第25話 人間ごっこ 1-2
メネアを先頭にして、メネアの後をついて街の中を歩く。
行き先は
これからメネアの家族に会う。
そして必要に応じて処置を行う。
ゼロはこの世界の"基準"というものをまだ完全には把握できていない。
どんなものが高価であり安価であり、どんなものが良いのか悪いのかを知らない。
ゼロはこの世界に、この街に来て初めて見るものを"そういうもの"として見てきた。
故にそれがこの世界の普通であると考えている。
だがこの世界において、この街ポルガトーレは辺境にある街としてかなり"裕福"な街として知られている。
それはすぐ近くの場所がアルモニア王国との戦争地帯、つまりポルガトーレは最前線の重要軍事拠点として存在しているからだ。
であるのならば、裕福であるのならば何故
それは"裕福"であるが故に起こってしまうことなのだ。
"裕福"という言葉は幾つかのカテゴリーに分けることができる。
様々な職業、公共施設の供給量や生産される食料の量など、様々なカテゴリーで"裕福"か否かを分別することができる。
しかしこの辺境の街ポルガトーレは食料生産においても、公共施設の供給においても"裕福"とは言えない。
ただ近場にダンジョンがあることから魔石などのダンジョン特産品が安定して手に入るために、それらを使って商売をする人間にはこの街は住みやすいだろう。
だがそれでは"裕福"と言われるにはまだ足りない。
では何が、この街を"裕福"と言わせているのか。
それは"資金"だ。
だが唯の"資金"ではない。
軍事資金だ。
先ほど述べたように、この街はアルモニア王国との戦争において最前線となる重要軍事拠点だ。
故に王都やその周辺に位置する"内都市"と位置づけされる各都市から、年々防衛のための援助金を受け取っている。
街はその援助金を街の防衛施設や、新兵教育、兵士への給料、武器など装備の備蓄などに充てるのだ。
そのための援助金の総額が膨大であることが、「この街は"裕福"である」と言われている理由なのだ。
しかしその"裕福"とは、街の暮らしについて言われたものではない。
あくまで軍事資金が潤っているだけのことなのだ。
しかし人間とは自分の聞きたい情報だけをピックアップし、それをそのまま他人に流す傾向がある。
人から人へこの街の噂が流れていくうちにいつしか"軍事資金が"というフレーズが消え去り、"裕福な街"として噂されるようになる。
さらに酷いのは、噂に尾びれが付いていくことだ。
今現在この街は「就職に困らず、子供達の笑い声の絶えない平和で豊かな街」と噂されるまでに至っている。
大抵の人間は急激な変化を嫌い、その重い腰をあげることはほとんどないが、この噂を鵜呑みにしてしまうほど、信じるしかないほど追い詰められた人間は、"希望"を持ってこの街を訪れるのだ。少なくない旅資金を使って。
そしてこの街にたどり着き、「さあ、新しい生活だ!」と希望を持った瞬間、地の底に落とされる。
この街が、この街に来た人々に与えることができる職業など、もはや"兵士"くらいしか残されていない。
さらに、増え続ける住民や兵士と、人が増えれば人の住む場所が必要になる。
だが壁の中、つまり街の中の土地は——外の土地も——限りがある。
全ての移民に土地を与えることなどできない。
そして、土地を買うことができない、働く職場がない(兵士になりたくない)、もう他の街に行く為の資金もない人間が、まだ空きのあるスペースに陣取り、現在の
もっとも、現在兵舎増設に伴い
この世界ではどんなところでも、貢献できない人間はクズ扱いされる。
メネアはポーターとしての職を持っていたためにあまり酷いことはされてこなかったが、メネアの家族は現在も
今まで
もしかしたら、メネアの家族も既に何人か姿を消しているかもしれない。
ゼロはメネアの家族に会い、その生活を無理のない範囲——ゼロが不審がられない範囲——で助けるつもりだ。
これはメネアとの契約であり、ゼロ自身のケジメだ。
だんだんと街並みが変わってくる。
一つ一つが高く頑丈で、隙間なく詰められて建っていた建物群から、その材質から建て方からお粗末と言える物に変わってくる。
地面だが、レンガが敷き詰められていた公道のような場所はなく、土を踏み固めて作られたような道になった。
これでは雨が降った時は荒れるだろうな。
衛生面も良くない。
そんなこの
人攫いなどの犯罪者やそれに準ずる者達、汚職者などの裏取引などにも使われるのだろう。
普通ならこんな場所には近づきたいとは思うまい。
メネアが鼻を摘みながら歩いて行く。
相当臭いのだろう。
そして少し開けた場所に出て、その広場に接している一つの建物の前に立つと、コンコン、と扉を叩く。
ちゃんと手入れされており、このあたりの建物は
中から返事はない。
「ナーちゃん!私だよ!メネアだよ!」
今度は大声をあげて扉を叩く。
その数秒後、ガチャガチャと金属をいじる音がなった後、ギィィーという音と共に扉が開いた。
その扉から二つの青い目が此方を覗いている。
「メ、メネア?」
「そう!メネアだよ!ほら!」
二つの青い目はメネアの全身をてっぺんから爪先まで眺めた後——
「た、たぶん、人違いだと思います」
と、扉を閉め始め——
「ちょーっと待ったー!し、め、さ、せ、るか!」
閉まり始めた扉の隙間に指を滑り込ませ、強引に開けようとする。
「ちょ!や、やめてください!ひ、人呼びますよ!」
「臆病なナターシャに!呼べるはずが!ない、よ!」
「え?あ!......」
「きゃーーゴフッ......」
拮抗していた扉の奪い合いはナターシャの負けに終わったが、少女が力を入れるのを突然辞めたため、メネアはそのまま後ろへ倒れた。
「あ......ほ、本当にメネア?」
「......ぞうだっで、いっでるじゃん......」
開いた扉から出てきた金髪青目の、メネアくらいの背丈の少女の問いに、涙を浮かべたメネアが答える。
「え、でも......その格好......それに、メネアもっと汚れてたし」
同感だ。あの時の格好は酷かった。隣に連れて歩きたくないくらいに。
「......ひどい、酷いよナーちゃん!」
「あ、ごめんね?そうだよね。メネアはみんなや私のために頑張ってたんだよね。ごめんなさい」
メネアとは別の病的にか弱い感じの少女が、これまたか弱い細い声でメネア
「うん!許そうではないか!」
「うん!ありがとう!」
そう言って微笑み合う少女二人。
「......それで、メネア、この人は?」
「ゼロ様だよ?」
「......ゼロ様?」
「行商をしておりました、ゼロと申します」
ゼロは短く自己紹介をし、頭を下げる。
「あ!そ、そんなことしないでくだっ!」
自分に頭を下げるゼロに驚き、慌てて頭を上げるよう伝えようとしたナターシャは、前に出た時に扉の縁に足を引っ掛け転ぶ。
「あっ......」
その瞬間ゼロが前に出てナターシャの肩を持ち支える。
「大丈夫ですか?」
「はい......」
「むーー!」
ゼロに支えられ、ほんのりと頰を赤く染めるナターシャを見て、メネアが頰を膨らませ不満そうに唸る。
その後数秒の間、ナターシャはゼロを見上げたまま、メネアは頰を膨らませたまま動こうとしなかったので、ゼロはこの気まずい状況——子供相手に何故気まずくなっているのかはわからないが——を打破すべく話題を振る。
「それでメネア。君の家族というのは?」
「え?ナーちゃんだよ?」
「......」
そう言われてゼロは、まだ自分の腕の中で動かず、自分を見上げている少女を見る。
血縁者......では、ないな。
となると過去一緒に暮らしていたため、家族として身を寄せ合っていたのか?
「......一応聞くが、親は——」
「いませんよ?」
「では親戚——」
「いないと思います」
「では君たちのような子供の面倒を見てくれる施設は?」
「あったら私、苦労していないと思うし、ゼロ様にも会えていないと思います。それとそろそろ離れた方がいいと思います?」
ですよねー。
まぁそれは予想してたのだけど。
あと言っておくが、私は"くっつかれている"のであって、その言葉は私ではなく、私にくっついている少女に言うべき言葉だ。
最初はゼロが少女の肩を支えていたのだが、いつの間にか少女にマントを掴まれていて——簡単に解くことはできるが——身動きができずにいた。
「最後に聞くが、君たちと同じ境遇にある子供達は君たちの他にどれくらいいるのだ?」
「それは......大勢?」
それは答えになっているが、なってないぞ!
