第23話 ダンジョン 1-12

大きい個体に向き直る。

小さい個体はまだレーダーで居場所はわかるが、時間が経てば索敵範囲外に出るだろう。そうなれば探し辛い。面倒な事極まりない。

なのでこいつをさっさと倒す。

大きい個体を見る。

ゼロはマゴリアを構えておらず、右手に地面に平行になるような形で"持っている"だけだ。

十分に隙と言えるが、大きい個体はゼロから一度も視線を外さず動こうとしない。

......時間稼ぎのつもりか?

ゼロはそんな結論を出す。

間違ってはいない、が実際はガブンがゼロに対し本能的に恐怖を感じており、またガブンは今対峙しているゼロに隙などないと感じていた。

2人は互いに動かない。

緊迫した2人の状況が周囲の時間を止めたかのような、無限に感じられる時間を作り出す。

どろっとした気持ちの悪い汗が、ガブンの額を、頰を、首を伝っていく。

先に動けば殺され、尚且つゴリムの後を追われる。

だが、動かなくても殺される。

どちらをとっても殺される未来しか見えないガブンだったが、まだ時間を稼げそうな後者を選んだ。

それはおそらく正解だった。

ガブンが先に動けば、ゼロは確実にガブンを倒していた。

そしてゴリムを追い、ガブン同様に倒していただろう。

ゼロは直ぐにガブンが動くと踏んでその場で待っていたのだが、ガブンが動こうとしない、つまり時間稼ぎをしていると考えるまで少しの時間があった。

ガブンはその少しの時間を稼げた事に少しニヤける。

自分はこの強者相手に大した事をした、と。

そしてより一層剣を持つ手に力を入れる。

その様子を見ていたゼロが言葉を発する。


「こういうのを騎士道と言うのだろうな」


守るべき存在のためなら自らの命を捧げる。

ゼロは感心していた。

目の前の大きな個体に。

モンスターに。

調査の対象サンプルに。

そして、誇れるだけのものを持つ騎士に。

そしてゼロはそんな存在に少し興味がわいた。


「名前、名前はあるのか?」


目の前にいる黒い存在ゼロが話しかけてくる。

ガブンは一瞬思考が止まったが、これで更に時間を稼げると考えるとその問いに応じる。


「......オレ、ナマエ、ガブン」

「......そうか、ではガブンよ。私と取引しないか?双方に利益がある取引だ」


こうして話している間も、ガブンはゼロから視線を外さない。

ロングソードを持つ手の力を緩めない。


「......ソレハ、ナンダ?」

「簡単な話だ。私の部下になれ。そうすれば仲間の命、日々の生活を一生保証する」

「......ソンナ、コト、デキル、ワケ——」

「出来る。それは私にとって簡単な事だ」

「......オレ、デキル、タタカウ、ダケ」

「それでも構わんよ」


そしてしばらくの間——1分くらい——ガブンは考えると答えを出した。


「......オレ、アクマ、イウコト、シンジナイ!」


そう言うとガブンは持っていたロングソードの剣先を少し上げる。


「......そうか、残念だ」


ゼロは「これも一つの道か」と小さく嘆くように言葉を吐く。

"悪魔"と言われたことはスルーした......。

本当なら逃げた個体を引っ捕まえてきて「これでも契約しないのか?」と本当に悪魔じみたことはできるのだが、ゼロは無理やり騎士道を、崇高な考えを曲げさせることはしたくない。

