黒猫と冒険者組合と心

第21話 黒猫と海賊戦

 

 黒猫視点


「Off we go into the wild blue yonder Climbing high into the sun♪」


 地球とは遠く離れた異界の青空にて、何故か某国の軍歌を無駄に良い滑舌と発音でハキハキと歌っていたのは軍服猫こと吾輩、黒猫シャルルである。


 何故、吾輩のテンションがここまで上がっているのかといえば理由がある。


 吾輩は生前飛行機どころか新幹線にすら乗った事がなかったため初めての今回が飛行だった事だ。



 吾輩はこうして空の旅を満喫出来ている。

 正に有頂天。能天気、というのは、限度を越さなければ人生を楽しむに必要な素質の一つである。


「Here they come zooming to meet our thunder……敵おもらねば雷撃なぞ使えんかった」


 そして、突如として素に戻るのも移り気な猫としての性なのだろうか。それとも、元来から吾輩が持つ性格なのだろうか。


 何にしても言えるのはこの性質が暴発した場合、周りは振り回されるのだろう。しかし、これは性分であるから止めるに止められないので致し方なし。


 吾輩は英語で歌っていたがその歌詞の内容は『動物言語』の力によりアトスにも伝わっている。

 そのその後半の歌詞の物騒さに少し驚くいているのか吾輩の顔を横目でチラリと覗いてきた。


『随分と物騒な歌詞であるな』


「うむ、そうであるな。確かにこの心地よい青空にては似合わない歌詞だった。謝ろう」


 吾輩は同意を示し素直に謝ると改めて大空を仰ぎ見た。


 …………やはり、青空とは良いものだとつくづく思う。

 こうしてアトスに跨り悠々と空を飛んでいるとその広大さに小さな悩みなど忘れてしまいそうになるほどだ。

 それに吾輩ははるか上空にて、時速数百キロも速さで飛ぶアトスの上にいるのだが全く風を受けず心地よい空間を維持してくれている。


 恐らくアトスが何か能力か魔術かは分からぬが、吾輩を気遣って風避けをしてくれているのだろう。


 なんと言うか……アトスのこの行動を別に表現するなら。

 机に伏せて寝ている人にそっとコートをかけてあげる。と言ったような、厚かましさなく、さりげない優しさを感じさせるイケメン行為だ。

 これが虎でなく人間ならさぞ女性からモテたであろうに。


 そんな割とどうでも良い事を思っていると、地平線に何やら陸地らしきモノが見えてきた。


「おぉ!陸地が見えてきたぞ!アレが大陸か、アトスよ!」

『あぁ、アレだ』


 アトスの短い返事に吾輩は胸踊らせ破顔一笑する。吾輩の中に残った年頃の青少年なら誰もが持つ冒険心がくすぐられているからだろう。


 吾輩はアトスの背で立ち上がりその陸地を今か今かと見詰める。

 すると、陸地は見る見ると迫ってきた。アトスが吾輩の様子を見てさらにスピードを出したのだろう。

 風による圧や寒さはアトスが流してくれているので感じず体感何キロというのが曖昧だが、結構な速さだというのはわかる。


 そして等々陸に間近にまで迫った。

 海沿いは一部の砂浜以外は低い崖のように切り立っており、遠くに見える山々。

 平野が広く、森が点々とある所から吾輩は欧州諸国の光景を思い出した。


 吾輩はあの島に和林檎があった故に、てっきり中国をイメージとして思っていたので、これには素直に驚いた。

 まぁ、そのような事はどうでも良い、問題はこの辺りに人が住んでいるかであるだ。


「アトスよ、人はこの辺りは住んでおるのか」

『うむ、この海沿いをなぞり北へと飛べばすぐにに港町につくぞ』


 それさえわかれば良い。後の問題は吾輩が金を持っておらぬという事だ。

 街に入るのに税を収めなければならない、となった場合にとても面倒な事になるのは間違いない。


 どうしようか、と思案に耽る吾輩は腕を組み首を傾げて唸る。

 すると、アトスが何か発見したのか小さく声を上げた。


『むっ?』

「うむ、どうしたのだ?」

『いや、人間の船を見つけてな』

「なんだと?どこだ」

『ほれ、そこだ』


 アトスはその船があるという方向を首を振って教えてくれた。

 なるほど、確かに帆船の集団がある。恐らくは商船か旅客船の類であろう。

 だが、吾輩はその船団が少し様子がおかしいことに気がついた。


「む?何やら煙が出ておらぬか」

『であるな、それに帆の色とマークが違う船あるな』

「なんだと?」


 吾輩はトランクを開きそこから双眼鏡を取り出すとその船団へと目を向ける。

 そして見た。煙をあげる船の甲板での人々の乱戦を。


「……なるほど、いわゆる海賊船とやらだな。船が襲われておる」


 前世のガレオンによく似た帆船。海賊。

 この二つの要素のおかげでこれから向かう国の大体の技術力、文化はだいたいわかった。

 おおよそ17〜18世紀、遅れていても16世紀中期ほどか。どちらにせよ治安は良くはないのだろう。


『どうするのだ?』


 アトスはただ静かに吾輩に尋ねる。そして、その言葉に対する回答は吾輩の頭の中では出来ていた。


「人とのファーストコンタクトだ。ここでたっぷりと恩を売って、たっぷりと賃金を頂戴しようではないか」


 それは打算と欲まみれの回答。

 ここで普通の主人公ならば善を進め悪を叩く所なのだろうが……残念ながら吾輩は吾輩にとって利益のある事しか基本はやらないのだ。


「アトスよ、敵が強く苦戦が予想されるなら直ぐに船を見捨てて吾輩を助けるように」


 だから保身もちゃんとしておく。吾輩の目的は神の願い、それに集約されている。ここで吾輩とは無関係の民草を下手に助け死んだら元も子もないのだ。

何より、死にたくない。


『無論だ』


 そしてそれに対してアトスは即答した。確かに言わずともアトスならば吾輩を第一に考えてそう行動するのだろう。


 アトスの思考の事を失念していた事に吾輩は少し己の間抜けさに恥じ、それを勢いで流そうと声を張り上げる。


「そうか、では行くぞ!」

『了解した、我が王よ』


 向かうは船団。敵は海賊。

 この日この時、吾輩は初めての人との戦を始めることとなった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る