第33話 人間ごっこ 1-10
同日、ゼロがポルガトーレ領主のノルン・フォン・ヴァイマール辺境伯と会う少し前のこと。
朝の依頼受理ラッシュから解放されたカレンとミカンは、ギルド内に設置されている接待エリアに置かれている椅子で休憩をとっていた。
ミカンは、木製の机に両手を乗せて顔を伏して静かな寝息を立てている。
カレンは、そんなミカンの寝顔を眺めつつ、時にその頰を突いたりしている。
またカレンも眠たいのか瞼が上下している。
休憩時間は、具体的な長さが決められているわけでないので、利用客が来たら直ぐに仕事に戻らなければならない。
そのため、何時もなら休憩時間に昼寝などしないのだが、今日は気の緩むような、暖かい気温のせいだろう。
とても眠たい。
だが、仕事に支障をきたすことはしたくない。
それ故眠らないように頑張って瞼を持ち上げようとするが、あまりうまくいかない。
だが、その感覚がとても心地良い。
静かな空間。昼寝に適した暖かい気温。窓から照りつける陽の光がとても優しく暖めてくれる。
「昼寝しないのは損だ」とでも言えそうなこの状況だが、カレンは突然自分の頰をパシパシと叩くと、気合いで立ち上がった。
そしてミカンを起こそうとミカンを見るが、気持ち良さそうに眠るその顔を見る。
まだ人が少ない時間帯であり、やらなければいけない書類もあまりないので、カレンは「自分一人でも大丈夫」と考え、ミカンを起こすのをやめた。
受付の奥にある控え室に置いてある水筒を取り出して水を飲む。
飲むと段々眠気も覚めてきた。
よしっ!仕事仕事。
カウンターに着き、書類を慣れた手つきで捌いていく。
捌いているなかで、ふと思い出したことがあった。
少し前の時間帯にこのギルド前に一台の馬車が停まっていたことだ。
その馬車を見た時、またあの貴族のお坊ちゃんが来たのかと思ったが、ちらりと見えた紋章はこの街の領主であるヴァイマール家のものだった。
「領主様が冒険者ギルドに?依頼かな?」などと考えていたが馬車からは誰も降りず、その数分後に黒いマントに黒い鎧を着た人物が馬車に乗り込むのを見た。
全身黒で統一された特徴的な装備を身につけており、その装備を外すところを誰も見たことがないため、その素顔を知る者は誰もいないと言われている。
その人物は今この街で、良い意味でも悪い意味でも有名であり、特に冒険者の関係者で知らない者はいないだろう存在。
ゼロさんだ。
そのゼロさんが領主様の馬車に乗る。
あー......ついに領主様からお声が掛けられちゃったかー。
出来ればこれからも冒険者ギルドに協力してもらえると助かるんだけど......。
ギルド長怒るだろうな......。ゼロさんのことだいぶ気に入っていたみたいだし。
周りのギルド職員に怒鳴り散らすギルド長の姿を想像して、カレンは「報告どうしよう」と憂鬱そうにカウンターに肘をついた。
•••••
それから数十分後。
暖かい夢の世界から戻ってきたミカンと共に書類仕事をこなしていると、馬の嘶きが聞こえた。
ふと入り口に目をやると、一台の馬車がギルド前に停車するのが見えた。
ゼロさんだろうか?
