第2話 黒猫とゴブリンと戦闘
『黒猫』がしばらく森の中を歩いていると、こちらにゆっくりと近づいてくる気配を黒猫はその人間より遥かに高い五感で感じ取った。
「むっ、これは......」
黒猫は耳と鼻をピクピクと動かし、その気配を詳しく調べる。黒猫が感じ取ったのは距離にして約10m。身長100cm程の剣や槍を携えた三体の人型の生物......ゴブリンだ。
黒猫は「ふむ......」と顎を擦り、少し間考え込み、ゴブリンと戦うことを結論した。まだ、彼は自分の身体能力がどれ程のものなのか、そして自分がどれ程の実戦に通用するかわかっていないからだ。
今回は実験の意味合いも強いが、黒猫はまだEランクとは言え、Lv.1の魔物。真正面から迎え撃つなど論外である。彼は丁度良い位置にあり、なおかつ俺なさそうな太い枝をした木を見つけると、身軽さ、そして瞬発力を生かし瞬時に木に登る。
トランクを枝分かれした場所に置き、腰の軍刀を抜く黒猫。そして、ゴブリンが来るのを今か今かと待つ。
「ガギギ?」
「ガグギギゲ!」
「ガグゲゲー?」
そして、ゴブリン達はやって来た。辺りを警戒しながら会話を楽しむゴブリン達。しかし、警戒と言っても,かなりザルであり、黒猫に全く気がついていない。
そして、黒猫の下を通過する。黒猫から離れて1メートル、彼は枝から勢いよく飛びだす。
重力加速度に脚力、そして腕力を乗せ、最後尾を歩いていた槍持ちのゴブリンの背中へと、軍刀を突き刺した。
「ガ!!!……ギ、ギゥ…………」
一撃の元に一体のゴブリンを沈めた黒猫。彼は軍刀を素早く引き抜くと木へと登り、その姿をくらます。
「キゲゲ!!!!」
「グゴッギギィィィィ!!」
怒り狂う剣持ちの2体のゴブリン。考え無しに黒猫を追おうと、木へと登り始めるが、短い手足では遅々として進まず、更に大きな隙を作る事となってしまった。
そんな素人目でも分かるあからさまな好機を黒猫が逃すはずはない。ゴブリンの背後にある木から黒猫が現れ、【立体機動】の固有能力を駆使し、幹に対して垂直に立つ。そしてその幹を足場に、しがみついているゴブリンへと突っ込み
「せいや!」
その首筋を深く斬った。
間違いなく致命傷である。力を無くしたゴブリンの体は重力にしたがい、落下を始める。更にそのゴブリンの死体に黒猫が蹴りを入れ、落下の勢いを増し下にいたゴブリンへと直撃させた。
「グゲッ!?」
潰れたカエルの様な無様な声をあげ、背中と胸を強打するゴブリン。彼が最後に見たのは、太陽の光を反射し真っ直ぐ自分の頭へと向かってくる軍刀と、そして笑みを浮かべる黒猫だった。
ーーーーーー
「…………」
黒猫はゴブリンの頭から軍刀を引き抜き、ポケットに入っていた白地に金の刺繍が入ったハンカチで刀身に付いた血を滑らせる様に拭う。
瞬く間に赤く染まるハンカチ、しかし、これもあの神様の提供した代物だ。ハンカチは時が戻るかのように赤が抜け落ち、元の白に戻ってゆく。
黒猫は軍刀を鞘に収め、ふうと息を吐くと、このゴブリンの死体をどうしたものかと口元に手を当てた時、それに気づいた。
「……………………笑っているのか、吾輩は」
何故?、殺し合いを楽しんでいるのか?快楽に身を委ねながら命を狩るなど、人ではなく只の理性無き獣のようではないか。
「精神が…………魔物に寄っているとでもいうのか?」
心臓がドクンと跳ねた。ゴブリン達を殺すまで気が付かなかった。
つい先程まで一介の平凡な高校生だったはずなのに、ゴブリンを見て直ぐに『殺す』という非常識的な判断をしてしまった事に。
この世界に生きてきた者ならそれは常識なのだろう。でも地球生まれの高校生がやったのならば、それは蛮族か野生生物だ。理性のある者のするべき所業ではない。
彼は顔を掴み、他の笑む理由を探すが、やはり他に思い当たらない。だが、このまま此処に居座るのは危険だと判断し立ち上がった。
