第24話 人間ごっこ 1-1
その夜、ここ辺境の街ポルガトーレを巨大な地震が襲った。
その地震は町の人々を安眠から叩き起こし、恐怖へと叩き落とした。
それは貧民も平民も貴族も関係はなく、例外もなかった。
揺れ自体は直ぐに収まったが、街の民の混乱は直ぐには収まらなかった。
この揺れで幾つかの家が倒壊したとの報告が領主の館に届いた。
眠たい目を擦り、侍女が入れてくれた紅茶を飲みながら報告書を見ている、寝巻きのままの女性。
この館の主人であると同時に、この街を収めている人物。
それは、ポルガトーレ領28代目領主ノルン・フォン・ヴァイマール辺境伯その人である。
ノルンはとても機嫌が悪かった。
というのも街全体からの納税金額を纏めたものやその詳細、商人達からあがる収益及び納税に関する報告書、街の警備などの物資に関する報告書と、様々な書類を徹夜で仕上げ、さあ寝るわ!とベッドに入った瞬間このザマだ。
因みに揺れが起きたのは深夜3時頃。
そして現在は深夜3時半を回ったところだ。
「はぁ......。明日からまた仕事が増える......いや今日から、だったな。はぁ......」
とても重たいため息を吐く。
そして次の被害報告書を見て止まる。
「......強盗未遂及び放火、地震に便乗するなんてバカな真似をしたやつがいたもんだな。まったく、よくも私の仕事を増やしてくれたな。罪は『領主の神聖な眠りを妨げた』としてしけ——」
「お館様、冒険者のお客様がいらしております」
絶対わざと被せてきたレドモンドという壮年の執事をキッと睨むが、まったく相手にされなかった。
そこがまた腹立たしい。
レドモンドは先代——ノルンの父親——の時代からずっとこの屋敷ひいては我がヴァイマール家に仕えている優秀な執事だ。
私が子供の頃からヴァイマール家に尽くしてきてくれた。
私の頭が上がらない人の1人だ。
そのレドモンドが客が来たという。
冒険者?はて、誰だ?
「名前は?」
「ケインと、パーティー名は"新たなる息吹"と仰っておりました」
ああ、最近力をつけてきて、新人を抜け出した中堅冒険者パーティーだったはずだ。
でも何故その冒険者は何しにここへ来たのだろうか。
レドモンドに視線を向ける。
「報告したいことがあると仰っておりましたが、お連れいたしましょうか?」
「......あぁ頼んだ」
「かしこまりました。それとくれぐれも人前では——」
「わかってますわよ?」
そう言いレドモンドが居間から出て行く。
問題を先送りにしたくないノルンは
その後侍女達が部屋に入ってきたのを見てまだ寝巻きのままだったことを思い出し、「はぁ、私の神聖な眠りが......」と嘆いた。
•••••
一方その頃、メネアを背負ったゼロは、ダンジョンから抜け出すとそのまま部屋を取っている高級宿へ向かった。
流石"高級"とつくだけあり——というかそれだけの代金を支払っているのでそれくらい、とも言える——24時間体制である。
受付を通って部屋へ向かう。
途中、使用人が血に濡れたメネアを見て驚いていたので「ダンジョンでやらかした」と伝えておいた。
嘘は言っていない。
流石に風呂はやっていないようなので、部屋で身体を拭くだけで我慢してもらう。
部屋に入り鍵をかけた後、メネアの装備を脱がし血を落とす。
簡単に見ただけだが、特に身体に異常は見当たらなかった。
身体に負担がかかりにくい、楽なパジャマを作成し着せる。
そのままベッドに寝かせる。
そしてメネアの頭を撫でると、「えへへ」と寝ながら笑っていた。
そしてゼロは——ベッドとは反対にある——壁まで移動し、床に座り壁に背を預ける。
そして考えていた。
私はメネアを、この現実に、この世界に縛り付けた。
......あんな小さな背中には、いったい幾つの命が背負われているのだろうか......。
もしかしたら両手では数えられないくらい多いかもしれない。
もしかしたら一つだけかもしれない。
......だが、確実に誰かの"命"を背負っている。
......メネアは......立派だな。大人顔負けだ......。
まず朝になったら——メネアが起きたら——その命達、メネアの家族に会いに行こうか。
もう利用するしないに関わらず、その命を助けよう。
最後にそう考えると、ゼロは少しの間意識を落とすのだった。
ゼロは論理主義者であり、そのゼロの周りも論理主義者ばかりだが、ゼロは周りの者達に「論理に基づいて行動するのは結構なことだが、たまには感情に乗せて行動するのも良いものだ」と言っていた。
論理主義に基づいて行動するべきならば、ゼロはメネアを助けるべきではなかった。
ゼロが完全な論理主義者ならば絶対に助けてはいないだろう。
さらにこの世界に降り立ってもいないだろう。
