第3話 黒猫と狩り
翌日、吾輩は食料を探しに木の上に登り、獲物が来るのを今か今かと待ち伏せていた。と、言うのも。神様のくれたトランクケースの中には調味料の類はあっても肉や米などの食料が一切入っていなかったのだ。
それに気づいたのは『森の家』の中。故に昨日の晩から何も食べてはいない。とはいえ、死ぬ程お腹が減っているという訳でもない。
そして、そもそも昨日はゴブリン達を倒した時以外激しく体を動かしていない。だから、吾輩は昨晩は紅茶だけで凌げた。
吾輩が今狙うは肉である。確かに吾輩は紅茶をおいしく飲めるという事実を見て、表面はともかく内部は猫より人に近い肉体構造を持っているのだろう。
昨日、砂糖を舐めてみたが前世の様においしく甘味を感じる事ができた。
猫あるまじき味覚である。そこで、吾輩は仮説を立てた。それはステータスの種族の項目にあった(猫人化)という状態変化だ。
人……そう、人である。猫人となった故に吾輩の味覚は人になっていると仮説を立てたのだ。
しかし、仮説は仮説。実践無くば机上の空論に過ぎないのだ。
そして、吾輩は服を脱いだ。勿論全身、つまりすっぽんぽんである。
その過程で気づいたのだが、どうやら確かに全部脱いでも猫人化は解けるが、服を着た状態でも猫又になろうと思えば一瞬で戻れたのだ。
まぁ、服を脱いだ事による収穫もあったと言えよう。
こう言っては変態の様にも聞こえるのだが、正直に言う服を脱いで猫又の状態でいると居心地が良過ぎた。これが人間の状態なら絵面的にも精神衛生上にも駄目だが、こちら現世は猫である。
猫が嫌がっているのに服を着せている飼い主を見た事があるが、嫌がる猫の気持ちが何となく理解した。
吾輩も自分で着るのはいいが、着せられるのはごめんである。
さて、話が脱線しすぎので元に戻そう。
結論から言うと甘味を感じなくなり、紅茶は飲む前に何か引き寄せられるものを感じ、危なく思った故、飲むのはやめた。後で気づいたのだが、猫状態だと紅茶などのカフェインは危険だという神様からのメモがトランクの中に入っていたのだ。
さすがにただの猫でなく、魔物である猫又故、カフェイン程度ではびくともしないだろうが、すこし冷や汗を流してしまったのは言うまでもないのだった。
ーーーーーー
吾輩が獲物を待つ事10分後、100m左前方の草むらが少し揺れた気がした。
そしてその事に気づいた吾輩は素早く左腕に付けている腕輪・・・から、耳栓とKar98kというライフルを取り出す。
性能は吾輩は知らない故、選んだ理由は何となくだ。
この腕輪はトランクケースの中に入っていた物だ。トランク内にある物品を五つまで登録し、瞬時に取り出す優れものである。
吾輩はライフルを構え、耳栓をはめると獲物を待つ。すると、草むらから出てきたのは茶色の毛並みの兎だった。
大きさは目測であるが、おおよそ吾輩とほぼ同等、つまり全長60cm程。
吾輩の肉体は小さい、こやつを仕留めただけで数日は持つだろう。解体は昔祖父の家で体験したのみで心許ないが致し方ない。
吾輩はそんな事を思いながらも、照準を定め…………引き金を引いた。
ダァァァァァァァン!!と、高らかに鳴り響く銃撃音に飛んで行く鳥達。そして、頭を撃ち抜かれ倒れる兎。
どうやら、狙撃に成功したようだ。エアガンすら持った事無かった吾輩に扱えるかどうか分からなかったが、何とかなった様だ。
さすが説明書である。
吾輩は耳栓を外し、殺した兎を取りに木を降りようとしたその時。…………吾輩の耳がある音を感じ取った。それは、こちらに一直線に向かってくる二足歩行の生物、それも複数の足音だ。
吾輩は木から降りるのを止め、枝を伝い木々の上を少し移動すると弾を込め直しその場に息を潜める。
そして数十秒後、現れたのは5体のゴブリンだった。剣が2体、槍が1体、弓が2体、彼らは革製と思われる防具身につけている。
彼等は恐らく吾輩の銃撃音に反応し、こちらに来たのだろ。先日の3体と違い、明らかに練度も高く、辺りを慎重に警戒している。
流石に吾輩も五体、しかも弓持ちもいるゴブリン達を相手にするのは厳しいと思い、彼等が過ぎ去るのを待とうと思った。だが、その考えは早くも捨て去る事となる。
ゴブリン達が吾輩の仕留めた兎を見つけたのだ。
ギギ、ガガ、と何か話している声が聞こえ、そして結論が出たのだろう。何と吾輩の獲物へと近づき、剣持ちの2体で抱え出す。すなわち彼等は吾輩の兎を持ち帰るつもりなのである。
「あん?」
あの兎は吾輩の仕留めた獲物だ。吾輩にはあの兎を食う責任がある。持っていかれてたまるものか。そう思った吾輩は耳栓を付け直し、照準を定め弓持ちのゴブリンを撃ち抜いた。
