携帯型ナビゲーター:アッシュ
そういえば、
「はい、これ持ってって」と、区役所の職員さんから手渡された機械をしげしげと眺めながら、私はたずねました。
「なんですか、これ?」
「最新型の携帯型ナビゲーターさ。名前はアッシュ。君のこれからの結婚生活をサポートしてくれるすぐれものさ」
「へ~」と声を上げながら、私は手のひらの上でアッシュを横にしたりひっくり返したりして観察します。
大きさも見た目もスマートフォンそっくり。
「音声認識で起動したり操作したりできるから。すぐに認証登録をしておくといいよ」という職員さんの言葉に従って、使用者本人の認証登録を行います。
「コンニチハ。マズハ、オナマエヲオシエテクダサイ。アナタノオナマエハナンデスカ?」というアッシュの声。いかにも機械音声といった感じです。
「私はミコト。林美琴。じゃなかった、もう大森美琴になったんだった。大森美琴よ」
「モウイチド、オネガイシマス」
「オ、オ、モ、リ、ミ、コ、ト」と、今度は顔を近づけて、区切り区切り話しかけます。
「オオモリミコト、サマデスネ」
「そうよ」
「デハ、ツギニ、ニックネームヲオネガイシマス」
「ニックネーム?」と私が首を横にかしげていると、区役所の職員さんが助け船を出してくれます。
「アッシュに呼んでもらいたい名前を言えばいいんだよ。まあ、普通は下の名前かな?」
「あ、そっか」と、私。
それから再びアッシュに口を近づけて丁寧に語りかけました。
「ミ、コ、ト」
「ミコト、サマデスネ」
「そうよ」
その後も、こんな感じで生年月日や性別など必要な情報を登録していきました。
「コレデ、トウロクハカンリョウデス。オツカレサマデシタ」というアッシュの声を聞き、フ~ッと一息ため息をつきました。
「はい、こっちが充電用のコードね。直接家庭用の電源につないで充電できるから」と、職員さんからアッシュの充電用コードを渡されます。
「使い方がわからない時はどうすればいいんですか?」と、私。
「わからないことがあれば、アッシュにたずねるといいよ。どうしてもわからなければ、またここに来てもらえば教えてあげられるし」
「はぁ」
「あと、もしも紛失した時もここに来て。位置を探索してあげるから」
「へ~、そんなこともできるんですね」
「本人登録が完了していて電波の届く範囲内にいれば、どこにいても調べられるよ」
「わかりました。じゃあ、その時はお願いします」
「それと、夫のレンさんにも区役所に顔を出すように伝えておいて。レンさんにも同じ物を渡しておきたいから」
「はい、伝えておきます。いろいろとありがとうございました♪」
そう言って、私は区役所をあとにしたのでした。
区役所の建物を1歩出てから、私はまたフ~ッと大きく息をはきました。
「あ~、疲れた。知らない人と話すだけでもエネルギーを使っちゃうわね。これまであんまり知らない人と話してこなかったし、しょうがないかな?」
そう。なんだかんだ言いつつ、私もついこの間までニートだったのです。こういうことは慣れていないのです。でも、その割には結構うまくやってる方なんじゃないでしょうか?
お
アッシュは、結婚生活を
「アッシュ!この料理の作り方を教えて!」
「ハイ、ミコト、サマ。ザイリョウハ、ジャガイモ、ニンジン、タマネギ、ブタニク。ジャガイモハ、ダイ3コ。ニンジン、チュウ2ホン。タマネギ、ダイ2コ。マズハ、ヤサイノカワヲムキ、ソレゾレ4~5センチテイドニ、ブツギリニシテクダサイ」
「アッシュ!この書類、いつまでに区役所に提出すればいいんだっけ?」
「ライゲツノ、マツジツマデデス」
「アッシュ!近所の薬局、ポイント5倍デーは何日だっけ?」
「ポイント5バイデーハ、5ノツクヒ。5、15、25ニチデス」
と、このような感じです。
アッシュは
そうして、夫のレンはあんまりかまってくれないので、私はアッシュと話している時間が長くなっていくのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます