第28話 人間ごっこ 1-5
領主の館。
ノルンはレドモンドから、ある商人について報告を受けていた。
ダンジョンに潜り、モンスターを大量に狩っていること。
その成果により、冒険者ギルドの売上が上昇していること。
しかしそれに相対して冒険者達に影響を与えていること。
得た資金で
それらの事柄からゼロという商人の力量が尋常でないことを物語っていた。
そして......。
それらの情報を聞いたノルンは、以前聞いた別の報告について思い出していた。
新たなる息吹がとある行商人に助けられた、という報告を。
突然出現したバジリスクによってダメージを負った彼らは撤退しようとしたが、ゴブリンの群れと遭遇。
これにより死を覚悟した、と言っていた。
そしてそのゴブリンの群れを、風魔法で瞬く間に壊滅させた行商人。
その行商人は、新たなる息吹と共にここ、ポルガトーレに入っている。
それは数週間前のこと。
そしてゼロという名の商人がダンジョンに潜り始めたのも数週間前のことだ。
結論を出したノルンは直ぐにある男を領主館に呼ぶようレドモンドに言いつけた。
•••••
呼び出された男、ケインは緊張した面持ちでソファーに腰掛けていた。
そのケインの前にいる——上座に座っている——ノルンは、侍女の淹れた紅茶の匂いを楽しみ、一口口に含む。
「それで、以前報告してもらったこと、覚えていらっしゃって?」
そっとソーサーごとテーブルにカップを置き、優しく微笑むと話を切り出す。
その優雅な立ち振る舞いに一瞬見とれてしまいそうになったケインは、目をつむり頭の中を空にすると、ノルンを見て話し始める。
「はい。覚えています」
「ではもう一度、話してもらってもいいかしら?」
「はい。わかりました。森に入った私たちは——」
•••••
「そうだったの......不幸中の幸いでしたわね」
遠い異国の商人。
旅していたところを野盗に襲われる。
森を彷徨っていたところ、この男のパーティーに遭遇。
風魔法でゴブリン達を倒す。
そして現在に至る、か。
話を聞き終えたノルンは、再びカップを手に取り紅茶を飲む。
......ぬるっ。
その時壁際に立っていた侍女が入れ直した紅茶の入ったポットを持ってきた。
「そうです。あの方に出会えたのは本当に幸運でした」
......さっきから思っていたことだけど、この男少し、いやかなり熱くなり過ぎ......。
その商人に命を救われたことは、確かに感謝するところだとは思うけど、ここまで熱くなるか?
ここまでくると気持ち悪さを孕んでくるな。
この男まさか男色の気でもあるのか?いや、情報には結婚しているとあるし......ああもういいや。
頭の中で話がずれたノルンは、強制的に今考えていたことを捨てる。
そして手を、下品にならない程度に顎に当て、思案げな顔をすると——見せつけると——口を開く。
「その商人の方のお名前は、なんといいますの?」
そう聞かれたケインの顔が一瞬固まるが、直ぐに元に戻り質問に答える。
尤も、その一瞬をノルンは見逃しはしなかったが。
「ゼロ、と名乗っていました」
確定。今噂の商人で間違いなさそうだな。
「そうですの。是非とも会ってみたいですわ」
貴族が会う。
つまりそれは館への招待。
その言葉にまたケインの顔が固まる。
おかしいな。商人なら貴族と、それも辺境伯のような上位貴族とコネクションが作れるとなれば大喜びものの筈だが。
私が名前を聞いた時といい、館に招待すると言った時といい、失礼に当たるぞ。
他の無駄にプライドの高い貴族が相手なら処罰ものだな。
まぁ私はそんなこと気にしないが。
それにしても......何か隠しているな。
そこで、ケインが口を開く。
「はい。おそらく喜ばれると思います」
"おそらく"ね。お前は本当にそう思っているのか?
それよりゼロという商人は、私、いや貴族に目をつけられることを嫌っている?