そんな少し期待の入った目で馬車を見ていると馬車の扉が開き、中の人物が出て地面に足を下ろす。
......あの貴族のボンボンだった......。
ダイン・フォン・ヴィッドセルム。
ドーハン・フォン・ヴィッドセルム男爵の息子であり、嫡男であるため、ヴィッドセルム家の次期当主になる人物だ。
ヴィッドセルム家は内都市に本家を構える貴族だが、最近このポルガトーレを訪れ、ヴァイマール家に取り入ろうとしているが、実際のところ面会すらかなっていない。
ノルンの中ではヴィッドセルム家は「利用価値のない貴族」という烙印を押してあり、抱え込めば余計なリスクを背負うことになると予想していた。
事実、ドーハンは内都市で失敗したために内都市から追い出され、結果この街に辿り着いたのだ。
ドーハンはまだ貴族ではあるが、領地など資金の収入源を持っていないため完全に没落するまでの時間は残り僅かだ。
早く仕事を見つけなければ所持金が底をついてしまう。
ドーハンが如何にかしてノルン辺境伯に話の場を設けようと四苦八苦している間、息子のダインは"男爵"つまり"貴族"という地位を傘にして、街で好き勝手行動していた。
ヴィッドセルム家について、ポルガトーレの住人の間には様々な噂が密かに飛び交っており、全体的に悪い噂が多かった。
しかし、悪い噂が多かろうと、それがどんな人物であろうと地位や権力を持っている者に付いて行動する者はいるようで、街のゴロツキや一部の冒険者達、この街を訪れた時の従者達を連れて街で好き勝手していた。
そんな時、ダインに目をつけられた女性の一人がカレンだった。
ダインは度々冒険者ギルドを訪れカレンを口説こうとしていたが、断られてからは地位を背に妾になることを迫った。
時にはゴロツキ達を使い強引に誘拐しようとした時もあったが、ギルドの冒険者達に邪魔されてしまい失敗。
仕方なく口説きを再開したのだが、ギルド職員やギルドマスター、冒険者達に目をつけられてしまっておりなかなかうまくいかない。
そんな時冒険者ギルドを監視させていた手下の一人から知らせが入った。
カレンが好意を寄せる人物がいるという。
なんてことだ!ぼ、僕のカレンに、お、男⁉︎カレンは僕のものだ!
ダインは手下達に、カレンが好意を向けているという人物について調べさせた。
最近この街に来た商人らしい。
へっ、商人か。なら簡単じゃないか。
ダインは手下に、その商人を自分の所まで連れてくるように言ったが、結果は失敗。
接触すらできなかったという。
何度か手下を向かわせてみたがその結果も同じで、接触できたとしても「興味ない」と一言言われてその後は相手にされなかったという。
......商人ごときが!僕を無視するなんて、なんて屈辱なんだ!
憤慨したダインは手下を使い、その商人が世話しているというガキ共を攫わせようとした。
結果、放った半数以上の手下が戻ってこなかった。
戻ってきた者は身体の一部が無くなっていたりして血塗れ状態。
皆助けてくれなどと騒ぐが、ダインには助ける手段などなくどうしようもなかった。
手下達が咽び泣く中、ダインは内心非常に焦っていた。
これ以上どうすればいいのだろうか。
一度父上に話をしてみたが、「そんな女に構っていないで、お前も仕事をしろ!」と一蹴されてしまった。
父上は何もわかっていない!彼女は近い将来僕の側室になる女なのだ。それが一般人風情に取られるなど、貴族の恥だ。そんなことをさせてしまっていいはずがない!
ダインは最早父上は使えない、と結局自分で何か方法がないかと数日の間考えるのだった。
•••••
数日後。
「......ぼ、僕は、僕は悪くない!......カレンが、あの男が悪いんだ!......僕は、悪くない!」
ダインは街の中——主に裏路地——を走っていた。
走り慣れていないことや、通路が入り組んでいたり散らかっていたりするために、角を曲がる時などに身体を物にぶつける。
服の一部は擦りむけたり破けたりしている。
ダインはギルドでカレンを刺した後、宛ても無く走っていた。
パニック状態のためうまく呼吸ができず、直ぐに息切れを起こす。
「ハァハァハァハァ......ハァハァハァ......ハァ......」
これからどうすれば......父上は......ダメだ。クソッ!な、なんで僕が!僕は悪くないのに!
あいつらは......ダメだな。直ぐに裏切る。
......そ、そうだ、領主様なら!領主様なら僕を匿ってくれる!そして僕の有能さを見せて父上を超えるんだ!
ダインは自分の中でそう結論付けると、ノルンの住む領主館まで急いだのだった。
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