高性能な
だがゼロはそれを行わず、"自らの欲求を満たすため"という非効率的な行動をとった。
ゼロ自身人間なのだが、ゼロは"人間"という生き物が好きだった。
不完全でありながら、完全なものを生み出そうと日々努力し、そして様々な技術を、文明を、歴史を刻んでいく生き物のことが。
そして人間の作る、作ってきたどんなものにも"人間の欲"が大きく関わってきている、とゼロは考えている。
全ては人のちょっとした欲から始まる。
そしてゼロは、"欲があるからこそ人間なんだ"と周りの者達に説いていた。
欲が無ければ、それは単に"命令通りに行動するシステム"に等しい。
ゼロが作り上げてきた
中央情報管理局により
•••••
同日午前7時頃。
メネアはまだ寝ている。あと数時間は起きないだろう。
ゼロは起き上がり、部屋の中に小型の
そろそろ資金が尽きる。何らかの行動を起こさねばならない。
その前にゼロは冒険者ギルドへ向かう。
第四階層に現れたあのモンスターについて聞くためだ。
あんなのが出るなんて聞いてない。
以前コピーしたモンスター図鑑にはあのような姿のモンスターは載っていなかった。
ゼロ1人なら大丈夫だが、その他がいると危ない。
賑やかな街の中を通りながら、たまに屋台で売られている物を拝見しながらギルドへ向かう。
屋台の内容はさほど変わってはいないようだった。
ドアを開けてギルドへ入る。
その瞬間場の騒がしさが上昇する。
......賑やかといった方がいいのか、騒がしいといった方がいいのかわからん......。
ロビーに置かれた丸テーブルを囲んでモンスター討伐の戦略を立てている者達。
「俺様の方が強い!」などと言い合い腕相撲を見世物にしている男性冒険者2人。それを見て「まだまだ!おっと!負けるのか⁈男のプライドが泣くね!」などと野次を飛ばしている女冒険者と、それらを見ながら聞きながら歓声をあげる、周囲に群がっている群衆。
それを脇目にゼロは受付カウンターまで進む。
受付にはカレン嬢がいた。
「いらっしゃいませ。あ、ゼロさん。本日はどのようなご利用でしょうか?」
「......モンスターについて博識な方を探しているのですが、どなたかいらっしゃいますか?」
「モンスターですか......司書のメルトさんなら色々知ってると思うのですが、会われますか?」
「メルトさんさえ良ければお願いします」
「はい、大丈夫ですよ。書庫はわかりますか?」
「はい、大丈夫です」
「では、ごゆっくりどうぞ」
受付カウンター脇から書庫に入る。
前回と同じように本棚の道を通り抜け、メルト老人のいるところへ向かう。
メルト老人は前回と同様に書物の執筆に耽っていた。
ゼロはメルト老人の視界に入ったところ——仕事の邪魔にならず、ゼロの存在に気付く距離——で止まり、メルト老人が話しかけてくるまで待つ。
それは前回のようにあまり長い時間ではなかった。
「......お前さんか」
「はい。ゼロです。しかし下を向いたままでよくわかりましたね?」
「ふん......ワシから話し掛けるまで黙って待つのはお前さんくらいだ」
「そうなんですか」
「まぁいい。......で、今日は何の用じゃ?」
メルト老人は書物を書きながらゼロに尋ねる。
「最近ダンジョンであるモンスターと遭遇しまして、そのモンスターについてお聞きしたく」
「......モンスターなら図鑑があろう?」
「いえ、モンスター図鑑には載っていなかったものでして」
この時初めてメルト老人の手が止まった。
メルト老人が顔を上げる。
「......何階層じゃ?」
「第四階層です」
「第四階層はゴブリンにスケルトン、あとはオーガしか出んと言われておる」
「ですので、メルトさんの知識をお借りしたく来ました」
「......姿はどんなんじゃった?」
「姿は全身漆黒の体毛に覆われた——」
その後、ゼロとメネアが遭遇したモンスターについてわかる範囲でメルト老人に説明した。
「全身漆黒の体毛で、眼が翠の四足獣か......残念じゃが、聞いたことないのう」
「そうでしたか、それは残念です」
「うぅむ。討伐はしておらんのじゃろう?」
「はい......とても速かったので、追いつけませんでした」
「......もしかしたら新種か変異種のモンスターかもしれんのう」
「新種か変異種、ですか」
「そうじゃ。新種は偶に発見されるのう。変異種はその存在そのものが脅威じゃな。発見次第最優先討伐対象となる」
「そうなんですか......だとしたら惜しかったですね」
「そうじゃのう。他に先を越されるかもしれんのう」
「そう、ですね。あ、用事はこれだけなので、ありがとうございました」
「そうか......また何かあったら来るがよい」
