第32話 人間ごっこ 1-9

カレン嬢が殺された。

ゼロが冒険者ギルドに到着した頃に息をひきとったらしい。

周りにいる人々が声を殺しながら泣いている。

とても真面目でいい子だった。

ミカン嬢との受付コンビはとても人気があり、来る人々を笑顔にしていた。

死因は心臓を刺されたことによるもの。

犯人は......あの貴族の少年だった。

その少年はカレンを刺した後逃走したらしい。

ゼロは直ぐにギルド内に侵入する。

そして泣き叫ぶミカン嬢に抱き着かれているカレン嬢を発見した。

カレンを中心に赤が広がっている。

カレンは目を閉じていた。

すでに亡くなっている。


「なんで!なんで、なんでカレンが!カレンが!」


ミカンが涙を流しながら叫ぶ。

カレンを抱きしめているミカンの手は赤く染まっており、床に広がる赤と合わせるとその量が尋常じゃないことを物語っている。

その2人を多くのギルド職員やギルドマスターのデュランが見守る形で立っているが、皆一様に顔が暗かった。


「どけ!邪魔だ!」


ゼロは障害になる位置にいる人々にぶつかりながら2人の元へ走っていく。

赤に覆い被さるかの如く全身黒一色の人物が現れた。

そして赤の中に入り、抱きついているミカンを剥がす。

その様子を見た多くの者が驚いた顔をしている。


「いやぁ!やめて!やめて!」

「大丈夫だ。後は私に任せろ」

「......ぇ?」


叫ぶミカンは、自分が尊敬し、慕っていた人物——ゼロの声を聞くと、一瞬キョトンとした顔をした。

そのまま動かない。

時間がない。

仕方ない、このままやるか。

ゼロはミカンを側に置いたまま、カレンを抱き上げてその口に、穴が開き血が出尽くした心臓に人体修復万能装置医療用ナノマシンを流し込む。

人体修復万能装置医療用ナノマシンは直ぐにカレンの身体に入っていくが、これだけでは量が足りない。

ゼロはマントの下で人体修復万能装置医療用ナノマシンを作り続ける。

そして無くなったら新しいのを流し込む。

周りの人間には、ゼロが何をやっているかはわからないが、おそらくポーションを使っているのだろうと思われた。


「......ゼロさん......お気持ちは嬉しいのですが......ポーションでその傷は治せません。それにカレンはもう——」

「黙れ」


ギルドマスターのデュランが治療中に話しかけてきたが、鬱陶しいので黙らせる。

その言葉に辺りが静まり返る。

その後ギルドマスターは何を勘違いしたのか、ゼロに礼をして小さく「有難うございます」と言った。

デュランはゼロがせめてカレンの身体を綺麗にするために傷を癒そうとしているのかと思っているが、ゼロはカレンの蘇生を試みているのだ。

これはあまり知られていることではないが、人の脳は、人の死後少しの間脳自体は生きていることがあるのだ。

もしかしたらまだ希望はあるのではないか、とゼロはその可能性にかけている。

傷を塞ぎ血液を補充する。

そして仕上げに、脳を刺激する。

ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ。

心臓が動き出した。

そして——


「ッ!ガッ、コホッコホッコホッ......」


カレンが目を見開き、肺や食道に溜まっていた血や人体修復万能装置医療用ナノマシンを盛大に吐き出す。

蘇生は無事に成功した。

ゼロは咳き込んでいるカレンを楽な体勢にしてやると、その背中をさすってやる。


「......うそ......カレン......!カレン!」

「嘘だろ......だってカレンさんは......」

「......マジかよ......」

「うぅ、シクシク」

「奇跡だ......奇跡が起きた」


カレンが息を吹き返す様子を一番近くで見ていたミカンは、カレンが生き返ったことを理解すると、飛びつくようにカレンに抱きついた。

その光景はとても感動的であり、この場にいる多くの人間が、その様子に安堵と感動の入り混じった眼差しを向けている。

そんな中で、一部の冷静な人間はゼロという名の商人のことを見ていた。

そして、先ほどゼロのやっていたことを思い返していた。

ポーションを、いや"ポーションのような物"を使い、カレンを生き返らせた。

死んだ人を生き返らせられるような、人の蘇生が可能なポーションなど存在しないという事を、いや、今までは存在していなかったことを考えていた。

この世界にあるポーションは、上級品でやっと切断された腕などをくっつけることが可能になる。

下級品ではかすり傷程度しか治せない。

そしてその下級品ですら高価なのだ。

であれば、人を蘇生できる程の物になればどれくらいの価値なのか。

他にもあるのか。であればどれくらい存在するのか。

今までの常識を超えるポーション。

冷静な人間は冷静に物事を考える余り、冷静ではいられなかった。

そしてただ一つの物事しか頭に存在しなかった。

そしてそんな者達は欲望に染まった視線を、その商人に向けるのだった。

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