第30話 人間ごっこ 1-7
ある日の昼過ぎ。
ゼロは冒険者ギルドに向かっていた。
子供達には遅くはならないと伝えている。
メネア達がちゃんとやってくれるだろう。
街の大通りを歩く。
今日も街は賑やか......最近は見慣れてきてしまい、少し煩さが混じってきているように感じる。
初めこそあれだけ色鮮やかに映っていた景色も、慣れというものは怖いもので、今では少しくすんで見える。
それは自ら視界に納めるものではなく、何かを見るとそれも一緒についてきてしまうものに変わった。
そんな風景を眺めながら歩いていたら、すぐに目的地の冒険者ギルドに着いた。
だが冒険者ギルドに用事があるわけではない。
冒険者ギルドの手前に止まっている馬車に用事があるのだ。
黒塗りで、縁などに(おそらく)金で装飾されている、掛けた金額からしたら豪華と言える馬車。
繋がれているのはヒッポグリフだ。
ドアの部分にはヴァイマール家の紋章が刻印されており、ゼロを迎えに来た馬車だとわかる。
招待状にはゼロの住んでいる場所まで迎えに行くと書かれていたが、ゼロが「子供達がいるから、冒険者ギルドで」と場所を指定したのだ。
ゼロが近づくと、馬車のそばに立っていた執事らしき格好をした男性が近づき話しかけてきた。
「ゼロ様でよろしいでしょうか?」
「はい、その通りです」
「お待ちしておりました。ではお乗りください」
そう言ってドアを開けてくれるので、言う通りに馬車に乗り込もうとする。
そして思った。
なんて目の疲れる色なんだ......。
馬車の中は外よりも鮮やかで煌びやか過ぎた。
天井には明る過ぎる光を放つ結晶があり、放たれる光が壁や座席に使われている金に反射し、馬車の中はキラキラ状態だった。
ヘルムが自動で光量を調節する。
馬車とは本来移動の手段として、要人や高位の人物を運ぶためのものだ。
そして徒歩や馬での移動よりリラックスでき、疲れることなどあってはならない。
だがこの馬車は、ただ座っているだけで疲れる。
そんな感じだ。
ドアが閉まり、その後馬車が動き出す。
乗り心地も......良いとは言えないな。
「まぁ仕方ないか」と、ゼロは文化、技術の差という言葉で諦めた。
ゼロは小窓から外の景色を見ることもなく、ただ目を瞑って時間が過ぎるのを待った。
•••••
あれから十数分後。
やっと着いたようだ。
目を開けたゼロは、外の砂を踏む足音が近づいてくるのを感知した。
「ゼロ様。領主館に到着いたしました」
男性が少し頭を下げてドアを開く。
ゼロが降りると男性はまた御者台に上がり、そのまま馬車を動かして行った。
それを横目に、ゼロはすぐ側まで来ている人物に向き直る。
先程の男性が着ていたものと似ている、執事のような格好をした壮年の男性。
「ようこそおいでくださいました。ゼロ様」
「いえ。私達商人にとって、領主様にご夕食の席に招待されるなど滅多にない光栄なことですから」
「そうでしたか。ゼロ様、その......お召し物ですが」
「はい?ああこれですか?これについてなら以前ジンさんに話した通りですが?」
「はい、その踊りなのですが......いえ、失礼いたしました」
ゼロの格好。
貴族が誰かを自分の屋敷に招待する時は、ダンスパーティーもしくは食事会になる。
今回は昼食に呼ばれたわけなのだが、周知の通りゼロはいつも
全身鎧。
完全なマナー違反だ。
だがゼロは幾つかの条件の元「その全てを了承してもらえるのなら参加する」と、貴族相手にかなり強気に出た。
大抵の貴族なら「貴族に向かってなんたる無礼!」と額に青筋を立てていただろう。
ちなみにゼロは無礼な言動だとわかってる。
それを理解した上での言動だ。
言葉やその見た目だけで、自ら相手を見ずにその相手の価値を決めつけたりするのは、上に立つ者として相応しくないとゼロは考えている。
今回ゼロが出した条件を呑まなかったら、ゼロは「そうですか。では縁がなかったということで」と、招待を受けなかっただろう。
そのゼロの無礼を認めることができる、一応は話す価値はありそうな貴族、ノルン・フォン・ヴァイマール辺境伯。
その人物とこれから会う。
「此方でございます」
執事が道を先導していく。
っていっても、道は一本しかないのだが。
それにしても大きな屋敷だな。
このポルガトーレは平地に存在する街だが、領主館は街全体を見渡せるように、過去この平地に存在していた巨大な岩を削った上に建っている。
この街の歴史書には、「巨大な岩から削り出された石材によって、この街を囲む壁が作られた」とも記されている。
その高台に建てられた巨大な屋敷。
まるで城だな。
執事が玄関を開けてくれたので中に入る。
玄関ホール。
二階まで吹き抜けであり、初めから広すぎる空間をさらに広く見せている。
天井には巨大なシャンデリアが煌めいている。
思ったのだが、この建物はちゃんとした設計の元建てられているのだろうか?少し不安だ。
どうしてもあれが落ちてくるイメージしか湧かない。
「わぁ綺麗!」なんて思っている場合などではない。
そんなデカさだ。
「会場はこちらでございます。主人の支度が整うまでは少々時間がございます。それまでは会場でお待ちください」
「わかりました」
と、いうことなので。
通された部屋——これもまた無駄に広い部屋——には"一台"と称すよりも"一本"と称した方が合っている程長いテーブルがあった。
テーブルには白く長いクロスがかけられており、それを定間隔で置かれたロウソク立てがしっかりとホールドしている。
ゼロはふと思った。
この世界には下座上座のマナーは有るのだろうか、と。
長いテーブル。
本来ならば手前側——つまり玄関ホールに近い方——が下座に当たるのだが、そこでいいのだろうか。
そんなことを考えていても仕方がないので、取り敢えず一番手前の座席に座るために近づいていく。
その後を執事が追い、椅子を引いてくれる。
座席に座り腕を組んだゼロは、領主の登場を待つのだった。
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