうやら、黒猫の存在に気づいたらしい。


 そうして、甲板に降り立った黒猫は周囲を見渡し、煙草に火をつけ咥えると右手を上げてフレンドリーに海賊達へと挨拶をした。


「やぁ、諸君初めまして。吾輩は黒猫シャルルという。船長はおらんかね?」


 黒猫の言葉に返す者はいない。

 この現状に、今まで経験した事の無い状況に誰も理解が追いついていないか、と黒猫は考えた。


 誰もが彫刻のように固まった光景を見た黒猫は肩を竦めていると、船内から三角帽をかぶり、コートを着た長い髭が特徴の老年の男が現れた。

 一目で船長だとわかる見た目に黒猫は何かに感心したのか、ほう、と短く息を吐く。


「っげ!マジか……。おいそこお前!何しに来たか答えろ!」


「吾輩かね?貴様らを捕らえに来たのだが……それがどうした?」


 何を当たり前の事を聞いているのだ。黒猫のあっけらかんとした返答に船長の動きは一瞬止まり、次には顔中を真っ赤にして怒鳴り始めた。


「っ海賊を舐めてんじゃねぇぞガキが!お前ら、コイツをひん剥いて吊るせえ!」


 その声に再起動を果たした海賊達は腰の剣を引き抜き、緊張した面持ちで黒猫を囲む。


 対して黒猫の表情は余裕の笑み。まるで映画のようだと、ある種の感動をその目に讃えながら軍刀を引き抜く様は、傍から見れば戦闘狂か何かかと錯覚してしまいそうになる。


「では、手合わせ願おうか」

「やれぇ!てめぇら!」

「「「う、うぉぉぉお!!」」」


 まるで一つの波の様に押しおせてくる海賊達一人一人を黒猫はその優秀な耳で何処にいるのかを捉えると直ぐに行動に出た。


 まず、黒猫は蠢く人混みに瞬間的に生じる僅かな隙間を見つけ、そこを掻い潜って中心点から抜け出す。

 そして、敵が正面にいると思い込み、先程まで黒猫がいた方向へと進もうとする海賊の背中へ、黒猫は躊躇なく回し蹴りを放った。


 そして、それを起点に海賊達は将棋倒しとなり過半数が脱落。

 残った数名も船の操作が主な仕事だったのか非戦闘員だったらしく、手に持つのはただのナイフで弱腰だ。


 どうやら、海賊側の敗因は、先の敗走で戦力を削ぎ落とされ、この様に非戦闘員まで参加した事にあるようだ。

 でなければ、先程の様に統率もなく、皆で押し合に至るはずがない。

 あまりの呆気なさに黒猫は申し訳なさそうに頭を搔きながら煙草の煙を吐く。


「まぁ、その、なんだ。思っていた集団戦闘の演習とは全く違っていたが…………時間が惜しいのでさっさと拘束させてもらうとしよう」


 そして、行動に移そうとした時。船長サミーがサーベルを両手に突撃してきた。


「りぃやぁあぁぁ!!」

「むっ」


 サミーの渾身の力を込めた上段切りは、黒猫の軍刀に阻まれそのまま鍔迫り合いへと持ち込まれる。


「終わらせねぇ!終わらせてたまるか!俺がこの海賊団の為にどれ程の時間を!どれほどの努力を重ねて来たと思ってやがる!殺す!殺してやる!」


 全身を力ませ、蟀谷に青筋を立てながら大声で黒猫に怒鳴りつけるサミー。対してやはり黒猫は冷静沈着だった。


「そうか。努力と時間か……海賊団は貴様の全てなのだろう。存在意義なのだろう。何よりも大切な宝なのだろう……すまんな。だが、ここで終点だ、貴様らはここで終わる」


 黒猫はそうして腕の力を抜いて剣を受け流した。全身の力を剣に込めていたサミーはそのまま倒れてゆき…………黒猫の膝蹴りを顔面に喰らった。


「ぶがぁ…………あ……」

「運の尽き。何事にも運命とやらがあるのやもしれん。だが、貴様の運命に抗おうとするその心一つは、吾輩は正当に評価しよう」


 甲板に伏し、気絶しているサミーへ静かに語りかけ、黒猫は歩き出す。


