第29話 人間ごっこ 1-6

AIから「一応ヘルムとっても大丈夫だよ!」とお達しをもらったゼロは、ヘルムは取らずにそのままいつも通りの生活を営む。

まぁ、いつでも取れるわけだし。

まだこの世界の者で私の顔を知っている者はまだいない。

これはこれで有効活用しないとな。

そう。ゼロは顔を知られていないが故に、強化外骨格アーマーを外して服装を変えれば、素顔で街中を歩いていても誰もゼロだとはわからないだろう。

ゼロはヘルムの口の部分だけ開けると、携帯食料の塊から一つ手に取り袋を開けて口に含む。

......うむ!クソまずいな!

だが、そんなクソまずい携帯食料でも、今のゼロは"食べる"ということができたためにとても高揚していた。

コンコン!

扉の外、リビングから台所の扉を叩く音がする。


「ゼロ様?」

「今そっちに向かう」


ナターシャが呼んでいる。

ゼロはヘルムを元に戻すとリビングに出た。


「どうした?」

「えっと、お客さん?です。ゼロ様に会いたいと」

「わかった。ナターシャはこのままここにいるといい。私は外で会うことにする」

「わかりました」


ゼロは玄関の扉を開けて外に出る。

そこにいたのは——


「お久しぶりです。ゼロさん」


たしか......新たなる息吹のメンバーの、ジン、だったか?


「ええ。お久しぶりです。それにしてもよくここがわかりましたね」

「まぁ、ゼロさんは有名ですから。いろんな意味で」


まぁそうだろう。

今まで恐怖ばかり植え付けてきたからな。


「そうですか......。それより、私に用があるとのことでしたが、どうされました?」

「......いえ、その。どうやらゼロさんの噂が領主様のお耳に入ったようでして」

「ほう」


それは好都合だ。

もうしばらくしたら私から伺うつもりだったからな。

それにしてもなぜ渋るような言い方をするんだ?


