第5話 ゴブリンと漆黒の麗人②
時は戻り数十分前。森のある場所に突然扉が出現し、そこから軍服を着た女性が出てきた。
「うむ、今日は絶好の狩り日よりであるな」
女性は身長173センチメートル。肌は雪の様に白く、反対に髪は黒曜石の様に煌めく黒髪のロングヘアー。
顔は幻想的なまでに美しく整っており、彼女を争って国々が傾くのではないかと思ってしまうほどだ。
そして一番特徴的なのが、彼女をより一層幻想さに拍車をかけている青と赤のオッドアイだ。しかし、この人物はいったい誰だろうか……いや、言わずもがな黒猫である。
なぜ、小さな黒猫がこんな恰好よくもグラマラスなメリハリボディの人間体になってしまっているのか。
そもそも性別がなぜ、変わっているのか。
その原因は『森の魔女』の基礎能力の一つ『女体化』である。
当初、黒猫は性別が変わるだけで無意味だと思っていた。しかし、実際に使ってみた所なんと魔力を使わずに人間体になれたのだ。
これは身長60cmしかない猫人状態のリーチ問題を即座に解決に導いた。
だが、確かに軍刀も身丈に合わせて刀身が伸び、銃も大きくなって威力が増したりと万々歳ではあるのだが、黒猫は他に手段は無いのかと模索した。
女体化発動中は体だけでなく、心も女性に近くなるらしく己の体に興奮や欲情を覚える等という無様な事にはならない。とはいえ、男の人間の身体を持ちたいというのも本心だ。
そこで目をつけたのが『変化の術』だったのだが、欠点があり魔力を大量に消費する。
今の黒猫だと持って10分。そんなものは使えるはずもなくこうして女体化に甘んじているのだ。
だが、この姿のメリットは他にもある。『森の魔女』の能力使用時の魔力量がなんと二分の一以下に減るのだ。
これは『森の魔女』を主として扱う黒猫としては凄まじく大きいメリットであり、これにより戦闘継続力が上がった故にレベリングが捗った。
現在のレベルは14。後少しで進化するのだ。この事に今日の黒猫は大いに気合が入っていた。
森に生まれ既に10日が過ぎていた。最初に扉を開いた場所を起点に1km圏内は既に把握しており、今では自身の縄張りと言っても過言ではない。
今日は活動範囲を広めようと縄張りの外へと出てみた。
そして、そこで事件は起きる。
目の前に紫色の肌のゴブリン達が現れたのだ。黒猫は目の前のゴブリン以外が側にいないが聞き耳を立て、いないと分かると直ぐに彼等を獲物と捉える。
今まで黒猫は慎重を重ね闇討ちを主にしてきた。
そのお陰で『暗殺術』を新たに身につけたが…………この
それ故に黒猫はゴブリン達の進行方向にてドン、と待ち構えていたのだ…………が、何故か目の合ったゴブリンの挙動がおかしな事になった。
突然震えだし、何か喘ぎにも近い鳴き声を上げたのだ。するとどうしてだろうか、何と他のゴブリン達も黒猫を見た瞬間に震えだした。
今までのゴブリン達は掛け離れた行動に黒猫は少し動揺する。
(な、なんなのだこの状況は?今までのゴブリンは闇討ちしかしていない故…………も、もしやこの反応がデフォルトなのか?いや、わからん。まぁ、とりあえず煙草でも吸って落ち着こう)
黒猫は胸ポケットに入れている神様謹製1日20本生産煙草ケースから一本取り出し吸い始める。
すると煙と共に花畑にいるかの様なフローラルな香りが体内に入り込む。
そして軽く混乱していた頭は吐き出した煙と共に靄が晴れ、スッキリとなった。
危ない薬みたいに聞こえるか、煙草のようであって煙草ではない代物だ。
神様謹製故に特殊な何かが含まれているのだろう。
落ち着いた黒猫は取り敢えずゴブリン達を観察する。
特徴的な紫色の肌を筆頭に、武器と言うのも躊躇われる剣や槍。そして酷く窶れた肉体。
見れば見るほど彼等に戦闘能力は無さそうに見えた。
だが、だからと言って黒猫が手を抜く理由はない。相手がどんな状態だろうと、黒猫は戦闘において全力を尽くすと決めているのだから。