はぁ......何故か異様に疲れる。
取り敢えずここら辺を見回ってみるか......。
「そうか......取り敢えず落ち着かないか?ここでは目立つ」
「確かに......ナーちゃん?......ナーちゃん!」
「はっ!あ、私......えっと......」
ナターシャが正気に戻り、慌ててゼロのマントから手を離す。
「ゼロ様が中に入ろうだってー(棒)」
「あ、は、はい!わかりました!ど、どうぞ......」
「うむ......では失礼する」
やりづらい......非常にやりづらい......。
中に入ると、ほとんど何もない空間に四角い木のテーブルが一つ、丸型の椅子が二つ置かれていた。
壁には、割られて使いやすい大きさになった薪が積み上げられている。
家の外には薪は置いていなかったが、窃盗対策だろうか。
「ど、どうぞ。あ、えっと......」
「私は何もいらない。気にしなくて良い」
「私も〜」
「あ、はい。すいません......」
「君が謝る必要はない。それに家に入ろうと言ったのは私だ。迷惑をかける」
「!いや、えっと、あの、その......」
ナターシャが俯いてしまう。
うーん、やっぱやりづらいなー。
早く本題に入るか、とメネアに目配せする。
「ナーちゃん。実はゼロ様がナーちゃんに頼み事したいんだって」
「え?頼み事?私に?」
メネアが此方を見てくる。
取り敢えずよくやった。
ナターシャの方を向き、本題を切り出す。
「魔法の研究をしているのだが、それの手伝いをしてもらいたい」
「魔法、ですか......」
「ああ。これについてはメネアにも協力してもらうつもりだ。本人にも了承してもらっている」
「そうそう!」
「え?メネアも?......でもメネアって——」
「どーせ生活魔法しか使えませんよーだ」
「それでも、だ」
「そう、ですか......」
最初は警戒したようだが、メネアも協力すると言ったら揺れだしたな。
あともう一手くらいか?
では報酬の話を——
「わかりました!受けます!」
「......?」
「よかった〜。一瞬断るのかと思ったよ〜」
「最初はどうしようかと思ったけど、メネアがいるならいいかなって。それにメネア楽しそうだし」
「......そんなに簡単に決めてしまってもいいのか?」
「?はい、大丈夫だと思います」
「そうそう〜大丈夫大丈夫〜」
これで、いいのか?
というかここに来てメネアはだいぶ砕けたな。
落ち着くのだろうな。
まぁいいか......どちらにせよ取り込むつもりだったのだから、時短だ時短。
そして話がまとまった?時ちょうど12時になり、正午を教える鐘の代わりに可愛らしい音が2つ鳴った。
クゥ〜〜〜。
「......」
「お腹減りました」
ナターシャは顔を真っ赤にし、メネアは素直にそれを告げてくる。
しかし食べ物か......
この世界の食べ物は、ゼロが敢えて避けてきたため、ゼロは全くと言っていいほど知らない。
さて、どうするかな......。
「ナーちゃん、パンある?」
「ごめんね......パンは切らしちゃったの......」
「そっかー。じゃあ仕方ないね〜。っていうかだとしたら今何食べてるの?」
「え、えーっとね......本当に大丈夫だから、ね?ね?」
「......もしかして......何も食べてないの?」
「......」
まさかとは思ったが、言動から判断して本当に何も食べていないのだろう。
身体も痩せ細ってきている。
何か栄養のあるものを食べないともたないだろう。
しかしパン、か。
この世界でも穀物でできたものならいけるのではないか?
それに此方の世界とゼロの
十分に活用させてもらおう。
「台所はあるか?使わせてもらいたいのだが」
「?えっと、あっちです」
説明通りの場所へ移動する。
またもや四角い部屋に大きめの木製の台がある......ここが台所か!
ナターシャの家の台所とは、何もなく時間の動いていない空白の部屋だった。
さらに外の、これまた色のない景色とを合わせると、"時が止まった世界"という意味で最強のマッチングだろう。
そんな部屋だ
窓と机がある、それと棚のような家具が一つ。
それしかない。
ゼロはもう一度部屋を見回す。
窓に机、棚。
......それしかなかった......。
まぁ別にいいか、とゼロは思考を切り替える。
メネア達がいる部屋との境界の扉を閉める。
そして
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