「いえ!私達がポーションのことを言った訳では——」

「少し静かにしてもらえませんか?」


子供達が怯えてしまう。とはゼロの考え。

大声でポーションのことを言ってしまった。とはジンの考え。


「あ、す、すいません。そんなつもりじゃ」

「わかってますよ。それで、その続きですが」

「あ、はい。それで、領主様がゼロさんを館へ招待したいと......これがその招待状になります」


これまた好都合なものじゃないか。

一気に計画が加速した。

手紙を開く。

そこにはびっしりと文字が並んでいる。

かなり滑らかな字体であり綺麗な部類に入るだろう。

......読めないな。

まだ文字解析は進んでいない。

情報が少ないのだ。


「......」

「?......ああ!そうでした!すいません。ゼロさんこっちの文字はまだ」

「はい。お恥ずかしながら。これはなんと読むのですか?」

「これは——」


•••••


ジンに所々わからない文字を教えてもらい招待状を制覇したゼロは、ジンと別れた後子供達の教育を行っていた。


「ではライヒ、18個あるプラーンの実を6人で均等に分けたい。一人にいくつ渡せばいいかな?」


ゼロの教育の仕方は、口頭で伝えた問題を子供達に解かせるものだ。

紙などの情報を記入する媒体は使わせない。

後々には使うだろうが、今は脳内で"想像して考える力"を養わせることが先決だ。

教育するにあたって、ゼロはまず数字を覚えさせた。

0〜9までの10個の数字だ。

ちなみに字体は世界エデンで使われている字体を使っている。

音声も世界エデンのものだ。

つまりこの世界の言葉ではない。

彼らには未知の言語、文字だったはずだが、流石は子供、飲み込みが早い。

ちゃんとこっちの言語やあっちの言語を行き来できている。

そしてつい最近和差算を全員クリアし、今は除法乗法に入ってた。

ライヒ少年が少しの間を開け口を開く。


「3個!」

「よろしい。正解だ。ではライヒ、どうやって答えを導いた?」

「えっと、ろくさんじゅうはち!」

「確かにそうだが、割り算を使った方法ではできないか?」

「......わかりません」

「そうか、では他に——」

「はい!」


「この問題を逆算ではない方法で解ける者はいるか?」と聞こうとしたら、元気よく手を挙げて挙手している女の子がいた。

メネアとナターシャより二つ下の年齢の、年長組に入る子だ。

ちなみにメネアとナターシャは共に12歳らしいが、ナターシャの方が早生まれらしい。

故に私がお姉さんなのだと言っていた。


「ではステア」

「18わる6で、6分の18だから、3個!」

「正解だ。素晴らしい」

「ふふん」


正解して褒められたステアは腰に手を当て、語尾に音符マークでも付きそうな、嬉しそうな感じで鼻を鳴らした。

周りの子供達から「おおー」や「すごーい」なんて声が上がっていて、ステアは「当然」という態度をしているが、そのにやけ顔がすべてを台無しにしている。

周りから認められて嬉しいのだろう。

そんな平和な感じで今日のゼロの授業が終わった。

授業が終われば次は昼ご飯だ。

昼ご飯はみんなで集まって一緒に食べる——別に誰かが決めたわけではない——のだが、これまた賑やかなことこの上ない。

何しろ子供が95人もいるのだ。

これだけ集まって静かだったら、不気味なことこの上ない。

冒険者ギルドにいる冒険者とはまた違った賑やかさだ。

ナターシャの家の前に子供達が集まってくる。

年長組の子達が、台所から携帯食料を運び出してきて子達に配っていく。

最初の頃こそ一回の食事で一本までという制限をつけていたが、身体ができてくるにつれて必要数は増えてくる。

最近は各自自分の判断で必要な分食べるよう言ってある。

といっても栄養価の高い携帯食料なので大量に摂取しても意味がない。

むしろ大量摂取は毒だ。

ちなみに決められた食事の時間以外の食事は控えるよう言ってある。

生活習慣病になられても困るからだ。

その辺りはゼロが年長組に言い聞かせてあり、それを徹底させている。

「こっそり隠し持っているのを発見した場合は1日ご飯抜き」と言った時は、皆絶望したような顔をしていた。

今はまだご飯抜きの刑に処された子はいない。

......これもそろそろ飽きてきただろう。

偶には別の物も用意してやるか。

今日の夕食までに何か用意しておこうと決めたのだった。

領主館への招待は3日後。

さてどんな人物が出てくるものやら。


•••••


一方冒険者ギルドでは、受付嬢のカレンとミカンが昼の暇な時間を持て余していた。

冒険者は早朝に依頼を受けるなりダンジョンに潜るなりする。

そして日暮れ頃に戻ってくるため混雑するわけだが、それまでの時間は極端に人がいなくなるため、特に昼は暇——別に仕事がないわけではない——なのだ。

その暇な——暇ではない——仕事中、ミカンがカレンに話しかける。


「ゼロさん、今日もすごい量納品していったよ」

「一体いつ休んでるのかな?」

「おやおや〜殿方の心配とはなかなか乙女ですな〜。な〜」

「ちょ、ちょっと!な、なに言ってんの?あ!インクはねちゃったじゃない!」


作成していた書類にインクがはね、カレンは新しい紙に書きなおしていく。

この世界では紙は安くない。


「ちょっと動揺しすぎ〜。冗談に決まってるじゃん。ゼロさんは私が狙ってるんだから」

「......そ、そうだよね。冗談冗談。......え?今なんて?」

「ん?カレン動揺しすぎっていっ——」

「じゃなくて!その後!」

「ゼロさんは......ゼロさんは私のもの?」

「な⁉︎」

「なにその驚き方。だってそうでしょ?ダンジョンであれだけ稼げる力もあって、経済力もある。それに貧民街スラム街では子供達の世話をしてるって。人攫いとかも容易く追い払ってるみたいだし。こんな良い物件なかなかいないでしょ」

