第19話 黒猫、ゴブリン村での怒涛の一週間

 



 黒猫はこうしてゴブリン達、否クグロのために活動を開始した。


 黒猫達はあの後、目的地である昨晩の死闘を演じた場所に向かった。理由は昨日黒猫が『吹雪の箒』で凍え殺した動物達の死体の回収だ。


 ゴブリンの食糧難は元より、殺してしまった動物達を美味しく頂いて供養したい。そういった黒猫の中にある古き良き日本人として精神がそうさせたのだろう。


 今、ここ一帯の気候は夏終わりのまだ少し暑く感じる秋初旬くらいだが、死体は芯まで凍らせていた為か腐ってはおらず虫も寄り付いていなかった。


 ただ、凍らせて殺した為に血抜きできていなかったのだ。アトスとクグロは特に気にしていないが、黒猫からすれば、この肉は獣臭くて食えたものではない。


そこで黒猫は少し悩み、ある能力を使用する事とした。


 その名は『森の魔女バーバ・ヤガーの命の水』。

 本来はそれを飲めば不老不死となる霊水だ。 しかし本来の『命の水』や『死の水』を創る事は今の黒猫には理由は不明だが不可能だった。

 だが黒猫はバーバ・ヤガーの民話とは別の法則、材料を使用する事で擬似的な命の水を作り出すことに成功した。

 その材料は世界各地の様々な神話や民話で命と密接に関わる液体、そう、血だ。


 黒猫はなんと命の水を創る為ではなく、血抜きの為に命の水を作ったのだ。


 勿論、この程度の量、質の血では不死になる事はできないが、飲めば肉体の回復効果はあるので意味が無い訳では無い。

 見た目は透明、味もただの水なので血が原料だと知らなければただの無味無臭の回復薬だ。


 大陸に着いたら活動資金の元にしようと黒猫はホクホク顔で集落へと戻る。


 そして集落へと戻った黒猫達は大量の肉を持ってきた為黒族の皆に崇められた。自分を崇め奉る黒族達に愛想良く手を振る黒猫は暫くすると解体を終えた肉を一つ持って『森の家』へと閉じ込もった。


 クグロに渡す書類制作と今日含めた7日間のスケジュール制作の為だ。


 そして、再びアトスとクグロの前に現れたのはその日の夕方だった。


 既に4時間以上経っているためか男体化を解いており、女体状態でいつもの軍服を着た出で立ちで現れる。 だだ、何故かスクエアタイプの黒縁メガネをかけているが、黒猫の気まぐれであり理由などないのだろう。


 すると黒猫は息抜きにアトスと約束通り試合をしたいと申し出た。

書類制作が終わっておらず、その息抜きという理由からだったが、アトスは上機嫌でそれを承諾した。

 結果は勿論アトスの圧勝。黒猫はかなり粘ってはいたが、アトスに能力を使わせる事は叶わなかった。


 負けた黒猫は黒猫命名の回復薬である『偽命の水』を飲み体の傷を癒すとトランクケースを出現させる。


 そして今日解体の時にムシった鳥の羽と陶器製のコップを取り出した。

 そして集落の周囲のあちこちに羽を地面にさせてはコップで蓋をする作業を繰り返した。

 その光景を不思議そうにみていたアトスは何気なく聞く。

『なんなのだ、それは?』

 とそれに対し黒猫は

「明日のお楽しみだ」

 そう言って子供の様ないたずらっ笑顔をうかべて答え『森の家』へと戻って行ったのだった。


 ーーーーーーーーー


 二日目


 朝早くから黒猫は男体状態で何故か警察の活動服姿で現れた。特に理由はないとの事だが、どうやら最近の趣味に職業コスプレが追加されたみたいである。


 まず、黒猫はアトスとクグロを供回りに昨日設置した鳥の羽を見回った。

 黒猫は手袋を外し、一個一個丁寧に鳥の羽を見ていく。すると、ある時に黒猫の動きがピタリと止まり、そして口角を鋭く吊り上げ、凄味のある笑みを浮かべた。


 その理由は黒猫の目の前にある羽は湿って水滴を作っていたからだ。

 それが証明するのはこの下に地下水があるという事、つまり黒猫は井戸を掘る気なのだ。


 黒猫はこの集落へときてから井戸を掘りたいと思っていた。


 それは元々前世のテレビで飲料水問題を見た影響だ。不衛生な水を飲むしかなく、病気に苦しむ人、亡くなる幼子を知っていた黒猫は何としてもまずは衛生面、そして文明の根本に存在する水に着手したかったのだ。

 

 何より最大の理由は黒猫は紫族に体を洗う文化を浸透させたいと思っている事だ。昨日の風呂場での惨事……二度とあの様な汚物をこの世から減らしたいと黒猫はそう固く決意する。


 そして黒猫は3歩そこから離れるとその場で地面を踏み鳴した。


「『大地操作』」


 瞬間、黒猫の足先の地面が直径60センチ、深さ1メートル陥没した。元々、こそにあった土は無くなった訳ではない。外側へと高密度に圧縮され、円形の一枚岩となっているのだ。


