第15話 ゴブリンと魔獣。そしてまさかの…………
「おい……これどうすれば良いんだよ」
黒猫が『森の家』でシャワーを浴びている一方、紫族の集落にてクグロは額に汗をにじませ頭を抱えていた。
彼の頭を痛めている原因、それは目の前で気持ち良さそうに眠っている赤銅と黒の魔獣アトスだ。
彼のおかげでクグロとヒビセ以外の紫族のゴブリンは大混乱。既に太陽が出てきたにも関わらず誰も家から出てこようとしないのだ。
「もう朝なんだぞ朝飯を誰も作らねぇし水汲みにも行かねぇ。そして事の発端である黒猫様はいらっしゃらないし、アトス様は寝ててここから動かないし…………」
集団生活というのは個々が勝手に動いても成立しない。皆が団結し働かないと組織として回転しないのだ。
その事を理解し、尚且つ若頭として責任感の強いクグロにとってこの状況というのはかなり拙く、その焦りと心労は途轍もない。
事実、彼がこうして必死に解決しようと頭をフルに回転させている事でそれが証明されているだろう。
そんな時。彼の頭に直接的響く様な奇妙な声が聞こえた。
『五月蝿いぞゴブリン』
クグロはその体を芯から震わせる重厚な声の主が最初は分からなかった。
何しろ初めて聞いた声、そして鼓膜を震わせずに聞こえた故に発生源がわからず彼の理解が遅れたのだ。
そして、やはりクグロは賢かった。直ぐに理解したのか彼は有り得ないと思いつつ驚いた様な顔のまま声の主を向く。
『ほう、下等なゴブリンの割には回転が早く、そして何より考え方が柔らかい。まずまず優秀な方だな』
そこに居たのは組んだ前足の上に頭を乗せ、口角を僅かに上げ鋭い眼光でクグロの顔を一直線に見つめるアトスだった。
「……な、なんだと。昨日は喋って無かったじゃね……じゃないですか」
『これは『念話』という能力だ。上位の魔獣ならば誰だって覚えるている。シャルルは我の言葉を理解していた故使う必要はなかったのだがな』
貴様ら如き下等生物に微量でも魔力を使うのは普段はせんのだが。アトスはそう言って立ち上がりクグロへ近づいて行く。
『だが、貴様も我が王を信奉しており、そして王も貴様を信用しようとしていた様子。ならば我と同じ王の配下、王の刃、即ち王の力の一部だ…………貴様、名はなんだ?』
同じ王の配下と言いながらもあくまで森の上位者として傲慢不遜にクグロにたずねるアトス。
その圧倒的な支配者然とした気質に思わず1歩下がりそうなるクグロはどうにか踏み止まり答えた。
「お、俺はゴブリンは紫族が長の息子クグロと申します」
『ふむ、そうかクグロか……我の目を真っ直ぐ見て答えるとは、その度胸は良し。それでは我が質問に答えろクグロよ』
「し、質問ですか?」
『うむ、実は我が
「シャルル……というのは黒猫様ですよね。いや、そのわかりません」
そんな事、俺が知りたいわ!視線を逸らしクグロは心の中で叫び声を上げる。そして次に質問に答えられず、アトスが怒るのではないかという思いがよぎった。
慌てて視線を戻すクグロ。しかしアトスは目を細め静かに笑っているだけだった。
『そうか、ならば致し方なし。主の帰りを待つのもまた配下の仕事だろうな』
くくく、と笑うアトス。全くと言っていいほど怒ってはいない、だがクグロはアトスの様子を見て気になる事があった。
それは、これほどの強者が何故黒猫に従うかという単純な疑問だ。
確かに黒猫は自分達ゴブリンより強い。だがしかし、アトスより強いかといえば絶対に有り得ないと言いきれる。
魔獣社会では食料や縄張りなどものは基本的に力で全てが決まる。故に黒猫というまだまだヒヨッコともいえる者にこの森最強の魔獣が付き従っているのは傍から見ればかなりおかしいのだ。
するとそれがクグロの顔に出ていたのだろうか、アトスはフンッ、と鼻を鳴らして言った。
『貴様……なぜ我がシャルルへ忠誠を誓っているか気になったようだな』
「え!?あ、ああ…………まぁそうですね」
『ふむ、ならば答えてやる。シャルルは我らが森に生きる者達に君臨する者『森の王』の資格を得ているのが切っ掛けだった。我がシャルルを認めたのは成長性とその精神だ。シャルルは我を相手に一歩も引かず、無様な姿を見せなかった……あれはこの知性ある獣として最も尊きものの一つだと確信する。それに奴は我を1年以内に超えるぞ。アレはそれほどの可能性を秘めている』
「そこまで……黒猫様をかっているんですか」
『無論だ。奴は我が頭を垂れるに相応しき王になるのだ。いや、我が導き鍛えてやるのも良いな。知っているか?大陸の森の民には『エルフ』や『獣人』という高度な文明を持つ民もいる事を。奴らの
本当に楽しそうに笑うアトス。そして、その話の内容にクグロは戦慄し、そして興奮を覚えた。
クグロは幼少期に入り浸っていたシルバ老人の家で文字を習い、本を読んだりしていた。故にアトスが何をしようとしているのか理解したのだ。
「偉人ならぬ偉獣。歴史に名を刻むと……過去の英雄や名君に肩を並べると言うのですか」
