第6話 ゴブリンと漆黒の麗人③




 黒猫の能力『森の家』。その10畳程のワンルームにて黒猫と5体のゴブリンがテーブルを囲んでいた。


 ゴブリン達の見た目は森の中にいた時とは大きく違い、清潔感のある身なりになっている。

 と、いうのも黒猫がゴブリン達に近づいた際、あまりの悪臭に眉間に皺を刻み。


「まずは、貴様らを洗わなければ吾輩の気がすまん!」


 と、風呂場に詰め込んだのだ。

 その際、このゴブリン達が紫色の肌を持つ為気付かなかったが、かなり汚れていたらしく、浴槽の水が泥沼の様に変わり、あまりの異臭に黒猫が吐きそうになるという事件が起こるが、まぁそれは些細な事である。


 その後、彼等が着ていた襤褸切れは洗濯機に入れた。しかし、全裸というのも如何なものかと黒猫が思い、自身のバックから5着の紳士服を取り出したのだ。

 神の力により、大きさが変わるので採寸はきっちりしているのだが、身丈が低い為に七五三の様な印象を受けてしまう。


 だが、馬子にも衣装とはよく言ったもので、見窄らしい印象から一変した事に、彼等の身なりを整えた黒猫は満足気だった。

 そして、現在。彼等は酒を精巧なグラスに注がれ、黒猫が作った兎のソテーを目の前にしている。


 どれも見た事もない芸術とも捉えられる食事。


 この森で一番偉いゴブリンの一族、紅族コウゾクですら、絶対に食べた事がない物が自分達の目の前にある。

 そう思うと腹が減っていても手が料理に伸びなかった。そして、その事を怪訝に思った黒猫は彼等に質問をぶつける。


「……どうした諸君、何を固まっているのだ?吾輩は手料理にはそこそこ自信があったのだが……諸君等の好みに合わなかったかね?」


「い……いえ、俺達ゃいつもそのまんま丸ごと火で炙って素手で食ってんで、こういった事は…………その、俺は昔爺さんに知識として教えてはいるんですが、その経験が無いもんで」


 申し訳なさそうに黒猫に言うゴブリンリーダー。その事に納得を覚えた黒猫は優しげな笑みをたたえる。


「いや、すまない。吾輩の考えが至らなかった様だ。何、別に無礼講で良い。吾輩もマナーに対してそこまで自信がある訳では無いからな」


「…………ありがとうございます」

「ございやす」「……ざいやす」「やす」「っす」


 その言葉に頭を下げるゴブリン達。それに黒猫は顔をあげてくれ、と苦笑するのだった。


 ーーーーーー



 今まで食べた事が無い肉料理や酒を堪能し、現在森で取れた果物で作られた果物ゼリーに舌鼓しているゴブリン達に黒猫は頃合いを見計らい彼等へと話しかける。


「さて、ではここから本題へと移ろうか。吾輩の名は……すまんな吾輩には名前が無いのだった。吾輩の事は『黒猫』と呼びたまえ」


「あっはい、わかりやした……黒猫?様。俺はゴブリンが一族。紫族じぞくが族長の息子、クグロと申します。一族の中では若頭と呼ばれたりしてますが、そんなに偉くはありません」


 そして、自己紹介は進む。クグロとは別の一人の剣持ちヒビセ。槍使いシジキ。弓持ちサザネ。


 彼等はあれ程見窄らしい姿をしていながらも一応は紫族の筆頭狩人をやっているらしい。

 それだけでも、黒猫は紫族の現状が想像以上に貧しい事を悟る。だが、今回はその様な事は関係ない。

 黒猫にとって相手が何者だろうと関係なく、要は森の情報を入手できれば、それに越した事はないのだ。


「そうか、吾輩も様を付けられる程偉くは無いのだが、まぁよい。……さて、今回の取引なのだが吾輩が欲しいのは先程述べたようにこの森の情報だ。森の大きさ。地理、生態系。危険な場所等々の情報を吾輩は欲している」