だが、まぁ形式として遠回しの警告はしておこうかなと思い黒猫は彼等に声をかけた。
「やぁ、初めましてゴブリン諸君。しかし、貴様らが手にしている武器は武器というのも烏滸がましい程劣悪だが…………その棒切れで吾輩とやり合うかね?」
まぁ、意味など通じないだろうが。そう形式だけのはずだったのだが、なんとゴブリン達は武装を放棄し手を頭の後ろに蹲り出したのだ。
これには黒猫も想定外。すぐに煙を肺へ送り思考を加速させる。
(えっ、いや、うむ?何故?どうするべきだ?……うむ、とりあえず殺すのは無しで行こう。相手は降伏している。流石の吾輩もこの状態の相手を切り殺すのは躊躇われる。……しかし、どうしたものか言葉が通じない故に意思の疎通が……)
その時。黒猫がある事を閃いた。そう『森の魔女』の能力の一つ。『動物言語』だ。
これは、バーバヤガーが猫や鼠を使役し、時に相談役にしていた。という言い伝えから成り立っている能力だと黒猫は推察していた。
されど、ここは死が目の前にある森の中。野兎は獲物であり話し相手ではない。
もし意思疎通したらその兎を自分は殺せないかもしれない。そんな思いもあって使ってこなかったのだ。
されど、この場合は使うべきなのだろう。黒猫は実験の意味を込め『動物言語』を発動する。
「……『
唱えると黒猫の体に優しい仄かな光が収縮し、次の瞬間その光は霧散した。
発動に成功したのだ。
その事を本能的に気づいた黒猫は嬉しさからか女体にも関わらず男前な笑みを浮かべゴブリン達に話しかけた。
「ふむ、ぶっつけ本番だが、上手くやれたな。……さてゴブリン諸君。吾輩の言葉を理解できるなら、右腕をうつ伏せたまま挙げたまえ」
そして、その言葉に震えながらも手を挙げるゴブリン。そして、それを見た黒猫は更に深い笑みをその美しい顔に刻む。
そしてその凄味のある笑みを見て死を悟る戦々恐々のゴブリン達。
彼等に告げられたのは死の宣告…………ではなかった。
「そうだ。なぁ諸君、吾輩と取引しないか?」
その言葉に先程の恐怖を思わず忘れ、ゴブリン達は目を丸くして黒猫を見上げた。
だが、その言葉をこの集団のリーダー格のゴブリンはいち早く理解し、一も二もなく頷いた。
「は…………はい!ですからお願いです、俺達を殺さねぇでください!」
「殺す?ふむ、諸君は吾輩をそんな野蛮な輩と思ったのだな?」
…………まぁ、遠からずではあるが。と苦笑する黒猫。そのフレンドリーな仕草にゴブリン達の強ばった体が僅かにほぐれる。
「吾輩は語り合う余地がある者にはそれなりの寛容さを身につけるぞ?諸君は吾輩に慈悲を貰うた為に、無条件で降伏した。ならば、それにこうして答えるのもまた道理の一つであろう」
肩を竦める黒猫。敵意は感じないが油断もしていない様で、その右手は軍刀の柄を握っている。
「は……はぁ、で、ですが俺たちゃはあんた……失礼しやした。貴女に渡せる情報など…………」
「あるさ」
黒猫はゴブリンリーダーの弱々しい言葉に対し、力強くそう断言する。
「吾輩はこの地に来て日が浅すぎる。森の地形、住む生き物の生態系などなど知りたい事は山ほどだ。かの哲学者は言った『知は力なり』とな。ならば吾輩はその力を身につける為に諸君と取引したいのだ」
そして、黒猫は再び彼等に正面から堂々と向き合った。その顔に浮かべている凄味のある笑みをゴブリン達に見せつけ、こう告げた。
「さぁ、諸君取引をしようか、何、不平等は吾輩も望まぬところ。これが双方にとって有益である事を期待しようではないか」
この日、この時。この森の底辺に属するゴブリン達は1匹の見目麗しい黒猫と出会った。
そして、この出来事が一族の運命の出会いとなった事を彼等はまだ知らない。
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