「…………【閲覧】」
ーーーーーーーーー
個体名:なし
固有種:猫又(猫人化)
ランク:E
Lv.2/15 level up⬆
…………
ーーーーーーーーー
「レベルが上がっているな…………Lv.1だが……それ以上に得た物があった。ありがとう、すまなかったなゴブリン達」
そして、彼はトランクを取る為に木へと登り、とび降りる。
「……彼らの死体はどうするべきか。放って置けばアンデットになるかもしれんが、しかし吾輩は魔法を使えんしな…………」
どうしようかと頭を捻らせる黒猫。すると、ふとアイデアが浮かんだ。
「【
そして、黒猫は誰に教わった訳でもなく、野生の勘で手に魔力を集める。
すると、黒猫の掌に赤子の頭骨程の大きさをした灯火を宿す髑髏が虚空から現れた。初めて使う攻撃性のある能力には発動には成功したようだ。
そして、それをゴブリンの死体へと向けて、唱える。
「『
髑髏の灯火から三つの火玉が飛び出る。それは、ゴブリンへと素早く飛び向かい、触れた途端、その死体は勢い良く燃え上がり、一瞬で灰になった。
後に残ったのは黒くなった草に、濁った色をした小さな石が三つのみ。対象のみを、しかも骨すら瞬時に燃やし尽くす火力という中々に恐ろしい術である。
その光景を黙って見ていた黒猫は静かに呟き始める。
「殺しを楽しんでしまったか…………痴れ者だな吾輩は。だが、吾輩は殺す事を止めない。それは吾輩には目的があるからだ。貴公らには申し訳ない事をした、許せと言える資格もない。覚悟と言っても、それは所詮は笑う事を止める程度の弱いものなのだろうな。ただの高校生の覚悟などその程度だ」
それは、黒猫なりの覚悟だった。黒猫はゴブリンを殺し、そして命の重さを知り、それでも目的の為に殺す事を選んだ。
「吾輩は、もう物語の主人公の様になれなんな」
黒猫は自虐的な笑みを浮かべ残った石を回収する。
「これは、いわゆる魔石というやつだろうな。しかし、なぜ魔石は燃えなかったんだろうか?」
黒猫は再び思考の迷宮へと落ちかけるか、森の中という事を思い出し何とか踏みとどまる。
空を見ると、一部が既に赤く染まっている。もうすぐ夜だ、夜の森は地球でも危険である。これはうかうかしてはいられない。
今日はどうやって寝床を見つけようか、黒猫はその場を去りながらまた考え込む。
「安全面からして木の上だろうか。まぁ、それが一番いいかもしれんが、どこかに木の洞があるかもしれぬしなぁ、森の中で木こりの小屋とかないものか…………あ、あぁ、そう家だ」
黒猫は【
名前からして拠点制作、もしくは拠点への入口を作るものなのだろう。魔力は数値化されていないのでどれ位あるのかは正確には分からないが、黒猫には使えるという確信があった。
「『
黒猫の残り魔力がほとんど吸い出され、目の前に集まってゆく。そして、その場に木の上に建つ小屋が現れる。その時、黒猫は魔力を吸われる感覚で、この『森の家』の実態が具体的にわかった。
「ふむ、魔力消費によって部屋の大きさが違うのか……今の状態ではワンルームが精一杯だが、いつかは10LDKくらいはいけそうだな」
森の家、というより豪邸である。『森の家』とは家を一から魔力で権限するのではなく、別次元に存在する『魔女の家』の入口を魔力を消費し、召喚するのだ。故に魔力消費量は見た目より少ない。
更に、彼は知らないが【下位時空神の加護】の効果の一つに召喚、転移等の時空魔法の魔力消費を低減させるというものがある。まさに彼にうってつけの能力だという事だ。黒猫は魔力消費による倦怠感を我慢し、階段を登って玄関を開け、中へと入ってゆく。
パタン、と黒猫が扉を閉めた時、ツリーハウスは空に溶ける様に消えてゆき、その場から影も形もなくなってしまうのだった。
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