第18話 黒猫のゴブリン文化革命

 


 集落へと戻った黒猫は早々クグロを見つけると大声で名を呼んだ。


「クグロよ、話がある!」

「はっ黒猫様、了解しました!」

「ふむ、良い返事だ。では、ついてくるがよい」


 クグロの返事を聞いた黒猫は身を翻して再び森へと消えていこうとする。


 そしてその黒猫の背中を見たクグロは急いでその後を追う事にした。


その際に己の父の肩を叩き


「じゃ、親父行ってくる……黒族の未来がかかっているからな」

「……あ、あぁ頼んだぞ。クグロ」


 まだ思考能力の大半が麻痺してボケッ、と突っ立ったままのシジロ。


 クグロはそんな様子の父に笑みを向け黒猫の後を追うように森へと消えてゆくのだった。


 ーーーーーーーーー


 歩きの黒猫に対し軽く走ったクグロは直ぐに追いつく事ができた。

 既に黒猫の右斜め三歩後ろにはアトスがいたので彼は左斜め後ろを陣取る。その姿は傍から見ればまるで社長に付く秘書。もしくは隊長に付き従う副官の様に見えた。


「黒猫、それで話とは何なのでしょうか」


 開口一番はクグロだった。彼は黒猫に素直な質問をぶつける。


 すると黒猫は周りをキョロキョロと見回した後、強ばらせていた表情筋の力を抜いた。


「ふう……さて、でばここからはプライベートの空間ゆえ、になるが宜しいかね」

「え、えぇわかりました」

「うむ、では失敬して……」



 黒猫はそう言いい金属製のケースから煙草を取り出し火をつけた。


「…………さて、では君の質問に答えよう。まずは諸君の問題点についてだな。食料、戦闘技術、戦術に武器防具の質、数などの戦力……問題は山積みだ」


「はい。しかし、黒猫は案があるとおっしゃいました。やはりその話は本当なのですか」


「無論だ。でなければあの様に無責任に発破をかけたりはせんよ」


 黒猫はぶっきらぼうに左手を振り煙草を咥え自慢げに笑う。

 そこにあるのは確固たる自信だった。クグロはそんな黒猫の様子に思わず胸を熱くさせる。


「で!では、ご教示お願いします」

「ふむ、その学びたいという姿勢は吾輩にとってはとても好印象だ。よろしい教えてやる。だがその前に」

 

 黒猫は立ち止まるとまだ半分以上残っている煙草の火を潰し、携帯灰皿へと入れる。そして、女体化を解き猫状態へと戻った。


 進化前とは何ら変わっていない姿だ。変わった事を強いて言えば少し体長が伸び、尻尾の毛先が白くなったぐらいだろう。


「やはりこの姿が楽でよい。人前に出る時や戦闘時は人型の方が良いかもしれんのが悩みどころではあるが……」

 

 低く重く響く優雅な男声。初めて黒猫の本来の姿を目にしたアトスは興味津々のようでマジマジと見る。


『貴様の真の姿か……しかし先程も思ったのだが、何故、子猫の状態で益荒男の如しなのだ?訳が分からんぞ』


 アトスの呟きに黒猫は多分『気品Lv.Max』のせいだと思いながらも知らん顔で無視をする。相手にするのが面倒くさかったのだろう。


「さて、歩きながら話そう。戦闘もする必要は無いゆえレベル上げも兼ねるか、では……『人化の術』」


 そして女体化から猫化、そして忙しなく男体化と肉体変化を遂げた黒猫は颯爽と歩き出す。


「さて、では話すとしよう。まず食料問題についてだが……三つほど案があり、その一つはこれは吾輩の能力を使う事だ」


「黒猫様の能力ですか?」

「うむ、吾輩の能力『森の王』というものがある。その基礎能力『植物操作』だ」


 その言葉に真っ先に反応したのはクグロではなくアトスだった。それは昨晩と言ったことが違うではないか、という驚きからだろう。


『何?貴様、能力は一つだと言っていたではないか』


「そうだ今のところ『森の王』に能力は今の所、『暗き森ミュルクヴィズ』一つしかない。能力と基礎能力とはまた違うのだ」


「能力と……基礎能力?それは一緒ではないのですか?」


「違う。基礎能力の大きな違いは魔力を消費するか否かだ。その他の違いを簡単に言えば…………難しいな。まあ無理に例えるとするが、クグロよ、貴様は呼吸をしておるか?」


「…………は、はぁ、まぁできます、それは生命維持の基本中の基本。出来て当然です」


 クグロは疑問に思う。なぜそのような質問をさせる必要があるのかと。

 だが、きっと意味のある事なのだろうと思い真摯に答えた。すると黒猫がとても嬉しそうに深い笑みをクグロへと向けた。


「その通り、良い事を言ってくれた。そう出来て当然なのだ。吾輩にとって『女体化』『動物言語』『植物操作』その他の諸々の基礎能力は『森の魔女バーバ・ヤガー』とそして『森の王』として本来なら呼吸に等しく出来て当然の事なのだ」


 まあ、ある程度慣れがいるがな、黒猫は言ってコホンと態とらしく咳きをすると、場の雰囲気を切り替える。


「まぁ、これ以上話すと長くなるから今回は割愛させてもらう。しかし、また随分と話とは話が脱線してしまった。吾輩の悪い癖かもしれんな」

 

