第24話 黒猫と海賊戦③
乗り込んできた海賊は見る見ると吾輩やクロエ、そしてその他武装した船員によって倒されていく。
海賊達の身体能力は黒猫の少し下。技術面では素人と師範代並みの差があった為、油断さえしなければ勝てる相手であった。
粗方倒し尽くし終えたのを周囲を観察し確認した吾輩は軍刀を鞘に収めてクロエへと話しかけた。
「クロエ殿怪我はないか?」
「は……はい、一応は無傷なので大丈夫です」
ゼェゼェ、と息を乱し、武器としてではなく、体を支えるという本来の用途で杖を使う披露気味のクロエ。30人近く乗り込んできたのをわずか5名足らずで撃退していたのだから、それも仕方が無いのかもしれない。
すると吾輩は背後から男の低く渋みのある声で呼び止められた。
「…………そこの黒いの。あんたどっから現れた」
振り返ってみればそこに居たのは、健康的な褐色肌に白髪の男。身丈は吾輩を優に越しており、体格はかなり良い。しかし不思議と太いという印象は受けず、野性的な見た目とは裏腹にその目は知性で光っていた。
彼は吾輩と目線を合わせるとギョッと驚いた様な顔になり一歩下がってしまう。
「……うぉっ」
「いや、その様な化物でも見たかのようなリアクションを取られると正直傷付くのだが」
彼の悪意の無い行動に心を抉られてしまう。そして、そんな吾輩はを見た彼は、自分を落ち着かせる為か、態とらしい咳をすると、その手にもつ巨大な斧を向けて鋭く睨んできた。
「ゴホン!…………後はお前だけだ。観念しろ」
「…………ん?……んんん?……あ、なるほどな」
彼の行動を吾輩は理解した。
どうやら彼は吾輩を海賊の仲間と思っているようだ。この状況下、誤解されてても仕方が無いが、あの様な薄汚い者共と同類に扱われるのは誠に心外である。
そう思い吾輩が口を開こうとした時、クロエが動き出した。彼女は吾輩と彼の間に立ち、吾輩に背を向け庇うように手を広げ
「まってベルナールドさん。この人は敵じゃない、むしろわたしを助けてくれた恩人です」
そう、彼に対し堂々と言い放った。どうやら吾輩に恩義を感じての行動らしい。
「……それは本当なのか?」
「本当です。わたしは嘘をついていない」
彼女の行動に彼、ベルナールドはしばし吾輩とクロエへと視線を行ったり来たりさせた後、何か納得したのか斧の石突を甲板へと下ろした。
「…………そうか、お前がそこまで庇うのならそうなのだろう」
そして、ベルナールドは吾輩に近づくと、その文芸本1冊が丸々収まりそうな程の大きな右手を差し出した。吾輩に握手を求めているのだろう。
「……疑って悪かった。俺は……ベルナールド、傭兵だ。商会に依頼でこの船団の護衛をやっている。……お前さんは?」
「吾輩はシャルルである。何、気にするな間違いは誰にでも起こりうるし、先程の状況では疑われても仕方が無い」
吾輩は彼の手を握り、笑をみ浮かべると彼も笑い返してくれた。
「そうか、そう言ってもらえるのなら、こちらとしては助かる……ところでシャルル。お前はどうやってこの船に乗り込んだんだ?」
「あぁ、それなら吾空を飛んでいたのだ。そこで貴公らが襲われていたの発見したのでこうして助太刀に参った次第である」
「…………空を、飛んできただと?」
吾輩の言葉に少々混乱する彼。まぁ予想していた返答と反応だ。空を飛んで助けに来ました、など言われても信じ難いのも確かである。
だが、吾輩は既に彼の疑問に対する答えを持っている。
それは、アトスの存在だ。アトスは今、吾輩が合図を出すまで上空に待機している様に命じている。つまり合図さえすれば必ずやってくるのだ。
「ふむ、その疑問はご最もだ、ならば吾輩はそれに応えよう」
吾輩は腰のホルダーからいつも携帯しているリボルバーを抜き取り、そして空に向け……そして撃ち放った。
バァァァン!っと辺りに大きく木霊する銃声。彼は耳を抑えながら驚きをあらわに吾輩に訪ねる。
「なっ、なんだそれは……」
「少々うるかったかな?驚かせてしまいすまない。だが、ほれ空を見よ、天を仰ぐが良い。そこに貴公が望んだ答えがある」
吾輩は銃をしまうと、人差し指をピンと立て、空を見るように促した。
すると、それにつられて彼は顔を上げ、驚きのあまりに目を見開き口を大きく開けた。
彼らが見たもの。それは、日の後光を浴びながら翼を大きく広げ、吾輩の元へと悠々と降りてくるアトスの姿だった。
それは、まさに天から人智の及ばぬ存在、神や天使が降臨するかの如き壮大な光景である。
普段のアトスを知っている吾輩ですらそんな印象を持ってしまうのだ。
初めて会った彼やクロエは更にそれを色濃く感じ取ったのだろう。
「…………なんだ…………なんなのだ、あの魔獣は」
「吾輩の仲間……否、配下だ。」