「は、はい。俺達の知っている事であれば……ですが」

「構わんさ」


 鼻先で指を組み、前のめりの姿勢になる黒猫。とは言ってもガチガチの軍服を着ているので胸を寄せた体勢になろうが全く色香が無いのだが。


 もちろん、はそんなゴブリン達はそんな事を微塵も考えていないので話はスムーズに始まる。


 まず、一つ目の質問。この森の大きさについてなのだが、わからないとのことだった。

 黒猫はこれには少しガッカリしたが、表面ではそんな素振りを見せずに次の質問へと移る。


 二つ目の質問、地理。これは彼等も分かっている様で、ちゃんと黒猫に答えた。

 この辺りは高低差が少なく、凶暴な肉食獣もそこまでいない為、果実や食肉が比較的に良く取れ、下級、中級に含まれるゴブリンの多くがこの辺りに集落を築いているらしい。


「俺らがここらに住んでいねぇのはその下級にすら含まれてない最下級ゴブリンだからです」


 彼等、紫族も元々はまだ食料が豊かな場所に集落を築いていたらしいのだが、他のゴブリン達の時に殺されかねない程苛烈な迫害にあい、拠点を移したそうだ。


 原因が迫害となると、必然的に紫族以外のゴブリンがいない場所となる。

 そして、黒族が辿り着いたのがこの森でも凶暴な魔獣の縄張りだ。魔獣側もゴブリンの肉が不味いをの知っているゆえ下手に手を出さない限り襲っては来ない。


 だが、食料の問題が彼らを襲ったのだ。果実などは季節によって取れるか変わってくるので不安定。

 ましてや貴重なタンパク源となる動物は少なく、いたとしても魔獣相手に逃げ隠れする技術を持っている為ゴブリン達では捕まえる事が困難だ。

 そして小川程度の川しかなく、大きな獲物はとれない。


「…………階級は肌の色で決まります。最上位は赤い肌の紅族こうぞく、二位は黄色の肌を持つ黄族、三位は緑の肌の翠族すいぞくと続いてって俺達は最下位の紫族。それは、つまり他族のゴブリン達からはゴミより酷い扱いを受けるのです」



 クグロは淡々と事実を黒猫に話す。すると、その言葉を聞いた黒猫の目がスッと縦に細くなり、フン、と鼻を不機嫌そうに鳴らした。


「…………不快だな……根幹にある悪性は人間もゴブリンも変わらんか」


 自嘲気味に笑う黒猫。まるで、何かに失望したかの様な素振りを醸し出し。そして数秒後、黒猫は何事もなかった様に余裕のある笑みを浮かべ話を進め出す。


「すまんな、少し嫌な事を思い出しただけだ。気にしないでくれ。そして、情報ありがとう。あと質問してもよろしいかね?」


「…………俺はこの話の主導権は貴女にあると思っています。幾ら質問しても俺らはそれに答えるだけです」


「そうか、ありがとう。では、聞かせてもらうが、君は中々に高度な知性を感じさせる。これがゴブリンにとって普通なのかね?」


 ならば吾輩はゴブリンの評価をもう数段上げねばなるまいが、と黒猫は言う。


「いや、俺はその『爺さん』に昔色々と教わったからです。ほら、この場では俺以外話していないでしょう?それは下手に喋って貴女に粗相をしでかさない為です。こう言っちゃなんですか知識量だけでなら恐らく俺はゴブリンの中でも上位に入りますからね」


 まぁ、知識があっても腹ん中は膨れませんが。とクグロはお返しにとばかりに自嘲気味に言う。


「そうか、知識はあっても損は無かろう。しかし、その爺さんとは何者だ?やはり、君の祖父かね」


 ……その質問は黒猫にとっては何気ない事を聞いたつもりだった。そこから『爺さん』なる人物を褒めるための前振りだったのだ。


「いや、俺の祖父じゃありませんよ。なんせ爺さんは………………」


 だが次のクグロの言葉に、黒猫はド肝を抜かれる事となる。




「人間なんですから」



 黒猫の思考に空白が生まれた。数秒間まるでゼンマイの切れた時計の針の様に動きが止まる。だが、それも数秒。直ぐに思考を加速させ、自分の質問したい事を纏めあげた。


「……この辺りには人間が住んでいるのか?」

「えっ、何を言っているんです。貴女だって人間じゃ……」

「吾輩は人間ではない!」


 黒猫は椅子から立ち上がり勢いよくその軍帽を取った。


 軍帽の下にあった物、それはピクピクと細かく動く鋭い三角形の物体、すなわち猫の耳だ。


 人間には無いはずのものを付けている黒猫にクグロ達が驚きの声を上げ……る前に黒猫はクグロに途轍もない勢いで迫る。


「教えてくれないか!。吾輩はその爺さん、なる人物に会うことを望んでいる。もちろん対価は払うとも。さぁ答えてくれたまえ!」


 知的好奇心と第一異世界人に会えるかもしれないという興奮が混ざり合い、黒猫は服の下に隠していた2本の尾と耳を大きく揺らしながら、クグロに迫る。


「わっ、わかりやした!わかりやしたから、やめてください!近い近いですってば!」


 そして、黒猫の変わり様に、ド肝を抜き返されたクグロはその言葉に真っ赤になりながら頷くしかなかったのだった。




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