 穴を掘ると同時にその円が崩れない為の外壁を作る実験に成功させた黒猫は、意気揚々とそのまま掘り進めていく。

 そして深さ7メートル程で水が湧き出た。そしてそれを確認した黒猫は周囲の地面から土を寄せ集め更に高さ50センチの円形の岩を作だし浅井戸の完全させる。


 そして、その後村の周囲に浅井戸と深井戸を1時間足らずで合計で4つ掘りあげた。

 屋根を作ろうとしたがそこまでの手間をかけている程暇ではないので『植物操作』で桶と縄を作り置き木製の蓋だけ作りかぶせて後はクグロに屋根に関する事を伝えて水まわりの作業は終わらせた。


 次に取り組んだのは窯作りだ。


 黒猫は集落周辺を歩き回り質の良い粘土を見つけると『大地操作』でそれらで巨大な塊を作り井戸の近くまで移動させる。

 そして、再び『大地操作』を使用し高密度に圧縮させなが造形していき煙突作り終わると、窯は出来上がった。

 中々の出来栄えに自慢げの黒猫だが、クグロは何を作ったのか理解出来ていない様なので言葉ではなく、実演する事にした。


  用意したのは調理器具類に乾燥イーストに井戸から取れた水。


 そしてそこらの茂みで取れた麦属の雑草を『植物操作』で食用に改良し、さらに『大地操作』で作った石臼で小麦粉にしたものだ。

 そう、黒猫はパン作りをするつもりだ。


 しかもどうやら昨日から思いついていたようで、ある程度調理の過程を見せると『森の家』に戻り某調理番組の様に既に発酵し終えた物を持ってきた。


 その際に女体化し、料理教室の先生風というマニアックで、最早、ただの一般人にしか見えないコスプレをしてきた。もちろん意味は無い。


 卵も砂糖も無く、モチモチ感の薄く味は塩のみだったので舌の肥えた黒猫は不満げだったのだが、そのパンはクグロ延いては黒族のゴブリン達には大好評だった。


 そきて大量に作る必要に迫られた黒猫は石窯をさらに5個追加で作り、パンの作り方をゴブリン達に教えながら一緒に作る。


 その際に黒猫がゴブリン達に衛生面に対してことある事にうるさく言ったのは想像に難くないだろう。


 もちろん、黒猫のカリスマをモロに浴びたゴブリン達は当たり前の様にそれに従順だった。


 井戸と石窯のプレゼンはこうして成功に終え、黒猫は工具と食料庫の設計図をクグロに渡し、ある程度それに関する知識と設計図の読み方、工具の用途を教え、アトスと試合をした。


 その際、黒猫はアトスに軍刀を弾かれ無手の状態になってしまい一方的にやられてしまった。

 この一件で黒猫は無手での格闘による戦闘を視野に入れた。

 まだまだ、課題はたくさんだと黒猫は頭を悩ませながら『森の家』へと帰っていくのだった。


 ーーーーーーーーー


 3日目。


黒猫がいつもの軍服姿で現れた時に目を丸くさせる出来事があった。


 それは、昨日食料庫の設計図を渡したばかりだというのに既に三分の一が完成している状態だったのだ。

 ちなみに食料庫は弥生時代から伝わる鼠返しで有名な高床式のもの、初めての木造建築だというのにこの手際の良さ、そしてクグロの指揮のセンスと頭の良さに黒猫はとても嬉しそうに笑う。


 黒猫は邪魔してはいけないと思ったのだろう。アトスを連れて森へと入っていき、そして和林檎に似た果物を発見した黒猫はいつもの様に食用に品種改良を加えて、集落近に植えて急速成長させる