仲間、と言いたい所だがアトスにそれを聞かれれば間違いなく『我は貴様の配下でだ、対等に扱うな』と怒られそうなので配下と予め言っておいた方が良いと判断した。
しかし、強さでいえば吾輩はアトスの足元にも及ばないのに、彼は吾輩の支配下にいたいという。出会って1週間近くになるが、なぜアトスがそこまで吾輩に義を尽くすのか、本人である吾輩が一番よくわかっていない。
『なんだ、シャルルよ』
「喋っただと……いや、これは念話か。凄まじい迫力と知性だ」
しかし、このベルナールドという男、顔は厳つく、終始表情は目や眉程度しか動かないが、言葉と動きのリアクションが豊富で楽しい。それに仲間を褒められる、というのは何とも心地よいものである。
だが、しかし、今は緊急事態だなので、迅速な行動が必要だ。
吾輩は隣に着地してきたアトスへ早速とばかりに問うた。
「アトスよ、他の船の様子はどうなのだ?」
『む?他の船か……商船側は既に乗り込んできた海賊を撃退し消火活動をしておる。海賊船が撤退中だが……どうするのだ?』
「そうか……ふむ」
どうする、か。吾輩としてはこのまま逃がすのは嫌だが、独りよがりの行動は集団行動において忌み嫌われる事の一つだ。
周りの意見を聞き、その総意で動く他ないだろう。
「ベルナールド殿。このままでは海賊が逃げてしまうな」
「あぁ……だが相手にする暇はない。なにせこちらの被害も大きいんだ。火もつけられたし一刻も早く港へ向かわないと船が沈む可能性がある」
ご最もだ。正論すぎて反論の言葉もない。
だが、それ故に吾輩はある提案を持ちかけた。
「そうか、だがもしもだ。あの船を吾輩とこの魔獣アトスだけで逃げた海賊全員を生け捕りに出来るとすれば……貴公はどうする?」
「…………なに?そんな事ができるのか?」
「くっははは!できる、と言っておるのだ。その仕掛けの種は既にばら撒いておる」
そう文字通り、種は撒き終わっているのだ。
このまま使わずにいるのは正直勿体無いので、是非とも吾輩の案に賛成を得るべく、自信満々の深い笑みを浮かべ真正面から堂々とベルナールドへと言い放った。
「そうか。……だがその判断は……俺はできない。会長に聞いてみてくれ」
だが、ベルナールドの口から渋い返答しか返ってこない。やはりか……しょうがない、元々駄目元での提案だったのだ。こうなるのは目に見ていた事である。
そう思い吾輩は独自の判断で動かせていただくと、口を開こうとした時、ベルナールドの背後から野太い男の声が聞こえた。
「その話に乗ったぞ!」
そう言ってベルナールドの背後から現れたのは豊かな髭を生やす恰幅の良いスーツ姿の老年の男だった。
彼の指や腕につけている装飾品類は派手ではないが価値が高いと思わせるものばかり。
それらは彼の身分の高さを象徴するものだ。
「会長……宜しいのですか?」
「そうだ、俺は彼のやろうとしている事に興味がある。彼が自信満々に我々に告げた、その策とやら存分に見定めようではないか」
狼狽えるベルナールドに、会長と呼ばれた老人はがっはっは!と豪快に笑って返す。
そして吾輩へとその歳不相応な爛々とギラついた瞳を向け、口角をつり上げたまま吾輩に問うてきた。
「それで青年。奴らに一泡吹かせられる、というのは本当か?」
「無論です、会長殿。我が名にかけてそれを証明してみせましょう」
「そうか!では行ってこい。失敗した時は知らん顔させてもらうがな」
「もちろんですとも」
失敗し、おめおめ逃げ帰ったら、この人に殺されそうだな。
老人の熟年の覇気の迫力に、そんな思いが頭を過ぎるが、吾輩はあくまでも自信満々と傲慢不遜にすら思わせる態度で対応する。
そして吾輩はアトスの背中に跨る。
「では行ってくるとしよう。ところで会長殿、一つ聞きたいことがあるのですが良いですか?」
「なんだ?言ってみるがいい」
「海賊共を全て生きて連れてくれば、特別報奨を出してはくれませんかね」
吾輩の言葉に会長は目を丸くた後、腹から来たような豪快な笑い声をあげる。要因はわからんが、どうやら吾輩の問いがお気に召したらしい。
「よい!君の策に興味が最初に湧いたのは俺だ!払ってやるとも!ぐぁっはははは!!」
「それは有難い」
「おう、それで幾ら欲しいのだ?」
いくら……。あればあるほど良いのだが欲張りすぎはいけない。とはいえ謙虚すぎては舐められるゆえ難しいラインだ。
だから吾輩は妥協点として会長へとこう提案した。
「そうですか、では吾輩の働き見て貴殿が決めてください」
「なんと!……良いだろう。俺が見定めるとも」
「交渉成立ですな、……では行くぞアトス!」
『了解した!』
ではまた後ほど。会長の言葉を聞いた吾輩はアトスに命じ空へと駆け出す。
吾輩はアトスと共にたった
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