 シルバの家での一件、昔話に突入する事に危機感を覚えたあの時を思い出した黒猫は、人の事は言えぬな、と反省する。


「……それで『植物操作』についてだが、今回使うのはその中でも遺伝子操作と成長増進だ。例えば……お、良いものがあったわ」


 黒猫は生い茂る雑草の中から狗尾草……俗に言う、ねこじゃらし、に似た植物を引き抜き、そして手をかざした。


「二回目でまだ慣れておらん故、失敗するかもしれぬがその時は笑って許してくれ…………『植物操作』」


 瞬間、黒猫の手の中にある狗尾草がまるで生き物のように蠢き始めた。

 狗尾草は茎、葉、実の形を変化させて行き、そして暫くすると黒猫の手の中には既に狗尾草ではない別の植物があった。


「成功であるな」

『それはなんだ?随分と実が大きくなったが』

「ふむ、この植物の名は『粟』という食用の植物だ。美味しいぞ」

『あわ?……まぁなんでも良いか』


 そもそも肉食獣であるアトスには植物なんて眼中に無くすぐに興味が逸れた。


 だが、クグロは違った。


「し、食用!?それは本当ですか!」

「無論だとも。粟は栄養価も高く、3ヶ月から五ヶ月と生育期間も短い。生育期間によっては夏粟、秋粟に変わったりもする」


 クグロは唖然となる。

 今まで食べられないと思われていた植物を食用に変えた黒猫の術。それはまさに神代の技の様に映ったのだ。

 

 だが、黒猫の話はまだそこで終わりではなかった。黒猫は立ち止まると粟の実を黒猫はバラバラする。そして周囲の雑草を『髑髏の灯火』で焼き払うと、粟の実を周囲にに撒く。


「そして、これが成長増進である」


 そう言って、黒猫がその場で強く大地を踏み鳴らした瞬間。

 黒猫の足を中心に黄緑色の波動が広がり、それに当てられた実が芽を出し始めた。

 それらはまるで植物観察の早送りの様に伸びていき、10秒ほど経った頃には実が成るまでになる。


「これが『森の王』の力の一端だ。戦闘にも使えてな、蔦や蔓系植物に使えば相手を拘束したりできる。どうだ、凄いだろう?」


「すごい……なんてもんじゃありませんよ!我々黒族の食文化に革命が起こりますよ!?」


「…………これこれ、まだその域ではないわ。落ち着かぬか」


 興奮した様子のクグロに黒猫は手をかざしストップをかける。


「吾輩がこれから作る食料はおおよそ2ヶ月分だけだ。そこからは自ら作っていくしかない。作る土地は?保存する倉庫は?自然環境への影響は?そもそもである育て方、脱穀のやり方はどうだ?粟だけでも相当な量のやるべき事があるぞ」


「あ、いや……その…………すいませんでした」


 クグロは捲し立てる黒猫に言葉を詰まらせてしまう。

 そこまで考えがいたらなかったと言いたげに眉間に皺を寄せ、視線を足元へと向けるクグロ。


「なに、それが普通だ。君は賢いが、そもそも君達には農業という考えそのものが無かったのだ。致し方あるまいて……」


 黒猫はその肩を慰めるようにそっと叩き、微笑みを向ける。


「吾輩話が本格的に長くなってしまったな。やはり口頭だけでは色々と情報の不備が生じてくるだろうし……なぁクグロ。君は『日本語』という言語を知っているかね?」

「ニホンゴ、ですか?……爺さんの家にあった書物にそんな名前の文字がありましたね……えぇ読めます」

「それは素晴らしい。よし、では解決案については書面にして全て残そう。吾輩がいなくなった後ではそちらの方が都合が良いだろうしな」

「あ……はい、そう……ですね、わかりました」


 明日には纏めて君に渡すよ。黒猫どこか楽しそうにそう言って歩み始める。


 その一方。クグロは更に眉間に皺を寄せていた。


 それは黒猫の『吾輩がいなくなった後』という言葉が原因だった。

 黒猫はその圧倒的な王者の風格と、力だけではない、本当の強さを持ち。


 そして、他人の心の壁をあっという間に溶かしてしまう、その美声にたった1晩という時間でクグロは心を奪われ既に崇拝すらしていた。


 だが、その黒猫は近い未来にいなくなる。


 そしてそれは戦争が起こる前には必ずという確信があった。

 そして、その事がたまらなく寂しく、そして不安になってしまう。


 自分は黒猫の案を十全に活かしこの反乱にて黒族を勝利に導けるのか、自分は黒猫の様に気高くいられるのか、と。

 クグロは男体化した黒猫の見た目よりも遥かに大きな背中を見詰める。

 自分もあの人のようになりたい、あの人を目指したいと。


 自分程度では不可能かもしれない。だが、目指す価値はあると。


 その眼差しにはまるで狂信者に近い黒猫への強い崇拝を宿しており、彼のその心が真剣なものだという事を証明していた。

 

 黒猫も実は知らないが、深部に秘められた基礎能力として『森の王』と『動物言語』には『魅了』の力が秘められている。

 今日、初めて黒猫を目にしたゴブリン達が一同に初めて見たはずの黒猫を受け入れ、その言葉を鵜呑みにしたのはそのせいだ。


『森の王』は文化、考え方も様々な森の種族を一つに纏める為。

 そして『動物言語』はバーバ・ヤガーが猫や鼠にしたように心を開かせ従者として相手を支配下におく為だ。

 

 それは、一歩踏み間違えば魔王へと至ってしまう力だ。そして黒猫はまだその事に気づいてはいない。


「どうしたのだ、クグロよ。早くついて来るがよい、置いて行くぞ?」

「はい、すいません」


 そして黒猫に完全に魅了されてクグロはその強い信念を胸に秘めてしまった。

 この様に知らず知らずの内に全ての者を魅了し、その支配下に置いて行く黒猫。黒猫はどのような存在に至るか。


 …………この時のには、まだ誰も予想できてはいないのだった。


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