貴族に恨みがあるとか......。
だとしたら厄介だな。
招待しても来るかどうか......。
「そうですわね......。では直ぐにでも招待しましょう。何しろその方は貴方達を、つまりは私の冒険者を助けてくれた方ですもの」
一瞬、この男に「では、貴方に招待状を届けてもらいますわ」とでも言って表情の変化を見てやりたくなったが、接触した時その商人に何を言いふらすかわからないためやめた。
•••••
ケインが部屋を出て行った後、レドモンドと侍女と自分しかいない部屋で、ノルンが話しかける。
「で、あの男の言っていたことは本当か?」
「はい。本当です」
レドモンドでも侍女でもない人間が部屋に入ってくる。
今回ノルンが呼び出したもう1人の男。
新たなる息吹のメンバーで盗賊職の男、ジン。
ジンは"本当の意味"で主人の前——テーブル越し——に出て跪く。
「では、あの男の言っていたことに加えることは?」
「ありません」
本当か?でもこいつが言うことだしな......。
もしかしたら気にすることでもない些細なことなのかもな。
「わかった。それで招待状だが、お前に頼んでもいいか?」
「了解しました」
ジン。
私が雇っている"傭兵"、いや"元傭兵"の冒険者だ。
将来有望な若手冒険者とパーティーを組ませ、その者達が有能ならそのままパーティーに所属し、気付かれないように若手冒険者を鍛える。
その後、ある程度使えるようになったら私の元で働くよう勧める。
見定めと訓練と勧誘。
これがジンを含む私の部下の仕事だ。
これにより今私が抱える冒険者の数はとても多い。
だがその中には当然、私の元に来なかった冒険者もいる。
だが無駄にはなっていない。
私の誘いを断る者達のほとんどは内都市に行く。
そして内都市で名声を高められれば、そこの貴族に囲われる可能性がある。
私の部下のいるパーティーごと。
つまりはそういうことである。
貴族が冒険者を囲えば、そのうち様々な依頼を受けるだろう。
もしかしたら冒険者ギルドを通せない、裏の仕事を依頼するかもしれない。
そうなればこちらの勝ちだ。
何しろ弱みを握ることができるのだから。
私は内都市から送られてくる軍事支援金の一部を使い彼ら——傭兵——を雇い、冒険者を鍛え上げ戦力の拡充を図る。
もしくは内都市に放ち貴族の弱みを握ることで、内都市への影響を高めるとともに、さらなる軍事支援金を手に入れることができる。
"彼ら"にはそういう意味合いもあるのだ。
だから所属しているパーティーが内都市に行くとなっても、パーティーを抜けて戻ってくるようには言わない。
むしろ歓迎すべきことだ。
•••••
現在、午前9時頃。
今ゼロは、ギルドで魔石の換金をして
今日もかなりの資金を手に入れることができた。
リィラのところにいるハクからも度々連絡を受けており、かなりの資金が集まっているらしい。
リィラはすでに囲ってある。
向こうでも多少の騒ぎが起きたらしいが、特に問題はないらしい。
最近ゼロは、ギルドで多くの冒険者から恐怖の視線で見られている。
あの時の一件が広まっているのだろう。
これから商売をする上でかなりのリスクになるが、そこは商品の素晴らしさでなんとか回避してみせよう。
そのための準備も着々と進んでいる。
家に着いた。
扉を軽く叩く。
数秒後ドタドタという足音が扉の内側までくると、ピタッと音が止んだ。
そしてゴソゴソと音がした後、スライド式の覗き窓が開く。
これは子供達が活動出来るまで回復する前に防犯対策としてつけたものだ。
気休めではあるが、不用心に扉を開けるよりは全然マシだ。
「知らない人について行ってはいけない」と言い聞かせたとしてもどうだかと思っていたゼロだが、
物分りのいいとてもいい子達だ。
「だーれー?」
「私だ。ゼロだ」
「あ!ぜろたま!」
と、扉を開けてくれた少年、いや幼児と呼ぶべき年齢の子供は、扉を開けた後両手を上げてゼロに抱きつく。
......本当に懐かれたものだな。
ゼロはその幼児を持ち上げ抱き抱えて家の中に入る。
「こう?」
「そう。そこをこうやって......そうそう!よくできました」
「やったー。えへへ」
子供達の頑張りにより以前より清潔に保たれているリビングに当たる部屋では、ナターシャが女の子数人に編み物を教えていた。
ちなみに編み物に必要な道具はゼロが用意したものだ。
人数の多い子供達だが、メネアとナターシャを筆頭に年長組が年少組を幾つかのグループに分けてそれぞれ面倒を見させることにした。
今編み物をしている子達はナターシャの班の子達だ。
それにしても皆元気になったものだ。
この頃はナターシャもメネアも、毎日かなり栄養価の高い携帯食料を食べているため、体格が一般的なものに近づいてきている。
これもちなみに情報だが、ナターシャは出るとこ出てきている。
メネアは......想像に任せよう。
別に、私も携帯食料も悪くないし関係ない。
こればかりは本人の持つDNAの所為だ。
まぁ「仕方ない」と割り切ってもらうしかないな。
そのメネアだが、姿が見えないな。
別の家か?