「もう時間をかけてはおれぬのでな。遊びは終わり…………一気に三隻とも拘束して頂こう」


 ゆっくりと歩いていた黒猫の体に漆黒の霧が纏わり始める。それらは黒猫の全身を埋め尽くし、姿を見えなくすると直ぐに晴れた。


 そこにいたのは男体化した黒猫。

 彼は王然とした仕草で手を横薙ぎに振るうと、三隻の船体が大きく揺れ始めた。


「『植物操作』。さて諸君、目覚めろ、仕事を始めようではないか」


 黒猫の能力の起点となっているのは黒猫が最初にばら撒いた魔力を込めた木の実だった。


 それらは甲板に落ちたと同時に板と同化し、船全体へと行き渡る。つまり、エミリオスの商船も合わせて、6隻の船は実は黒猫の支配下にあったのだ。


「枝をはれ、吾輩以外の者を拘束しろ」


 続く命令に従い、3隻の船は枝を生やし海賊達全員を拘束する。

 黒猫と船は現在、魔力を通じて繋がっている為にほか2隻の船も難なく全員の拘束が確認できた。


 黒猫はアトスを呼ぶ為にリボルバーを取り出し、上空に向かって撃つ。すると空に瞬きが起こり、凄まじい加速でアトスが降りてきた。


『終わったようだな』

「うむ、制圧完了と言ったところだな。では、港へと向かうので風を起こせアトスよ。風さえあれば舵もマストも木製ゆえ操れる」


 万能だな。アトス感心するが、今の黒猫の姿を見て一つだけ彼の中に疑問が湧いた。


『……ところで何故また男に戻っておるのだ?魔力が勿体ないなど言っておったではないか』

「ああ、それはな。『森の王』は男の状態でなければ使えんのだ」

『なに?本当かそれは』


 素直な驚きを見せるアトスに黒猫は困った様に笑ってみせる。


「嘘をついてどうするというのだ……………『森の魔女バーバ・ヤガー』も前は普通に男でも使えたのだが、今は更に燃費が悪くなっていて実質使えん状況だ。これらには何か関連性があると睨んでおるが……」

『わからん、か』

「そうだ」


  普通に不便だ。と愚痴を零す黒猫にアトスは肩を竦めて苦笑する。

 すると、背後からうめき声が複数聞こえた。

 振り返ってみればそこにいたのは枝に体を抑えられ甲板に五体投地した状態の海賊達。

 これにより、現実に引き戻された黒猫は態とらしい咳をして、気持ちを切り替える。


「雑談はこれくらいにして吾輩は舵取りに専念するとしよう。行くぞ港へ』

『了解した』


 海賊全員、船三隻をほぼ無傷で捕らえた黒猫は悠々と煙草を咥え、口角を釣り上げ深い笑みを浮かべている。

 アニノス商会が向かった方向へと舵を取るのだった。



ーーーーーーーーーーーーー



黒猫が能力を使ったとほぼ同時刻。

甲板で捉えた海賊や傭兵崩れを拘束していたクロエだったが、何かを感じ取ったのかハッとして表情で俯いていた顔を上げ、ある方向へと顔を向けた。


それは、海賊の追撃の為に黒猫が飛んで行った方向であり、その顔はフードの影に隠れて見えないが僅かに頬が紅く染まっており、呼吸は少し乱れていた。


そして、そのクロエの異変を感じ取ったベルナールドは、彼女の肩をポンッと叩く。


「……上の空だったが……大丈夫か?」


「はっ!……いや、何でもない……ただ……」


「…………ん?……ただ、どうしたのだ?」


首を傾げ、クロエの顔を覗き込むベルナールドに、クロエはクスリと嬉しそうに呟いた。


「……見つかったの。探していた人が……私達の『王』が」


その言葉に、どの様な意味が込められているのか、ベルナールドには理解わからなかったが、それでも彼女が嬉しそうに微笑んでいる姿に「そうか」と短く呟き小さく笑をこぼすのだった。


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