第26話 人間ごっこ 1-3

ロールパン。

それはとてもシンプルなパンだ。

だがそれ故、シンプル故に長い年月が経った、今なおその歴史が廃れることなく人類に愛され食されているパン。

パン業界の代表格の一つだ。

そのパンはシンプル故に新たなパン、もしくは全く別のジャンルの料理に姿を変える。

——これは米についても言えることだが——基本となるものは同じパンでも、それを食べる一人一人のニーズに合わせて簡単に姿を変えることができる。

なんと素晴らしい食べ物なんだ!

——的なことを趣味で食品研究所を立ち上げた部下が語っていた。

一言で言い表すなら食品研究オタク。

とても面白い知識——全て食品に関するもの——を持っているやつだったが、オタクという生き物はどうして話し始めると止まらなくなるのだろうか。

以前ゼロ宛に届けられた酒が大変美味だったので、何本か売ってもらおうと伺い、「どうしてこんなに美味しくなるのか」などと呟いてしまったのがことの始まり。

"酒"という物の説明から始まり、発祥の歴史や酒の進化、その酒がどのように人々の生活に密着していたかなど、本題にたどり着くまでで既に2時間も拘束された。

結局のところだいたい7時間拘束された。

あの時は「なんだこの精神攻撃は!」などと心の中で叫んでいたが、これは可愛い部下が研究して得られた成果のプレゼンのようなもの。

上司はそのプレゼンに付き合ってやらなければいけないだろう。

可愛い部下達の、たった一人の上司なのだから。

そしてゼロはサーバーに接続、物質変化装置ランプに対応したロールパンの作り方の情報を得る。

ついでに栄養価の高いものに設定する。

そして作成。

ゼロの手のひらに4個のロールパンが落ちた。

見た目良し。

味良し。

匂い、は今はわからないが多分大丈夫。

そして栄養バランス良しの素晴らしい逸品の完成。

そしてゼロはそれらを持ってメネア達のいる部屋へ戻る。

メネアとナターシャは机を囲んで、方や神妙な顔つきで、方や悲しそうな顔つきで黙り込んでいた。

......この数分で何かあった⁉︎

ゼロは一瞬話しかけるのを躊躇ったが、立ち止まったところで何にもならないので話しかける。


「何かないかと荷物を探したんだが、これしかなかった。これでよければ食べていいぞ」

「あ、ゼロ様。......それはパン、ですか?」


ん?何か間違えたか?


「あぁ、パンだ。旅の途中で手に入れたものの残りだが、食べるか?」

「はい!頂きます!」


先ほどまで暗い表情をしていたメネアだが、ゼロがパンを渡すと、最初はパン全体を観察し、その後匂いを嗅ぎゴクリと喉を鳴らす。

おいメネア、よだれが垂れているぞ。

そして二度目の腹の叫び声が部屋に響き渡る。

そしてそれにつられるようにもう一人の腹も叫び声をあげる。

ナターシャの目はメネアの持つパンに釘付けになっている。

ゼロはナターシャにも手に持つパンを差し出す。


「君も食べるだろ?」


そのゼロの声に振り向いたのか、差し出されたパンの香りに振り向いたのかはわからないが、ナターシャはこちらに振り向く。


「いえそんな私なんかに勿体無いです(棒)」


パンに釘付け状態で棒読みされてもな。

パンを持った手を右に左に動かす。

ナターシャの目がリンクする。

うん。小動物だ。

よしよし。今美味しいパンをあげ......私は子供相手に何をしているのだ......全く。


「気にする必要はない。......君が食べないとメネアに——」

「食べます!食べさせていただきます!」


そして2人がロールパンにかぶりつき、「とても幸せです〜」とでも言いそうな顔をする。


「あま〜い」

「美味しいです」


そんな2人の顔を眺めながらゼロは思案する。

これは見る限り味覚の感覚は同じということでいいのか?

