第34話 人間ごっこ 1-11
あの事件から数日後。
場所はナターシャの家の中。
かつては特に目立った物もなく、閑散としていたナターシャの家だが、今では物が増え続けているためにスペースが足りない状態になりつつある。
窓辺には、子供達が道端などから引っこ抜いてきた様々な花がそれぞれ瓶に飾られており、無色だったこの空間に色を、幸せを加えたような感じだ。
それはまるで、今の子供達の心情を表しているようだ。
台所の棚の中には、沢山の大小の様々な食器が収納されている。
全てプラスチック製なので落としても割れる心配はない。
最近では子供達の体調が完全に回復したため、食事に関して携帯食料は卒業し、肉や魚、野菜などを使った一般的なものに変えた。
年長組に料理の仕方を教えたので、最初こそゼロが作っていたが、今は彼らが調理している。
今まで穴だらけであり、木製のところではささくれている所もあった床は、全て硬く頑丈な岩を削り出して敷き詰め、その上に絨毯を敷いてある。
これで子供達が素足でいても怪我をすることはないだろう。
他にも小さい子達向けに積み木や塗り絵、縫いぐるみなどを渡してある。
少年少女達には、トランプなど頭を使うゲームや裁縫道具を、文字を修得している子達にはちょっとした物語系の本を渡してある。
体力作りは今も行っており、以前は男女であまり差がなかったが、今では大きな差がある。
勉学については皆熱心に取り組んでおり、わからない所は子供達同士で教えあっている。順調の一言だ。
既に四則計算は皆マスターしており、今は面積や体積計算を行っている。
文字については、修得レベルはまばらだが何の問題もなく、このまま進めれば直ぐに全員マスターできるだろう。
「——そうして、お姫様は王子様と幸せに暮らしましたとさ。おしまい」
「わーい!」
「もういっかいよんでー」
「もーいっかい!」
最近では絵本の読み聞かせが行われているようだ。
で、その読み聞かせを行っている人物だが——
「だーめ。また明日ね」
「えー!カレンのけち!」
「カレンけーち!」
——冒険者ギルドにいるはずの
カレンは現在この家に住んでおり、子供達と一緒に生活している。
ギルドの受付嬢の仕事は、休んでいる形になっているらしい。
文字の読み書きは完璧で、料理もある程度出来き、子供達の相手もこなせるため、ゼロの負担が減りなかなか役に立ってくれている......のだが。
ゼロが家の中に入るのを見るとニッコリと微笑む。
「ゼロさん、お帰りなさい」
「ああ......ただいま」
「むー」
「......」
台所の扉の隙間から不満そうな目が四つ覗いている。
メネアとナターシャだ。
(......はぁ......全く......)
カレンが来てからというもの、メネアとナターシャの機嫌が悪い。
カレンを家に入れた時なんか「ゼロ様が女を連れてきた」なんてことを真顔で呟かれた。
その一瞬で、その空間が凍りついたように思えた。
特にナターシャは笑いながら殺気をぶつけてきた様に思えた。
その時ゼロの記憶の一部がぼんやりと呼び起こされたが、それが何だったかまでは思い出せなかった。
だが「あれはなんか見たことある」と思った。
メネアとナターシャは、カレンに苦手意識があるようだが、カレンは特に気にした様子はない。
(......本当に、仲良くやって欲しいものだ)
......で、何故カレンがここに住んでいるかというと——
•••••
公衆の面前で、ミカンを側に、カレンを治療した。
血の気が引いて——というより実際に血が通ってなくて——真っ白だったカレンの顔は無事元の健康的な色に戻った。
心拍と呼吸が一定のリズムで行われているのを確認する。
これでもう大丈夫だろう。
抱えていたカレンをそっと抱き上げる。
ゆっくり休める場所に移ろうか。
ここは血溜まりで汚れているし、まだこちらを傍観している連中がいるので居心地が悪い。
ゼロは軽々とカレンを抱えると、この建物の主人であるギルドマスターに話しかける。
「どこか落ち着ける部屋があれば貸していただきたいのですが」
「......あ、あぁ、あるとも。ぜひ使ってくれ。こっちだ。付いてきてくれ」
ゼロはギルドマスターの案内で、カウンターの奥にある部屋へと入っていく。
「......は!わ、私も!」
一時呆然と座り込んでいたミカンは、奥の部屋へと入っていくゼロとギルドマスターの後を、慌てて立ち上がり追う。
カウンターの奥は一本の通路になっており、幾つか扉があることから部屋が幾つかあるようだ。