時として崇高な考えの持ち主と衝突しなければならないことはあるだろう。

だが今回は違う、故に嘆くだけにとどまった。

そしてこの時、逃げた個体がゼロのレーダーから消えた。

そして黒い存在ゼロは目の前の騎士を倒すべくマゴリアを構えるのを見てガブンもロングソードを構える。

そして戦端が開かれる瞬間——


「ッ!」


今までずっとゼロから視線を逸らさないように注視してきたガブンの視界からゼロが消える。

ゼロが不可視化したのだ。

そしてガブンは攻撃されないよう、持っているロングソードを周囲に振り回し回転する。

その遠心力を乗せた回転は、ガブンを中心にして周囲に突風を巻き起こす。

しかし一向にゼロに当たらない。


「ド!ドコダ!」


ガブンはその後もロングソードを構え、音がしたらそれが何かを確認する前にロングソードを突き出していた。

そしてしばらくの間ロングソードを振り続けた。

結果ガブンの周囲一帯は、ガブンの豪腕から繰り出され続けた無慈悲な攻撃によりボロボロに崩れ落ちた。

そしてその後、ゼロがこの場にいない事を知るのはだいぶ後になってからだった。


•••••


ゼロはガブンと話し、ガブンを倒すことを辞めた。

ゼロにはああいう存在は心情的に倒せない。

もしかしたら他の冒険者に倒されてしまうかもしれない、結果的に同じことでもゼロには無理、というよりはしたくなかった倒したくなかった

だが今はそんなことが重要なのではなかった。

今ゼロは森の中を"飛んでいる"。

生い茂る草花を踏むことなく、倒れている木々を跨ぐことなく、メネアのいる方向に確かに飛んでいる。

本来ならば慎むべき行動。

では何故ゼロはこの様な行動を取っているのか。

不可視化を行い、ガブンから離れたゼロがレーダーを見た時、メネアを示す点のある地点のすぐそばに、別の未確認の点が出現したためだ。

未確認の点。

それが冒険者であるはずがない。

今何時だと思っている!

......となると、モンスターと断定するしかない。

故に急いでいる。

もっと早く飛ぶ方法もあるが、今はそんなものを作っている暇はない。

ゼロは今可能な、一番速い方法で飛んで行くのだった。


•••••


ゼロさんがモンスターを倒しに行ってからだいぶ時間がたった。

今もメネアは、ゼロに言われた通り茂みの中でじっとしていた。

ずっとしゃがんでいたので足と腰と背中が痛い。少し伸ばす。まだまだ痛い。全然痛みが治らない。

今までたった1人でモンスターを瞬殺していたゼロさんが、こんなに時間が掛かるモンスターって一体何?

もしかしてオーガ?

だとしたらわかるけれど......。

そういえば最近、強いモンスターパーティーが第四階層に現れるって、あいつらが言ってたかな......。

......やっぱり第四階層に来る前に確認すべきだったんだ!

ゼロさん第四階層には初めて降りるっぽかったし、なんで私止めなかったんだろう!

あー私のバカバカバカ!

カサッ。

メネアが心の中で自分を責めていると、近くの茂みから草花を踏む音が聞こえた。

あっ!ゼロさんが帰ってきた!