『ほう、我の言葉を理解したか。その知性、益々良いぞ、認めるには足りんが我の中で今貴様の株が少し上がった』
「…………この島を出ると」
『何を今更。この程度の狭い世界で我は終わりたくない。ある理由でこの森に縛られた我が『森の王』の配下となり森を出られるようになったのだ。シャルルについて行くしかなかろう』
クグロの問いに鼻で笑い飛ばすアトス。縄張りを捨てる……つまり彼は今持っている己の全てを投げ出すと言っているのだ。シャルルについて行く為に。
クグロに置き換えればそれは集落の皆を捨てると同義。多少の重荷の違いはあろう……だが己には真似出来ない事だ。羨ましそうに、そして己の優柔不断さに下唇を小さく噛むクグロ。それを見たアトスは目を伏せ言い聞かせように呟く。
『……もう一つ言っておくが元より我は数百年以上前に同族に追放され、巡り巡ってこの島に来た身だ。失うものなぞたかが知れておる。大切なものを持つ貴様は迷うな。己の血族の為に何かしてやれ、それは我にはもう無いものだからな』
お前は島に残れと暗に告げるアトス。その言葉にクグロは僅かならが哀愁感じ取った。
「……そう、ですね。分かりました」
『うむ、よろしい…………』
クグロとアトスの間の空気が僅かに緩む、そんな時だった。彼らの傍に木製のドアが蜃気楼の様にゆるりと現れた。
『むっ?なんだこれは』
「これは!……黒猫様の能力です。あの方は自分の家を呼び出す事が出来るのでその入口でしょう」
『ほう、なるほどな』
その言葉に感心するアトス。そしてドアはバン!と勢いよく開いた。
そして現れたのは…………。
「やぁ、おはよう諸君。今日もよく晴れ、清々しい朝であるな」
「……………………はぁ!?」
『…………ふむ、そう来たか』
現れたの二足歩行の黒猫でも、美しい女性でもなかった。
銀の十字架の紋章が特徴の空色のマントをはおり、
黒髪にオッドアイ。ここまでは黒猫の特徴と一致しているが、耳も尻尾も無い。
身長は180以上。そして顔は彫りが深く、目はキリッとしており東洋に西洋の血が混じったハーフの様にも見える。
ひとつ確かに言えるのは『女体化』時の黒猫にどこか似ており。すわなちかなりの美形に入るということだ。
惚けた面でその男を見つめるクグロ。そしてそのクグロの様子を見た男は
「どうしたクグロ。吾輩……黒猫シャルルの顔に何かついているかね?」
そういって悪戯が成功した子供のようにしたり顔で笑い、指を鳴らす。
瞬間、どこからとも無く現れた深い霧がその身を覆い隠すだが2秒経たずにそれは晴れ、猫状態の黒猫が現れた。
「どうだね、吾輩の新しい能力『人化の術』は。これは人になる事に特化しておるゆえ人間の男か女にだけしか変化できない。しかし、その分魔力消費がとても素晴らしいのだよ。今なら4時間は変化できるな」
『ふむ?貴様元より人間になれたではないか』
「あれは原理が違うのだよ」
そして再び指を鳴らし黒猫の身を霧が隠す。そして霧が晴れ、今度は女体状態の黒猫になっていた。
「これは『女体化』。魔女が女であるという前提、結果を作り上げる為の基礎的な能力だ。『吾輩は元より人型の女性だった』という結果だけが残る故に魔力消費が発生しないが、名の通り人間の男にはなれんのだ」
『ならば『女体化』の方が便利ではないか?』
「それもそうだ。女体化はメリットしか発生しないが『人化』にはデメリットが発生する」
黒猫は『4時間は持つ』と言った。しかし、それは逆に言えば4時間しか持たないのだ。
その間に魔力は消費していく、それはつまり自然回復する魔力量より消費量が多い事を意味するに他ならない。
「今まで通り『女体化』が主軸となるな、『人化』は暇な時にちょくちょく使ってレベルを上げるしかない。あとは吾輩自身か進化してゆけばいつか魔力消費も誤差の範囲に収まる……か?希望的観測は良くないがこればかりは捨てきれないな」
自分の思考にのめり込んでいく黒猫。人間体での男状態になるという夢がかかっているのだから致し方ないだろう。
「そはさておき、さてクグロよ仕事である。この集落の皆の者を集めてきたまえ」
「は、はい。ですがしかし、他の皆はアトス様を怖がって外に出ようとしないのですが……」
「そうか、なら適当に嘘をつこう。他の者達にはこう伝えれば良い『家から出てこなければ魔獣が集落を壊滅させる』とな」
「なっ!?…………いや、なるほど。わかりました」
黒猫の言葉に絶句するクグロ。しかし、直ぐに黒猫の考えを読みそれを実行するべく集落の方へと走っていくのだった。
そして、残った黒猫はアトスに寄りかかり煙草に火をつけ口に咥える。
『シャルル、何が目的でゴブリン共を呼び出したのだ?』
その問に黒猫は煙を吹き、スカしたように笑って言った。
「なに、提案。そして説教だよ」
『ふむ?』
その答えに益々意味がわからなくなり、アトスは首を傾げるのだった。
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