その一つに案内される。
「ここがカレン君が使っている部屋だ。すまないが少しここで待っていてくれ。今鍵を持ってくる」
「わかりました」
•••••
「もう大丈夫だとは思いますが、念のため暫くは安静にするようにお願いします」
場所は冒険者ギルドの二階。
ギルドマスターの書斎がある部屋。
その部屋でゼロとギルドマスターのデュランが一息つく形で今回の事について話をしていた。
「わかりました。そう伝えます。......ところでゼロさん。今回のことについてお話があるのですが、実は——」
「貴族の少年のことですね?それについては私に任せていただきたい。私もその少年に少々用事があるので」
「?あ、あぁ......そうだな。貴族の少年......。確かにそれは早めになんとかしないと、またカレン君が襲われたらかなわないな......。しかし、なんであんなことを......」
ゼロとしては見つけ次第直ぐに抹殺するつもりでいる。
自分の行動可能範囲内で、しかもある意味自分の目の前で、自分を取り巻く環境を荒らされたのだ。
それが偶然起こったことでも、結果的にそうなってしまった以上、それはゼロにとって簡単に許すことのできないものの一つだ。
「それは欲望に目が眩んで、まともに思考できなくなったからでしょう。これは、元々精神が弱い者や、結果的に精神が弱ってしまった者に起こりやすいそうです。......ところで、間接的にではありますが、沢山の人の命を支えているギルドマスターには、何かそういったことは......ありません、よね?」
室内に緊張したピアノ線が張り巡らされる。
そのピアノ線はとても鋭く、もし間違いを犯せば、切れたそのピアノ線は間違いなくデュランの首元を切断しに来るだろう。
そんなピリピリとした——殺気と言っても過言ではない——空気に、デュランは額や脇にジトッとした脂汗を浮かべる。
そして重い口をゆっくりと開く。
「......それは——」
「冗談です」
「......は?」
「ですから、"冗談"と言ったんです。すいません。からかったりして」
「あ、ああそうか......あははははは......」
デュランには珍しい固まった、とてもぎこちない笑い方であった。
笑いながら服のポケットからハンカチを取り出して汗をかいた部分を拭う。
その様子を、ゼロはヘルムの中からじっと観察する。
冒険者ギルドにほぼ毎日出入りしているゼロでもあまり接点はなく、見かけたとしてもゼロが一方的に"観察"する形になってしまい話をしたことなどなかった。
だが普段の——ゼロが観察できていた時の——デュランは、ギルドマスターとして、人の上に立つ人間として、ゼロにはかなり好印象に捉えられていた。
(......やはり直接話をしたりして、その本質を見極めることが重要、か......。結構いい人材だと思っていたんだがな)
そしてデュランが口を開く。
「そ、そうだ......この事件が終わるまで、カレン君の身を預かってもらえないか?」
「......何故です?」
突然そんなことを切り出してきた。
「本来ならばこちらがカレン君を保護しなければいけないのだが、理由はどうあれこのような事態を招いてしまっている。これからはこの様なことが起こらないように最善を尽くすつもりだが、あの少年はまだこの街にいるだろう。念には念を入れたほうがいい」
「......確かにそうではありますが......」
「(それに、その方がカレン君のためにも)」
「......」
「で!......どうだ?引き受けてくれるか?もちろんカレン君の生活にかかる費用はこちらが出すつもりだ」
デュランが机に乗り出す形でゼロに問いかける。
いや、この場合「その気迫で強引に押し付ける」が正しいだろう。
(さっきまでのあたふた感はどこに行った!)
それはいつものギルドマスターだった。
(これ以上言っても時間の無駄か)
「わかりました。ですがこの事案が解決するまでですよ」
「あぁ。それで構わない。ではよろしく頼む」
その後、ゼロはミカンをカレンから引き剥がすのにとても苦労するのだった。
•••••
「俺としたことが、あんな......全く......罪滅ぼしってわけじゃねぇが、ちゃんとやっていかねぇとな。しかしあの若造、やってくれたもんだな。......カレン、恐らくあの男はちっとやそっとで落ちるたまじゃねぇ。......頑張れよ」
男は一人、そう呟いたのだった。
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