「ゼロさんおかえりなさい!」と呼びかけようとしたメネアが止まる。

カサカサッ。

そして理解する。

今は動いてはいけないと。

近づいてきているのはゼロではないと。

カサカサカサッ。

そして、メネアの近くにある茂みからそいつは姿を現わす。

真っ黒に輝く美しい毛並に覆われた、無駄のない引き締まった体躯。

濁りの全くない美しい翠の眼。

それはまるで、他の星一つ見えない夜空に浮かび、夜空の美しさを独占している美しい月のよう。

だが、そんな美しさの中に可愛らしさが混じっていることに思わず顔が綻ぶ。

可愛いふさふさの尻尾が左右に揺れていた。

その時までずっとその姿に見とれてしまっていたメネアは、ある光景を目にして硬直した。

見てしまったのだ。

その美しい存在が鼻をひくつかせているのを。

そしてその鼻の向きがこちらに向くのを。

そしてその存在が牙を剥き出し、涎を垂らすのを。

その瞬間、自分に向けられている、美しいと思ってしまったその眼が、恐怖の対象に変わった。

そしてやっと理解した。

自分の目の前にいるのは、モンスターだと。


「っ!キャァァァアアアアアア!」


そして、メネアは悲鳴をあげた。

だが此処には自分とモンスターしかいない。

頼れる人は誰もいない......。

自分で何とかしなくては......。

メネアは唯一持っている武器——剥ぎ取り用ナイフ——を鞘から抜き、モンスターに向けて突き出す形で持つ。

腕がプルプルと震える。

決して筋肉が圧倒的に少ないのだけが原因ではない。

恐怖により震える手に必死に力を込めて、ナイフが落ちないように、モンスターの方へ向くように狙いをつける。

漆黒のモンスターが近づいてくる。

ゆっくりと、しかし確実に距離を詰めながら。

足が震える。

全身から汗が止まらない。

メネアの目は大きく見開かれその存在を"見上げる"。

漆黒のモンスターはメネアに近づき見下ろすと、前足を高く掲げ、その毛並に隠れて見えなかった鋭い爪を出し勢いよく振り下ろす。

その勢いにメネアが吹っ飛ばされる。

吹っ飛ばされたメネアはしばらくその姿勢のまま後方に飛ばされ、その後地面にぶつかり何回転かした後止まった。

メネアはピクリとも動かない。

即死、と判断した漆黒のモンスターはグルルゥと喉を鳴らすとそのまま茂みに入り、森の何処かへと消えていった。


•••••


その数分後ゼロが到着した。

ゼロは索敵によりメネアの場所がわかっており、すぐにその場所へと駆けつけた。

メネアのそばに駆け寄りその状態を確認する。

......メネアはボロボロだった。

与えた装備は受けたその衝撃の程を物語っていた。

胸部を守るプレートは大きく凹んでおり、その他の皮部分は無理やり引き千切られたかのような跡があった。

まだメネアは生きているが早く治療した方がいい。

でないとメネアは遅かれ早かれ死ぬ。

あまり時間はない。

ゼロは、気を失っているメネアの前で人体修復万能装置医療用ナノマシンを作成する。

そしてそれを飲まそうとした瞬間——


「っ!かはっごほっごほっ!」


メネアが眼を覚ました。

そして自分のすぐそばにゼロがいることを見つけると、喋り出そうとしたので、ゼロは「喋るな、傷に障る」と声をかけようとしたがメネアに遮られた。


「いい、んです。......わたし、はおそか、れ、はやかれしんで、いた、っごほっごほっ、んですから」

「......」


ゼロは何も言わず、ただメネアの言葉を聞いていた。


「そんな、ことよ、り、ゼロさん、がぶじで、よかっ、た」

「私は戦闘で負けるはずがないよ」

「そう、ですよ、ね、ゼロさんが、まけるはず、ないです、わたしったら、へんな、こと、かんがえて、ました、えへ、へ」


辛いのにもかかわらず、精一杯笑おうとするメネアの顔は、今まで見てきたどんな芸術品よりも......美しかった。

ゼロはもういいだろう、と人体修復万能装置医療用ナノマシンを飲ませようとするが、次のメネアの言葉にその動きを止める。


「それ、と、ゼロさん、ありがと、う、ございました」

「......私は君に感謝されるようなことは何もしていない」


そして次の言葉に、ゼロは目を見開き閉口する。


「いえ、あります。ゼロさ、ん、っごほっごほっ......はいっしゅんだけでも、わたしに、わたし、たちに、きぼうを、みせ、てくれました。いま、まで、ごみの、ようにあつかわれ、てき、ごほっごほっごほっ、たわたしたちの、きぼうが......」


そんなメネアの純粋な感謝の言葉はゼロの心の心を締め付ける。

そして喋り続けるメネアの儚さに耐えられなくなったゼロは、真実の一部をメネアに言い放つ。


「......希望?そんなもの与えていない。お前達を助けた覚えはない。お前達を助けたいと思ったこともない。私は結果的にお前達を利用しようとした。私は悪魔だ。お前に希望を見せ利用した、悪魔だ」

「......それで、も、ありがと、う」


メネアは手を出しゼロの、頬にあたるヘルムの部分を撫でた。

その手はメネアが吐いた血に濡れていた。

ゼロはそのメネアの言葉に俯いた。

そしてヘルムの中で静かに涙を流した。


「......問おう」


メネアが手を下ろし瞼を閉じかけた時、メネアは、ゼロと雇用契約を交わした時の、低く重たい声に再び瞼を開ける。


「貴様は、"生"を望むか?それとも"死"を望むか?自由ある"未来"を望むか?不自由な"過去"を望むか?"楽"を"苦"を"嬉"を"悲"を望むか?それとも何もないという事実しかない"無"を望むか?答えろ!」


メネアはその問いにしばらく口をパクパクさせていた。


「し、を——」

「つまり貴様は、貴様の家族とやらを路頭に迷わせるのだな?」

「!ちが、っごほっごほっごほっごほっ、う!」

「ではなんだというのだ?」

「......」

「もう一度聞こう。貴様はどちらを選ぶ?」

「......せいを、のぞみま、す!」

「よろしい......覚えておけ、今の貴様の背中には、貴様のいう家族全ての命がかかっていることを」


そう言うとゼロはメネアを少し起こし、人体修復万能装置医療用ナノマシンをゆっくりと、むせないようにメネアの口に垂らしていった。


「大丈夫だからもう寝てろ」


ゼロがメネアの頭を自分の腿に置く。

その言葉にメネアは瞼を下ろした。

そして——


「......よくぞ言った」


と言い、ゼロはスヤスヤと眠るメネアの頭を撫でていた。

そしてゼロは物質変化装置ランプを起動。

長さ2m程の電磁砲レールガンを作製。

そしてゼロは上半身を捻り、目標をその全視界で捉えると、躊躇なく電磁砲レールガンS型26式をフルパワーで発射した。

電磁砲レールガンの軌道上のものは全ての薙ぎ払われ、地面は抉れた。

そしてゼロが狙った目標も例外ではなく跡形もなく消滅した。

その威力によりダンジョンがすごい勢いで揺れたが、崩れはしなかった。

ゼロはそれに一応満足すると、メネアの頭を再び撫で始めた。そしてその時間はしばらく続いたのだった。

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