第14話 黒猫と夢と目覚めのシャワー
「……て…………きて…………おきて、
「…………んっ」
——————
そして机に伏していた上半身を起こし、腕を上げて大きく深呼吸しながら背伸びをする。すると紅茶の香りが匂い、瞬間、俺の意識にかかっていた霧は晴れ完全に覚醒した。
「起きた?」
「…………あぁ、起きた。ありがとうな
俺は机の上に置いていた黒いスクエアタイプのメガネをかける。すると六畳半の俺の部屋。そして彼女の……祐希の柔らかな笑みがハッキリと映る。
相変わらず綺麗で、可愛くて、暖かくて……とても心から安心できる表情だ。
でも、何故だろうか?毎日会っている筈なのに祐希を見ると無性に懐かしくて、嬉しくてそして、悲しく感じてしまうのは。
これではまるで…………そう、これから一生彼女に会えない様ではないか。
そう思っていると祐希は俺の顔を心配そうに覗き込んだ。そして、俺の眼鏡を取ると左目の目尻にハンカチを添える。
「大丈夫?珠希、泣いてるよ」
「えっ…………」
そう言われた俺は反射的に右目の目尻を指で擦る。すると、確かに指が濡れていた。
泣いている事に気づいた俺は我慢しようとするが、その意思に反して涙が止まらなくなり、俺は両手で顔を覆った。
「た、珠希……大丈夫?」
「……………………悪い夢を見たんだ。君と二度と会えなくなる夢を。それでいつか『別れ』が絶対に来ると思うと、耐えられない程辛いんだ」
祐希は、中学時代の
中学生の時俺は彼女に救われた。高校時代の性格は祐希に大きく影響されている。
彼女がいなければ、まだ碌でなしだっただろうし、とっくに死んでいたかもしれない。
だから、彼女との『別れ』は余計に辛く思えたのだ。それこそ死にたい程に。
祐希の前でみっともなく泣く俺。すると彼女は優しく俺を抱きしめた。そして背中に腕を回し、頬と頬を合わせ、後頭部を撫でながら彼女は言った。
「大丈夫だよ、珠希…………私も、確かに珠希と別れる未来が来るのは辛い……でもそれは貴方が私を、私が貴方を心の底から想い合っているから『辛い』の。だから忘れちゃ駄目だよ。それは人間の中で最も大切で素晴らしい感情なんだから」
その言葉に更に涙が止まらなくなる。俺は彼女を抱き締め返し、幼子の様に泣いて泣いて泣き続けた。
ーーーーーーーーー
…………ひどく懐かしく感じる夢を見た。前世、『吾輩』ことシャルルがまだ珠希だった頃の大切な恋人の夢である。
だが夢は夢。現実、彼女は最後の様な台詞を吾輩に……似たような事は言っていたが、言ったことはないのだ。
なぜ今になって彼女、そして中学生時代の自分を思い出したのか。
その原因は昨日のアトスとの闘いの後に『生きる喜び』を知ったからであろう。
死にたい程に辛かった『あの頃』は今も思えば何とも馬鹿らしい話である。自己中心的考えで自滅しているだから全くもって救えない。
だが黒歴史も黒歴史で経験して良かったとも思えるのだ。
多分あの経験が無かったら祐希とも恋人にならなかったであろうし、人の真の優しさも分からなかっただろう。
吾輩はまだまだ未熟者だが、こうして過去を見つめ直すと少しは成長している気がする。
「スー…………フスー」
「うぉっ」
そんな事を思っていると吾輩が枕兼布団代わりにしていた生物アトスが大きく呼吸した。
そのためアトスの腹が波を打ち、結果吾輩の体も大きく跳ねて完全に目が覚める。
体を起こし、辺りを目を擦りながら見回すと森と数軒の建物があった。そして吾輩は昨日の夜クグロと出会った後にゴブリンの集落、その外側の土がむき出しの大地で野宿していた事を思い出す。
なぜ野宿かと言えば理由は簡単で『森の家』は魔力が無い為使えず、かと言ってクグロの家はタダでさえ他のゴブリン達が所狭しと寝ているのでスペースが無かったからだ。
朝起きて瞼を開ければ木々と僅かな木漏れ日という光景の経験を初めてした。中々に心地よかったたが今服に水分が抜けカピカピとなった土が付いている事を思い出し憂鬱になる。
神は服は汚れが付きにくいと言っていたが、どうやら血や頑固な油汚れなどのの染み系の汚れは大丈夫だが付着した物体…………この様に泥や土までになるとちゃんと洗濯機に入れない限り完全に落ちないようだ。
