第22話 黒猫と少女の出会い
人生とは幸運へと辿り着けば更にその奥には必ず何かしらの不幸が待ち伏せている。
わたしはそんな世の不条理を思いながら今、船へと乗り込んできた海賊を相手に戦っていた。
「るぅぁぁ!!」
「ちっ」
わたしは向かってきた海賊の剣を手に持つ杖で弾き返すと、姿勢の崩れた海賊へその鳩尾へと杖を叩きつけた。
「ぐぼぁ……」
そして無様な呻き声をあげ崩れ落ちる海賊を尻目に、わたしは甲板の現状を見る。
あちらこちらで最初に海賊が放った火矢の影響で煙が上がっており、消化しようにも乗り込んできた海賊を相手に手一杯で遅々として進まない。
「っ!」
すると、すぐさまに新たな海賊が私に向かってきた。わたしはすぐにそちらの相手へと専念することとなった。
なぜ、わたしがこんな目にあっているのか。
それは割と簡単に説明できる。
きっかけは前の港で旅客船に乗り遅れた事だ。
何せ初めて訪れた港町、勝手がわからずウロウロと辺りを周り、それが原因で乗るはずだった船に置いていかれた。
この船は商船だが、旅客船に乗り遅れたわたしを不憫に思い乗せてくれたのだ。
その提案はとても有難く幸運に思い、事実こうして乗ったのだが……まさか海賊船に襲われるとは。
全くもって人生とはままならぬものだ。
「うらぁぁ!!」
「…………っ、間抜けめ」
すると、わたしの背後から声を上げながら突進してくる声が聞こえた。
わたしは目の前の海賊の小手を狙い杖で叩くと剣を落とす。そして、そのまま回し蹴りし、無手の海賊を海へと突き落とした。
蹴りの勢いで体を180度回転、剣を振り上げわたしへと斬りかかろうとする海賊の顎めがけて杖を下からすくい上げて打った。
わたしは手に伝わる海賊の顎を砕いた感触に思わず眉間に
まったく声を上げて突撃するとは。背後を取ろうとしたとは思えぬ阿呆な行動にわたしは呆れる。
すると、なんと先ほどの顎を砕いた海賊が倒れる直前にわたしの両腕を力強く掴んできた。
「なっ!?」
わたしはおもわず動揺し、短い驚きの声をあげた。
大抵は頭を叩けば脳が揺れ気絶する。
特にわたしなどは武術を習った身である為人体の急所などは覚えていた。
だが、目の前の奴は急所が外れたのか気絶しなかった。更に仕返しにとばかりにわたしの腕を掴んできたのだ。動揺しても仕方が無いのかもしれない。
だが、ここは戦場である。何とか掴んできた手を払いその脳天を強く打ち気絶させたが、それが大きな隙となってしまった。
左右後ろ、三方から同時に海賊が斬りかかってきたのだ。
なるほど、先程からわたしは腕が立つので商船の護衛達よりも海賊を多く倒し目立っている。相手からしたら、目の上のたんこぶであろう。
何としてでもわたしを潰そうとするのは理解できる。理解できるが、それが了承に繋がるかと言えば、そんなはずはない。奥の手はあるがコレはこんな人目の多い所で使う訳にはいかない。
「っ!?」
だが、この状況は非常に拙い。咄嗟の事に2人にしか対処は難しいと考えられる。
ならば、考えられる事は一つ。2人を倒し、もう1人の攻撃をどうにか軽傷に持っていく事だ。
難しいが出来ない事は無いと信じわたしは動き出した。
……すると、わたしの耳にある言葉が聞こえた。
「左は任せよ」
その声のする位置は頭上からだ。幻聴かとも思えたが確かにその声はわたしの鼓膜を揺らしたのだ。
聞いた事も無い声色……しかし、不快感は感無く、むしろ体の芯から安心できる聞き心地の良さを感じた。そして何よりも、彼の御方のお言葉に従え、と私に流れる血が騒ぐのだ。
それは歓喜。私は謎の喜びに心満たされてしまった。
……ならば、その声に従うのみ。
「っぁあ!」
わたしは振り下ろした杖を全身を使い、流れるように勢いを極力殺さず振り上げ、右方の海賊の脳天を叩いた。
そして、そのまま上半身を捻り後方の海賊へと腕をかざし唱える。
「【
それは突風、風圧による打撃だった。真正面からモロにくらった海賊は数メートル吹っ飛んだ。後はそのまま海へと落ちるだけであろう。
そして残るは左方の海賊のみ。
だが、わたしの体制は整っておらず、このまま斬られればわたしは重症を負うやもしれない。
しかし、わたしは確信している。先程の声がわたしを助けてくれると。
「今です!」
「了解した」
そして、その人物は頭上から降って現れた。
それは黒く上等な服を着た男。
彼は、わたしと海賊の間に落ちると振り下ろされた剣を白刃取し、そのまま綺麗なフォームで回し蹴りを繰り出しした。
そして、それは海賊の頭へと吸い込まれるように当たる。
それだけで惚れ惚れするほどに高い技術力と刃物に動じぬ精神が伺えた。
「……あなたは?」
わたしは辺りの喧騒を忘れただ彼へと問うた。
それに対し彼は途中で折れた剣の刃先を足元へと投げ捨てわたしへと振り返る。
そしてその顔は─────ただ、ひたすらに美しかった。
碧と紅のオッドアイに異国情緒漂う整った顔。青年は短く刈り上げた黒髪を潮風に揺らされながら、わたしへと微笑みかけた。
「吾輩か?吾輩はシャルル。貴公は?」
「えっ……あ、わたしはクロエで、す」
わたしはしどろもどろになりながらもどうにか答えた。
なぜならその王者の如き、この圧倒的支配者の気配と美貌に当てられてしまったからだ。
「そうか、ではクロエ殿。一応は聞くが君は被害者、襲われた方で間違いないか?」
「は、はい。わたし達はイセラーグの港から来ました。これはアニノス商会の船団です。わたしはこの船団とは無関係ですが、船長のご好意で乗せてもらいました」
「そうか、よろしい。ならばこのならず者共を蹴散らすとしよう」
彼は、腰の見事な剣をゆるりと抜き構えた。様になった見惚れてしまう動作である。すると、わたしをチラリと横目で見ると笑みを向けてくれた。
「大丈夫である。吾輩は……まぁ、なんだ、そこそこ強いぞ?」
どうやら彼はわたしがジッと見つめていた理由が彼の強さに不安を覚えている、と勘違いしてしまっているようだ。
全く持ってそんなことは無いのだが、海賊は今も攻めていているおり、勘違いを訂正する暇はないようだ。
「背中は任せてください」
「うむ、助かる。では、黒猫シャルル。推して参る!」
わたしは彼に背中を預け眼前の的に集中する。
敵の数は多く、非戦闘員と船を庇いながらの不利な防衛戦。だが、私は背中から伝わる安心感からか、勝利する自信に満ち満ちるのだった。
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