「た、確かにそうだけど」

「あ、カレンにはまだああいう殿方は早いよ。まだ男すら知らないんだし」

「ちょ!男を知らないのはミカンも同じでしょー!」


「ムキーッ!」とカレンが先が尖った金属製のペンを振り回す。

それに対してミカンは"作成済み"の書類の束を人質として、自分を守るように持つ。

今二つの勢力が拮抗している。

どちらも物理的に動けない。

こうしていつも通りの2人の口喧嘩じゃれあいが始まるのだった。

そんな2人を驚いた視線で見る者達。

2人の話は、静かな冒険者ギルド内に響くには十分な声量だった。

そんな2人の話を聞いた者の1人が、そっと冒険者ギルドを出て行った。


•••••


昼過ぎ。

ゼロは子供達——身体が出来てきている男の子中心——に剣の指導をしていた。

子供達はすくすくと育っている。

いずれはここを出て行くかもしれないし、一生を終えるまでゼロが面倒を見ることなどできない。

だからこそ、自衛できるほどの力または自分と誰かを守るだけの力を付けさせるための指導だ。

子供達には木刀を持たせている。

そしてゼロが指定したコースを走らせる。

所謂体力作りだ。

暫くは木刀を持たせたまま走らせるのを続けるつもりだ。

体力もないのに剣術を教えたところで意味はない。

案の定、子供達は男の子でさえ直ぐにねを上げた。

自分の部下ではないのでスパルタにはしないが、疲れたからと言って直ぐに辞めるのであれば、その分がいずれ自分を苦しめることになるだろう。

やるかやらないかの選択は子供達にある。

直ぐに辞めるからといって、ゼロは何かを言ったりはしない。

辞めれば、やらないのであれば、それはこの貧民街スラム街に居座り何もしようとしない大人達と同じになるだけだ。

ゼロは子供達を助けた。

だからこそ、自分が助けた子供達にはあんな大人になってほしくはないと思ってしまう。

故に——


「良いのか?今走るのをやめれば、お前達はあそこで横になって何もしていないクズと同じになるぞ」


ちょうど目視できる範囲に良いモデルがいたので、それを指差して今休んでいる子供達に諭す。

それを見た少年達は目に強い意志を宿すと、歯を食いしばって立ち上がり、今尚走り続けている子達に混ざろうと後を追いかけはじめる。

これで休んでいる子はいなくなった。

良き教師というのは難しいものだな。


•••••


領主館のバルコニー。

館に再び訪れたジンから、ゼロという商人が招待に応じるという報らせを聞いたノルンは、紅茶のカップを片手にそれを高く掲げ、夜の空に散りばめられた星々に合わせるのだった。


「久しぶりに良いコマが手に入りそう」


そう呟くのだった。

まだ完全に乾いていないしっとりとした赤い髪は、星々の反射する光に照らされてまた別の、夜にふさわしい赤色に輝くのだった。

その幻想的な空間をぶち壊すかのような、慌てた足音が聞こえる。

「何かあった?」という目線をレドモンドに向けるが、「わかりません」と首を振られた。

ドタドタとバルコニーに入ってきた衛兵はかなり息を切らしているようで、バルコニーに入るなり膝で呼吸を整えた。


「あ、アルモニア王国、が、ハァハァ......我が国境線を侵犯、我が領土内に軍事拠点を築いております!」

「⁉︎」

「旅人や冒険者の証言の元、巡回させている小隊を向かわせたところ、既に都市規模に及ぶ建造物が——」


その報告と、少し前のスパイ拘束のことをあわせて考えたノルンは、アルモニア王国が本気であることを悟ったのだった。


•••••


聖神教。

この世は大いなる力を持つ神により作られたと考える宗教である。

その神はありとあらゆる魔法を使い、この世界を作り上げた。

大地を、海を、山を、川を、動物を、そして人間を。

モンスターは邪神により作られた存在として、排除される対象として定められている。

そして、魔法を使えない者は弱者として淘汰され、魔法を使える者のみが強者として君臨することを定められている。

そんな宗教。

その宗教を国教としている国の一つ。

アルモニア王国。

そのアルモニア王国の王都グランティーゼ。

そこにある王城の謁見の間で、ある報告がされていた。


「プリムール王国の国境沿いに建設された建造物は、やはりプリムール王国の軍事防衛ラインの強化とみて間違いないかと!」

「確かに。もし違うのであればプリムール王国が黙ってはおるまい!」

「我らの誘いを断った挙句、このような対応を取ってくるとは!やはり蛮族の末裔。やり方は稚拙でしかない」


大臣達が叫ぶようにプリムール王国を罵倒している。

我々アルモニアは、度々聖神教を受け入れるようプリムール王国に言ってきたが、あの忌々しい家系は一度たりとも首を縦に振らなかった。

今の女王もそうだ。

何故聖神教を受け入れないのか。

愚かなもの達だ。

思考の主はゆっくりと立ち上がる。

それを見た大臣達が叫ぶのをやめその人物を見る。

少しの間の後、その人物が口を開く。


「軍を......戦争の準備をせよ!」


大臣達はその言葉を噛み締めた後、各々必要なことに取り掛かりに行ったのだった。






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