であれば食品で攻めるのもあり、というわけだな。

手段が増えれば戦略の幅も広がるものだ。

拠点に食料専用の自動工場ファクトリーを作るのもアリだな。

途中、ナターシャが喉を詰まらせむせていたので、優しく背中をさすってやる。

その瞬間メネアの口の動きが止まる。

そして目を細め、ゼロを訝しむように見る。

......何故だ。たださすっただけではないか。

「やはり、やり辛い」とゼロは吐息を漏らすのだった。

その後、ナターシャにも服を贈り着替えてもらった。

白のワンピースを基調とした軽めな清楚系の服だ。

おそらくナターシャに似合うだろう。

そしてゼロの予想は当たった。

メネアの時もそうだったが、ナターシャもまたそうであり、もっと食べて肉をつければ美少女と言える見た目になるだろう。

仕上げに白い帽子を被せて完成だ。


•••••


食事を済ませ、2人を伴って貧民街スラム街を歩く。

まだ昼過ぎだというのに、通りには人影一つ見えない。

立ち止まって周囲一帯をスキャンしてみる。

......なんだ、普通にいるじゃないか。

スキャンした結果、たくさんの人の存在を表すシルエットが建物の中や外にも表情された。

体格からして子供か?

大人にしては小さい反応が大半のようだ。

一番近い反応に近づいていく。

そして——


「っ!」

「......」

「......」


道の角を曲がったところにある家の壁に背を預けるように子供が座っていた。

子供"だった"物体が存在していた。

ゼロは慌ててマントでメネアとナターシャの視界を遮ると、そのまま別の道に移動した。

そしてゼロはもう一度周囲一帯をスキャンした。

だが今度は熱源情報を加えてスキャンした。

その瞬間人の存在を表すシルエットが一気に半分以下に減少した。

......な、んだと......。

スキャンした結果、その半分以上が"死体"であることが判明した。

......そんなバカな。

ゼロは、反応が消えた別のシルエットへ向かい走った。

メネアとナターシャがゼロを追う。

ゼロはそのシルエットがあった建物の前に立つと扉を開けようとするが、扉は中から施錠されているようだった。

ゼロが扉を蹴り飛ばす。

バキバキッと扉の木材部分が折れ、奥へ吹き飛ばされる。

その衝撃で建物内に溜まっていた塵や埃が舞う。

ゼロはずかずかと中に入るとその反応の元へ近寄る。

そこにはミイラ化した死体が一体、横になるような形で存在していた。

ゼロはそのミイラを見下ろし立ち尽くした。

そのすぐ後、メネアとナターシャが追いつき建物内に入ろうとする。


「入ってくるな!」


ゼロが叫ぶ。

メネアとナターシャはゼロの言う通りに建物の外でゼロが出てくるのを待った。

ゼロは貧民街スラム街の実態がここまで酷いとは考えもしなかった。

せいぜい"食べるものが少ない"程度で、"食べることが全くできない"などとは思ってもみなかったのだ。

そしてしばらく経った後、ゼロが建物から出てきた。


「あ、ゼロ様......」

「ゼロ様......」

「......街の連中は......管理する立場の連中は何をしている」

「ゼロ様......ここでは、これがふつ——」

「貴様、まさか"普通"などと抜かそうとしたわけではないだろうな」


メネアが一瞬で黙り硬直する。

無力な子供がいる、だが周りの人間はそれを知りつつも手を貸そうとしない。

そんなことが普通であって堪るものか!

子供は今の、未来の宝だ!

大人が力を合わせて守り抜き立派に育て上げるべき存在なのだ!

それがここではクズ同然に扱われているだと⁉︎

そんなクズな世界ならば私自ら滅ぼしてやる!