 そして、出来上がった実を収穫すると仕事で休んでいたゴブリン達に差し入れをしたのだった。


 この日、ゴブリン40名近い食料を全て黒猫が作り上げた。それは仕事に専念してもらいたいという純粋な思い。

 そして、疲れた体を美味しいもので癒してもらいたいという気持ちからだ。アトスに跨り南の森へと遠出した黒猫は大量の肉をアトスに運ばせて戻ってきた。


 その日の夕食はパン、肉、果物と今までの黒族の食事の中で一番豪華なものとなった。

 皆は黒猫をいっそうに崇めたのは言うまでもない。


 もちろん、アトスとの試合は完敗したのだった。


 ーーーーーーーーー


 4日目の黒猫は猫人状態である。


 そして黒族は一族総出で昨日からぶっ続けで作業していたのか昼には食料庫が完成した。


 中々の力作業だったはずなのだが黒族は弱っているにも関わらず人間より並外れた筋力と体力。そしてパンに対する執着心をもってそれを可能としたのだ。


 黒猫は大量の麻袋を用意しその中に小麦を入れていく。最初は昨日行った『植物操作』の方法で行っていたのだが、何にしろ楽を求めるのが、知的生命体の本能。


 試行錯誤を繰り返しながら作業していたところ新たな発見をし、なんと少量の魔力を消費する事で植物を複製する事が可能となったのだ。


 それは種1粒から複製していき、ねずみ算式に増やす事となり。圧倒的に作業効率が良くなったため深夜には作業を終えた。


 そして当たり前の様に魔力切れを起こした黒猫はアトスの腹の上で一晩、過ごしたのだった。


 ーーーーーーーー


 5日目


 いつもように、日が出る時間帯で起きた黒猫は石臼を大量生産しクグロに渡すと広場に黒族の男衆を集めて戦争に対する手段を教える事とした。


 黒猫が彼らに教えるのは剣術、弓術、槍術などの一般的なものではなかった。それは『暗殺術』、真正面から打って出れば黒族では勝てないとふんだ黒猫が考えた最も効率の良い手段である。


 夜闇に紛れて敵を一方的に殺していく暗殺一族。というのに黒猫が若干恰好良く思ったというのは否定しない。むしろ、その開祖として半永久的に名を残したいと黒猫の男の子な部分が出てしまったのである。


 初日はあまり皆は気配の遮断や音なく歩くなどの事は覚えられなかったが、クグロはなんと初日でそれらを覚える事に成功した。


 もちろん、ここ数日暗殺じみた手段で狩りを行ってきた為、『暗殺術』のレベルがぐんぐんと上がり野生動物にすら気配遮断できるようになった黒猫から言われせば、まだまだだ。


 しかし、センスの塊である事は間違いないのでクグロはクグロをおおいに褒めた。

 すると、何故か周りのゴブリン達に火がついた。敬愛する黒猫に褒められるのが羨ましと思ったのかいっそうに訓練に集中し始めたののだ。


 集団で身を潜める、音なく忍び歩きをするという謎の訓練を見ながら黒猫は1人、『大地操作』で地中の金属を操り、お手製のナイフを量産していた。


頑張る彼らへのささやかな贈り物である。


 訓練を終えへばっていたゴブリン達に1人1人にナイフを渡していく黒猫。国家の君主が支持を得るためのプロパガンダとして国民と直接話すというのがあり、それを何となくで実践したのだ。


 これにより元々高かった黒猫への忠誠心が更に高まり、もやは宗教の域へと達してしまう。


 この時点での黒猫はまさか自分が彼らの中で神様扱いされている事に気づいていないのだった。


 ーーーーーーーーー


 6日目


 早朝に暗殺術の訓練の指導を終えた黒猫はアトスとクグロを連れて集落から直線距離で20メートルもない場所に移動した。


 黒猫曰くここに小麦畑を作るとの事。この場の木を切り倒すのかと思いきや黒猫は思いきった事をしでかした。


 なんと『植物操作』で周囲の植物を全て支配下に置き、『大地操作』を併用しながら移動させ、新たに横150メートル。縦500メートルの7.5万平方メートルもの広場を作ったのだ。


 しかも、除けた木々は枯れぬ程度に絡み合い獣の入ってこられない天然の壁を作り出す。入口は集落へと続く道一つのみ、これならば獣害の被害は減るだろう、そう鳥類以外の獣ならば。


 残念ながら木々の壁では空からの侵入者を防げないので黒猫は『大地操作』で土中の成分で荒い鏡をCDの様な形作ると、それをいたる所に吊るした。


 一般的な鳥避けである。


 そして畑予定地の片隅に井戸を掘り終わり完成。

 種籾の入った袋に木製の農機具、それに付属する基本的な畑作りの方法と農機具の使い方を記した書類をクグロに渡した。


 時間は午後3時となり、思ったよりも早く終わったので黒猫は再び黒族の訓練に混じり指導に入ることにした。

 そしてアトスとの試合はいつものように完敗。

 無手でも何と数十秒ほど持ちこたえるようになったのだがその程度で黒猫は満足できるはずも無い。

 そしてと何かブツブツと呟きながら『森の家』へと戻っていったのだった。


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 最終日7日目。


 黒猫が現れてのはなんと昼過ぎの3時頃だった。

 格好はシャツにスラックス姿に着替えており、何故かスクエアタイプの眼鏡をかけている。

 やり手の営業マンにふんした黒猫は昨晩から寝ていないのが目の下にクマを作り、ジトっとした目で書類を入れたアタッシュケースをクグロに渡す。


 そしてアタッシュケースを開いたクグロはその想定外の紙の量に唖然となった。


 農作から酪農などの食糧問題の解決策は勿論、木造を主流とする建築技術書や金属加工技術。そして、それによる自然環境への影響などなどクグロ達にとってオーバーな知識の数々がつまっていたのだ。


 クグロへと渡す際に黒猫は


「今後の黒族の発展に期待し、そして吾輩は寝る。まさかパソコンとプリンターを複数使ってもあれほどの作業になるとは思いもよらなかった」


 そう、ブツブツと呟いて『森の家』へと帰っていく。


  だが、その意味を知らないクグロは首を傾げるしかないのだった。







 そして、翌朝、黒猫の出立の日は訪れた。











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