まぁ、個人的にはどちらでも構わない。
事実、いくら汚れが付きにくいとは言え、洗っていない服を着続けるというのは精神衛生上よろしくないと前からよく洗っていたのだ。故に手間は変わらない。
吾輩は立ち上がると、『森の家』を発動する。
術を発動するのに慣れたのか、いまでは無詠唱で可能だ。
それにしても毎度毎度に思うのだが女体化による魔力効率上昇は有難い。
中でもこうして『森の家』を発動しても、立ちくらみしなくなったのはやはり大きいと個人的には思う。
吾輩は上着を脱ぎ、土を叩いて落とすと『森の家』へと入る。そしてそのまま真っ直ぐ風呂へと向かう通路に行洗濯機の前で止まり今来ている服を全部脱いだ。
即ちスッポンポンである。
女体化しているが、別に誰にも見られていないので恥ずかしくないうえ、欲情もしないので個人的には何ら問題は無い。
もし誰かがいたらみっともない等の言葉を言われそうだが、自室の中くらい吾輩の自由にさせろというものだ。
吾輩は着ていた服を纏めて洗濯機に突っ込む。
本来なら軍服には軍服の正しい洗い方があるのだろうが神謹製の服なので問題ない。
仮に傷んでも自己修復するからだ。
そして着替えを用意し風呂へ向かう。
本当なら浴槽でゆっくり浸かりたいが、朝からやりたい事が別にあるのでそれは今日の夜の楽しみとしてとっておこうと思い、シャワーで済ませる事にした。
シャワー中に思ったのだが、吾輩のこの肉体はかなり不思議なのである。昨日あれ程無茶して動いたにも関わらず筋肉痛などの後遺症が無いのだ。だと言うのに進化以外の要因で筋肉が明らかに鍛え上げられている。有難い以上に最早怪奇現象に近く、少し恐怖を感じてしまった。
ふと疑問に思ったのだがこの体に生理は来るのだろうか?…………いや、考えなかった事にしよう。
前世の恋人である祐希がその日だった時本当にキツそうだったのを覚えている。
あれは絶対に体感したくない。
それに吾輩は子供を授かる側ではなく、どうせなら仕込む側になりたい。猫になっても女体化しても、それでも好きなのは人間の女性なのでその辺りの考えはやはり男なのだ。
いや、吾輩は元が猫であるので仕込めるか知らんが…………はぁ、人間の男になりたい。ここ最近で一番の願いが何処ぞの妖怪人間じみていてる気がする。
そうして体を洗い終わり風呂場から出るべくシャワーを止めた時、吾輩は鏡の中の吾輩と目が合った。
左側の前髪の一部に銀のメッシュが入っているのを見て吾輩は進化した事を思い出した。
進化といえば感慨深くもなるが、生憎と吾輩はアトスになす術なくボコボコにされてので苦い思い出が蘇るばかりだ。
「【閲覧】」
吾輩は種族名を確かめるべくステータスを開いた。
ーーーーーーーーー
個体名:シャルル・ダルタニャン
固有種:化け猫(猫獣人化)
ランク:D
Lv.5/30
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ランクが一つ上がり、種族も猫又から化け猫へと変わっておる。
進化に関しては逆では?と思う人もいるかもしれないが猫又から成長し化け猫になる……化け猫から成長し猫又になるなどの話は諸説あるので吾輩は気にしていない。
カッコの中が猫人から猫獣人へと変わっているのは女体化の影響に間違いないだろう。
そうして吾輩はステータス表の能力欄を見るために目線を下に下にと下げていく。
アトスとの戦闘のおかげか、レベルがかなり上がっている能力が多かった。中でも筆頭で『刀術』の伸び代が凄まじい。なんと一夜にしてレベル4になっているのだ。
やはりステータス表は素晴らしいと思う。こうして自分の成長が見えるのは向上心を煽るのゆえ、まだ強くなりたいという欲求に駆られるのだ。
そうしてホクホク顔で能力を見ていた時…………吾輩の動きがある欄で止まる。それは『刀術』と同じ【種族能力】の欄、進化し化け猫になった事で手に入れた新たな能力。
「これは…………なるほど面白いではないか」
そしてその能力の詳細を見た吾輩は一層に深い笑みを浮かべるのだった。
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