ファフニール

 巨大ショッピングモールの2階にあるお店“ファフニール”

 ここが私の働いているお店です。


 ファフニールでは、海外から輸入したおしゃれな小物を中心に、主に女性向けの商品を取り扱っています。ほかにも、小さなお子さんや家族連れのお客さんも足を運んでくれます。

 ちょうどハロウィンの時期ということもあって、店内はコミカルなモンスターのキャラクター商品で埋め尽くされています。カボチャ頭のおばけや、ランタンの幽霊などのキャラクターグッズです。

「ミコトちゃ~ん、そろそろ休憩に入っていいわよ~」と、店長さんの声が店内に響きます。

 店長さんは40歳をちょっと過ぎたばかりの女性。いかにも“マダム”といった感じです。

「は~い!」と元気な声で答えると、私はエプロンを外して、お店の外へと出かけます。


 このお店で働くのにも慣れてきた私は、お仕事の合間に巨大ショッピングモールの中をブラブラするのが日課になりました。1日の労働時間は、大体7~8時間。その間に1時間の休憩時間が入ります。

「今日は何食べよっかな~?」と、3階のフードコートへと足を運びます。

 私が働いている2階のお店ファフニールから3階のフードコードまでは、ゆっくり歩いても5分程度。はや足ならば3分で到着してしまいます。

 ほんとはお弁当を作った方がいいのだろうけれど、今日は疲れていてそんな気になりませんでした。

 それでも最近はお仕事にも慣れてきて、お弁当を作るゆとりもできてきました。今日みたいに「めんどうだな」と思った日以外は、毎日お弁当を作って持ってきています。おかげで月に6万円かかっていた食費も4万円くらいにまで抑えることができるようになってきました。

 レンとふたりでこの出費なので、なかなか優秀な方なのではないでしょうか?


 フードコートで軽めの昼食を終え、私はショッピングモールの中をブラつきます。

 ショッピングモールは本当に大きくて、端から端まで300メートルくらいはあって、歩くだけで5分くらいかかっちゃいます。

 日曜日や祝日などお客さんの多い日だと、人にぶつからないように気をつけながら歩くので、もっとかかるでしょう。


 そんな中、いろいろとこまかいことに気がつきます。

 たとえば、このショッピングモールには、出店されている店舗のほかに共用スペースがあちこちにあって。お客さんが自由に座れるソファが用意されていたり、小さなお子さんが遊べるようなプレイゾーンが作られたりしています。

 通路もかなり広く、ゆったりとゆとりを持って歩けるようになっていたり、1階のフロアには大きな木が飾ってあります。そろそろクリスマスシーズンが近づいてきたので、きっときれいに飾りつけがされることでしょう。

「なるほど~!こういう直接お金にならない部分で、人を呼び込むようになっているのね」と、私は感心して声を上げました。


 そんなショッピングモールですが、時々、お店の入れ替えが行われます。新しくできる店もあれば、つぶれてしまうお店もあるというわけです。

 でも、それは決して悪いことばかりではなくて、このショッピングモール全体からするとよいことと言えるでしょう。

 たとえるなら、人間の細胞みたいなもので。古い皮膚がはがれ落ちて、新しい皮膚ができる。そんな自然現象のようなものなのです。


 そんな新しくできたお店のひとつが“ガチャガチャワールド”です。

 3メートル×5メートル程度の敷地内に、ところせましとガチャガチャが置かれています。

 ガチャガチャっていうのは、100円玉を2枚とか3枚投入してレバーを横にガチャガチャと回すと、イラストに描かれている商品がランダムで排出されるっていう、アレです。

 そんなガチャガチャの台が大人の背よりも高く積まれて、敷地内に何百台も置かれているのでした。しかも、定期的にラインナップも新調されるそうです。

 ガチャガチャワールドの何がすごいかというと、店員さんがひとりもいないことです。お店の人もいないしレジもないので、人件費はかからないし、敷地も最大限活用できます。

 それが開店した初日から大盛況なんです!平日の昼間からお客さんがいるし、休日ともなるとお互い交差して通るのも大変なくらい人であふれ返っているのです。


 私は、さっそくそのことをファフニールの店長さんに伝えました。

「すごいんですよ!ガチャガチャワールド!いつも人がいて、お休みの日なんてお客さんでいっぱいで!」

「へ~、そうなの」と、店長さんの興味なさそうな返事。

「うちも置きましょうよ!ああいうの!ほかのお店にはないようなちょっと変わった小物をガチャガチャに入れて売るんです!1個300円で!」

「ウ~ン、どうかしらね~?」

「アレだったら人がいなくても勝手に売れていくし、すごく便利だと思うんです!ね?ぜひ導入しましょうよ!最初は1台だけでも!」

 そんな感じで私が強く説得したおかげもあって、しぶしぶ店長さんも納得してくれました。

「じゃあ、1台だけ。1台だけよ。ああいうのもいろいろとお金がかかるんだから」

「やった~!」と、私は喜びで飛び上がります。


 そんなわけで試験的に導入したおしゃれな小物が入ったガチャガチャですが。

 なんと、ものすごい勢いで売れていき、あっという間に売り切れてしまいました!

 最初の2~3日間こそ全然動かなかったものの、ちょっと売れ始めると、口コミで話題が広がって1週間くらいで全部売れてしまったのです。

「すごいじゃないの、ミコトちゃん!あなた商売のセンスがあるわよ!」と店長さんもほめてくれました。

「へへへ~、私はあそこのお店のマネをしただけなんですけど」と返事をしつつ、内心ちょっと得意げです。

 その後も、カプセルの中に新しい商品を詰め替えて、どんどん売っていきます。それがまた飛ぶように売れていくのです。

 最初は1台だけだったガチャガチャの機械も、2台に増え、3台に増えて、どんどん数が増えていきます。

 しかも、最初の3台まではレンタルで借りていたのを、「金額的に効率が悪いから!」という店長さんのツルの一声で、その後は全部本体を購入することに。中古から始めて、やがては1台3万円とか5万円もする新品のガチャガチャ本体をどんどん購入していきます。

 商品のラインナップも増やし、300円商品のほかにちょっと高級な500円商品というのも用意しました。

 最終的には16台にまで増えて、ガチャガチャの機械たちは、お店の一角にドデ~ンと大きな顔をして居座ることになっちゃったのでした。

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