......少し頭を冷やせ......やり方は、改善の仕方はいくらでもある。

滅ぼすのは最終手段としてとっておけばいい。

......それもそうか......。

複数の思考がゼロを落ち着ける。


「ゼロ様......」

「......」

「......すまない......少しカッとなってしまった。謝罪する」

「......いえ、そんな......でも嬉しかったです。ゼロ様がそのような考えを持っている方で」

「っそうそう!ナーちゃんいいこと言った!」


ゼロは思考を巡らせる。

なんの手段、駒を用意するか。

どの手段、駒を動かすか。

そしてそれらの行動により発生するメリットとデメリット。

救える範囲、量。

救う範囲、量。

どれだけの味方を作り出すか。

どれだけの敵を作り出すか。

自分がどこまで介入するか、しないのか。

ゼロは考えた。


•••••


そしてゼロが行動を起こす。


「ナターシャ」

「!は、はい!」

「君の家やその周囲にあった家は使えるか?」

「えっと、私の家は大丈夫ですけど、他の家は人が住んでいたりします」

「そうか......わかった。メネア」

「はい!」

「ナターシャと協力して貧民街スラム街の子供達をナターシャの家に集めてくれ。できる限りでいい。私も集める」

「わ、わかりました!」

「よろしい。ナターシャもそれでいいか?」

「はい!」

「では、行動開始だ」


ゼロはメネア達と別れ、まだ息のある子供達を集める。

物質変化装置ランプ起動。

探査球体ドローン多数作成、起動。

探査球体ドローン展開。

マップ展開。

探査球体ドローンとマップをリンク。

完了。

広域探査開始。

地形情報を表示。

完了。

生命体情報を表示。

完了。

温度情報を表示。

完了。

振動周波数を表示。

完了。

各情報をリンク。

完了。

生存している生命体の情報を表示。

心拍数表示。

完了。

......これくらいでいいだろう。

メネアとナターシャが走って家々を確認しているのが見える。

......直ぐに疲れるくせによく走るものだ。

さて、はじめようか。

今ゼロは貧民街スラム街の全ての場所を同時に見ている。

生存している生命体(人間)247体。

そのうち回収対象95体。

至急回収対象36体。

急ごう。

ゼロは場所を確認して走り出した。


•••••


94人の子供を集めた。

ただ1人だけゼロが駆けつける前に亡くなった子がいた。

残念だが、こればかりは仕方ない。

子供達は今ナターシャの家とその周辺に集められている。

怪我や欠損、病気にかかっていた子供達は全員人体修復万能装置医療用ナノマシンで治してある。

今は家の中で眠っている。

まだ大丈夫な子達は近くに空き家があったのでそこを使っている。

子供達を集めている時、人攫いに連れて行かれそうな子がいたので——その子も回収対象——その人攫いの腹にサクッと大穴を開けてきた。

その時近くに野鳥の群れがいた——野鳥が、内臓をぶちまけている人攫いをガン見していた——のを確認したので、遅かれ早かれ野鳥の胃袋に収まることだろう。


「ナターシャ、メネアと数日間子供達の面倒を見て欲しいのだが、できるか?」

「でも食料が——」

「生活に関わるものはこちらで用意する。それ以外で不安なことはあるか?」

「......大丈夫です!頑張ります!」

「よし、メネアも頼んだぞ」

「はい!」


•••••


その後メネア達と別れたゼロは宿屋に戻り、部屋で食べ物の大量生産を開始する。

今回作るのはあのクソまゲフンゲフン携帯食料の固形物バージョンだ。

今回大事なのは栄養価の高さと量だ。

味など考慮していられない。

ゼロはもしもの時のことを考え、必要最低限の物質変化装置専用物質ナノマテリアルを確保した後、それ以外の全てを使って服——素肌が出ない簡単な作りの服——とタオルがを4セット作り、残りで携帯食料を作れるだけ作る。

作ろうとしたのだが、宿の部屋の広さの関係からそれほど作れなかった。

作れた携帯食料は700ブロック、つまり700食分の食料を作れた。

これだけあれば2日は持つだろう。

携帯食料は基本保存食としての役割も果たすので、そう簡単に腐ったりはしない。

消費した分の物質変化装置専用物質ナノマテリアルについては直ぐに補充すればいい話だ。

縦10cm、横2cm、高さ2cmの直方体が700ブロック。

大きな頑丈な袋に携帯食料をぶっ込む。

そして宿を出て貧民街スラム街へと向かう。

衣服関係はまた後で、だ。


•••••


食料、及び衣類をメネア達に預けた後、ゼロは再び宿に戻ってきていた。

さすがに少し疲れた。

簡単な設計のため、演算も全て簡易化されたものだが、数が数のため少し頭が痛い。

ゼロがやったことは、本来なら自動工場ファクトリーが行うことだ。

だがここにはないため、仕方なく出来る人間がやるしかない。

だがこれで多くの子供達が救えるのならば、別に一時の頭痛など痛いうちになど入らない。

だが......少し休憩だ......。

最初に携帯食料を持って行った時のメネアとナターシャの顔が面白かった。

その時の様子はちゃんと記録を取っている。

「どうやって手に入れたんですか⁉︎」などと聞かれたが、「これでも一応商人だ」で無理やり通した。

うむ、何の問題もなしだ。

......これで一応、食料と生活する場所については大丈夫なはずだ。

ならばあとはこの街で早急に地位を確立しなくてはな。

その後少しの休憩を挟んで、ゼロは再び立ち上がった。



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