「はい。その時はまたお願いします。では」
得られた情報は「惜しいことをした」だけだった。
あの時はついイラッとしてサクッと倒してしまったが、もしかしなくともいい
あの時の自分が憎い。
"倒す"のではなくて、せめて"痛めつける"程度に留めておくべきだったか。
あーやってしまった。
......まぁいいか。そのうち別のが出てくるだろう。
ゼロは事を
ギルドにはもう用は無いのでギルドを後にする。
一度メネアの様子を見に宿屋に帰ることにする。
ドアを開けて道に出ると、ギルド正面の道の脇に馬車が停まっていた。
貴金属のような金属が使われていることから、貴族か何かの馬車なのだろう、と予想を立てる。
ゼロはそのまま宿屋へ直行する。
その時ゼロの視界に、いつぞやに見た貴族の少年が冒険者ギルドへ入っていくのが映った。
それを見たゼロは、心の中でカレン嬢に手を合わせるのだった。
•••••
ゼロが、宿屋の部屋に戻るとメネアは起きていたようで、机に置いておいた服——最初に作成したもの——に着替えて窓際に椅子を寄せて座っていた。
髪の毛が湿っているように見えるのだが、風呂にでも入ったのだろうか。
ゼロが帰ってきたのを見るとメネアはゼロのいる場所まで駆けてきた。
「ゼロ様、お帰りなさい!」
元気が良いようでよかったが、何やら敬称が変わっている。
「様?」
「はい!ゼロ様はゼロ様です!」
「......」
......全く意味がわからない。......まさか治療に失敗して脳に異常が⁉︎
「メネア。どこか身体が悪いのか?痛かったり、動かしずらかったりする場所はあるか?」
「え?いえ、特には」
メネアが身体をひねって自分の身体を触っていく。
どうやら問題無いようだが......。
......一応見ておくか。
「メネア。そのまま立って、良いのいうまで目を瞑っていろ」
「?あ、はい」
メネアが目を閉じたのを確認して、ゼロは両手をメネアの頭の両サイドに添える。
そしてスキャンする。
......特に異常はない、か。
まぁ一安心ってところだな。
手を離す。
「もう良いぞ」
「え、もう良いんですか?」
「あぁ。終わったからな」
「そうですか......」
メネアがなんたか寂しそうな顔をしたように見えたが、気のせいだろう。
「メネアはもう朝食を取ったか?」
「いえ、まだです」
「そうか。じゃあ食べに行くか」
「はい!」
ゼロとメネアは部屋を出て食堂へ向かった。
•••••
宿屋の食堂で何組かの宿泊客が食事をしている。
ゼロとメネアもその一組だ。
だがここは高級宿屋だ。
そしてそこに泊まるのは、泊まれるだけの資産がある者達。
この食堂で食事をしているほとんどの者は、皆煌びやかなドレスや服を着ている。
おそらく貴族や力のある商人もいるのかもしれない。
力ある者達の一部は、様々な方法で己の力を誇示することがある。
服装や装飾品もその一つで、どれだけの"金"をつぎ込んだかを競い、己を目立たせる。
または派手な衣装を着ることで相手に印象を与え、覚えをよくしたりする。
もちろん良い意味で、だ。
だがこの場には別の意味で目立つ者達がいた。
1人は、ただ座って動かない漆黒のマントに漆黒の全身鎧の大男。
もう1人は、その大男の前に座り運ばれてきた料理に悪戦苦闘している子供。
ゼロとメネアだ。
その奇妙な組み合わせの2人組に、周りの客達は不審に思いながら観察していた。
そして当の本人達だが——
「ゼロ様は食べないんですか?」
「......あぁ私はいらないよ」
「そうなんですか?......(これ食べづらいです)」
「(慣れろ)」
「(ちょっとは助けてくださいよ〜。それにマナーとか私全然知らないですよ)」
「(安心しろ、私も知らん)」
「(なんでですか!ゼロ様そういえば商人なんですよね⁉︎)」
「それは違う。私は冒険者だ」
「いーえ違いますぅ。......なら冒険者カード見せてくださいよ」
「悪いが無くした」
「......嘘つかないでくださいよ!それでも大人ですか⁉︎」
「メネアよ......それが大人という生き物だ」
「......どんな理屈ですか......」
ゼロはメネアの食事が終わるまで、話をしながら待っていた。
そしてメネアの食事が終わる頃、ゼロが話しかける。
「今日はこの後、メネアの家族に会いに行きたいのだが、案内できるか?」
「......できます」
「そんなに硬くなるな。別にとって食う訳じゃない。現状を見に行くだけだ」
「......わかりました」
そしてメネアの食事が終わり、宿を出てメネアの家族に会いに行く。
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