国から派遣されてきた相談員ツキコさん

 それから何日もお仕事が決まらない日々が続きました。

 なにしろ私もレンも元々ニートなのです。いえ、今だって働いているわけではないのでニートのままと言えるでしょう。そんな私たちが、そう簡単に働き始められるはずがないのです。


「まったっくもう~!ちょっとは手伝ってよ!」と、私がいくら文句を言っても、相変わらずレンは何もしてくれません。

 買い物も料理も洗濯も、トイレやお風呂の掃除だって全部私の役割なのです。

 その間、レンは居間に置いてある液晶テレビの前に寝転がっているだけ。1日中そんな感じなのです。せめて、掃除とか洗濯くらいしてくれてもいいのに。お皿を洗ってくれるだけでも、だいぶ助かるのに。

 ほんとになんでこんな人と結婚しちゃったんだろう?超優秀なコンピューターに膨大な量のデータを入れて、AIが自動で相手を選んでくれたって聞くけど、相手を間違えたんじゃないかしら?もしかしたら、コンピューターが壊れてるんじゃないの?

 私はそんな風に思わないわけにはいかないのでした。


 そんな日々がしばらく続いたある日。

 ピンポ~ンと玄関のチャイムが鳴りました。

「は~い、ただいま~」と言いながら、玄関にけていって扉を開けると、そこにはひとりの女性が立っていました。

 バッチリとスーツで決めて、いかにも仕事ができそうな女性です。それでいて、かた苦しい感じもせず、お化粧が濃すぎたりもしません。全体的にほんわかと人のよさがにじみ出てくるような雰囲気の人です。

 年齢は30代前半といったところでしょうか?もしかしたら、もうちょっと若いかも?

「こんにちは。沖浦おきうら月子つきこと申します。“ツキコさん”って呼んでね」

 そう言いながら差し出された名刺を、私はゆっくりと受け取ります。

 手にした名刺の肩書かたがきから、国から派遣されてきた人だとわかりました。

「あなたがミコトさんね。まあ、かわいらしいかただこと」

 そんな風にめられたら、私も悪い気はしません。

「立ち話もなんですから、よかったら上がってお話しませんか?」と、私もすぐに信頼して家の中に上げてしまうのでした。

「よろしいの?では、そうさせてもらおうかしら」と言って、ツキコさんも遠慮なく靴を脱ぎます。

 そうして、レンもまじえて3人でお話をすることになったのでした。

 

 ツキコさんを居間に案内すると、さすがのレンも液晶テレビのスイッチを消して、かしこまって座ります。お金がなくて座布団も2枚しか買ってなかったので、私の分をツキコさんに差し出しました。それだって、100円ショップで買ってきたものなんですけどね。

 それから、お茶をいれてツキコさんとレンの前に出します。これまた100円ショップで購入したマグカップふたつ。この家にあるコップって、これ2つきりなのです。まさか、お客さんがやって来るだなんて想定していなかったので。

 心の中で私は「今度から、お客さんの分も座布団やコップも買ってきておかないと。またお金がかかっちゃうわね」と、余計な心配をするのでした。


「今日うかがったのは、あなたたちふたりの将来についてお話をするためなんだけど」と、ツキコさんが切り出します。

「はぁ」と、レンは気のない返事です。

「それが私のお仕事なの。この街で困っている人たちの相談に乗ってあげることが。特にあなたたちは、いきなり結婚させられちゃったでしょ?いろいろと困っていることがあるんじゃないかと思って」

「困ってることだらけです!」と、私はついつい大きな声を上げてしまいました。

「そう。じゃあ、話してくれる?なんでも相談に乗ってあげるから」

 ツキコさんのその言葉に甘えて、私はベラベラとしゃべりまくりました。この家にやって来てから、大変だったこと。お金はないし、お仕事も決まらないし、レンは無駄づかいばかりしようとするし、家事も全然手伝ってくれないし。

 ツキコさんは、私が不満をもらすたびに、ウンウンとうなずきながら話を聞いてくれるのです。そのたびにレンは、「もう」とか「余計なことを」みたいに文句を言ってましたけど、私はそれを無視して話し続けました。

 ひと通り話し終わると、ツキコさんはこう言いました。

「そう。それは大変だったわね。でも、そういうのは誰でもあるのよ。恋愛して普通に結婚した夫婦だって、大なり小なりそれに近いことは起こるものなの。私だってそうだったんだから」

「ツキコさんもですか?」と、私。

「そりゃ、そうよ。どんな夫婦だって、お互いに不満はあるものよ。そういうのをひとつずつクリアしていくことで、きずなを深めていくものなんだから」

「へ~、そうなんですね」

「とりあえず、レン君はもうちょっとミコトさんのお手伝いをしてあげましょうね。最初はできることからでいいから。自分の布団は自分ですとか、食べたものは自分で片づけるとか。食事を作ってもらうんだったら、せめてお皿くらいは洗ってあげないと」

 ツキコさんの言葉に、私は「そうよ!そうよ!」と応援します。

 それに対して、レンは「はぁ」と気のない返事をするばかり。ほんとにわかってるのかな~?

「それから、お仕事の方はどうにかしてあげますね。いくつか紹介してあげますから、その中から自分に合っているものを選んで、試しに何日か働いてみるといいわ。それでうまくいかないようなら、また別の所を試してみればいいし」

「そういうのでいいんですか?」と、私はたずねます。

「そういうのでいいのよ。どうせ無理をして働いても、長くは続かないでしょうからね。最初にじっくり選んで、自分の合っていそうな職場を決めること。それが長続きするコツよ。レン君もわかった?」

「はぁ。まあ、やってみます」と、レン。


 まあ、そんなこんなで、とりあえずお仕事の方はなんとかなりそうです。

 まだどうなるかはわからないけれども、試験的に働いてみることで、どうにかメドは立ちそうになってきました。

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