そのままナターシャの前まで行き、幼児を床に下ろす。
「あ、ゼロ様。お帰りなさい」
「あぁ、今帰った。メネアは別の家か?」
「はい。子供達の様子を見てくるって」
「そうか」
最近ではいつもの挨拶?を交わして、ゼロは台所——今は物置になっている——に向かう。
今ここら辺一帯はゼロと子供達の領域になりつつある。
というのも、ゼロがこの場所で子供達を匿い生活しているという噂が流れ始めてから、何組かの人攫いや
それに人攫い達はさぞ驚いたことだろう。
何しろ子供を攫いに来たら、突然自分の身体の一部がなくなっているのだから。
気付いてしまったが故に後から来る激痛に気絶する者。
気絶できずに、その痛みに対し何も出来ずただただのたうちまわる者。
そしてその瞬間即死する者、と種類は多いが皆一様に身体の何処かを欠損している。
ただひとつ気がかりなのが、その時に上げる奇声だ。
子供達の教育上悪いものにならないか心配したものだ。
そしていつしか、近付くと身体がなくなるという事実が、一部の人間に「あの場所は呪われている」とまで噂されるようになった。
ゼロは、家の屋根や周辺にある瓦礫などの下に
不審者やそれに準ずる者が子達に不用意に近づいた場合、危害を加えようとした場合、即座に攻撃するようプログラムしてある。
そうでもしなければ子供達を残してダンジョン探索など出来るはずがない。
最近ではここにはもう人攫いは来なくなった。
平和になったものだ。
ゼロは台所に貯めてある、天井まで届きそうな携帯食料の塊を眺める。
かなりの数がある。
そりゃあ数日頑張って貯めたからな。
こうならないとおかしいものだ。というより私の苦労が報われない。
だが意外だったのが、子供達がこの携帯食料を「美味しい」と言ったことだ。
味がよくわからないために「クソ不味い」と
一番ショックだったのが、「道に生えてる草より全然美味しいよ!だってあれお腹溜まらないし、お腹痛くなるもん」という少年の言葉だ。
「......草を食べていたのか?」と聞いたら、半分以上の子供達が頷いていた。
......酷い。あまりにも酷すぎる。
その後「でもよく噛んでると美味しくなるよ」、「そうそう!」などの追撃があり更にゼロを苦しめた。
「やめろーー!それは美味しくなっているんじゃない!脳が麻痺してきているんだ!」と叫びそうになったゼロであった。
そんなこともあったな、とそう遠くない過去を思い出していた。
【メッセージを1件受信しました】
ん?AIからか?取り敢えず見てみるか。
《←マスター。大気中の成分及び提出されたサンプルからは、人体へ影響を与える微生物、細菌、またそれらに準ずる生物、物質は確認されませんでした。また
それを確認したゼロは、グッと拳を握ったのであった。
......やっと......やっとヘルムを取れる日が来た!
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