再び激しく鳴り響く銃声が鳴ったとほぼ同時に突然仲間が頭から血を流し倒れ、狼狽えるゴブリン達。
吾輩はライフルを収納し、木から飛び降りる。そして腰の軍刀を抜刀しゴブリン達へと駆け出した。ゴブリン達はあまりに突然の事で固まっている。しかし、吾輩は持ち直すまで待つつもりは毛頭ない。
吾輩は殺し合いにおいては楽しまず暗殺や決闘まであらゆる手を駆使し、そして全てにおいて真剣にやると決めたのだから。
まず残った弓持ちを狙う。吾輩は全速力で駆けている。身丈60cmとはいえ猫科の魔物である吾輩はなかなかに速い。100mなぞあっという間に走りきることが出来る。
そして、ゴブリン達が吾輩に気付いた時には既に、弓持ちの懐に入り込んでいた。そして、吾輩は右手の軍刀で……ではなく、左手に隠し持っていた刃渡り6cm程のナイフを首筋に刺す。軍刀で斬るよりこの距離ならナイフの方が確実に殺せるからだ。
「グガッ…………」
「それは吾輩の獲物だ。吾輩が殺した。故に、吾輩が食す義務がある」
ゴブリンは吾輩の言葉を理解してはいないのだろう。だがら吾輩は弓持ちのゴブリンにそう言い放った。そして、返り血を浴びない様にナイフは抜かずに蹴り飛ばし、それと同時に空いている右手の軍刀の先を向け唱える。
「『
剣先に燃え盛る髑髏が現れその口から火を吐き出す。それは先日の様な火の玉ではなく、広範囲に影響を及ぼす火の川だ。
一見し火炎放射器の様にも見え、剣持ちの2体のゴブリンを飲み込んで行く。
「ギァァァガガゴガガ!!!」
火が収まった後、そこには全身の火傷に叫び転がる一体が残っていた。恐らくもう一体は火傷でショック死したのだろう。
そして、髑髏の灯火は吾輩が目標として定めたもの以外を燃やすことは無い。この様な深い森の中でも重宝出来る優れた能力だ。
「ガァ!」
すると、最後に残った槍持ちが持ち直し、吾輩へと槍を振り下ろして来た。
「ムッ!」
吾輩は反射的に軍刀で受け止めようとしたが、槍の振り下ろされる速度が早く、下手をすれば吾輩の腕が損傷すると思い止まり素早く横にそれ攻撃を回避する。
槍持ちは振り下ろして槍の穂先を流れる様に吾輩に向けるとそのまま突きを連続して放ってくる。
吾輩には出来ぬ芸当だ。間違いなく技量は吾輩よりも確実に上、そしてゴブリンの身長はおおよそ120cm。吾輩の2倍の大きさだ。その分、吾輩よりも力もある。
このゴブリンが特別強いという訳ではあるまい。つまり、ゴブリンは吾輩より格上の存在という事だ。
神様に与えられた数々の恩恵無くば吾輩は既にこの森で息絶えていただろう。
吾輩は槍持ちを観察しながら回避に専念する。吾輩が槍持ちに勝っている点と言えばこの素早さと反射神経だ。
「ぬぅっ!」
今の吾輩は能力を使う暇がない。避け続けながら相手を観察するのみだ。
そうして避けに避け続け、遂にチャンスが訪れた。痺れを切らした槍持ちが全力の大振りな一撃を放ってきたのだ。確かに今まででのものとは比べ物にならない程速い突きではある。だが、吾輩によけられないスピードでは無い。
吾輩は突きをすり抜けると槍持ちの懐へと入り込んだ。そして、満身の力をこめ、喉へと軍刀を突きを放つ。
「ハァァァァァァァッ!!!」
そして、軍刀は槍持ちの喉へと突き刺した。
「ガッガァ…………」
「……やはり吾輩はか弱い生き物だという事だ。吾輩には能力はあれど、技量はない。今はまだ良いのだろう。だが、格上を相手にする場合間違いなく吾輩はこのままでは殺される。貴公のおかけでその事実を実感できた。感謝を」
吾輩は槍持ちといつの間にか息絶えていた剣持ちの亡骸にそう呟いた。人は思うだけでは駄目なのだ。言葉にしないと中々実行に移せないと吾輩は思っている。
吾輩にとって闘いの後の呟く時、それは次のステップに行くために必要な事なのだ。こうして、闘いは吾輩の勝利に終わった。しかし、課題も多く浮き彫りとなった。
森の家へと帰り、兎を解体し食した後。吾輩はその日の夜まで能力の確認をはじめる。己を知ればそれだけを戦術が広まる。今の我輩は『髑髏の灯火』しか使えていない。それでは遅れをとるのは目に見えている。
そもそも消費魔力上、使えずに確認でき無かった物が多々あったが、【森の
そして風呂に入り、猫又の姿で床に就く。ゴブリン達との戦闘で精神的にも肉体的にも疲れていたのか、その日は泥のように眠れたのだった。
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